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EternalCurse

Story-75.他国からの侵略者-U
勢い付いた矢先、突如現れた他国の王太子に、形勢の逆転を許したかに思えた大使二人は、顔色の変わったシェイドの姿を目の当たりにして、してやったとばかりに、心の中で笑った。
この皮肉の意味を、わからぬほどシェイドも馬鹿ではない。
彼らはシェイドの出生時に付きまとう醜聞――すなわち、ヴァロア皇帝の落胤という噂を利用し、そんな卑しい人間が、獅子の兄弟の王座を望むべきではないと、何気に非難したかったのであろう。
しかし、メルザヴィア国王ヴァルハルトと王太子シェイドの血縁関係は、魔剣によって既に証明されている。なんら臆することなどない。シェイドは周囲が底冷えするような笑みを口元に浮かべた。
「飼い主が馬鹿なら、その下に仕える連中も馬鹿犬と見える」
「我が陛下を愚弄するおつもりか!」
自らの態度は棚に上げ、食って掛かるサイモンの言葉をシェイドが遮った。
「お前達は一体何がしたい? 我が祖国、メルザヴィアとの戦か? 俺が口にした言葉は、愚かな部下を持った、親愛なる我が従兄弟殿への同情と些細な愚痴だ。だが貴様らが俺に言ったことは、王族への不敬罪、背信行為とみなされる。つまりはここで切り殺されようが、首を跳ねられようが、堀に捨てられようが恨みっこなしというわけだ」
シェイドがエドガーに何かを確認するような視線を送ると、エドガーは、
「殿下の仰ることは正しいと思います。ここでお手打ちになさるのであれば、どうぞ我が剣をお使い下さい」
と、言って、剣を差し出した。
「た……大使を手にかけるなど、グランディアに宣戦布告をしているようなものではないか!」
サイモンは甲高い声で喚いた。
「先にけしかけたのはお前達だろう? それに侮辱されたのは俺一人だけではない。俺の出自を嘲笑い、侮辱するということは、我が父、英雄王ヴァルハルトを貶めるのと同じこと。
我がメルザヴィアを冒涜するのならば、お前達に聞く。『セレスティアの悲劇』を起こしたのは、一体、どこのどいつだ? そして『悲劇を起こした国』にいながら、それを止めることはできずに、更なる災厄を招き、あつかましくも他国を侵略しようとしている愚鈍な国王は誰だ? 三大公爵家はただ、いずれ開かれる協議への状況が整うまで、国と、妃殿下をお守りすると言っているだけなのに、なぜそれがわからない?」
シェイドはエドガーから受け取った剣を鞘から引き抜いた。
「さぁ、ここから引きあげるか、剣の錆となるのか、決めろ」
身体の中から湧き出る無限の闇が、シェイドの心を好戦的にするのか、残酷にさせるのか、それはわからない。けれども、これ以上、シェイドの感情を煽るのは良くない。血の臭いを嗅がせるわけにはいかない――エステリアは、シェイドに近づくと、落ち着くよう、促したかったのか、軽くその袖を掴んだ。
シェイドは、心配ない……と言いたげに、エステリアに視線をやると、すぐに、大使二人に答えを求めた。しばしの沈黙の後、
「仕方ありませんな。ここは王太子殿下のお顔を立てておくことにしておきましょう」
マーカスは苦々しげに吐き捨てると、即座に踵を返した。サイモンもそれに倣う。
二人の姿が消えた頃、刃傷沙汰を免れたことに、エステリアがほっと息をつくと、
「他国の大使の分際で、一体、何様なんだ? あいつらは」
珍しく、今回は大人しくしていたサクヤが訊いた。
「飼い主に似て、横着で頭が悪いんだよ」
借りていた剣をエドガーに返しながら、シェイドが答える。
「殿下、少々言いすぎではありませんか?」
エドガーが剣を鞘に戻すと、苦笑した。
「いいのです養父上、連中にはあれぐらい言わないと、こちらの言葉が理解できぬのです」
「しかし、まぁ、ガルシアが手を焼く部下シェイドが、よもや一国の王太子であったとは……」
カステレード公は唸りながら、自らの顎を手で撫でている。
「それも驚きましたが、何より言葉を失ったのは、あの大使どもの傍若無人な振る舞いと言動です。いくら国王直下の大使とはいえ、神子にまで噛み付いてくるとは……。なんと罰当たりなことでしょうか」
ロシュフォール公は、眉根を寄せると、嘆息する。
「とりあえず、グランディアの大使達は身を引いたようですが、またいつこのようなことを起こすかはわかりません。如何なさいます?」
エドガーが、シェイドに尋ねる。
「ああいった横暴は、断固退けるべきだとは思いますが、この国の行く末について、私からは何も申し上げることはありません。いずれは父の文が、大使を通してこのカルディアに届けられることでしょう。マーレ王妃が回復され後にでも、三国の判断に、委ねようと思っています」
返ってきたのは、最もな答えだった。
「とりあえず、一度解散しましょう。我々には国の復興という使命がある。くだらないことで、足止めを食らっている時間はありませんぞ?」
カステレード公が、締めくくるように言うと、一同は力強く頷き、それぞれ散った。



グランディアの大使、そしてカルディアの三大公爵家が次々と部屋を去った後、一番最後に残ったのは、エステリアとガルシア、シェイドとサクヤの四人であった。
「ありがとう、シェイド。助かったわ。でも、どうして……」
自分達がカルディア城へ向かったことを知っているのだろう?――首を傾げるエステリアに対し、
「屋敷の連中が城のことで騒いでいたからな、城で起こったことぐらい、嫌でもわかる……」
シェイドは壁にもたれかかると、瞼を閉じて大きく息を吐いた。
「半日ぐらいなら……今の身体を維持できそうだと思った。相手に妖術でもかけて退かせることもできるが、後々面倒だろ? こういうときこそ、王族の権力を使うべきだ」
「しかしまぁ、こじつけばかりの連中に負けず劣らず、お前も口が達者なことだ。相手に付け入る隙すら与えぬ徹底ぶりには、関心する」
あんたも他人の事は言えねぇだろうが――ガルシアからそんな視線を投げかけられていることすら気づかずに、サクヤが茶化した。
「個人的に嫌いだからだ」
シェイドが不意に呟いた。
そして天井を仰ぐと、虚空に汚らわしいものでも見出しているかのように、険しい表情で続ける。
「ルドルフ・アルダス・マクシミリアン・グランディア――俺はあいつが切り刻んでも飽き足らないぐらいに嫌いなんだよ。勿論、その飼い犬も含めて、だ」
「なんだ、お国のために大使の横暴を振り切ったかと思えば、ただの私怨か」
呆れるサクヤに代わって、シェイドは何も答えない。どうやら図星なのだろう。
「まったく、お前の『親戚一同』には、ろくな奴がいないんだな。どうやら、お前は『血縁者』というものに恵まれぬ星の元に生まれているようだ」
サクヤの言葉に、相変わらずシェイドは、黙したまま、反応しない。
どう宥めるべきか戸惑うエステリアは、シェイドとサクヤの顔を交互に見た。直後、大きな拳が空を切り、エステリアの眼前を横切る。

「ちょっと……ガルシアさん!」
気づいて叫んだ頃には、遅かった。ガルシアの拳がシェイドの顔面に直撃し、彼の身体が吹っ飛ぶ様を思い描き、反射的に顔を両手で覆ったエステリアであったが、
「どうした? 殴らないのか?」
シェイドの返した声は、思いのほか落ち着いたものであった。微動だにしないシェイドの顔の前で、ガルシアの拳が制止している。寸止めした拳を下げ、ガルシアが唇を噛み締める。
「正直、お前をぶん殴ってやりてぇところだが、病み上がりに手を上げるのは、俺の流儀に反する」「殴るだけで気が済むのか?」
「なんだと?」
挑発的なシェイドの態度に、ガルシアがその胸倉を掴んだ。
「俺は、あんたの妹の大親友を――自分の婚約者をこの手にかけた。それにも関わらず、俺が『彼女』を忘れ、のうのうと生きながらえていることが、あんたは許せないんだろう?」
「テメェ、シェイド……」
片手でシェイドの首を締め上げたまま、再び拳を振り上げようとする、ガルシアを、
「ちょっと、本当に止めて、ガルシアさん!」
必死の思いで、エステリアが制止する。力を緩めたガルシアの腕から逃れたシェイドは、乱れた襟元を正しながら、
「どんな理由があっても、彼女を殺したのは俺だ。その事実は変わらない。誰に許されようなんて、最初から思ってない。だが、俺の気持ちは……他の連中には、きっとわからない」
呪わしく言い残すと、踵を返した。
「シェイド……」
全てを突き放すような、シェイドの後姿をエステリアは、ただ見送るだけしかできなかった。
「あの……馬鹿野郎」
苦しげな表情で呻くガルシアを横目に見ながら、サクヤが呟く。
「マーレ王妃から聞いた話だが、あいつ、自分の女を殺した夜、その場で命を断とうとしていたらしい」
サクヤとガルシアが同時にサクヤを凝視する。サクヤは続けた。
「だが、恋人の命を奪って、十分に精気に満たされていた妖魔の身体は、死ぬことすら許してくれなかった――といったところか。そこをマーレが見つけたらしいが……」
「姐さん、あんたの言いたいことはわかる。それがわからねぇほど、馬鹿じゃねぇよ。それに、前、姐さんが話したように、俺も、あの野郎が、面白半分でミレーユを嬲り殺したとは思えねぇ……。やむ終えない理由があったんだろうよ。それはわかる……でもよ……」
言葉に詰まるガルシアを見て、サクヤは大きく肩をすくめた。
「お前達の意思は完全に食い違っているようだな。あいつは自分の罪に対して、お前から憎まれていると思っている。だが、お前はあいつが、その『彼女』とやらを殺した事実よりも、今の今まで奴が『秘密』を隠していたことに、腹を立てている、といったところか?」
「やっぱ、姐さんには全てお見通しってことか」
ガルシアが溜息をついた。
「あの野郎、上官の俺に一言、相談してくれればいいものを……俺がそんなに頼りにならねぇっていうのかよ……」
「ガルシアさん……あの、それじゃあ、もうシェイドの事は……」
「出生もそうだったが、あの野郎は、俺達には到底わかんねぇようなものを沢山、抱えてる。一発、ぶん殴りたかったんだが、仕方ねぇ……」
どうやらガルシアの怒りは多少は収まったようだ。エステリアはほっと胸を撫で下ろした。残る不安は、ふて腐れたままのシェイドのみだ。
「お前、意外と大人なんだな」
「どういう意味だよ、姐さん」
軽く睨みつけるガルシアを、サクヤは鼻で笑うと、そのまま背を向け、歩き出した。




自分の大人気なさに、嫌気がさしながらも、一足先に屋敷へと帰宅したシェイドが、ばつが悪そうな表情で歩み寄ってきた使用人の一人から、奇妙な出来事の詳細を聞かされたのは、寝台に倒れこもうとした、丁度その時であった。
「まったく、我が屋敷で起こった事なんだぞ? どうして直後に知らせないんだ?」
「申し訳ありません。騒ぎが起こった際には、旦那様達が、城に発つ準備をされていましたので……」
冷や汗を掻きながらも、使用人は、シェイドを連れ立って、その『事件の現場』へと案内した。そこは、ブランシュール邸の中でも、使用人専用の区画であり、宿舎及び、炊事場などが連なっている場所であった。シェイドが聞いた話によると、その区画にて、周囲が休憩のために散る最中、一人、現場に残っていた小間使いが、戸口の先で、何者かによって刺殺されたというのだ。
その後、発見された小間使いの遺体を、さすがに外に放置するわけにもいかず、執事や家政婦に相談したのだが、使用人一同を取仕切る彼らといえども、主であるブランシュール夫妻やシェイドに、断りなしで物事を進めるわけにはいかない。
まして病死ではなく、殺人である。報告は必至だ。
しかし、グランディアの大使が起こした一件のおかげで、主は不在。どうしたものかと頭を抱えていたところ、城から帰ってきたシェイドに、ようやく打ち明け、判断を委ねることができたという。
薄暗い離れの部屋で、使用人は、安置された遺体にかけられていた筵を捲る。
「近頃、彼女に変わったことは起きていなかっか? 誰かに恨まれるような事や、争ったような形跡は?」
土気色に変色した、小間使いの女性の遺体の顔を覗き込みながら、シェイドは訊いた。
「何も。彼女は戸口で刺されたまま、すぐに息を引き取ってしまったようなのですが……」
「ならば、その後、部屋の中に誰か侵入した形跡は? 荒れてはいなかったのか?」
「はい。それといって部屋の中は、変化がありませんでした」
「物取りがやったわけではないようだな」
言いながら、シェイドは遺体の腹部に視線を落とした。血の乾いた衣服を捲り、傷口を確かめると、不意に眉をしかめた。
どす黒く変色した傷口には、少しばかり瘴気のようなものが残っていた。
これは、ただの刺殺ではない、そう、魔剣ナイトメアにも似た力が働き、この使用人の命を瞬時に奪ったのだ。
「シェイド様?」
険しい表情で、遺体を見下ろすシェイドの顔を、使用人が覗き込む。
「おそらくは、運悪く、先日の亡者の残党にでも、やられたんだろう」
シェイドは何か、胸騒ぎにようなものがしてならなかったが、それを、魔術や呪術の類に縁のない、この使用人に語ったところで、わかるはずもない。
「とりあえず、今日のところは、もう戸締りをしておけ。誰が来ても不用意に扉を開けぬよう、他の連中にも伝えておくように」
「かしこまりました」
使用人は、深々と頭を下げると、足早にその場を去った。一人残されたシェイドは、得体の知れない不安を胸に抱いたまま、静かに遺体に筵をかけた。
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