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EternalCurse

Story-82.宣戦布告
中央大陸に位置する大国、グランディアでは、早くも『魔獣』によるカルディア王国壊滅の一報を聞いた国王ルドルフが側近を集め、会議を開いていた。
「かねてよりカルディアに派遣していたサイモンより、彼の国が致命的な打撃を受けたことを聞き及んだ。万が一のことがあるならば、すぐさまこちらに連絡を寄越した上で、カルディアを取り仕切るよう、サイモンとマーカスに命じてある。彼らの報告が楽しみだ」
と、優越感に浸る国王、ルドルフ・アルダス・マクシミリアン・グランディア――は、二十代前半、赤茶色(レッド・ブラウン) の髪に淡青色(アイス・ブルー) の瞳の持ち主で、同盟国の侵略を目的とする会議の中心にいながらも、どこか憎めない、人懐っこい顔をした面持ちであった――が、この時点でのルドルフは、『魔獣』の正体が如何なるものであったのか、また大使として派遣した二人が、シェイドによって手痛い反撃にあったことをまだ知らなかった。

「セレスティアの悲劇を起こした愚鈍王ベアールより、このグランディアを救った英雄、ルドルフ陛下でありますれば、カルディアを再建、統治することに文句を言う者などおりますまい」
絶対的な忠誠を誓う老臣の言葉にルドルフは機嫌を良くして破顔した。
「カルディアを我が手中に収めれば、東西のセイランやスーリアに睨みを利かせられるというもの。ついこの間、叔母上が起こした内乱に乗じ、メルザヴィアを手に入れることができなかったのが、心残りだ」
「しかしながら、陛下、そのメルザヴィアですが、此度の件、黙っておりましょうか?」
別の重臣が恐る恐る口を開く。しかし、ルドルフは余裕を持った口調で語った。
「元よりメルザヴィアは、一度滅ぼしたとはいえ、ヴァロアの残党が攻め入らぬよう、隣に睨みを利かせることで手一杯。カルディアには目もくれまい」
「確かに、ヴァルハルト陛下ならば、そうお考えかもしれませぬが、ジークハルト殿下はどうお考えかわかりませぬぞ?」
重臣がルドルフを見上げ、念を押す。
「いいや、我が悲しき従兄弟殿――メルザヴィアのジークハルトはその出生が曰くつきだ。叔父上の後を継ぐこともおこがましい身であるにもかかわらず、このカルディアの王座まで望むまい……いいや『望める』わけがない」
あえて語尾を強調するルドルフの口調には確実に『従兄弟殿』への侮蔑も含まれていた。
「私はローランドには、このグランディアだけではなく、世界を与えたいと思っている」
ローランドとは、セレスティアの悲劇後に王妃となったヴィクトリアと、ルドルフの間に生まれた、二歳になる王太子である。従兄弟の出自を徹底して避難した後、力強く我が子の行く末を語るルドルフの姿に、その場に居合わせた者達が感嘆の息を漏らす。
「さすが陛下……!」
早速、国王に取り入ろうとした重臣が口を開こうとした矢先――

――随分といい気なものね――

凛とした女の声が、響き渡った。
国王が弾かれたように顔を上げ、周囲の者は互いの顔を見合わせた。この場に女はいないはずだ。
窓辺から差し込んでた陽の光が途絶え、外を暗雲が覆いつくしていく。一層薄暗くなった室内から、何気なく窓の外を見た重臣の一人が、
「ルドルフ陛下……! 大変です……! 外、外が……」
と叫ぶなり、空を指差したまま言葉を失っていた。ルドルフは立ち上がり窓辺に歩み寄った。
残った者達も後に続く。ルドルフは臣下が指差す上空を見上げると、大きく眼を見開いた。そこには薄っすらではあるが、女神のような風貌を持つ――いやそれよりも毒々しく、艶やかな女の巨大な姿が映し出されていた。
「我こそがこの世にあるべき神子、セレスティア」
空に映し出されたセレスティアの幻影は、威厳のある口調で名乗りを挙げた。
セレスティア――その名を耳にしただけで、ルドルフ配下であるグランディアの重臣達の数人が、その場で腰を抜かした。ルドルフもまたセレスティアの顔を見るなり、呆然と立ち尽くし、
「……馬鹿な」
ようやく発することができたのは、この一言だけであった。
セレスティアは口元に笑みを浮かべると、悠然と言い放った。
「この世界に生きとし生ける者達に告ぐ。私を魔女として貶めた者どもに神罰を与えてやろう。これは私からの復讐だ。私はこれから国を、お前達人間どもを滅ぼしていく。既にカルディアは我が術中にて陥落した。命が欲しくば、私にひれ伏すがいい。私に付き従う者のみ、命だけは助けてやろう。そう――この私が愚鈍王によって、火刑に処されることを止めることすらできなかった上に、英雄気取りのグランディアの現国王の首でも手土産に持ってくれば、考えてやらぬこともない、聞こえているかしら? ルドルフ?」
おそらくは各国の空に映し出され、呼びかけているであろう、セレスティアの幻影が、ルドルフに視線を落とし、せせら笑う。ルドルフは我に返ると、拳を握り締め、怒りに震えた。
「無礼な! セレスティア、愚鈍王に捉えられたお前は哀れであったが、火刑に処され散ったのもまた逃れられぬ運命であろう? 愚鈍王はこの私が討ち取った。仇はとってやったにも関わらず、何ゆえ悪霊となってこの地を彷徨うか!」
ルドルフの反論にセレスティアは眼を細め、
「お前……殺すわよ?」
感情の篭っていない声で呟いた。そのとてつもない威圧感に、ルドルフが射竦められる。
「私は……死んでなどいないわ。さて、貴方も聞こえているかしら? 次代の神子、エステリア。これは私からの宣戦布告よ。私はこの中央大陸を必ず滅ぼす。止めれるものなら止めてみなさい」
セレスティアは高らかにそう宣言すると、自らの幻影を消失させた。
グランディア上空を覆っていた暗雲が途端に散り、何事もなかったかのように普段の空が姿を現す。
「へ……陛下……」
窓辺に立ち尽くすルドルフを気遣うように重臣が恐る恐る声をかける。ルドルフはそんな重臣を振り切って踵を返すと、壁に拳を打ちつけた。室内を張り詰めた空気が支配する。
が、しかしルドルフは、
「セレスティアめ……己が運命をも受け入れきれず、ただ恨み言を述べるだけの魔女と成り果てたか。たかが堕落した女一人、取るに足りぬわ」
吐き捨てるように言うと、先程までにあった好青年の表情から一変し、まるで獲物を嬲る獣のような形相で低く笑っていた。


「これでグランディア行きは確実になったな」
カルディアにて、セレスティアの消えた空を見上げながら、シェイドが呟いた。
「しかしまた、随分と物騒な事を言いますね、シエルさん……いえ、セレスティアでしたっけ?」
惚けたこの口調は、シオンである。
「世界を巻き込んでの大々的な果たし状だな。勿論、受けてたつよな?」
サクヤがエステリアを見た。エステリアはしばらく沈黙した後、小さく頷いた。
「だったら、早い方がいい。明日には出立だな。勿論、船が動いてくれればの話だが……」
ガルシアが神妙な面持ちで言った。
「でしたら、及ばずながら、私も今しばらく同行させていただきますね」
思わぬシオンの一言に、一同は騒然となった。何より、険しい顔を見せたのは、言うまでもないサクヤである。
「一体、どうしたんだ? お前。セイランの守護を放棄する気か?」
「人をご自分の都合で勝手に召還しておいて、それはないでしょう? 大体、私が不在でもセイランは残った者でなんとかなる云々と、先に言ったのはどこのどちら様でしたっけ?」
呆れたようにシオンが言う。サクヤは少し考え込むと、
「お前……何か『見えた』のか?」
と、尋ねた。
「まぁ、貴方に関して、嫌なものが少々――」
具体的な説明はないが、シオンの言葉を聞いた後、サクヤは
「勝手にしろ」
と、ぶっきらぼうに答える。
「心配しないで下さい。最後まで同行するつもりはありません。『心配事』さえ無事解決すれば、すぐさまセイランに引き返します」
シオンはやんわりと微笑んだ。
「鬼の兄ちゃんが、同行してくれるなら、心強いってもんだな」
ガルシアがうんうんと、頷く。
「そちらはどうだ? ヴァルハルト?」
窓辺からテーブルへと戻り、サクヤが水鏡越しにいるヴァルハルトへ語りかけた。
「こちらも先程の宣戦布告で騒然となっている。あの神がかったセレスティアの声は、室内にも響くらしい」
外の巨大な幻影を見上げずとも、ヴァルハルトは事態を把握できたと、語った。
「臣下達も次々と私への目通りを申し出ている。これからセレスティアについての対策を話し合わなくてはならぬ。悪いが、私はここらで、退席するとしよう」
残念そうな面持ちでヴァルハルトは呟き、ガルシアに視線を合わせた。
「ガルシア・クロフォード。少し気難しい性格ではあるが、これからも息子を頼む。それから暇があったら、そこの若作りの婆の話し相手になってやってくれ」
返事に困っているガルシアを傍らに、サクヤがヴァルハルトへの不快感を露わにする。
「いちいち一言多いぞ……貴様」
ヴァルハルトは苦笑すると、一通りの別れの挨拶を済ませ、水鏡の中から消えた。
「明日、カルディアを発たれるのであれば、支度をせねばなりますまい。一度、ここで解散されるのがよろしいでしょう。ブランシュール家も、出来る限りのことは協力させてもらいます」
そう言って、エドガーがこの場を締めくくると、一同は頷き、次々に部屋を退出した。

「お前に少し話ておきたいことがある」
一番最後に部屋を出ようとしたエステリアをサクヤが引き止める。どうやらサクヤはエステリアと二人きりになる機会を伺っていたようだ。
「あの……なんでしょう?」
いささか物々しい雰囲気にエステリアはおどおどとした様子で尋ねた。
元よりサクヤはエステリアにとって先輩の神子であるのだが、その容赦ない物言いは(実年齢を考えれば仕方ないのだが)エステリアが最も苦手とするところであった。
「お前、今のところ調子はどうだ? 身体はなんともないか?」
自分の身を案じるサクヤの意外な一言に、エステリアは驚くと、再び聞き返した。
「ええ。でも……どうして?」
「四大元素と光と闇、それを全て兼ね備えてこその完璧な神子だ。だが――セレスティアに至宝を奪われたお前は不完全な神子」
サクヤはきっぱりと言い放つと、エステリアの下腹部を指差した。
「神子となった時点で月のものは止まる。お前の中に植えつけられた至宝の一つが阻むからだ。だが人間と違って子を得ぬ代わりに、至宝より力を得る。だからこそ、神子として使える術も変わってくる。無論、代々受け継がれてきた魂をも引き継ぐのだから、身体や精神面にも色々と変化してくる。お前が辛うじて手にしているものは、神子としての神霊術の他、そこに在る闇のみだ。他の元素の力を使えるならば、さほど心配する必要はないが、お前の場合はそうはいかん。これまで触れたこともないような力を得たわけだから、色々と不具合も生じるだろう。振り回されぬことだ」
「心配してくれてるの?」
「お前のような神子の成り方も前例がないからな」
サクヤは素っ気無く答えると、続けた。
「とにかく、お前は今在る力を使いこなして、早く至宝をセレスティアから取り戻すことだけを考えていろ。それから、シェイドとは常に仲良くしておくことだ。油断すれば、セレスティアはあの手この手で、お前達を引き裂さこうとしてくるかもしれん」
「仲良くは……仲直りなら、多分できてると思う」
ぎこちなく答えるエステリアに、サクヤは脱力すると、
「この場合の『仲良く』は『心も身体も』という意味で、だ」
エステリアにもすぐ分かるように強調した。
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