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EternalCurse

Story-100.違和感
王妃のサロンから宿舎へと戻る道中。エステリアは物思いに耽っていた。
神子の能力とは?――王妃からの問いかけを思い出す。
自分には、どうやら他人の中に感応してしまう能力があるようだ――だがそれは決して王妃らに話してはならないような気がしていた。
「神子様は、サロンで何か、お口にされましたか?」
唐突なレオノーラの質問に、エステリアは弾かれたように顔をあげ、向き直ると、
「いいえ」
と、答え、続けて、
「やはり、あれには何か入っていたのですね?」
と、逆にレオノーラに問いかけた。
「さぁ、どうだか……」
レオノーラはばつの悪そうな表情で頭を振った。
「貴方が入っていたと思えばそうでしょうし、気のせいだと思うならばそうなのでしょう。私がお答えすることではありません」
随分と煮え切らない発言である。
「ではレオノーラさんは……妃殿下と、ブリジットさん、どちらのお味方でしょうか?」
「騎士団としては国王ご夫妻の味方、侍女としては公妾ブリジット様の味方です」
「では、ブリジットさんが、私の頬に口付けした際に、『何も食べないで』と耳打ちされたこと、妃殿下には告げ口なされますか?」
エステリアの言葉にレオノーラが目を見開いた。

「その言葉を信じて、私は勧められた紅茶やお菓子を断りました。お菓子においては、『包んでください』と言ったにも関わらず、持ち帰らせてはくれませんでした。ですから、あのお菓子には、私以外が食べると不都合な薬が入れられているのだと、思いました」
エステリアの話を聞きながら、レオノーラは沈黙を保っている。どうやらレオノーラ本人にも答え難い質問であったのだろう。
「あの……聞いてもいいですか?」

「私がお答えできる範囲でのことならば」

「王妃様と公妾が、どうして仲良くできるんですか?」
つい先程までの重苦しい雰囲気から一転、エステリアのあまりにも能天気で唐突すぎる質問にレオノーラは噴出した。ある程度の覚悟を持って、神子の話に耳を傾けようとしていたから尚更である。
「あの、私……変なこと聞きました?」
「いいえ」
と、言いながらもレオノーラは目尻を押さえている。
「貴方もお二方にお会いになったので、お分かりでしょうが、デリンジャー侯爵夫人は決して妃殿下よりも前には出ぬよう、弁えていらっしゃいます。ですから、お二人の間で諍いが起きることがないのです。それに……」
レオノーラは話を続けた。
「デリンジャー夫人を公妾に迎えてから始まったことですが、陛下が愛妾をお迎えする場合は、必ず妃殿下が監視人としての侍女を選び、いついかなる時も同行させるようにしております。ろくでもない女を愛妾にするわけにはいきませんから」

「監視人の侍女?」

「ええ。私もデリンジャー夫人の監視人を務めさせていただきました。これも妃殿下をお守りするための手段ですわ」
そのような侍女が、愛妾候補に付きまとっているのであれば、国王も戯れに手を出そうとするはずがなく、また見初められた令嬢も、萎縮し、おのずと身を引く――ということなのだろう。
エステリアは納得した。
「さあ、もうじき神子様が滞在されている宿舎に着きますわ。人質役である私の同僚が無礼を働くかもしれませんが……、ご理解下さい」





「レオノーラ!」
神子を伴って帰ってきた女騎士の姿を見るなり、立ち上がって顔を輝かせたジェレミーは、まさに主人の帰りを喜ぶ子犬さながらであった。
「ただいま」
エステリアが周囲を見回しながら言った。
「お帰りなさい、エステリアさん」
「おお、嬢ちゃん、変わりはねぇようだな」
シオンやガルシアがエステリアの無事を喜んだ。
「約束を守って神子を無傷で返してくれたことには礼を言おう。預かっていた剣だ」
レオノーラの剣を携え、シェイドが一歩前に出る。
「おい、あんまり酷い口の利き方をするなよ、レオノーラは昔、王妃候補だったんだぞ!」
「だが、今は一介の騎士だろう?」
容赦ないサクヤの指摘に、ジェレミーは押し黙る。
「もう……ジェレミー、貴方はそんなことだから子供扱いされるのよ」
シェイドから剣を受け取り、腰に差しながらレオノーラが溜息をついた。

「お前の欠点は同僚が一番理解しているようだな」
シェイドが横目でジェレミーを見る。
「騎士団の姉さん、この兄ちゃんは頭に血が上るにつれ、発言が子供じみてくる。さらに挑発に乗りやすく、感情にまかせて機密事項をぼろっと洩らしちまう性質だ。気をつけるようにあんたから言っといてくれ」
「ご指摘、ありがとうございます。ガルシア将軍」
「レオノーラ! 何でお礼を言うんだよ!」
ムキになるジェレミーに、レオノーラは先程よりもさらに深い溜息をつく。
「これで任務は終了。帰るわよ、ジェレミー。では神子様とそのご一行。これにて私達は失礼致します」
気を取り直したレオノーラは丁寧にお辞儀をすると、ジェレミーの腕を引いて足早に退室した。


「思っていた以上に何事も無く済んだな――この『何も無さ』、が一番気味が悪いんだが」
レオノーラとジェレミーの姿が消えると同時に、まるで嵐が過ぎ去った後のように、急に静まり返った一室で、シェイドが呟く。
「国王も国王なら王妃も王妃、そしてその下に仕える騎士団も、揃ってわけのわからん連中だ。その真意は一体どこへやら。ある意味、撹乱の天才かもしれん」
「サクヤの言うとおりです。あの子供じみた騎士でさえ、ただの『人質』として置いていったわけではないでしょう? おそらくは、我々が今後どんな行動を取るか、『怪事件』についてはどこまで調べ上げているのか……こちら側の情報を持ち帰ることを目的としているでしょうし」
「まあ、それを見越して、一つに纏め上げるには面倒な調査情報を、わざわざ残さず口に出してやったわけだが」
「どうりで、お前の話が怪事件どころか、ベアールの呪いやら、カヴァリエ邸やら、歌劇場の歌姫やらに飛ぶわけだぜ……」
「致し方あるまい。敵を騙すにはまず味方から――だ。で、エステリア、そっちはどうだった?」
「王妃様には色々と質問されたわ。神子はどんな力を持っているのか、どうやって世界の均衡を取り戻すのか、神子は先代から記憶も引き継ぐのか……とか」
「国王と違って、王妃の方は、随分と神子に興味津々のようですね」
「王妃様は、神子不信な国王陛下をなんとか説得したいから、神子について色々と知っておきたいんですって」
「で、お前はその質問に対して、なんと答えたんだ?」
「……『わかりません』」
エステリアの一言に周囲が固まった。

「嬢ちゃん、よく生きて帰ってこれたな……」
「だって……不完全な神子である私には、確かなことなんて言えないもの」
「それで、他に何かありましたか?」
「他には、王妃様達に、お菓子やお茶をしきりに勧められたわ。でも私は手を付けなかった。どうも食べ物には毒が入っていたみたいで……」
一歩間違えば、取り返しのつかない事態であったかもしれないというのに、呑気に語るエステリアの姿に、ますます周囲は青ざめていく。
「お前……どうやってその毒物に気付いた?」
「気付くもなにも、教えてくれたもの、ブリジットさんが」
「あの公妾が?」
これにはシェイドも驚きを隠せないでいた。

「ええ。こっそり私に教えてくれたわ。どうしてかはわからないけど……」
「ならもう一つ聞くが、お前は公妾にどんな印象を抱いた?」
「そうね……、思っていたよりは、悪い人ではなさそう」
「じゃあ、王妃はどうだ?」
「王妃様は……綺麗で優しい人なんだけど……本当は怖い人……そんな感じかしら」
「つまりはお前にとって公妾よりも王妃の方が得体が知れない、と?」
シェイドに言われて、エステリアはそのまま頷いた。
「私が勧められたお菓子を断った後、王太子殿下が部屋に入ってきたの。殿下がテーブルのお菓子を欲しがっていたから、そのままあげようとしたら……その直後よ、王妃様がすごい悲鳴を上げて、止めたの。ブリジットさんは、私がそれを口にしないようこっそり注意してくれていたから――私に毒を盛るように仕向けたのって、王妃様の方だったってことでしょ?」

「お前……下手をすれば王太子殺しの罪を着せられるところだったというのに、意外と妙なところで度胸が据わってるな……」
サクヤが呆れたように言った。
「いくらなんでも、王妃様は、人を殺すような毒を仕込んでいたわけではないと思いますよ? 一応、こちらにエステリアさんを帰すと約束はしているわけですし」
「だったらどんな毒を盛っていたっていうんだよ?」
「話を聞いていると、王妃様はどうやら神子について探りを入れているようです。おそらくは……自白剤の類を入れていたのではないか、と……」
「一応、レオノーラさんに毒について聞いてみたの。ブリジットさんのことも話したわ。勿論、はぐらかされたけど。あの人は、国王夫妻直下の騎士として、公妾の侍女としての立場で揺らいでる感じだったわ。それから、王妃様と公妾の関係なんだけど、すごく息がぴったりなの。二人揃ったらまるで戦友よ? あと国王が寵愛する女性には必ず王妃様が選んだ監視人の侍女が付けられるそうよ。大抵の人はその侍女のせいで、愛妾にはなれずに振り落とされてしまうみたい。レオノーラさんは、公妾の監視人を務めたって言ってたわ」

「監視人?」
エステリア以外の仲間達が、ほぼ同時に声を挙げた。全員がぎょっとした表情の中、
「ねぇ、私、何か変なこと言った?」
あまりもの仲間達の反応に、エステリアが不安げに訊く。
「本当にそう言ったのですか?」
「ええ。その監視人制度のおかげで、王妃を守ることができるって……」

「その王妃を守る――というのは、国王が見初めた女に四六時中張り付くのは勿論、国王の閨までついて来て、女が国王の暗殺、もしくは寝物語に王妃の失脚を願うようなことを吹聴しないために、聞き耳を立てる役目だ」
シェイドの説明を聞いたエステリアの表情がこわばる

「それって……王宮では普通のこと……なの?」
「国によって様々だ。中には国王の結婚初夜を侍従や侍女で見守る――とかいう風習が残っているところもある」
エステリアはますます身を固くして俯いた。
「大丈夫ですよ、エステリアさん。スーリアあたりはそうですが、メルザヴィアにはそういう風習は残ってないはずです」
「なんでそうなるんだ?」
「え? お二人にとって重要なのは、まさにそこでしょう?」
茶化すシオンをシェイドは軽く睨みつけた。
「でも……そんな監視すら乗り切って公妾の座を手に入れたブリジットさんって、本当に肝が据わってるのね」
感心するようにエステリアは言うと、自分のか細い手に視線を移した。

「どうしたんだ? お嬢ちゃん、そんなに怖い顔して爪を見て」
「ちょっと王妃様に言われたことを思い出して……」
右手の爪を凝視したままエステリアが答えた。
「私も爪ぐらい染めた方がいいのかしら? 王妃様は爪を綺麗に染め上げていたわ。その後、『貴方も染めればいいのに』って薦められたわ」
「爪に色なんぞつけずとも、お前は充分に可愛い面差しをしている。問題ない」
「絶世の美女の貴方の次ぐらいに?」
「なかなか言うようになってきたな、お前」
エステリアの返しに、サクヤが顔を綻ばせた。
「ブリジットの方は?」
すかさずシェイドが訊く。
「お前……そんなにあの公妾が好きなのかよ? お嬢ちゃんを差し置いて」
「ああ公妾の事は好きだぞ、殺したいぐらいに」
「ちょっとシェイド!」
「冗談だ。そんなに目くじらを立てるな、エステリア」
「もう……」
はっきり言って冗談には聞こえない――喉元にまで上がっていた言葉をエステリアはなんとか飲み込んだ。
「ブリジットさんは……爪を染めていなかったわ」
その言葉に突如、
「ああ、なるほど! どうりで違和感があったわけだ!」
ガルシアが手を打った。
「違和感って?」
「昨日、あの公妾に会ったときだよ。なんか物足りねぇ気がしたと思ったら……あの公妾、手が白すぎるんだ……」
「公妾は立場上、王妃様より目立つような格好をしてはいけないから、弁えているみたい」
「正妻に気を使うのも大変だな。しかし、日陰者が妥協するのは当然だろう。正妻と妾が同等の立場な上、円満な関係という話など聞いたこともない」
しみじみとした表情で、サクヤが言った。
「それにしても、あの公妾、元々華やかな顔立ちだっていうのに、勿体ないもんだ……ぜ……」
溜息交じりに話していたガルシアの言葉が急に途切れる。
「ガルシアさん?」
顎に手を当てたまま、険しい顔をして考え込むガルシアの顔をエステリアが覗き込む。
「ん? ああ、悪いな嬢ちゃん」
「どうしたの? 急に……」
「いや……、その……嬢ちゃんには悪いけどよ。なんとなく、シェイドがあの公妾に入れ込む理由が分かったような気がしてな……」
しどろもどろに答えるガルシアの様子にエステリアはサクヤと顔を見合わせ、首を傾げた。
「とりあえず、宿舎を変えませんか? 『怪事件』はほぼ国立歌劇場周辺で起こっていることですし、だったらその付近に移動した方が、色々と情報収集に便利かと……」
これ以上、港町周辺に滞在したところで得る情報もなければ、利便性もない。まして白銀の騎士団に目をつけられている宿舎には長居は無用である。
シオンの意見に皆が賛同する傍ら、シェイドは一人、じっと窓の外を眺めていた。
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