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EternalCurse

Story-81.忌み子のソレア
「ノエルって……」
エステリアは、そう呟きながら、自らの記憶を辿っていた。確かノエルとは、メルザヴィア城を訪れる道中、馬車の中でガルシアが尋ねてきた少女の名だ。いや、ただの少女ではない、『セレスティアの悲劇』後、『次代の神子』としてカルディアを訪れ、国王にまで謁見した娘だと話に聞いていたはずだ。そのときの会話でシェイドが、ノエルのことを
「妃殿下……あの騙りと思しき娘を、何故今更気に留める必要があるのですか?」
今と同じく、『騙り』と一蹴していたのは記憶に新しい。マーレは話を続けた。
「運命の双子と呼ばれた私とセレスティアの他に、集落にはソレアという娘がいたの。彼女は私より前の……先代の大巫女の娘。年も私とは変わらないわ。ただ、彼女は預言者イシスによって『忌み子』とされていた。彼女が『忌み子』であるということを知っていたのは、ほんの一握りの人間だけ。無論、本人も知らなかったわ」
「『忌み子』とは……彼の者に一体、どのような予言がなされていたというのだ?」
ヴァルハルトが尋ねる。
「詳細は私にもわかりません。しかしながら、『忌み子』とは、災厄を呼ぶ子のこと……。私が夫と婚礼を済ませた頃――ソレアは集落から忽然と姿を消してしまった。そして彼女が集落を去った後、エステリア、貴方が生まれ、集落は襲撃され……カルディアの支配下になった。その後『セレスティアの悲劇』が起こり、まもなくして……あの子が次代の神子を名乗って、カルディア城へ現れた。その子の名はノエル。ソレアの娘だと言っていたわ」
王妃は、自分自身を落ち着かせるかのように、一呼吸置いた後、
「その時、隣にいたテオドールの顔色が変わったのを、今でも覚えている。そしてノエルがテオドールを見上げたときの、あの嬉しそうな顔は忘れられないわ。そこで察した。ノエルはソレアとテオドールの娘だってことを」
確信した口調で言った。
「娘って……テオドール陛下にはアドリア姫以外にも娘がいたってことですか?」
これまで黙していたガルシアが身を乗り出すようにして、目を見開く。
「テオドールが、私を娶る前に沢山の愛妾を抱えていたことぐらい、覚えているでしょう? その際に、庶子の一人や二人、生まれていてもおかしくはないわ」
現に王妃の子として育てられていたアドリアでさえ、その愛妾達の一人が産んだ娘である。国王が正式に王妃を娶った際に、後宮にいた愛妾達は、まるで野良猫を追い払うかのように一掃された。
勿論、国王に認知されることなく、身篭ったまま城を追い出された者もいるはずだ。
「テオドールが集落を襲撃し、私を手に入れようとした背景には、『聖婚』が目的とされていたわ。その儀式の存在を知っていたのは『大巫女』となった私と当時『次代の神子』に選ばれていたセレスティア、そしてソレアだった。ただし、私達姉妹が知っていたのは、あくまでも『神子』の聖婚。ソレアは、おそらくは聖婚のことを、先代の大巫女である母親から耳にしたことがある程度で、その意味を違えていて、いわゆる俗に言う聖婚と思っていたみたいなの」
俗に言う聖婚とは、いわゆるいわくつきの娘を神聖娼婦に見立てて、行う儀式であったと、エステリアはマーレの話を聞きながら、ふと思い出していた。
「あくまでも推測でしかないけど、ソレアは集落を出奔した後、テオドールと通じ聖婚の存在を吹き込み、または愛妾達を煽って、集落を襲撃するよう仕向けたのだと思うの。彼女が集落を去った理由は、先代大巫女の娘でありながら、その座を私に奪われたことが、どうしても納得がいかなかった、あるいは自分が忌み子であるという事実を知ってしまい、絶望してしまった。自らに架せられた運命を呪っての、報復だったと思えば納得できる。その時にでも、ノエルを孕んだのでしょうね……何より、意味を違えていても、『聖婚』というものの存在を知っていたのも、私とセレス、そしてソレアだけだった」
「だったら、ほぼテオドールに吹聴したのはその女であると思っていいだろう。ここでは『俗に言う聖婚』の風習がないからな。聖婚の風習が根付いているのは、西のスーリアぐらいだ。どちらにせよ、そいつはろくな女ではないな」
サクヤがばっさりと斬り捨てる。
「随分と身勝手な女だな」
呆れたようにガルシアが言う。
「我が身に降りかかった不幸を呪い、己よりも幸せな立場にある他者を貶めずにはおれぬ――というのも、また人の業というものでしょうな」
エドガーの言葉に、ガルシアは静かに頷いた。
「魔術の才覚がないアドリアと違って、妾腹とはいえ、実の娘、ノエルが次代の神子に選ばれた。その事実にテオドールは内心狂喜していたはずよ。でもノエルはテオドールから神子としての援助を受け、カルディアの護衛をつけて送り出された後、忽然と行方をくらましたのよ」
「護衛ごと失踪した……?」
エステリアが呟く。
「それが明るみになった後、城内は騒然としたもんだぜ。神子になろうとして失敗したのか、単に金を目的とした『騙り』で、護衛もあっさり買収されちまったのか……、ありとあらゆる憶測が飛び交った。だが、なまじ陛下が力入れていた神子候補だっただけに、表立って非難することはできなかったが、な」
ガルシアがまるで昨日のことであったかのような口ぶりで語る。
「要するに、八つ当たりも同然で集落を襲撃させ、気が晴れたと思いきや、最終的にお前が王妃に居座っていることを知ったソレアとかいう女が、自分の娘に神子と名乗らせ、城に送り込んできた――と考えられるわけだな?」
「――ってことは、そのソレアって女は、結局は自分の運命を呪った上で、大巫女に就いていた妃殿下のことも最初から気に食わなかったってことになるぜ? 姐さん?」
「つくづく破壊衝動に駆られた女であることは確かだな。だが、ソレアという女は、その行動の全てが『忌み子』と呼ばわれるに相応しく、悲劇を振りまいていることに気づいているのか?」
「つまりは、予言を否定するつもりが、まんまと予言通りに動いてしまっている……ってか?」
ガルシアが肩をすくめた。
「ソレアっていう名前……、一族の言葉ではそのまま『悲劇』を意味するのよ」
エステリアの言葉に、ガルシアは思わず噴き出しかけたのを、なんとか留めた。
「そりゃ……いくらなんでも酷すぎるぜ」
「でも、一族は子供に何かしら意味や祝福をもたらす言葉を名前につけるのが習慣になっているのよ」
「マーレが『海』でセレスティアが『空』、そしてお前が『星』であるようにか?
」サクヤが尋ね、エステリアが『そうです』と返す。
「確かに名前は重要なものだが、いくらなんでも『忌み子』をそのまま表すような名をつけるとは、如何なものか?」
ヴァルハルトが眉根を寄せる。
「お前が言える立場か? そもそもそこにいるお前の息子は、お前がつけた名前のせいで、この世に生を受けて十九年、うじうじと悩んでいたんだからな」
サクヤにそう指摘され、ヴァルハルトは口ごもると、シェイドに視線を送る。シェイドは気まずそうに、目を逸らした。
「ただ……一つ気にかかるのは……そのノエルという娘は、預言者イシスの神託を受けて、カルディアに来たと言っていたのよ。イシスの予言は必ず成就する……ソレアが悲劇をもたらすように」
マーレの表情が困惑する。
「イシスの予言を受けたことが、万が一方便であったなら、なんとでも言える話だが? シェイド、お前自身は、その娘に何か感じるものはあったのか?」サクヤは言いながらシェイドを見た。「その娘、謁見の際に目にしたが、特に感じ入ることもなかった。そもそも、セレスティアの悲劇後は、こういった騙りが多く出現したものだ。さすがに予言をダシにして謁見にまでこぎつけたのはその娘が初めてだったが。何より、俺に下っている神託は『(シエル) 』と『(エステリア)』から神子を選ぶこと。つまりは二択だ。『生誕(ノエル) 』には入る余地もないだろ?」
「それはそうだな」
「しかし、イシスの神託を偽る罰当たりが存在するものであろうか? その娘に神託が下った事は、事実ではないか?」
「どういうことですか? ヴァルハルト陛下?」
「ノエルという少女に下った神託の内容も、彼女がそれをどう解釈したのかもわからぬが、それがどの道、彼の者――あるいは後に続く神子候補達は、ことごとく失敗し、最終的に神子の資格がエステリア殿に収まるような予言だった、とは考えにくいか」
「イシスは失敗例まで予言するものですか? 父上」
「その代で失敗しようがしまいが、下った神託であるなら伝えるのが、イシスの役目であろう?」
「ねぇ、シェイド。私に下ったイシスの予言は、姉と娘との別離を意味するものだったわ。私は自分が死ぬことだと解釈していたけど、違っていた。真の意味は身内との道を違えることだったと、今ならわかる。よくよく考えれば、それは同時に、セレスティアが神子になれないことを予言していたようなものだわ」
「ついでにシェイド、お前に下っていた神託の『澱んだ空と輝けぬ星』という一節にしても、セレスティアが失敗し、魔女となることを謳っているようなもんだ」
サクヤがすかさず補足する。
「現状、本物の神子はエステリア殿であるのが事実だ。ということは、セレスティアの悲劇後の三年間は、神子の資格はエステリア殿が現れるまで彷徨っていたことになる。その間に下った神子候補達への神託はほとんどが失敗例であったことになる」
ヴァルハルトが力強く言った。
「自分の娘が神子に選ばれたことに、浮かれていたであろうソレアにしてみれば、マーレの娘が神子になったという事実は発狂ものだろうな。お前はそれを危惧しているんだろう? マーレ?」
「その通りよ、サクヤ。ノエルも含め、あの忌み子のソレアが一体、今、どうしているのかが、気がかりなのよ……何度も言うけど、イシスの予言は成就する。彼女が生きているうち、災厄が振りまかれるのだとしたら、今度は……貴方にもその火の粉がかかるかもしれない……」
王妃がエステリアをじっと見つめた。
「そういえば、以前、エステリアさんに神託についてお話したことがありましたよね?」
マーレとエステリアの間に流れる気まずい空気を吹き飛ばすかのように、シオンが切り出した。
「え、ええ……」
「具体的に、エステリアさんが受けた神託の内容とは、如何なるものでした?」
「歪んだ時間が、破壊の神を呼び寄せる……それは聖戦の兆しでもあるという内容でした」
エステリアは、カルディアに初めて訪れた際、謁見の間にてテオドールに語ったことを、反芻した。その言葉を聞くや、途端に、サクヤとヴァルハルトが顔を見合わせる。
「あの……どうかしました?」
「いや、歪んだ時間が破壊の神を呼び寄せるといったのは、私とそこの年増が現役だった頃にも下された予言と同じだと思ってな……」
「一言多いぞ、貴様」
ヴァルハルトの容赦ない言葉にサクヤが釘を刺す。
「しかし、私の代で時間が歪み、拗れた上、今に続くのはどうしようもない事実だ。結局、お前に下された神託は、私の代から今に至るまでなんら変わっていないということを示唆している、ということか?」
「ですが、サクヤ、一つだけ気になることがあるんですよ。以前、エステリアさんにも尋ねたのですが、彼女は、神子としての使命を告げる神託は下されていても『彼女自身』の運命に対する神託は全く受けてないというのです」
「自分自身の運命に対する神託って……なんだ?」
ガルシアが首を傾げる。
「本来、イシスの神託は、その人に架せられた『使命』を伝えるものと、本人の『運命』を伝えるものと、二つ告げられるはずなんです。例えば、シェイドさんの場合は、『この時代の英雄であること』これが彼に架せられた『使命』です。そして、彼が言っていた『澱んだ空に輝けぬ星から神子を選ぶ』というのが、いわゆる、彼が辿る『運命』についての神託ということです」
「ってことは、お嬢ちゃんが辿る運命そのものがはっきりわかってない……この代の神子に関しては未知のものだってことか?」
「異例といえば、異例の話だ。だからこそ、今の神子の代で何かが大きな変化が起こるかもしれん」
ヴァルハルトが続けた。
「シェイド、エステリア殿、そなたらであれば、我々が成しえなかったことを実現できるような気がしてならないのだ。親ばかと言われればそれまでのことであるがな」
「よく言う……セレスティアの正体すら見過ごした奴の勘など当てにならん」
サクヤが皮肉る。
「相変わらず失礼な元神子だな。セレスティアはシェイドが生まれた際に、メルザヴィアを訪れ、祝福を与えた。あのシエルという娘を目の当たりにしたとき、既視感を覚えたのは言うまでも無い。シエルという少女にセレスティアの面影を一瞬垣間見たのだが、彼の者は既に故人であると、こちらは思い込んでいるのだから、見過ごすのは致し方なかろう」
反論するヴァルハルトの姿をシェイドは複雑な表情で見守っている。元より、このような父の姿を見るのは、シェイドにとって初めてのことだ。
「このお二方、現役の頃は相当険悪な仲だったらしいですよ。勿論、険悪というのは褒め言葉と受け取ってもらって結構です」
シェイドの心の内を見透かすかのようにシオンが言う。
「あんた……他人の心を見る力も備わっているのか?」
「いいえ。ただ、貴方の顔に、疑問が浮かび上がっていたから答えたまでのこと」
「とにかく、俺達は旅に出る際、至宝を取り戻す上で、ソレアやノエルに気をつけていればいいってことだな?」
話を締めくくったガルシアに一同が一斉に視線を送る。
「おい、どうしたんだよ?」
「本気でついて来る気か? 神託の外にいるお前にはお前の人生というものがあるんだぞ?」
サクヤが念を押した。
「ここまでつき合わせておいて、今更蚊帳の外っていうのは、気分が悪いもんだぜ? 姐さん。シエルの馬鹿がろくでもない事を考えて、お嬢ちゃんの邪魔をするんだとしたら、尚更、見過ごすわけにはいかねぇ」
「これで決まりですな。ガルシア将軍も同伴なされば、心強いこと他なりませぬ」
エドガーが満足気に顎鬚を撫でる。
「ところで養父上(ちちうえ)……あの、養母上(ははうえ)には……」
養子が困惑気味な面持ちで何を云わんとしているのか、察したエドガーはやんわりと微笑んだ。
「案ずるな。そなたの事は、あれも知っていて知らぬふりを通そうとしておる。次に会ったときも、何食わぬ顔で他人のふりをすると良い」
「はぁ……」
何食わぬ顔で――と言われても、あの時のソニアの寂しげな表情が忘れられるわけもなく、また、ひどい罪悪感にも似た感情に、シェイドは苛まされていた。
「エドガーの言う通りだ。ここは最後まで演じきればいい。そなたの心に余裕が出来た際にでも真相を打ち明ければ良い。あの養母殿であれば、気長に待ってくれるであろう」
「はい。父上」
シェイドが納得して頷きかけた矢先のことだった。
「大変です! 旦那様!」
ノックをする礼儀すら忘れて、ブランシュール邸の使用人が、火の玉の如く、この一室に飛び込んでくる。
「一体どうしたというのだ? またグランディアの使者あたりが言いがかりでも……」
落ち着いた口調で語るエドガーであったが、使用人はそれどころではないといった風で、遮るように言った。
「外を……そ、空を見てください……!」
詳しくは語らずにただ一言、そのことだけを主張する使用人の姿に、一同は計り知れない不安を胸に抱き一斉に立ち上がった。
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