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EternalCurse

Story-74.他国からの侵略者‐T
皮肉にも魔獣テオドールが、尾で打ち砕き、半壊した謁見の間に、グランディアの大使らと、エドガーを含めるカルディア三大公爵、そしてエステリアらが集まり、対峙していた。
この場に居合わせたグランディアの大使は二人。
神子を目の前にして、彼らは、改めて名乗りを上げる。
知的な顔立ちではあるが、痩身で、いささか顔色の悪い男の方が、マーカス、そして、中肉中背で、肌も浅黒く、瞳には野心家特有の獣めいた光を宿す男が、サイモンといった。

張り詰めた空気の中、口火を切ったのは、勿論、ガルシアである。
「カルディアの三大公爵家が、現在動いているにも関わらず、土足で王宮に上がりこんで、他国の政を取り仕切ろうとするなんざ、一体、どういうつもりだ?」
シェイドの一件もあってか、苛立ちを隠せないガルシアは、その矛先をグランディアの大使二人へと向けた。
「土足などとは心外ですな、我らは、グランディア国王、ルドルフ陛下の名の下に、この国の政を立て直すように命じられております。主を失ったカルディア王国の一臣下に過ぎぬ貴殿らに、とやかく言われる筋合いはありませんが?」
マーカスが、冷ややかに言いながら、切れ長の眼をさらに細める。
「ガルシア将軍――でしたかな? 貴方は我らの行動がお気に召さぬようだが、そもそも三大公爵家とは、何ですかな? たかだか有力貴族の集まりでしょうに。我らに言わせれば、そんな彼らが、その他の獅子の兄弟国を差し置いて、政を動かすことこそが、横暴だと思うのですがね?」
「なんだと?」
今にもマーカスに掴みかかりそうな勢いの、ガルシアをエドガーが制する。
エドガーは、一歩前に出ると、静かに言った。
「我ら三大公爵家は、カルディア王国の復興と、内紛が起こらぬよう、尽力しているつもりです。無論、獅子の兄弟国が後に下されるであろう判断を、ないがしろにしているわけではありません。
何分、カルディア王国を襲ったのは、テオドール国王の崩御という悲劇だけではありません。無数の魔物による襲撃も受けているのです。その残党どもから民を守るのも我らの役目ですからな。我ら三大公爵家に、その権限を与えたのは、他ならぬマーレ妃殿下ですが?」
エドガーの言葉に、彼の両脇に控えていた、カステレード、ロシュフォール公爵が頷く。
ジャック・カステレードは、四十代中盤ながら、ガルシア並んでもと見劣りのない、屈強な体躯の持ち主ながら、決して粗野ではなく、眼差しには、知性と教養が溢れ――いわゆる文武両道の将といった感じである。
代わって、セシリア・ロシュフォールは、まだ三十路を過ぎたばかりの女公爵である。普段はドレス姿であるのだが、こういった場では、すらりとした肢体に、男物の礼装を纏い、剣帯には細剣を収めている。
そんな二人を一瞥すると、マーカスは鋭く訊いた。
「貴殿らが、妃殿下の意思で動いておるというのであれば、なぜ、妃殿下ご自身が、この場に姿を現さぬのです?」
「妃殿下は、国王陛下、アドリア王女と、立て続けに身内を失ったばかりの身であられる。すぐには立ち直れまいよ」
カステレード公が説明する傍らで、事の真相を知っているガルシアが、なんとも言えない顔をする。
カルディアに悲劇を呼んだのは、セレスティアだけではない。マーレ王妃の望みでもあったのだ。
「ならば妃殿下はどこにおわす?」
「私めの屋敷にて、養生されております。その際、三大公爵家にカルディアの権限を一時的に委ねると、仰せられました」
再びマーカスの問いかけに、エドガーが言った。
「なるほど。では、ブランシュール公は、いつでも屋敷で養生される王妃に取り入ることができた、というわけだ」
サイモンは、エドガーの話を聞くなり、軽蔑するような笑みを口元に浮かべ、鼻を鳴らした。
「テメェ、なんてことを言いやがる!」
あまりもの侮辱に、ガルシアが怒鳴り声を上げた。
「ならば、何ゆえブランシュール公は、王妃を匿う? 例え城が半壊しようと、城内の一部には必ず離宮が、城下には王族の別荘が、静養地の一つや、二つあるのが当たり前、そこで養生すればいいものを、何故、あえて公の屋敷に王妃を招く必要がある?」
マーカスがここまで言うと、
「さては、ブランシュール公、この後に及んで王妃に取り入り、王座を――いや、摂政という立場を望むおつもりか?」
まるで、最初から示し合わせていたかのように、サイモンが立て続けに問い詰めた。しかし、エドガーは、何者にも動じることなく、落ち着いた声で答える。
「全ては城の崩壊後に倒れてしまわれた、神子殿のためです。神子殿を屋敷にて介抱する際に、妃殿下も同時にお招き致しました。妃殿下は、神子殿の母君ゆえ、やはり娘御のお傍についてある方が、好ましいと思いましてな」
と、エドガーに、急に見つめられたエステリアは、目を丸くした。
「世迷言を! 神子とはいえ、所詮は王妃が捨てた娘であろう!」
「かつての理由はどうあれ、妃殿下も人の親です。神子殿の事が心配でないはずがありますまい。幼い娘を失った時の自責の念、その気持ちは私にも痛いほどわかるのですが?」
溜息をつくエドガーを、ロシュフォール公が見つめた。ブランシュール夫妻が、待望の我が子を幼いうちに失った事を知らぬ者などいない。
「それに、妃殿下も、ご自身の甥がいる我が屋敷におられた方が、少しは心も休まるというもの」
「甥、だと?」
「我が屋敷は、表向きは養子として、メルザヴィアの王太子、シェイド・ジークハルト・ソレイアード・メルザヴィアの御身を預からせていただいております。あの(かだ) ましき預言者リリスに組した者達の一部には、彼の者から、殿下の素性を知らされていた者もいたようですが」
何食わぬ顔をしてエドガーが言い放つ。
「あのシェイドが、メルザヴィアの……?」
これには、カステレード公も、ロシュフォール公も、驚きに目を見開いた。どうやら二人はシェイドの素性を知らなかったようだ。カルディアでも王家の次に、絶大な権力を持つ三大公爵家には、何も知らされず、カイルを始めとした一兵卒らに、全てが知れ渡っているという事実は、なんとも皮肉である。
「それにしても、メルザヴィア王太子の出奔は、獅子の兄弟の王族ならば、周知の事実。他国の政を取り仕切ることに、迷いも見せぬ、『有能な』グランディアの大使ともなれば、ルドルフ国王陛下とも密接な関係にあるはず。それにも関わらず、ご存知ないとは驚きました。てっきりご存知あるものかと。いやはや、だからこそ、他人を王冠泥棒呼ばわりするような、不躾な言葉を申されていたわけですな? 知らなかったのでは、仕方がありませんな」
痛烈な皮肉であった。
「大使殿らは、我ら夫婦が、シェイド殿下をお預かりしていることさえ、おそらくは出世のために利用した、だのと罵るのでしょうが、かつて我がブランシュール邸には、若き日のヴァルハルト陛下が滞在したこともあってか、陛下ご自身の意思によって、王太子殿下に立派な騎士としての教育を施すよう、約束していた次第に存じます。カステレード公、ロシュフォール公、これまで隠し立てしていたこと、申し訳ない」
しかしながら、両公爵は、落ち着いた声で言った。
「ブランシュール公、我らに、侘びを入れる必要などありませぬ」
「ブランシュール公から見れば、我らはまだまだ若輩者。まして剣聖とまで謳われた公にならば、あの英雄王の信頼を得てもおかしくはありますまい」
サイモンの、あまりにも無茶な尋問は、カステレード、ロシュフォールの両公爵に、エドガーへの不信感を植え付け、少しでも結束力を削ぐためである。しかし、予想に反した両公爵の反応に、サイモンは、ただ舌打ちをすることしかできなかった。
「三大公爵家の方々もそう言っています。ここはどうか、お引取り下さい」
ここにきて、ようやく会話の間に入ることができた、エステリアが口を開いた。
「神子殿までも、この公爵らにお味方されるのか?」
しかし、マーカスはきつく言った。
「味方?」
エステリアが思わず反芻する。
「お味方されておるではありませんか。世界に均衡を取り戻し、平穏に導くとされている神子殿が、一方的に、我らを謗り、カルディアに肩入れされている! いやはや、セレスティアの後を担うはずの、次代の神子殿には失望しましたぞ」
エステリアはあまりにも都合の良い相手の言葉に、絶句した。彼らが糾弾する矛先は、エステリアに向けられている。神子だろうが、三大公爵家を敵に回そうが、相手はグランディア国王の名を笠に着て、権力を振りかざそうとしてくる。太刀打ちできるとすれば、王族が介入するしかない、ここはやはり、気が進まないがマーレ王妃を、この場に連れてくるしかないのだろうか。
エステリアが隣のサクヤの顔を見上げた。
「ああ言えば、こう言う。さながらラゴウのような男は、どこの国にもいるもんだ。しかし、お前が助けを求めるべき相手は、私じゃないぞ」
サクヤは諭すように言った。しかし、その唇には何故か笑みが零れている。
その『間』を突いて、大使二人が、何か言いかけた時――、

「マーレ王妃存命中にも関わらず、勝手に他国の政に干渉し、神子の存在をもないがしろにするとは何事か。それがお前達の国王のやり方なのか?」
聞き慣れた声がした。

その場に居合わせた人間全てが、声の方へ、振り返る。
「シェイド……」
エステリアは溜息交じりの声で呟いた。
そこには、数日前と変わらぬ姿の――しかし、愛剣を失った、黒髪の騎士の姿があった。
シェイドは、グランディアの大使をじっと見据えたまま、こちらに向かって近づいてくる。ガルシアを横切る際、シェイドはふいに足を止めた。
「頼むから、今は妙な因縁を吹っかけるのはやめてくれ。身体が保てなくなる」
魔剣を失い、ただ闇に蝕まれるだけのシェイドが、生来の姿を維持するのは、難しい。おそらく、現在も、強靭な精神力で姿を保っているようなものだろう。
一度気を抜けば、すぐにでも妖魔の本性が、剥き出しになるはずだ。それを危惧して、ガルシアに話すシェイドの額には、薄っすらと汗が滲み出ていた。
シェイドは深い息を吐くと、心配そうにこちらを見つめる、エステリアに、
「大丈夫だ。心配するな」
と、小さく呟いた。

「これは、これはジークハルト王太子殿下、よくお出でになられました」
恭しく、エドガーが会釈した。シェイドは大使の前まで歩み寄ると、エドガーと、カステレード、そしてロシュフォール公爵に一礼した。
そして大使に向き直ると、
「話は聞いている。さて、メルザヴィアの大使は、未だ父上からの返事を待っているというのに、お前達は何だ? ルドルフの盾に甘えて、こんな横暴が、許されると思っているのか?」
「横暴ではありませぬ。我々はルドルフ陛下のご指示にて、動いているだけですが?」
振り出しに戻った話に、内心苛立ちながらも、マーカスは反論した。
「なるほど。ルドルフは、この国を侵略するよう、お前達を手配していたというのか?」
腕を組んだまま、軽蔑するように相手を見据えたままシェイドが言った。
「なんと人聞きの悪いことを……」
しかし、シェイドは構わずに続けた。
「そもそも、メルザヴィアの大使にしても、テオドール国王の崩御を知ったのは、二日前だ。その条件は、お前達となんら変わらない。しかし、彼らは、現状を祖国に伝えることに奔走しこそすれ、わざわざ他国の政にでしゃばることはしない。後は祖国の王からの返事を待つことこそが、大使として本来あるべき姿と、心得ているからだ。
なのに、お前達はなぜ、国王の返事が認められた文すら待つことなく、今、ここにいる? それがお前達の国王の意思でないのであれば、独断ということになる。つまり、国王への立派な背信行為だ。だが、お前達が『たった今』口にしたように、この行動が、国王からの命令とあれば、これもまたおかしな話だ。主を失った国の処遇を、国王が一日二日で決めることなどできるはずがない」
シェイドの口調は体調が優れぬこともあってか、容赦なくきつい。
「……となれば、お前達の主は、常日頃からカルディアがこの日を迎えることを夢見て、お前達と共に、念入りに打ち合わせをしていたということになるな。そうでなければ、ここまで迅速に対応はできない。と、すれば、お前達は、実質、カルディアを滅亡の一歩まで追い詰めたリリスと通じて、我が伯父、テオドールを陥れようとしていた可能性すら出てくるわけだ」

相手に付け入る隙すら与えない言葉の応酬に、サクヤはただ苦笑していた。無論、彼の言い分には、方便も交えてはいるが。
「な、なんということを言われるのだ! これは侮辱ですぞ!」
サイモンが血相を変えて、吼えた。
「お前達が言っていることはそういうことだ。重ね重ね言うが、このカルディアには、まだマーレ妃殿下が生き残っていらっしゃる。テオドール国王やアドリア王女は、残念ではあったが、カルディアの後継者については、グランディア、メルザヴィア両国を交えての協議の末、マーレ王妃の判断に倣うのが、常識ではないのか? お前達のやっていること――いや、お前達の主が命じていることは、祖父レオンハルトの、紅の盟約に反している」

きつく申し付けるシェイドの姿に、グランディアの大使達は、萎縮した。それでもマーカスなどは、一矢報いてやろうと、拳を握り締めたまま、唇を噛み締めている。しばしの沈黙の末、マーカスは思い立ったように、口走った。
「しかしながら、万が一、マーレ王妃が後継者選びを、グランディアとメルザヴィアに委ねられたなら如何なさいます? どちらか一つの国から次期国王を選べ、となれば、やはり、獅子王の直系に連なるルドルフ殿下の血統こそが、ふさわしいのでは? そもそもジークハルト殿下。小耳に挟んだことがありますが、貴方様自身、この王座を求めることすら適わぬ身であること、よもやお忘れになったわけではありますまいな?」

下卑た笑いを唇に含ませながら、マーカスが口にした一言に、シェイドの周囲の空気が変わった。
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