Back * Top * Next
EternalCurse

Story-87.中央王国グランディア
昼に差し掛かる頃、グランディアに着港したエステリア一行は、早速、本日の宿の手配を済ませ、出てきたところであった。エステリアはおもむろに立ち止まり、ふと空を見上げる。
グランディア城下町から見た空は、どこまでも高く澄み渡っていた。賑わう街並、活気付いた人々、飛び交う会話の中には、時折聞き覚えのない異国語も混じる。
「セレスティアに宣戦布告をされたっていうのに、何事もなかったかのような雰囲気ね……街の活気に気圧されそうよ」
言いながら、エステリアは息を漏らした。
「宣戦布告を受けようが、勝つ気満々なんだろ? それでもいつも以上に兵士が配備されているところを見る限り、警戒はしているようだが?」
皮肉たっぷりの口調でシェイドが言う。
「街の活気っていうけどな、お嬢ちゃん、カルディアだって本来ならこれぐらい賑わってるんだぜ?」
これはガルシアだ。
「へぇ、そうなの……」
淡白なエステリアの返事に、ガルシアは思わず脱力した。
思い起こせば、エステリアは活気付いたカルディアを知らない。
強く印象に残っているのは、半壊した城に、降り積もる季節外れの雪景色である。確かに、テオドールの命により、集落より赴いた際、カルディアの街は賑わっていたのかもしれないが、当初のエステリアには、自分を捨てた母親との対面に鬱々としていた状況であり、周囲に目を向けるような余裕はなかった。
「それにしても、さすがはグランディア、武力だけでなく、芸術や文学面にも力を入れているようですね。街の中央にはグランディア国立歌劇場、その近くには歴史資料館……」
城下町の見取り図が大きく描かれた看板を見ながらシオンが呟く。
「で、我々の向かうカルディア大使館はどこにある?」
サクヤが尋ねた。
「国立歌劇場から東のようですね。ちなみに西がメルザヴィア大使館――兄弟国のわりには随分と極端に離されて建てられていますね」
「ルドルフの代になって新たに建て直されたようだな。以前とは全く位置が違う。兄弟国の大使館を両脇に引き離すとは……よほどカルディアやメルザヴィアに必要以上交流されては困るんだろうな」
「それにしても、大使館を通じて国王への謁見を申し込む――なんぞ、面倒なことだ」
シェイドに続いて、サクヤが悪態をつく。
「昔は違ったの?」
エステリアがこちら側に振り向いた。
「ああ、大使館なんぞ通さずとも、会いたいといえば、いつでも各国の王と謁見ができた。それが世界の均衡を保つ役割を担った神子に対する必要最低限の礼儀というものだ。それにしても時代も変わったものだな、ここまで国が横柄になるとは思ってもみなかったぞ」
嘆かわしい――と言わんばかりにサクヤが溜息をついてみせる。
「それでも国王陛下には会って、セレスティア宣戦布告後の国の現状を聞かないことには、何も行動できないわね」
グランディア国王ルドルフがシェイドの天敵であることも手伝ってか、エステリアの表情はどことなく曇っている。
「ともあれ、国王陛下に許可を貰わねば、我々もこの国で自由に行動ができなくなりますしね」
と、これはシオン。
「だから、そもそも『それ自体』が間違った考え方だというに……」
げんなりとした表情でサクヤが言う。
「俺としては、カルディアへの侵略行為を突っ込んでやりたいところだが……」
生憎の姿であるためか、ままならない――といった調子でシェイドが肩をすくめた。
「心配すんな。機会がありゃ、カルディアの将軍として、俺が尋ねてやるからよ」
軽くシェイドの肩を叩く、ガルシアの姿を見て、エステリアはほっと胸を撫で下ろす。
一時はどうなるかと思ったものの、シェイドとガルシアは徐々にではあるが、本来の調子を取り戻しつつあった。
ほんの少しだけ表情を綻ばせたエステリアの視線の先に、見たこともない一団の姿があった。金銀細工で彩られた大きな馬車。そこには見たこともない質感、模様の織物が積まれゆっくりと移動している。馬車に沿って歩くのは、浅黒い肌、炭のように黒い髪の若い男女。
身に着けた装飾品は、金で作られており、どれもがゴツゴツとしていて大振りである。身体にぴったりと反った衣装も目を引いた。はっきりした目鼻立ちと、女性においてはきつい黒の目張り、そして赤い紅が印象的であった。
「ありゃスーリア人だな。さすが貿易活発なグランディアだ。西に大橋が通るや、早速王室御用達しの一団が入国してやがる」
「スーリア……って『西の果て』って言われてるあの国?」
エステリアの質問に、シェイドが頷く。
「ああ。東の大国セイランと同じく、独自の文化が発展している国だ。獅子の兄弟国とは異なる装飾品や絹織物、化粧品。ご婦人方は目新しいその品数にこぞって飛びつくことだろう」
「世界の貿易の大半を牛耳ってるのがグランディアだ。なんせ獅子王の国だしな。手に入らないものがない。カルディアやメルザヴィアあたりは、そのおこぼれにすがっているようなもんだ」
どこか不満を帯びた表情でガルシアが言う。
「メルザヴィアはヴァロアほどではないが、土壌が悪い。ほとんどこの国からの輸出に頼っているようなものだ。正直、野菜や果物なんかはセイランの方が、品質が良くて安い。父と暁の神子の縁から考えても、友好的に交易するならば、セイランが良いんだが……」
シェイドの表情が険しくなる。
「グランディア国王が待ったをかけているんですよね?」
飄々とした物言いだが、シオンの口調には、いささか毒も含まれている。
「セイランとしても、メルザヴィアの鉱物や洗練された武器、防具は欲しいところだ。が、こちらの国王にはことごとく邪魔をされているのでな。思ったように交易が進まん」
と、サクヤ。
「獅子王レオンハルト時代、ギルバート伯父時代は、幅広い外交を重んじていたはずが、僭王ベアール、自称英雄王のルドルフの統治で、『まずは中央ありき』という流れになって、その辺の取り締まりも強化されていてな」
シェイドが肩を落とした。
「おそらくはセイランとメルザヴィアに組まれて背後と横腹を突かれた場合のことを懸念してのことだろうよ」
セイランにおける賢者の立場から、グランディアとの外交において、何か嫌な思い出でもあったのか、サクヤが苦々しく吐き出した。
「へぇ……」
エステリアは周囲の会話に耳を傾け、関心を示していた。
集落の中にいたままでは知りえない事、それを吸収することには、なんらためらいもなかった。そもそも、この一行は、王室に近いところにいて、政に携わってきた人間ばかりだ。各国の外交、文化、特色を聞かせてもらえるのは、むしろ新鮮で、どこか楽しくも思えることばかりである。

その時だった。
一行が通りかかったパブの扉を内側から蹴り上げ、紺青の制服に身を包んだ集団が次々と外に出てきた。彼らはパブの中にいた客の一人の手に錠をかけ、連れ立っていた。
「お、お許し下さい、ウォルター様! ご、ご慈悲を……!」

捕えられた男は、その場に膝をつき、紺青の制服を着た集団の中でも首領と思しき者――黒檀のような黒髪を持つ痩身の男を見上げながら、縋った。
ウォルターと呼ばれたその男は、二十代半ばにも、また三十を過ぎたばかりにも思える容貌の持ち主であった。彼の年齢を曖昧に見せているのは、その顔色の悪さと、やつれたように扱けた頬である。彼の顔は、一目見るなり、疲労困憊、憔悴しきっているようにも思えるが、それでもその双眸は、野心に満ちてぎらぎらとしている。それはまるで飢えた蜘蛛や蛇にも似た不快感すらある。

「貴様の発言は国王陛下に対する不敬罪に値する。紺青の守衛の権限をもって、貴様を捕え、投獄する」
ウォルターは冷ややかに言い放つと、捕えられた男の顔面を思い切り蹴とばした。有無を言わさぬその一撃で、捕えられた男は、鼻の骨が折れたのか、顔面を血に染めながら、後方に倒れると、そのまま気を失っていた。
「世話が妬ける――連れていけ。引きずってもかまわん」
ウォルターの命令で、周囲にいた紺青の制服の人間らが、気絶した男を乱暴に扱い、近くに止めてあった幌馬車に放り込んだ。エステリアが思わず、飛び出そうとした瞬間、ガルシアが引き止める。
「目を合わせるなよ、お嬢ちゃん。今は関わっている場合じゃねぇ……特に、この国の法がわからねぇなら尚更だ」
「あの青い連中……一応は、国王直属の使いのようだな」
立ち去る紺青の一団を見送りながら、シェイドが目を細める。
「すみません。少々お尋ねしたいのですが、お婆さん、今の方々は一体なんなのでしょう?」
早速だが、シオンがすぐ傍を通りかかった老婆を捕まえ、尋ねていた。
突如として声をかけられた老婆は、始めは戸惑ってはいたものの、シオンのグランディア人とは違う顔立ちや装いを見るなり、何も知らない旅行客だと確認できたのだろう。少しだけ身体を寄せると、
「大きい声では話せないけどね。あれは『紺青の守衛(アイアンブルー)』さ」
まるで耳打ちするかのように言った。
「『紺青の守衛(アイアンブルー)』?」
シオンが反芻する。
「ああ。城下町の治安を守るために結成された一団だよ。町の警護と共に、王室に仇なす人間を捕え、罰するのが彼らの役割。不審な人間、不穏な動きを見せる組織、そんな連中を見つけたら、真っ先に彼らに報告せよとのお達しでね……」
「つまり、城下を巡回しながら、国に不満を申し立てる人間を処罰する。または密告を受け付ける……というわけですね?」
シオンに訊かれて、老婆は周囲の目を伺いながら小さく頷く。
「国民に不平不満を言われることを恐れて、密使を巡回させ、都合の悪い人間は牢獄行き……とは、随分と心の狭い国王なことだな。交易をも独占したがる奴だから、小者臭はしていたが……」
「そうか。あいつらは何かと思えば、ただのルドルフの犬か」
サクヤとシェイドの痛烈な一言に、老婆は慌てて二人の口を塞ぐべく飛びついた。
「なんてこと言うんだい! あんた達! 旅行客といえども国王陛下への不敬罪は、さっき見た通り、投獄もんだ。絶対に口にしちゃならないよ!」
老婆はそこまで言うと、今一度周囲を見回した後、深く息を吐いた。
「異国の人。悪いことは言わない。あんた達はグランディアに観光に来たんだろう? もう少ししたら、『白銀の騎士団』を連れ立った国王陛下ご夫妻が広場にお見えになる。城下町を守る兵隊さんの士気を上げるためにね。『黒曜の艦隊』も船上から花火を打ち上げてお迎えするから音に驚くんじゃないよ? 『金色の獅子王』様のお姿は、是非、一目拝んでいくといい。ただし、楽しみたけりゃ、口には慎むことだね」
「ありがとうございます。お婆さん」
シオンが丁寧に礼をすると、老婆は何事もなかったかのように、静かに歩き始めた。
「まったく……。一見、平和そうに見えて、実は息が詰まるような情勢ってことかよ。なぁ、お二人さん、今後は口には気を付けてくれよ?」
ガルシアがシェイドとサクヤに視線を送る。
「私が何か悪いことでも言ったか?」
「本当のことを言っただけだろ? 何か問題があるか?」
が、この二人には毛頭反省するつもりもないらしい。
「先が思いやられますね……」
シオンが苦笑をしつつ、続けた。
「それにしても、この国の王様は、随分と人や役職を形容することにこだわりをお持ちのようです。街の見取り図の他にも、簡単な組織図がありますが――『金色の獅子王』の配下には『白銀の騎士団』が。その下には『黒曜の艦隊』と続いています。どうやら先程いらした『紺青の守衛』は階級的に底辺の仕事のようですね」
「金、銀と、続いてなんで急に『黒曜』の艦隊になるんだろうな。普通は銅じゃねぇのかよ?」
「魔よけ――の意味も込めてでしょうね。銀や黒曜石にはそういった力がありますから」
なるほど……といわんばかりにガルシアが頷いた。
「仰々しい名前を付けたがるところはあいつらしいな。だから気に食わないんだよ、『赤毛の道化』の分際で」
「赤毛の……道化?」
エステリアがぽつり、ぽつりと呟いた。
これまでの経緯――メルザヴィアにおいて、クローディア母娘のシェイドへの態度から察するに、幼少期の彼はこのグランディア国王、ルドルフからも、ヴァロア皇帝の落胤と蔑まれ、色々とぶつかることが多かったのだろう。気持ちはわからないわけでもない。
しかし、ルドルフへの敵意をむき出しにしているシェイドの様子が、普段と姿が異なることも手伝ってか、随分と大人気ないようにも思える。エステリアは小さな溜息をついた。
Back * Top * Next