Back * Top * Next
EternalCurse

Story-94.怪事件
「別荘に立ち寄った後、カルディアから届いたサイモンの文を読んだのだが、いや、実に興味深い内容であった――全部真だとすればな」
ジュリエットと別れた後、夕暮れにかけて、公妾の住居であるデリンジャー侯爵家で過ごしたルドルフは、隣に横たわるブリジットに話しかけた。
「テオドール叔父上は、あの魔女に魂を売ったらしい。そして自らの力に飲まれ、国を滅ぼした……と」
「今度はそれを、カルディアの実行支配をするがための大義名分にでもなさりますか?」
「やはりお前は馬鹿ではないようだ」
ルドルフはブリジットの金色の髪を愛しげに指で梳いた。

「さて、この私が僭王ベアールを討ち、その名誉を取り戻してやったにも関わらず、逆恨みして魔女と成り果てた元神子セレスティア。我が敬愛せし叔父、テオドールをたぶらかし、死に追いやった()の者への報復として、新たな神子を従え、滅ぼす――というのはどうであろう? 英雄(わたし)の物語としては良い筋書きだとは思わぬか?」

「その割には、随分と神子を苛め、無理難題を押し付けられたようですが? そもそも貴方様に、神子との協力などというお考えは有り得るのでしょうか?」
呆れたような口調でブリジットが呟いた。勿論、これがルドルフの冗談であることは承知している。

「身内の罪は身内で拭い去るものだ。私はベアールという『グランディア史上最大の汚点』を消し去った。神子も同様、セレスティアが魔女となったならば、その次の神子が後始末をするのが道理というもの」
ルドルフが小さく鼻を鳴らした。
「では陛下がお考えを改め、今後、あの神子にお力添えをなさるようなことは……」
「ありえぬ。そもそもあの神子の『英雄』とやらは、あの『哀れなる我が従兄弟殿』であろう? 気に入らぬ。そして神子の連れ立っている者共――彼奴らにしても、どこか私に敵意を向けているような目をしている。あの銀髪の男は特に、だ」

まさかの銀髪の男こそが、いわゆる『哀れなる我が従兄弟殿』など知る由もなく、ルドルフは続けた。
「放った追手があの銀髪を捕まえた暁には色々と尋問してやるつもりだったが、一筋縄ではいかんな」
「その『銀髪の君』に、私は会うことができました」
「なに?」
「彼の者は、オルフェレスと名乗っておりました」
「オルフェレス? 伝説の妖魔の名ではないか」
「ええ。確かに彼の者は銀色の髪に、金色の瞳をしています。それゆえの冗談かと。ですが、万が一、本物であったなら、神子は伝説の妖魔をも手懐けていることになりますね」
「馬鹿馬鹿しい。なにやら後ろめたいことがあるからこそ、そのような『偽名』を名乗るのであろう?」
ルドルフが苛立ちを募らせる。
「あの銀髪の男を捕まえることが出来ぬ上、ジークハルトの姿を見かけたという報告もない。あのヴァロアの落し胤め、一体どこに潜んでいるのやら」
「陛下は何ゆえ、そこまで従兄弟殿を追われるのでしょうか?」
「クローディア叔母上、テオドール叔父上、従兄弟のユリアーナとイザーク、そしてアドリア。ここ何月かの間に、私の血縁者は次々と命を落している。奴が行く先々で、だ」
これはメルザヴィアにおけるグランディア大使館からの文により知ったことだった。

「彼の者が神子と行く先々での親族の死だ。奴を見つけた暁には、すぐさま捕らえ、叔母上殺害の嫌疑でもかけるとしよう。あのヴァロアの落し胤ならばやりかねん。この世に『英雄王の息子』たる者はこの私だけで良い、そうは思わぬか?」
訊かれて、ブリジットは小さく頷いた。
「ご落胤――と言えば、侍女から聞いた話なのですが……グランディア城下では、最近、このような噂がまことしやかに囁かれているそうです。僭王ベアールの落胤がいる、と」
僭王の名を聞くや、ルドルフの表情が固くなる。
「ベアールの落胤とやら……仮に真であったとしても、あの愚鈍王の血を引く者を今更祭り、国家転覆を謀ろう者などいるはずがない。だが、私を日頃から快く思わぬ者に、そのような理屈など通らぬ。どのような手段を用いてでも、この身を王座から引き摺り下ろそうとしてくるであろう? 調べろ」
「すでに調査は始めております。ですが、早速、神子の一行が、そのベアールの庶子と接触したとのことですが?」
「なん……だと?」
よりにもよって、神子の一行と?――ルドルフは舌打ちした。
「つい先程入ってきた一報にありました。あの銀髪の男ではなく、神子とその従者が、噂の落胤と会っていたようです」
そもそもブリジットは、他の用立ては勿論、その落胤の噂を確かめるために、城下に赴き、情報を収集していた。追手から逃れるシェイドらと偶然居合わせたのは、その最中であったのだ。
「まったく、頭痛の種がまた増えたな。彼奴らはグランディアに要らぬものばかり運び込む、疫病神よ。ますます捨て置けぬわ……」
ルドルフは溜息を吐くと、高い天井を仰いだ。
「私はローランドに世界の全てを与えてやりたい――と思ってはいる。だが、息子は内気な性分のようだ。次期国王となるには、少々先が思いやられる」
「まだ王太子殿下の将来を悲観するには早過ぎるのでは?」
「そなたとの間に子が出来れば、それはそれで愉快なことだろう」
「ご冗談を。それを成さぬゆえに、私が存在することを妃殿下が許されているのです」
下腹に滑り込んできたルドルフの手をゆっくり振りほどくと、
「貴方様は、他人の心がわからぬお方ですね」
ブリジットは蚊の泣くような声で呟いた。




「僭王ベアールの落胤だぁ?」
ベッドにどっかりと腰を下ろしたガルシアがその言葉を耳にするなり、身を乗り出した。柱を背にして腕を組むシェイドなどは、『何を今更……』といった表情である。
エステリア一行が全員、昼間に手配しておいた宿屋に戻った頃には、すでに陽は沈んでいた。
一行は、食事を済ませると、各自宛がわれた寝室のうち、ガルシアの部屋に集まり、早速、報告会を行っていたところである。その最中、話の流れから『ベアールの落胤』という言葉を口にしたサクヤに皆の視線が集中する。
「あの司祭のディオスさんが、ですか?」
シオンが改めてサクヤに訊いた。
「ああ。本当かどうかはわからんが、街の住人がそう言っていた。鬼神の妖気を追ってたら、その落胤がいるという教会に辿りついたから、もののついでに顔を拝んでいこうと思って、あの場所に赴いた」
「確かに……似ているといえば似ていたわ」
言いながらエステリアがシェイドを見つめる。
「何がだ?」
「その司祭の顔が、よ。と、いっても盲目の方だから、瞼は閉じたまま、なんだけど。どことなく、普段の貴方に似ているの。サクヤも驚いて固まっていたぐらいよ。ねぇ?」
「あ? ああ……なんとも言えんが……」
他に何か考え事でもしていたのか、エステリアに同意を求められたサクヤの返事は、どこか上の空といった感じである。

「万が一、ディオスさんがベアールがどこぞの女性に産ませたご落胤だったとしたら、一応は獅子王の血に連なるわけですから、どこかしらシェイドさんに似ていてもおかしくはないでしょうね」
「まぁ、確かに僭王は女癖が悪かったと聞く。俺にとって、未だ見知らぬ庶出の従兄弟がいても、驚きはしない」
「しかし、なんでまた、今頃になってベアールの落胤話が出てくるんだ? そいつを使って、国家転覆でも企てている連中でもいるのかよ?」

「逃亡中に情報収集している最中、色々と街での話に耳を傾けていると、現在の国王のやり方に不満を抱いている輩は、少なからずいるようだぞ? あのディオスとかいう司祭が、本当にベアールの落胤という確証はどこから来たものかはわからん。が、革命に狂った連中は、事を起すための『大義名分』を作るのに必死だからな。そいつらの耳に入ったときが厄介かもしれん

「心配ですね。ディオスさんが、そういった反乱分子に巻き込まれ、祭り上げられる事にならなければ良いのですが」
「祭り上げるって――仮にディオスさんがその落胤だったとしても『僭王ベアール』のご落胤でしょ? そんな人を次の国王にしようとするなんて……」
「あー、お嬢ちゃんの言いたいことはわかるが……。例え父親が『愚鈍王』で、『セレスティアの悲劇』を起して世界を混沌に陥れた罪人だったとしても、息子までが同じとは限らねぇだろ? 意外に名君の気質を持って生まれてる場合もある。逆に名君と呼ばれた前王ギルバートの息子があんな赤毛の阿呆だったりするわけで」
「腹に一物を抱えて過ごしている連中にしてみれば、赤毛が国王でいるより、ベアールの庶子にでも統治してもらった方がまし――なんだろ? むしろ頭の良い奴は、その司祭の身体に不自由があることにつけ込んで、摂政となり、傀儡にすることを考えているはずだ」
あくまでも仮の話だ――シェイドは最後にそう付け加えた。
「なるほど。中央の大国だから――と安心してはいたが、意外にもこの国の情勢は脆く、不安定なのかもしれねぇな」
ガルシアが顎を撫で、話を続けた。
「五年前の前国王夫妻の暗殺、ベアールの反乱、ルドルフの軟禁、そしてセレスティアの悲劇と、ベアールの討伐。こんなことばかり経験してりゃ、さしずめあの赤毛の国王さんも、猜疑心の塊になるわな」
「じゃあ、国王陛下は裏切りや反旗を翻されるのが嫌だから、ああやって紺青の守衛を巡回させて、常に民衆を見張ってるってこと?」
エステリアの問いかけに
「要は小心者ってこったな」
「男にしては器が狭すぎる」
「口が達者な割りには逃げ腰ということだ」
と、ガルシア、サクヤ、シェイドが同時に答える。
「その国王側が追い回してくれたおかげで、今日は本当に散々な一日だったな。一体、何をしに出歩いたかわかりゃしねぇ」
「では、逃げている間は、お前達は何も情報を得ることはできなかったわけだな?」
サクヤが訊いた。
「できるわけねぇだろ。俺達を追い回していた連中はしつこくてよ、そんな余裕はねぇよ」
「せいぜい収穫といえるのは、公妾のブリジットに会ったぐらいだ」
代わりにシェイドが答えた。
「国王の愛人の印象はどうだった?」
「とんだ狐、食わせ物――といった感じだ。なんでも公妾の身ながら、この国の外交を取仕切っているらしい。で、たった一人で逃げていたあんたの方はどうだったんだ? まさかベアールの落胤の情報を仕入れただけで、終わるわけないよな?」
「勿論だ」
言いながら、サクヤは
「始めに調べ上げたのは、今後我々の前に立ちはだかりそうな連中の詳細からだ」
テーブルにグランディアの観光用の地図を広げた。
「まず、国王直下の騎士団、『白銀の騎士団』について。連中は少数精鋭ながら、一人一人が将軍職と同じ役目を担っている。その団長はオスカー・パーシヴァル。パーシヴァル家は従来、諜報活動を得意とする家系らしい。おそらく我々に追手を放ったのは、こいつと考えて間違いない。またオスカーは公妾ブリジットのデリンジャー侯爵家に縁ある者なのだそうだ」
「なるほど、どうりで外交官とはいえ、あの妾の姐さんにも間諜のような胡散臭さを感じるわけだ。やっぱ血筋だな」
ガルシアがしみじみと頷く。
「次はレオノーラ・ステイシー。ステイシー伯爵家の令嬢であり、女だてらに騎士団の副団長だ。オスカー不在の際は、彼女が陣頭指揮を取る。またステイシー家は、グランディアにおける輸入品を取り締まる検閲官でもあるそうだ。
そしてハロルド・ラングリッジ。あの中央広場には参列してなかったようだが、ハロルドの部隊は屈強な兵揃いで、前線に駆り出されるのは彼ららしい。そしてハロルド自身に爵位はない。
最年少は、昼間、レオノーラと共にオークを斬り捨てていたジェレミー・マグワイア。騎士団には他にも面子がいるが、主に目立っているのはこの四人だ。さらにこの四人のうち、オスカーとジェレミーが王妃ヴィクトリア側についている護衛であり、レオノーラとハロルドは公妾ブリジットの側にいる護衛らしい」
「国王夫妻を四人で守るならまだしも、公妾にまで平等に護衛をつけるのかよ……」
「さらにそれとは別に近衛兵団もいるようだ。あくまでそちらは将軍職、などではなく、本当に国王夫妻の身辺警護と相談役という密接な仕事らしいが」
説明を続けながら、サクヤは中央広場から北西に入った先にある道を指で辿った。
「エステリア、お前達が世話になっていたのは、このルーベンス教会だ」
「ルーベンス教会……そんな名前だったんだ」
エステリアは、ディオスやルーシアの話を聞くことに夢中で、肝心な教会の名を聞き忘れていたことを、今更ながらに思い出していた。
「中央広場から西に行けば、黒曜の艦隊の宿舎がある。よって、この辺りの出店には鮮度の良い魚や青果はもちろん、珍しい輸入品も並んでいる。また酒場には、やはり海の男達が集うのか、荒くれ者が多いようだ」
確かに、追手から逃亡中、シオンと入った酒場の店主の風体、そして客層がまさしくそれであった。エステリアが小さく頷く。
「黒曜の艦隊の提督はベイリー・コバーン。その愛娘は王妃付きの侍女らしい。黒曜の艦隊――とりわけベイリーには色々と黒い噂もあるようだが、おそらく怪事件とは関係ないだろう。また提督直下にいる兵士達のことを『紅蓮の巡視団(バーミリオン)』というそうだ。
紅蓮の巡視団はいわば、海兵。(おか)にいるときは、紺青の守衛となんら変わらない役割をする。気をつけることだ」
紅蓮の巡視団(バーミリオン)――その名を聞いた途端、ガルシアがげんなりとした様子で、溜息をついた。シェイドにおいては、この件について、もはや何も言うことはないようである。話題を変えるかのように、眉間に皺を寄せたまま、
「黒曜の艦隊が港町付近に宿舎を構えているのはわかるが、白銀の騎士団は一体、どの辺りにいるんだ?」
と尋ねた。
「地図を見れば一目瞭然だが、グランディアは国立歌劇場より先に、大まかに三つの郭が設けられている。一の郭にあるのが本宮とすれば、真下の二の郭は大貴族や、側近、あるいは寵姫や国王自身の別荘が集まっている。その下の三の郭はいわば、中流貴族が、そして国立歌劇場周辺には地方貴族らの屋敷が建ち並んでいる。白銀の騎士団の宿舎は、二の郭の本宮の間近に建てられている。周辺には、オスカーやレオノーラの屋敷も、設けられているのだろう。二の郭の西に、公妾ブリジットの屋敷もある。黒曜の艦隊の提督であるベイリーは成り上がり者のためか、二の郭と三の郭の丁度つなぎ目のようなところに屋敷を与えられているようだ」
「じゃあ、私が昼間に出会った、グレイス・バーグマンさんの屋敷は?」
「身分的に、おそらくグレイスさんの屋敷は、国立歌劇場周辺でしょうね。ここからなら、なんとか買い物をしながら、ルーベンス教会に通えそうですしね」
シオンがおおよその範囲で地図をなぞった。
「なあ、姐さん、俺達が公妾と出会った場所はどの辺りだ?」
「中央広場から北東の道に入った先にある、貴族御用達しの店が建ち並ぶ場所だ。ここは随分と入り組んでいる。どうやら真ん中を通らずとも、ここに国立歌劇場へと続く一本道もあったようだが、土地勘のあるグランディア人でなければ、抜けることは出来まい」
さすがのサクヤもお手上げという感じである。
「と、一通り説明は終えたところで、本題の『怪事件』についてだ。私が聞いた話によれば、丁度この付近にある林で、グランディア人の惨殺死体がいくつか見つかったらしい」
「惨殺死体?――失血死したものではなくて?」
「失血死?」
エステリアの声にサクヤが眉を潜めた。
「ええ。私達がルーベンス教会で聞いた話によれば、その教会の周辺で、失血死した死体が見つかったそうですよ?」
エステリアに代わってシオンが説明した。
「そうか、そっちは失血死か……」
「おい、姐さん、『そっちは』ってなんだよ?」
「いや、こちらでは惨殺死体。エステリアの話では、失血死した死体。そして……三の郭と歌劇場付近――西の森では、無残に食い散らかされたような人間の死体が多数見つかった――というのだ」
「はぁ?」
その話を聞いた瞬間、思わず、サクヤ以外の仲間達は異口同音に声を挙げていた。
Back * Top * Next