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EternalCurse

Story-95.訪問者
「ひと括りに、グランディアを震撼させる『怪事件』といえども、ルーベンス教会付近では『失血死』、貴族御用達しの界隈では『惨殺死体』、歌劇場西に位置した森では『バラバラの死体』――と、ここまで場所も殺され方も異なっているのは、厄介なもんですね……」
地図に、『怪事件の発生地』として挙がった場所を、丸で囲みながら、シオンが唸った。
「事件の共通点は、どちらも国立歌劇場付近ってことだけだな」
ガルシアが地図を覗き込む。
「しかも、極端に東西と別れている。移動が大変だな」
シェイドが面倒臭そうに溜息を吐いた。
「これって……殺され方から考えて、普通に魔物の仕業よね?」
「まぁ、少なくとも食い散らかして殺すっていうのは、人間の芸当じゃねぇわな」
「じゃあ、これはやっぱり、セレスティアが放った魔物か妖魔、魔族が犯人って考えてもいいのよね?」
「何か、思うところがあるのか?」
シェイドが訊いた。
「中央広場でのオークの件といい、この色んな場所で起こる『怪事件』といい、セレスティアにしては、なんだか地味なやり方の気がするの」
少なくとも、メルザヴィアやカルディアで起した事件は、国を一瞬で破壊し、滅亡に至らしめるほどのものであった。
「セレスティアにとって、グランディアは因縁の地。今回に限っては、じわじわといたぶるつもりかもしれません」
「しかしまぁ……どっから手をつければいいか分からない問題だな、こりゃ」
国王との話の流れからこうなってしまったものの、そもそも、一行がこのような事件の解決に関わるなど、必要のないことだった。頭を抱えるガルシアを、エステリアは申し訳なさそうに見つめた。それを察したのか、
「売り言葉に買い言葉だ。面倒な事を抱え込んではしまったが、神子の名誉を守るためには致し方ない。最終的に得をするのは、あの赤毛の阿呆というのが気に入らんが、国でさえ手を焼いていたものを、鮮やかに解決して、盛大にあいつの鼻を明かしてやろうじゃないか」
やる気満々にサクヤが言った。
「ええ」
エステリアがほんのり笑う。
「ただし注意しておかなくてはならないのが、極端な話、我々の目的は打倒セレスティア、できない場合は最悪でも至宝を取り返す事のはず。そして現状、セレスティアはグランディアに宣戦布告を行い、エステリアさん、貴方に止めてみろ、とまで挑発している。
一体、彼女がどのような手段でここを襲撃するかはわかってはいません。我々にできることは、彼女を迎え撃ち、被害を最小限で食い止めること。正直、相手が出てくるまでは、動くことすらままなりません。色々と、話がややこしくなっているおかげで随分と道が逸れ始めていますが、事件の解決に夢中になって、セレスティア本人への警戒を怠るなんてことのないよう、気をつけなくてはなりません」
エステリアを諭しながら
「せめて、国王にから、宣戦布告後の国の情勢など聞き出すことができれば、何か対策がうてるのかもしれませんが、国王がああいう方なので、自分達で情報を仕入れなければならない。それが一番の面倒ですね」
シオンが腕を組み、地図に視線を落した。
「そもそも、あいつのやってることは支離滅裂だ。気位の高さからか、神子からの申し出をことごとく突き放した挙句、グランディアの怪事件の解決には協力しろという。だが、その情報収集のために王家直下の人間達に協力を仰ぐことは許さないときた。
その上、追手まで放って、妨害行為だ。一体、俺達にどうして欲しいのかさっぱりわからない」
「あの国王は、頑固で単刀直入、その上、頭に血が上りやすく、その場の感情の赴くまま行動しているのではないか? 結果、後に色々と矛盾が生じて自身の首を絞めることになり、周囲をも振り回している」
「本人はそれについては、なんとも思ってないようだがな」
忌々しげにシェイドが言う。
「我々がこうなった経緯を、始めから思い出して見ろ。元はといえば、あの目立ちたがり屋の国王の演説に我々が無関心だったからこそ、目を付けられた。最初は奴も、不敬極まりない民衆に苦言を呈するつもりだったんだろう。だが、こちらが神子の一行だと聞いて話は変わった。あいつが演説した直後の得意気な顔ぐらいは覚えているだろう? それを興ざめさせたのが、よりにもよって神子の一行だった。王族といえども、神子には敬意を払わなければならない。それが常識だ。だが、奴としては我々に演説の仕上げを邪魔され、癪に障ったのだろう。意地でも神子の一行なんぞに、跪いてたまるか、と、こちらから振られた話を、ことごとくすり替え、虚勢を張り、己の主張を貫き通した」
「そもそも、こちらから『神子の一行だ』と聞いて、まず気になること、確認すべきことはなんでしょうか?」
サクヤの後に、シオンが続き、エステリアに問いかける。
「……私達が、本物の『神子』であるか、ということ?」
「正解です。ですがあの国王陛下は『神子』と聞くや、周囲も見えなくなる程、頭にきていたのか、確認を怠った。エステリアさんが、見せようとしていたカルディアからの書状すら先に突っぱねて」
「神子を騙る不届き者もいれば、書状の偽造だって可能なんだから、本来なら、ここは、きちんと調べるべきだな」
そうだ、そうだとガルシアが頷いた。
「ここで下手をやった結果、後で我々が本物の神子の一行であるか否か、確かめるために、オスカーが追手を放つ羽目になった――といったところだろう。あの国王自身は単に『我々が気に入らない』という理由で追跡させたのかもしれんが」
「先程、シェイドさんが愚痴っていたように、私達に与えられた条件は最悪です。その上、『怪事件』の解決を持ちかけてきた。国王はそれが『解決できない』とわかっていて、謁見を免れるための言い訳にしたのかはわかりません。もし、そうだとすれば、何故、そこまでして我々から逃げようとするのかが疑問ですし、あるいは、無理難題を押し付けて、神子に恥をかかせることが目的とも考えられますし、王国側にはさして情報もないのに、あるように見せかけ、我々に怪事件を解決させることで、サクヤが言ったように、最終的に一石二鳥を狙っている――とも考えられます」

「一石二鳥? どうしてそうなるの?」
「国王は神子を従属させた優越感を味わった上、厄介事も一度に片付けられるからだ」
「国王本人は『好き』か、『嫌い』か――本当にただそれだけで行動しているのかもしれません。
それでも意図や、狙いがあるよう思わせるのは、必要以上に気を配り、働く周囲の力が手伝っての賜物です。ですからある意味、国王本人よりもそれを守る騎士団などの方が厄介なのかもしれません。――そうですよね? 聞き耳立ててる宿主さん?」
落ち着いた声で、シオンが扉に向かって語りかける。ガルシアが小さく息を吐くと、剣を抜き、扉を勢い良く開けた。鼻先に、大剣を突きつけられた宿屋の主が、腰を抜かしてその場に座り込む。
「随分とお行儀の悪いこったなぁ。盗み聞きなんてよ……」

「盗み聞きではありません。私がこのお方に、貴方がたのいる部屋へと案内するよう、申し付けたのです。随分と話に熱中されているようでしたので、扉を叩く機会を伺っていたまでのこと……」
宿屋の主を庇うように、男装の女が前に出る。
「あんたは確か……?」
「夜分、恐れ入ります。神子とその御一行。私は、ステイシー伯爵の娘、レオノーラ・ステイシーと申します」
男装の女――レオノーラが名乗りを挙げた。白銀の武装を解いて、髪を後ろでひと束にまとめた容姿は凛々しく、昼間の騎士姿とはまた印象が異なっている。
「白銀の騎士団が、どういう用件だ?」
「今宵は、妃殿下よりの命により、神子殿への言伝を預かってまいりました」
レオノーラの言葉に、エステリアらが怪訝に眉を潜め、お互いの顔を見合った。
「妃殿下が、神子殿とお話をされたいとの事。明日にでもサロンに足を運んで下される様、仰せです」
レオノーラが口にした王妃側からの用件に、さすがのサクヤも怒りを覚えたようで、
「随分といい加減な連中だな。グランディアの『雑用』を解決するまでは、会いたくないと言ったかと思えば、今度は話がしたい? 一体何様なのだ? 国王と同じく、王妃まで気分屋なのか? 無礼極まりない」
と、突き放すように言った。
「謁見を拒否されたのはあくまで、国王陛下のご意思であり、妃殿下には妃殿下のご意思があります。明日の昼前後に、私がお迎えに上がります、よろしいですか? 神子殿?」
半ば強引に話を進めるレオノーラに、
「一体、何が目的だ?」
すかさずシェイドが言う。
「目的? そのようなものはありません。妃殿下は純粋に、神子殿とお話がしたい。ただそれだけのこと。またサロンではブリジット様も同席なされるようになっています」
「なら、ますます引き渡すわけにはいかないな。そもそも神子を無事にこちらに返して貰える保障すらない」
「必ず神子は私が送り届けて差し上げます。ご安心下さい」
来ていただけますね?――レオノーラは周囲の反発など気にもとめず、エステリアに視線を向けた。「……もし私が断ったら、どうしますか? 力ずくで連れて行きますか?」
「力ずくでも――と、いきたいところですが、さすがにこの状況で、これだけの人数を相手にすることはできません。貴方に嫌だと言われれば、それまでです」
「では、私を王妃様の元へ、連れてこれなかった場合、貴方はどう罰せられるのですか?」
「ご想像にお任せいたします。ですが、今日一日で、この国の在り様を少しでも目にされたのであれば、貴方にもご理解いただけるでしょう?」
レオノーラははっきりとは口に出さなかったが、白銀の騎士団が任務に失敗した場合、それなりの制裁を受ける事は容易に想像できる。
「わかりました。行ってみます」
「おい、嬢ちゃん!」
思わぬエステリアの判断に、ガルシアが拍子抜けした声をあげた。
「レオノーラさんは、必ず、私をここに帰してくれるのでしょう?」
「はい。約束致します」
呆気に取られているガルシアの横で、
「で? 人質はどうするんだ?」
と、サクヤが話に割って入る。
「人質……とは?」
「とぼけるな。まさか、神子を連れ立っておいて、人質の一人も残していかぬつもりか?」
きつい口調でサクヤが問い詰める。
「王族とは常に都合の良い生き物だ。約束の反故など珍しくもない。万が一、お前が我々の元に神子を連れて帰らなかった場合、報復を与える人間を――、そちら側にとって価値のある『死なれては困る人間』をここに置いていってもらわねば、割に合わん」
「約束は破られ、あっさり神子を取られて脅迫されてはかなわんからな」
シェイドがそれに付け足した。
「仕方ありません……」
レオノーラは小さく肩を落とすと、下げていた剣を帯から取り外し、恭しくエステリアに差し出した。
「なんのつもりだ?」
冷ややかな視線を差し向けながら、サクヤが言った。
「この剣の柄には私の名前が彫られています。これは私が白銀の騎士団である証。この剣を捨てること、無くすことは、騎士団の資格を失うということです。神子様をこちらに送り届けるまで、置いてゆきます」
「だがよ、騎士団から足を洗ったところで、あんたは伯爵令嬢で、公妾の侍女という肩書きは残る。全てを失ったわけじゃねぇだろ?」
「はい。ですから、明日は私の仲間の一人をこちらに人質として連れてきます。白銀の騎士団はこの国の将軍職を担ってもいます。万が一、その一人が欠けることがあれば、軍の指揮は乱れます。それゆえ、人質は、我々にとっても重要な人間ですので――どうかそれでご容赦下さい」
深々とお辞儀をするレオノーラの姿に、サクヤを始めとする一同は、どこか釈然としない様子でであったが、エステリア本人には王妃の下へ赴く気があるのだから、ここはもう譲るしかなかった。
「では、また明日、お迎えにあがります」
一行に会釈をして、踵を返したレオノーラの背に、シェイドが不意に声をかけた。
「ブリジットに会ったら、よろしく伝えておいてくれ。身体には充分に気をつけるように、と」
振り向いたレオノーラに、シェイドが妖艶な笑みを差し向ける。
ぞっとするような、その冷たい美しさに、レオノーラは一瞬心を奪われそうになったが、すぐさま我に返り、
「はい。お伝えしておきます」
何事も無かったかのように、答えた。
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