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EternalCurse |
Story-80.会合-U | |||||||
「失敗談……だと?」 「ああ、そうだとも。結論から言えば、私とヴァルハルトが赴いた聖戦は失敗に終わった。そこの二人は既に承知の話だが……」 言いながら、サクヤはシェイドとエステリアに目をやった。 「神子とは、始祖ともいえる初代神子・アンジェラが残した妄念――大地に降り注いだ『永久なる呪い』を解くこと――すなわち自らの行いに『落とし前』をつけるために、巡礼をしていると言っていい。その執着地点こそが『聖戦』の場」 「ちょっと待て……聖戦っていうのは……『戦』じゃねぇのか?」 「神子と英雄とは、元より夫婦。自らのしがらみより開放されることを望んでいる。聖戦は戦というよりは試練という奴だ。各地に降り注いだ呪いを解き、受け継がれてきた魂を昇華することを目的とする。私の場合、各地の呪いを解いたのはいいが、長らく神子を勤めていたこともあって、過信していた。ヴァルハルトに宿されていた力を無理矢理引き剥がそうとして、見事に失敗した。だから天罰が下った。私の周りに流れる時は逆転し、消滅に向かって進む業を与えられた。まぁ、それに対抗するだけの、対策はうっているがな」 サクヤは肩をすくめ、盛大な溜息をついてみせた。 「あそこでしくじっていなければ、元よりこいつら二人が神子と英雄の業を引き継ぐはずがなかった。私はヴァルハルトを夫――英雄とする前に、一度、連れ添った伴侶を殺している。一度ならず、二度までも私の代で厄介ごとが起きたんだ。先程も言ったが、三度目の正直だ……元神子が巻き起こした事態として、私自身、けじめをつける必要がある」 「私としては、この倣岸不遜な元神子に、とても申し訳なく思っている」 水鏡に浮かんだヴァルハルトが言った。 「元より、サクヤが天罰を受けたのは、私とソフィアの件を気遣ってのことだ。サクヤのみが一身に業を受け……私だけが妻子を得てのうのうと幸せを手にしているというのは、気分が悪い」 「心配するな。お前だって充分に業を受けている。なんせ、本来、血族間では引き継がれないはずのオルフェレスを二代に渡って出してしまったんだからな」 「確かに、二代に渡って力が引き継がれてしまったのは、何かの因縁であろうな。お前にはつくづく難儀な運命を背負わせてしまった……。せめて私の代で終わりにしたかったのだが……」 ヴァルハルトが視線をシェイドへと向ける。 「もう充分に覚悟は出来ています。力を得てしまったことを……今は……後悔はしていません」 シェイドはヴァルハルトを前にして、大丈夫だと頷いた。そんな息子の姿を見て、ヴァルハルトは破顔し、 「ときにガルシア・クロフォード」 ガルシアに声をかけた。 「は、はい!」 ガルシアは思わず身を硬くして、答えた。いくら三十路を超えた身とはいえ、やはりヴァルハルトを前にすると、ガルシアは少年時代に戻ってしまうらしい。 「メルザヴィアで尋ねたときは、そなたが忘れていてくれて安堵したものだが、もはや事情を知っている以上は仕方があるまい。かつて、そなたに挑んだ妖魔は、当時の私だ。そなたが再戦を望むのであれば、いつでも決着をつけてもいいが?」 ヴァルハルトの言葉に、サクヤが『この律儀者が』と噴出す。 「め……滅相もありません。あの時はトロールから助けていただき、あ、ありがとうございました!あの時、陛下に命を救われていなかったなら、今の俺はありません!」 ギクシャクと答えるガルシアの姿に、変わり身の早い奴――と、シェイドが小声でぼやく。 「ガルシア。そなたは元より、神子殿が至宝を手に入れるために我が兄テオドールの命によって、旅に同行してくれたと聞く。ここからは我が息子と神子殿が解決するべき問題に差し掛かっている。この先、無理に同行してくれる必要はない。ここでカルディアに留まり、国の復興に力を尽くすという道もある」 諭すようにヴァルハルトは言った。 「カルディア人として、被害を受けた城下や城の復興、王権の回復には尽くすつもりです。とはいえ、今の俺にはそんな権力はありませんが……」 「私としては、愛国心に溢れた貴方には、また将軍職に戻ってもらうつもりです。勿論、テオドールによって不当な理由で地位を奪われ、謹慎命令を出されてしまった者達にも」 マーレ王妃がガルシアにやんわりと語りかける。ガルシアは困ったように視線を落とした。じっくり考えろ――と、サクヤも言う。 「さて、エステリア、お前はこれから真っ先に何をなすべきか……わかっているか?」 「まずはセレスティアに奪われた至宝を取り戻すこと」 エステリアが強い口調でサクヤに返した。 「よくわかっているじゃないか」 「それ以外、思いつかないもの」 「至宝を奪われたのは、神子として大問題なんだが、そのことによって、お前に目標なり危機感なり芽生えたのであれば、実に素晴らしいことだ」 「そうかしら?」 「それだけ、今までの貴方がおっとりしすぎていた……と、サクヤは何気に皮肉りたいんですよ」 シオンが苦笑する。 「自らは神子の一線から既に退いておるというのに、現役の神子に対し、相変わらず失礼な女だな、お前は……」 ヴァルハルトはサクヤに非難の声をあげる。 「ただ、至宝を取り戻すとは言ってみても、実際セレスティアがどこにいるかもわからないわ」 エステリアが尋ねた。 「とりあえず俺達はカルディアを発って、グランディアでも目指すのが妥当だと思うが?」 シェイドの一言に、エステリアは目を丸くした。 「グランディア?どうしていきなり……?」 「これまでの経緯からすれば、セイラン、メルザヴィア、カルディア――と、基本的にお国潰しはセレスティアの趣味だと考えることもできる。だが、この時点での奴の目的は、至宝の完成であり、お前の始末は二の次だった。あの令嬢のような小物の刺客は放たれたものの、やろうと思えば奴は今でも急襲をかけてくることぐらいできるはずだ。だがその気配もない。あいつの『今』の目的はカルディアからは逸れているということだ。だから、俺達がこのままここに滞在したところで、奴には会えそうもない」 「だからって、どうしてグランディアなの?」 エステリアは首を傾げながら、ふと何かを思いついて、今一度問いかけた。 「もしかして、カルディアを訪れたグランディアの使者が用意周到だったから、セレスティアが裏で糸を引いていると思ってのこと? だから行くの?」 セイラン、メルザヴィア、カルディアと、これまでにことごとく王家潰しを行ってきたセレスティアだ。既にグランディアも彼女の策によって、掌で踊らされている可能性も高い。 しかし、この意見には頭を振った人物がいた――シオンである。 「これまでのリリス――セレスティアの行動からすれば、グランディアの不躾な使者について、またも彼女が暗躍して彼の国を焚き付けた――と考えてしまいがちですが、相手はあの『セレスティアの悲劇』を起こしたグランディアですよ? 彼女にしてみれば、己の身を貶めたグランディアの王族に接触するだけでも、虫唾が走る行為なのではないでしょうか? とすれば、使者の一件はセレスティアの暗躍というよりは、グランディア王家の意思――と考えるのが妥当でしょう」 「確かに、自分を火刑にまで処したグランディアに対するセレスティアの怨みは計り知れないだろうな。この国に限っては、セレスティアも回りくどい策を使うよりは、実力行使で潰しにかかるだろう。どの道、次の標的にされていてもおかしくはない。個人的な復讐目的でな。だからこそ、辺境である西のスーリアやヴァロアに無駄に足を運ぶよりは、奴にとっても『因縁の地』であるグランディアに赴いた方が、俺達もなんらかの収穫があるというものだ。個人的には『従兄弟殿』の真意とやらを知りたいというのもあるんだが……」 改めてシェイドが頷く。 「グランディア国王の意思が、兄弟国を力任せの侵略する事だなんて悲しいわね……」 信じられないといった風に、エステリアが溜息をついた。 「全ては、くだらぬ誇りと、劣等感ゆえであろう」 ヴァルハルトが言う。 「戦というのは勝利した国が歴史を作る。敗北した国は無条件でそれに従うしかない。それが世の理だ。内乱であったとはいえ、グランディアが起こした『セレスティアの悲劇』は、世界最大の罪であり、国家の恥でもある。その罪ゆえに、兄弟国から裁かれる。神子の至宝を預かる権限を奪われたことなどが良い例だ。獅子の兄弟の開祖でもあり、中央大国として名を馳せた国が、分家である兄弟国如きに押さえつけられるのは、納得のいかないことであり、恥辱の極みでもあるのだろう」 「セイランは暁の神子を、メルザヴィアは英雄王ヴァルハルト陛下を、そしてカルディアはエステリア、貴方を神子として輩出した。グランディアは希代の神子であるセレスティアを殺し――この世は均衡を失った。グランディアは未だ払拭できぬその劣等感に苛まされているに違いありませぬ。よって、今回のカルディア崩壊、テオドール崩御の機に乗じ、一刻も早く侵略してまおうと思ったのではないのですかな? いや、カルディアといわず、なんらかの不祥事があれば、メルザヴィアをも手中に収めようと虎視眈々と狙っているかもしれませんし、『万が一』の時の使者も既に用意されているのかもしれませんな」 エドガーが眉根を寄せる。 「エドガーの言うとおりだ。万が一、そなたらが我が国を訪れていた際に起きた、魔剣の暴走によって、私が命を落としていれば、喜んで彼らはメルザヴィアを手中にすることだろう。運良くそれは免れたがな。しかし、やろうと思えば、今更ではあるが、私がかつて滅ぼしたヴァロア帝国の件に関しても、行き過ぎた非道の行いとして、私に国王としての質を問いかけ、国を攻める一つの理由となる」 「そんな……」 思わずエステリアが絶句する。 「戦のための『大義名分』とは、大抵一方的な都合の良い『こじつけ』と考えて良い。よってこの二つは、常に表裏一体なんだ。お前の集落が攻められたときにしても、テオドールのとんだ『言いがかり』が原因ではなかったか?」 サクヤに言われて、エステリアは完全に沈黙した。 「失礼ながら、妃殿下はセレスティアの目的について、何かご存知ですか?」 俯くエステリアを他所に、シェイドが尋ねる。しかし、マーレは目を伏せ、頭を振った。 「『セレスティアの悲劇』後、私の前に現れた彼女の豹変ぶりには驚いたものよ。彼女は獅子の兄弟国の王族に恨みを抱いていた。私はカルディア王家の滅亡を願っていたから、利害は一致していた。姉は私に協力すると、復讐に手を貸してくれた。私達はその感情だけで繋がっていたようなものよ。彼女の真の目的などは一切、聞かされていないわ。ただ、彼女は分散してしまった至宝を奪い返したいとよく呟いていたわ。そのためにはどんな手段もいとわぬ、と」 「あのな……復讐に手を貸してくれた――とはいえ、最終的にはテオドールをけしかけて、お前の娘もろとも葬り去ろうとしたんだぞ? お前の片割れは」 サクヤが眉間に深い皺を刻む。 「お言葉ですが、暁の神子殿。妖魔がテオドール如きに負けると、本気で思って? それに、もしものときは、命がけでエステリアを守ってくれるわよね? シェイド?」 マーレの口調はどこか自嘲的だった。サクヤは溜息をついて肩を落とし、シェイドは、なんとも言い難い表情で、小さく頷くしかできなかった。 「今のセレスティアと結託していた私が言えた義理ではないけれど、世界の均衡を取り戻すためには、至宝を得た神子の力が必要となる。彼女から至宝を奪い返す旅に出る上で、グランディアに向かうのは間違った選択ではないわ。いずれは彼の国も、セレスティアに狙われることでしょうから。ただ……一つだけ、気に留めていて欲しいことがあるの」 周囲の視線を、一身に受けながら、マーレはゆっくりと口を開いた。 「一度カルディアを訪れた後、行方をくらましたノエルのことを」 |
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