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EternalCurse

Story-99.檻の中の猟犬(ひとじち)
一方その頃、狼の群れに放り出された羊の如く、いや、一応は白銀の騎士団の一員ではあるため猟犬といったところか――ジェレミーはエステリア一行の前でふて腐れていた。
「こんな子供が人質とは、俺達も舐められたもんだな」
テーブルに肘をつきながらガルシアが、欠伸をかいた。唯一、部屋に姿のないシェイドを除き、ジェレミーを囲むようにして座っている一行の様子は、意外にも穏やかであった。
「子供じゃない! 馬鹿にするな! 俺は白銀の騎士団だぞ!」
「そういう反論の仕方だと余計子供と思われますよ、ただでさえ貴方の顔、童顔なのに」
シオンにそう指摘され、
「その名誉ある白銀の騎士団とやらに属しているのならば、もうちょっと落ち着いたらどうだ? 小僧、お前、さっきからそわそわしすぎだ。見苦しい」
サクヤからも詰られ、ジェレミーは屈辱に耐えるように、身体を小刻みに震わせていた。
「随分と面白いものが届いたぞ」
ようやくシェイドが一行が集まる部屋へと姿を見せた。その手には二通の文が握られている。
周囲の視線が一斉に注がれる中、シェイドは空いた席に腰を下ろした。
「そういやお前、昨日の夜、どこかに出かけていたな。もしかして手紙を出しに行ったのか?」
「ああ。そのおかげで今、メルザヴィアとカルディアの両大使館から返事がきたところだ」
その言葉にジェレミーを含む一同は、ぎょっとした。
「まあ、昨日、裏工作して来た甲斐があったな」
「裏工作ってお前……」
ガルシアが頭を抱える。
「どうやってそんなものを!」
ジェレミーがテーブルから身を乗り出した。
「仕方ないだろう? 情報を仕入れたくとも、先日はお前らに大使館行きを妨害された。どうせ今日にはあの赤毛が、俺達を両大使館へ向かわせぬよう、防衛線を張ってるんだろ? そうなる前に対処したまで」
「赤毛って……ルドルフ国王陛下のことか!」
「なんだ、分かってるじゃないか」
「貴様、陛下を侮辱するとは許せん!」
激昂して立ち上がるジェレミーに目もくれず、シェイドは手紙を読んでいる。
「まったく……弱い犬ほどよく吼えるというが、まさにその通りだな。いや、むしろ餌欲しさに媚びへつらう野良猫か? 生憎、俺は猫が大嫌いなんだ」
「貴様……っ」
剣は取り上げられているとはいえ、今にも切りかかりそうな勢いのジェレミーをシオンが制する。
「念のため、お伺いしますが、貴方……ご自分の立場をわかっています?」
「は?」
「貴方は我々にとっての人質です。我らの神子を無傷で帰す、というそちらの約束を違えた場合、貴方の命をいただきます。それ以外の時には、『何も危害を加えるな』、なんて話はしていませんから、場合によっては我々は貴方を拷問するのも、輪姦(まわ)すも自由なんですよ?」
低い声で淡々とシオンがジェレミーを脅す。
「おい優男の兄ちゃん、まさかあんたの口からそんな言葉が飛び出すとは思わなかったぜ」
「私だって言うときはいいますよ。エステリアさんの前ではさすがに自重していますが」
「で、お前はどうやって両大使館から返事が速達で来るよう、裏工作したんだ?」
改めてサクヤが尋ねる。
「それならこれを使ったまでだ」
シェイドは懐から水晶で出来た印章を二つ取り出した。片方の印面にはカルディア王家の紋、もう片方にはメルザヴィア王家の紋が彫られている。
「どちらも、カルディア、メルザヴィアで使用されている本物の消印だ」
「ちょっと待て、お前、いつの間にそんなものを……!」
これにはガルシアも驚いていた。
「いつの間にもなにも、こんなものは持っていて常識だろ」
「なるほど、消印か。それで先日書いた文を、カルディア、メルザヴィア両国を通過して届いたかのように誤魔化したわけだ」
「ああ。これを押した後、送り元からグランディアに文が届くまでの日数を逆算して書いておいた。その後、配達館に忍び込んで、大使館行きの文が振り分けられた箱に突っ込んできた」
「お前、わざわざ忍び込んだのかよ」
「こうでもしないと、このグランディアから大使館宛てに文など送ろうものなら、国王の命次第では、配達途中で検閲にかかって、破棄されるのがオチだ」
「確かに日付が古いカルディアやメルザヴィアからの手紙なら、まさか我々が送ったものだなんて、疑いませんもんねぇ」
「け……消印を誤魔化したからといって、大使館から速達でここに返事が来るわけないだろ! お前達からの手紙は全て没収するようになってるんだからな!」
ジェレミーが興奮気味にシェイドを指差した。
「そうですか、やっぱり国王は私達一行の名前を調べつくして、色々と根回ししているわけですね?」
「あ……」
まんまと一行の話に乗せられ、口を滑らせてしまったジェレミーの表情が、凍りついた。
「あのな、その国王から異常な敵意を向けられていると分かっていて、わざわざ宛名に本名を書いて大使館に文を送ると本気で思ってるのか? 緊急を要する場合、国と大使館とで決められた『通り名』を使って文のやり取りをするのが常識だ。それに文の受け取り先はここから斜め向こうにある宿だ。届いた文を配達官が宿主に渡す前に回収してきただけのこと。それぐらい考えればわかるだろう?」
「だからといって、日付を誤魔化したりする手段が許されると思っているのか!」
ジェレミーの反論にシェイドはこの世の終わりのような溜息をついた。
「あのですね、ジェレミーさん。世の中には『騎士道精神』だけでまかり通らないことだってあるんですよ。そちらの団長であるオスカーさんでしたっけ? あの方も諜報活動が得意なお家柄なのでしょう? その方だって、これぐらいの手段はやってのけると思いますが?」
指摘したシオンをジェレミーは睨みつけると、
「だが、カルディア、メルザヴィア両大使館の罪は免れない! ルドルフ陛下の命に背き、お前達に加担したんだからな!」
と、吼えた。
「阿呆か。グランディアの国王にカルディア、メルザヴィアの両大使館にいる人間を拘束するような権限はない」
シェイドは肩を落し、
「――お前いくつだ?」
視線も合わせずに問いかける。ジェレミーは、ここで答えずに、また痛烈に皮肉を浴びせられるというのも癪だったので、
「十八」
と答えた。
「なんだ俺と一つしか変わらないのか。もっと年下かと思っていたぞ」
「ば……馬鹿にするな」
「あー、もっと怒ってもいいんだぜ? 少年」
ガルシアが頬杖をついたままからかった。
「うるさい。侮辱もいい加減にしろ。白銀の騎士団は、将軍職と代わらない権限を持ってるんだぞ!」
「ああ、そうかい。だからどうした? 俺だってカルディアの将軍だ。俺達はお前さんが怒りに任せて色々と洩らしてくれるのを待ってるんだからよ。もっと頭に血を上らせな」
「よくこんな子供に将軍職を与えたものだ……グランディアには人材はおらんのか?」
呆れたようにサクヤが言う。
「大体、陛下にとってお前達はなんなんだ!」
「あの国王陛下にとっては煙たい神子の一行に決まってるでしょう?」
シオンが答え、
「あいつの天敵だ」
唯一シェイドがこう言った。
「天、敵……?」
「気にしなくていいぞ。お前には直接関係ないことだ」
素っ気無い態度のシェイドであったが、これに関しては、ジェレミーにもふと思うところがあったようで、
「そうだ! ジークハルト! 神子の英雄はどこにいる! ちっとも姿を現さないじゃないか!」
と、妙に核心を突く質問を浴びせてきた。
エステリア一行の視線が一斉にシェイドへと集まる。
「お前……ジークハルトについて何か知ってるんだな!」
シェイドは冷めた視線でジェレミーを一瞥すると、
「他人が国王を赤毛呼ばわりしたときは、斬り捨てるとまで言っておいて、自分は他国の王太子を呼び捨てとは、随分と虫のいい話だな」
すぐに手紙の方に視線を落した。サクヤは笑いを堪えているようである。
「お前の飼い主に、親愛なる従兄弟殿が長々と文を綴ってやると言っていた――とでも伝えておけ。国交断絶になるぐらいの文を、な。こっちだって、あいつに言いたい事は山ほどあるんだ……」
さすがに語尾だけはジェレミーに聞こえぬようにシェイドは呟く。

「で? おめぇは一体、どんな内容の手紙を大使館に送ったんだよ?」
「俺もそれほど時間がなかったんでな、簡単な質問状を送った。一つ目は怪事件について、二つ目は白銀の騎士団を始めとした各組織についてさらに詳しく、三つ目はグランディア王家からの火急の知らせや、日頃から気になっている事や噂話を片っ端から書いて貰う……といった具合だ」
「それで両大使館からのお返事は……?」
「先日サクヤから聞いたものの詳細が記されているな。例えば白銀の騎士団のオスカーについて。そもそも、オスカーが団長になったのはここ三年の間だ。セレスティアの悲劇以前はライオネル・デリンジャー侯爵が団長であったらしい。つまりは公妾ブリジットの夫だ。元よりブリジットは静養地で暮らしていたそうだ。夫を亡くした後、グランディアに移り住んだ――そうだ」
「おめぇ、あの公妾の話になるとやたら嬉しそうだな」
「そうか? ちなみにライオネル公爵とオスカーは伯父と甥の関係になるそうだ。オスカーの父親はライオネルの弟だが、妾腹の出だ。だからパーシヴァル家はデリンジャー家とは距離を置いており、影の一族として諜報活動などを取仕切っているらしい――これはカルディア大使館からの手紙だ」
そしてシェイドは続けた。
「そのカルディア大使館が気にかけているのは、ベイリー・コバーン率いる黒曜の艦隊がカルディア海域をうろついていたそうだ。こいつらが監視しているのは、普段はグランディアからスーリアにかけての海だろ?」
ちらりとシェイドがジェレミーを見た。が、ジェレミーは顔を背けている。
「かと思えば、到底任務とはかけ離れているであろう方角へと渡航していたのも目撃されている」
「おいおい、そりゃ怠慢じゃねぇか? 監督不行もんだ。他の組織は何見逃してるんだよ」
「ベイリーに黒い噂があるのだとしたら、この後に何かやましいことでもやらかしているんだろ」
「やましい……こと?」
ジェレミーが呟く。
「まぁ、密輸、人身売買、海賊紛いの略奪行為――といったことが予想されるが、挙げればきりがないな。で、他に情報は?」
サクヤが尋ねた。
「怪事件とは関係ないが、報告としてカルディアのカヴァリエ侯爵邸が焼失したそうだ」
「カヴァリエ……レイチェル嬢のか?」
「ああ。カヴァリエ侯爵一家はそれに巻き込まれる形で亡くなっている、またそちらに赴いたはずのカイルも行方不明……だそうだ」
少なくとも、レイチェル自身は、あの呪いの刃の毒にかかって、自業自得の死を迎えたはずだ――手紙を握ったシェイドの手に、微かに力がこもる。
「それから、メルザヴィア大使館の返事の方だが……この怪事件、セレスティアの仕業と噂されてはいるが、一方では僭王ベアールの呪い、とも言われているらしい」

「ベアール……ねぇ」
ガルシアがどっと息を吐き、続けた。
「ベアールならとっくに俺達が、いやシエルがメルザヴィアで燃やしたじゃねぇか。といっても屍鬼(ゾンビ)のベアールだったが……あんな燃えカスでも人を呪う余力はあんのか?」
相手が僭王とはいえ、随分と酷い言い様である。
「僭王を、燃やした?」
ジェレミーが眉を潜めた。
「なんだ、お前ら、ベアールの墓から骨が掘り起こされて、メルザヴィアに運ばれたことすら気づいてなかったのかよ?」
「メルザヴィアのシュタイネル一派によって奪われた僭王の骨。それが瘴気を受けて屍鬼と化し、俺達に襲い掛かってきた。だが、既にこっちで火葬したから心配するな」
淡々と語るシェイドとは打って変わり、ジェレミーはぽかんと口を開けたままである。
「わずかに残った骨をメルザヴィア経由でいつでも返せるよう、グランディア国王に相談しているのだが、あいつが受け取ってくれぬ――と愚痴ってある」
「いくらこの世の災厄を呼んだ人とはいえ、墓の様子すら見向きもされずに放置された上、残った骨まで受け取り拒否されるなんて、哀れなものですね」
そんな風にはなりたくないものです――とシオンが言う。
「『怪事件』がベアールの呪い――という線はほとんどない。これがセレスティアの仕業だとしたら、『セレスティアの悲劇』に関わった人間から殺されているんじゃないか?」
「それを調べようにも、セレスティアに関する資料は一切処分されているんですよね?」
「まったく赤毛はろくなことしないな」
「まぁ、セレスティアにあれだけ堂々と宣戦布告されたのであれば、国民として当然の反応でしょうね。中には、罰当たりなことをするものだ、と、心を痛めている常識人もるでしょうが。元はといえば、セレスティアの悲劇を招いたこの国が原因なんですが。まぁ、面倒臭いことは故人に擦り付けるのは、お偉い方の常套手段というやつです」
「同感だ。それから怪事件についてだが、貴族御用達しの界隈――通称、ディーリアス通り周辺の林で発見された惨殺死体は、ハロルド・ラングリッジの部隊らしい。それ以前にも、この配下の騎士は数名遺体となって発見されているそうだ。遺体には決まって、巨大な獣による裂傷痕があったそうだ。怪事件を追っていた挙句、返り討ちにでも合ったか?」
話した直後、微かにジェレミーの顔が引きつるのを、シェイドは見逃さなかった。
「仲間が殺されたっていうのに、騎士団の面子で敵討ちはやらずに俺らに他力本願とはなぁ……」
ガルシアが皮肉たっぷりに言う。
「あと両大使館が気になることといえば、巷では『森の中で美しい光を見つけることが出来たならば、男はかねてよりの望みが叶い、至福の悦びを得ることができる』――という噂が広がっているそうだ」
「望みを叶える光……? これも怪事件と関係しているのでしょうか?」
「さあな。あと、ここの王太子の『聖誕祭』とやらの日取りが分かったぞ。丁度今日から十日後だ。なにやら余興も用意されているらしい。ただ……」
シェイドが言葉を濁した。

「手紙には走り書きで付け加えられているが、その余興に出るはずの国立歌劇場の歌姫、マルグリットが先日の午後から行方知れずらしく、秘密裏に捜索願いの一報が届いたそうだ」
「失血死に怪死、惨殺死体に奇妙な光、行方不明の歌姫。こりゃ先が思いやられそうだ」
「ひとえに『怪事件』と括るには、情報が錯綜しているな。こうなったら、地道に一つずつ当たっていくしかないな」
「ジェレミーさん。くれぐれも、国王陛下と貴方がたが団結して、我々を妨害することだけはやめてくださいね、怪事件を解決して欲しいのならば」
と、シオンが釘を刺す。
「妨害も何も、大体……お前達の態度が悪いから、いけないんだ」
ジェレミーがぼそりと呟く。
「心外だな、態度が横柄なのは、国王の方だと思うぞ」
「同感だ」
「私達が何かやりました? 国王の演説に対して、ちょっとだけ周囲よりも反応が冷めていた――というだけで、目の敵にされてるんですよ? おかしいと思いません?」
次々と寄せられるエステリア一行からの非難の声に、
「そんなものは知らん! 国王陛下のお心内など俺達にはわからん!」
と、ジェレミーが食ってかかる。
「まったく、それなりの地位を持った騎士団でありながら、聞いて呆れる。国王の心中すら読めずにただ、命令を聞いてるだけなのか……」
「陛下はお前達、神子の一行が、本当にグランディアにとって国益となるのか確かめるために警戒しているだけに決まってるだろ!」
と、国王の真意を自分なりに解釈し、ジェレミーが反論する。
「随分と『神子』というものを信頼してないのだな、そちらの国王は」
腕を組んだまま、サクヤが侮蔑を込めて吐き捨てた。
「なんだかなぁ……」
あまりにも子供じみた意見に、ガルシアはげんなりと、天井を仰ぐ。仮にも将軍職を担う白銀の騎士団を、国王はどのように選んでいるのだろうか?――他国の事ながら、気になってしょうがなかった。
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