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EternalCurse

Story-83.蟲惑 *閲覧注意 この回には未成年者の閲覧にふさわしくない表現がされています。
セレスティアの幻影が空を覆い、その唇が世界への復讐を告げてから後ほどのことだった。
壊滅的な打撃を被った事に加え、かつて『希代の神子』とさえ言わしめた、セレスティアからの宣戦布告にカルディアの民達は騒然となっていた。
ガルシアの配下でありシェイドとは同僚でもあったカイルもまた、その一人である。
カイルは屋敷の書斎で思い悩んでいた。テオドールの臣下のほとんどは、リリスによって人質を取られていた。逆らえば投獄、処刑、良くて爵位の剥奪、あるいは軟禁である。
家族を、家を守るためには、騎士道精神に反する苦渋の決断をするしかなかった。
とはいえ、どんな理由があれ、その決断こそが、国の崩壊を加速させたことには変わりない。
カイルは深い溜息をついた。皮肉にもテオドールの崩御によって人質達はようやく解放されたのだから、これからは国の復興に尽力するしかない。それが一番の贖罪にもなる。少なくともマーレ王妃は存命で、今現在、ブランシュール邸にて静養していると聞く。
ブランシュール邸――その名が浮かんだ後、カイルは不意に首を傾げた。
カイルからは、カルディアが崩壊する前、ブランシュール邸に訪れ、シェイドと対峙した直後の記憶がごっそりと抜け落ちていた。あの時、向かい合ったシェイドから、底知れぬ闇を肌で感じ、その双眸に金色の光を見たはずだ。その後、気がつけばカイルは自身の屋敷の前で倒れていた。
一体、何が起こったのだろうか? カイルが深く考え込んでいると、扉をノックする音が聞こえる。「入れ」
カイルが短く言うと、ヴァレリー家の使用人が、ゆっくりと扉を開け、書斎に足を踏み入れる。使用人の後ろにはもう一つの影が見え隠れしていた。おそらくは客人であろう。
カイルは眉間に皺を寄せ、
「取次ぎの確認もせずに、何故連れて来た……」
と、不機嫌を露わにしたのだが、使用人の後ろに控える人物の顔を見るなり、口を噤んだ。それは顔見知りであったカヴァリエ家の執事である。執事は憔悴しきった顔で、のろのろと頭を上げると、懇願した。
「無礼を承知で通して頂きました。カイル様、どうかお嬢様をお助け下さい」



カヴァリエ家の執事が用意した馬車に乗り、目的地であるカヴァリエ侯爵家へとカイルが辿りついたのは、日が暮れ始めた頃であった。
「お嬢様の部屋には、皆、恐ろしがって近寄れぬのです」
他の使用人に暇を取らせているのだろうか――異様な程に閑散としたカヴァリエ邸に、執事の声とカイルの足音が響く。
「恐ろしがって……近寄れぬ……とは?」
訝しげな面持ちで聞き返すカイルに、執事は一言だけポツリと漏らした。
ご覧になればわかる――と。
執事の話によれば、カヴァリエ侯爵令嬢、レイチェルはあの悪夢のようなカルディア崩壊の日より、数日後、誰に告げることもなく外出し、何処よりか帰館した後、部屋に閉じこもってしまったという。
レイチェルの部屋の扉は固く閉ざされ、家政婦を始めとする使用人一同の入室も許さぬという。侯爵夫妻も最初は、『いつもの愛娘のわがままだ』と捨て置いていたのだが、しばらくしても一向に部屋から出てくる気配のない娘の身を案じ、部屋の前で呼びかけてみたものの、返事はない。
さすがに、不安を覚えた侯爵夫妻は、扉を無理矢理こじ開けさせ、部屋に押し入った。
直後、その惨状を見た夫妻は、言葉を失い、そのまま臥せってしまったという。その後、倒れた夫妻に成り代わり、見るに見かねた執事がカイルに助けを求めてきた――というわけだ。
「これは……一体どうしたことか?」
執事に案内され、レイチェルの部屋へと足を運んだカイルは、その光景に呆然と立ち尽くしていた。
高級な調度品で揃えられた令嬢の寝室の中央部――その天井から、大きな蛹のようなものがぶら下がっていた。いや、蛹というよりは、まるで女王蜂が育つ王台のようにも見える。そこから止めどなく溢れ、床に零れ落ちている粘液が豪奢な絨毯を汚していた。むせ返るような甘い香りがする粘液に、足を取られぬよう、気をつけながら、カイルはその異形の王台に近づいた。
傍まで寄ると、その王台の中に、うっすらと人影が見えた。
その横顔には見覚えがある。紛れもない、レイチェルだ。
「レイチェル殿?」
振り返ったカイルに執事は頭を振った。
「どうかお願いいたします。お嬢様をお助け下さい……」
「わかりました」
そのカイルの力強い一言に、執事はようやく表情を和らげると、退いた。おそらく今度は臥せっているカヴァリエ候夫妻の世話をしなくてはならないのだろう。部屋の扉が閉まり、執事の足音が遠ざかるのを聞くと、カイルは王台を見上げた。
一体、どんな魔物が、何の術をもってレイチェルをここに閉じ込めたのだろうか?――だが、この中にレイチェルが捉えられているとわかった以上は、是が非でも救い出すしかない。
カイルは剣を抜くと、レイチェルの身体を傷つけぬよう、その切っ先で王台の表面をなぞった。
王台は思いのほか柔らかく、簡単に切れ目を入れることが出来た。
カイルはそこから両手を入れると、力一杯に王台を広げ、手探りでレイチェルの胴体を掴む。夥しいほどの粘液が、王台の裂け目より零れ落ちた。
日頃より魔物に見慣れている騎士ならば、このようなものは珍しくもないのだが、カイルとは違って生粋の貴族である侯爵夫妻が、異形の王台に閉じ込められた娘を目の当たりにして、腰を抜かし、臥せってしまうのも無理はない。
王台の中からレイチェルを引きずり出したカイルは、レイチェルの身体を抱えたまま、もつれるようにして、後ろに倒れこんだ。
「レイチェル?」
身を起したカイルが恐る恐る尋ねる。粘液に塗れ、ぐったりと脱力しているものの、レイチェルには呼吸がある。カイルはほっと胸を撫で下ろした。
ふと視線を落とすと、レイチェルの裸身は黄金に輝き、その髪は以前にも増して、白金色に輝いている。カイルはまるで、生まれたばかりの蝶のようなレイチェルの美しさに固唾を飲んだ。
「うっ……」
レイチェルの唇から声が漏れる。続いて瞼が薄っすら開く。
「レイチェル、気がつきましたか?」
レイチェルは呆然と虚空を見つめたまま反応を示さない。一体、何故このような事態に陥ったのかはわからないが、よほどの恐怖で気が動転しているのだろうと察したカイルは、自らの外套を脱ぐと、レイチェルの身体に羽織らせた。
レイチェルは不思議そうに、カイルに視線を合わせると、不意に笑みを浮かべ、羽織っていたはずの外套を払い落とす。
「こんなものは私に必要ないわ」
ようやく言葉を口にしたレイチェルが、カイルの首に両腕を回し、そのまま体重をかけて倒れ込む。
「レ、レイチェル?」
驚いたのも束の間、一瞬にして反転した天と地に、カイルの瞳は動揺したまま宙を泳いでいた。
未だ、王台の中にあった、ぬらぬらとした液体を体に纏わりつかせたまま、レイチェルがカイルを組み敷くと、すぐさま、馬乗りになる。
レイチェルには自らの身に起こった出来事と、これまでの経緯を未だに把握することが出来なかったが、これから何を行うべきかは、既にわかっていた。いや、何かが潮騒のようにざわざわとレイチェルの本能に呼びかけていた。レイチェルは恐ろしい力でカイルの身を押さえつけたかと思うと、無言のまま衣服を引き裂いていく。
露になった、騎士のたくましい胸板を目にするや、レイチェルは舌なめずりしたかと思うと、そこに顔を埋め、唇を這わせていく。
「レイチェル!? 何、を…」
抗うよりも先にレイチェルの赤い舌が、カイルの唇を割って入ってくる。
一体何が、彼女をここまで駆り立ててしまったのだろう――戸惑うカイルの身体にレイチェルの豊かな胸が触れる。カイルはその瞬間、ちくりと小さな針に刺されたような感覚を覚えた。
「っ……」
小さく感じた痛みが、甘い痺れとなって全身に広がっていく。同時にレイチェルの頭部が、徐々にカイルの身体を下降する。レイチェルはカイルの『交尾器』にまで辿り着くと、愛しげに撫で回し、口に含んだ。
「っ……あっ……」
カイルの身体が快感に仰け反る。
これは淑女のやることではない、こんな娼婦まがいのことを、この侯爵令嬢が行うとは――もし踵を返して戻ってきたこの屋敷に執事に、この様子を見られでもしたら――?
理性と本能の狭間に揺れながらも反応を示すカイルの顔を、レイチェルは面白おかしそうに、眺めながら、熱い舌で、唇でカイルを弄ぶ。
愛しい令嬢の生温かい口内に絡めとられ、強く吸われ、カイルのそれは欲望のままに形を変え、膨張し、硬直する。唇から唾液の糸を引きながら、レイチェルは身体を離し、カイルの『交尾器』に視線を落とした。それは、充分に『雄』としての機能を果たすことを、確認するや、レイチェルの双眸が異様なまでに輝く。
早速、それを自身にあてがい、そのまま腰を落とした。破瓜の痛みさえ、ものともせず、カイルを咥えこんだレイチェルは、恍惚とした表情で息を吐き、動き始めた。
レイチェルは、いいや、リリスによってレイチェルの胸の間に埋められた何かが、事をより性急に運ぼうとしていた。
「ああ……レイチェル……まるで夢のようだ……」
艶かしい舞踏のようなレイチェルの扇情的な動きが、取り込まれたカイルに悦楽を与える。カイルもまた、意中の娘と深く繋がった悦びに溺れ、求めに応じた。
「レイチェル……レイチェル」
何かに取り憑かれたかのように、カイルは無我夢中で、レイチェルの中に自身を突き立てる。全身を蝕む甘い毒が、カイルの中から理性を取り払おうとしていた。
「ほら……もっと私を楽しませて頂戴……」
レイチェルは艶かな息を吐きながら、カイルの『交尾器』に下腹部を擦りつけた。豊満な胸が弾み、上下する。カイルはそれを鷲掴みにして、堪能した。
雄が雌を征服する悦び――その本能の赴くままに、立場を超えて、二人は獣のように貪り合っていた。
「あっ……あぁ……レイチェル」
これまでに感じたことのないような、圧迫感がカイルを襲う。
「レイ……チェル……」
気が狂いそうになるほどの快感と、全てを搾り取られるような感覚に、カイルは喘いだ。
「ああ……そうよ、もっと頂戴……」
恍惚とした表情で下腹部に手を置いたまま、身体を大きく反らすレイチェルの下で、カイルが苦しげな声を漏らす。
しかし、一つの『過程』を終えて悦びに咽ぶレイチェルに、そんなカイルの声など聞こえるはずもなかった。カイルの交尾器より吸い上げた種が、自身の持つ卵の一つ一つに、確実に受精していく。
無数の『兵隊』を得た彼女は『巣立ち』が出来る――、と、『本能』が赴くままに、次の『羽化』にむけて、身を委ねていた。




「何よ……貴方、一体、何なのよ!」
その夜、エステリアには覚えのない――それでもカルディア城内の、いずれかであろうと思しき場所で、待ち合わせでもしていたのだろう、カナリアのような髪の色を持つ娘――ミレーユが叫んだ。
無論、彼女は故人である。これが夢であると、その場に居合わせた――いや、正確には第三者としてこの様子を垣間見ているエステリアは、冷静に受け止めることができていた。
少なくとも、ミレーユがこの場所に来るわずか前に抱いていた感情は、このように困惑を伴った、悲痛なものではない。シェイドに向けられた溢れんばかりの想いであったはずだ。
ミレーユの視線が足元で失血死した娘――友人を捉えていた。
その血を啜った後に蠢く影にミレーユは恐怖し、頭を振るようにして、後ずさりする。
ミレーユの前にいた銀と黒に彩られた影が、ゆっくりと歩み寄る。
「違う……違うんだ、ミレーユ……いや……わからない」
自分の足元に転がる女の死体、そして口元にべっとりと付着した血に戸惑いながら、幾分か幼さを残した妖魔の美しい顔が、どうしようもない感情と苦痛に歪む。
突然のことに混乱しているのは、若い妖魔――シェイドも同じであったのだろう。
誤解を解くように、または助けを求めるかのように、ミレーユへと伸ばしかけた手を引いて、シェイドは何かの衝動を抑えるかのように、両手で身を抱きすくめる。
ミレーユはそのまま踵を返し、走り去った。
エステリアは、この日がシェイドの中で『最後の英雄』の力が目覚めた日だという事を思い出していた。

「もう、別れよう……」
悪夢のような日から数日は経ったのだろうか? その日のシェイドは人間の姿を取り戻していた。庭園の片隅にミレーユを呼び出したのだろう。
「俺は……『普通』じゃなかったみたいだから……。だから君に言った事も、君へのこれまでの行いも全部、悪かったと思ってる。身勝手な事とは承知しているが、許してほしい……」
これほどまでに、悲しい表情のシェイドの姿をエステリアは見たことはなかった。しかし、沈着冷静な今からは考えられぬほど、それが人間らしくも思えた。
「そうね……」
陽に照らされて一層輝く髪を撫でながら――ミレーユは答えた。
その表情は、かつてナイトメアの中で見た弾けるような明るさもなく、憔悴しきっていた。
きっと、彼の正体を知り、そして真相を聞いたときの自分も、このような表情をしていたのだろう、とエステリアは感じた。
「……ごめん、ミレーユ」
少年であったシェイドはそう言い残すと、背を向けた。
打ちひしがれた背中を、抱きしめようにも、ただ思い出を追体験しているだけのエステリアには、到底できるはずもなかった。

そして風景は一転し、今度エステリアの前に映し出されたのは、煌々とした月明かりの降り注ぐ夜の光景だった。小さな白い花が咲き乱れるそこで、妖魔がミレーユの身体を抱いたまま、蹲っていた。
ミレーユのドレスは血でどす黒く彩られ、その顔からは確実に精気が失われつつあった。妖魔の頬を伝っているのは、人としての涙であろう。永遠の別れの際に交わしていたシェイドとミレーユの会話をエステリアは聞き取ることができなかった。だが、同時に妖魔が抱いていた後悔や懺悔といった、心の痛みが、エステリアの中に一斉に押し寄せる。張り裂けそうな心を共有したエステリアは苦悶した。しかし、その痛みもミレーユに対する想いも、シェイドの中から徐々に消え失せ、代わりに別の誰かが――そう、妖魔にとって本来番うべき相手が、心を占領していく。
つい先程まで愛していたはずの女性への想いが、急速に失われていくその恐怖を、エステリアは身をもって知ることとなった。



不意に眼を覚ましたエステリアの頬には涙が伝っていた。エステリアは涙を拭うと、隣で眠るシェイドに眼を向ける。とはいえ、今は普段の姿とは違う。
雪のように白い肌に、まるで女性と見紛うように、美しい項。それを際立てているのは月の光をそのまま切り取ったような長い銀の髪で、先程見た幻もあってか、その背中はいつにも増して、弱々しく見える。
「ねぇ……シェイド……」
シェイドの背にぴたりと身体を寄せ、エステリアは後ろからその胸板に両手を滑らせ、慰めるように、ぎゅっと抱きすくめた。
自分でもよくわからなかったが、何故か、彼自身を包み込んでしまいたい……癒してやりたいといった感情がエステリアの中で徐々に膨れつつあった。
「得意の能力を使って……一体、何を見たんだ?」
「色々……」
エスエリアが背中に額をつける。その手が、幾分かシェイドの身体を下降した後、躊躇するように止まる。
「お前、確か『おあずけ』……とか言ってなかったか?」
呆れたようにシェイドが呟く。だが、満更でもない口調だった。エステリアは、急に絡めた腕を解くと、シェイドに背を向けた。
シェイドの中にあった思い出に感化されたこともあってか、自ら誘うような真似をしてしまったことが、今更ながらではあるが、恥ずかしくなったのだろう。
シェイドは笑いを堪えながら、向き直るとエステリアの項に唇をつけ、後ろから手を回し、柔らかではあるが張りのある胸に触れた。
「んっ……」
しばしの抱擁に身を委ねていたエステリアをシェイドは組み敷くと、よほどの衝動を抑えていたのだろう、性急な動作でエステリアの衣服を剥がし、唇を這わせていった。
エステリアは褥の上で小さく抵抗しながらも、妖魔の唇が辿った場所が、徐々に火照り始めるのを感じていた。
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