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EternalCurse

Story-69.真相-V
「嫌がらせ……?」
「本来なら……神子として選ばれていたのは、自分であるにも関わらず、お前に横取りされる羽目になったんだ。普通に神子になられたんじゃつまらないから、ひと悶着起こした……というところか」
シェイドがやれやれといわんばかりに、肩をすくめた。
「その腹に刻印されたものは、妖魔から受けた呪詛だから、早くあの妖魔を殺せ、と言われなかったか? 他には事の後に神子の力を失ったと思い込んでいるお前の身体を誰よりも気遣い、お前が身篭ってしまうことへの不安を訴えれば、それにかこつけて、甘く囁く。駄目押しにシェイドのことは信用するな、というぐらいは言ってのけたんじゃないか? その傍らで、リリスとしてはお前が羞恥に苛むほどに、悪夢の幻覚を見せる」
「まさしくその通りよ。至宝の間へ辿り着く前は、リリスとして、妖魔の子供が出来たと勘違いさせて、私をどん底へとつきとしてくれたわ」
「そしてトドメが至宝を取り上げて、『さようなら、エステリア』というわけだ」
そう、全ては最初からシエルの――セレスティアの筋書き通りに仕組まれていたこと。エステリアはその掌の上で踊っていただけに過ぎない。
「メルザヴィアを発つ時ですら、シエルには、まんまと騙されたわ。貴方はそうではなかったようだけど」
私が邪魔になりましたのね?――あの時、恨みがましくシェイドを睨みつけ、シエルは闇へと消えた。直後、振り返ったエステリアはシェイドの冷笑を目の当たりにして、凍りついたのを覚えている。てっきりあの時は、リリスとシェイドが結託し、邪魔になったシエルを連れ去ったのだと疑った。
今になってわかったのは、あの時のシェイドの笑みは、事を思惑通りに運んだ笑みではなく、シエルの一人芝居を見透かした嘲笑であったのだ。

「ああ、ようやく本性を現したかと思えば、笑いが止まらなかったさ。行き詰ったあいつが、まさかああいう手段にでるとは思わなかったからな。澱んだ空に輝けぬ星――予言にしても、何も迷うことはなかったんだ。澱んだ空……セレスティアが邪魔をしているから、お前が輝くことができない。そのまんまの意味だった」
シェイドが一息ついた。
「そして神子としてのお前は、どうやら他人に感応してしまう、もしくは他人の意識や、記憶の中に入り込んでしまう力があるんだ。そこを上手くセレスティアに利用された。あいつは、本物の呪詛の力を使って、お前の心に呼びかけ、夢や現実の境がわからなくなるほどの幻を見せた。そしてお前自身は、自分の思いこみだけで、自分を駄目にしていたんだ」
「じゃあ、あの時もそう? カルディアで貴方と過ごした夜、貴方の手を取るように囁いてきた女の人がいたわ。あれもセレスティアだというの?」
「そいつは、なんて言ってた?」
「早く手を取りなさい、貴方はもっと幸せになっていいのよ? って。少し、今までとは違う感じがしたけど……」
「それは、多分、お前の母親が呼びかけたんだろう」
シェイドが断言した。
「どうして、あの人がそんなことを言うわけ?」
「お前、今更、認めたくなくて、意地を張っているようだが、あの人はお前を生かしておくためだけに、一族を捨てて、テオドールの元へ嫁いだんだぞ? 虎視眈々と復讐の機会を狙ってな。そして、俺が子供の頃……あの人は俺に言ったんだ。大きくなって『私の本当の娘だけ』を守って頂戴――ってな」
「本当の娘……?」
「最初は意味がわからなかった。けれど……ずっと前、話したことがあるよな。子供の頃の集落の泉付近でお前を目にしたことがある……と。あの時な、俺の真横には、王妃がいたんだ……。王妃は物陰からお前の姿を見るなり、今にも泣きそうな顔をしていたから、もしかしたら、と子供心に思ったもんだ。そしてしばらくして……真相を知った」
シェイドが長い銀髪を指で梳く。
「アドリアは王妃が産んだ娘じゃない。テオドールの愛妾が産んだ庶子だ。そして王妃が復讐を遂げるための駒に過ぎない。アドリアは俺の従兄弟ではあっても、お前の異父妹じゃない。そのアドリアがお前の命を狙おうとするなら、王妃はアドリアを迷わずに殺すと言っていた。そしてリリスこと、姉のセレスティアの力を借りて、アドリアもテオドールも抹殺したようだ。王妃はあのセレスティアとは双子の姉妹だ。姉同様の激しさは持ち合わせている、けれど、お前への愛情を持っていることは確かだ」
エステリアは何も答えなかった。
「俺が……この力に目覚めた時も、王妃は色々と世話を焼いてくれた。なにより、カルディアを発つ前、お前に忠告していたろ? 神子は『人間』を愛してはならない、と」
神子が愛していいのは、神でも人でもない、永遠の伴侶たる英雄こと妖魔だ。あの時の王妃はそう言いたかったのだろう。しかし、あまり王妃のことには触れて欲しくないのか、エステリアは話題を逸らすようにして、質問を変えた。
「ねぇ、その姿でいる時、貴方自身の『意識』は一体どうなってるの? なんだか、これまでと印象が違うんだけど」
エステリアは、シェイドに、いや妖魔に対する違和感を口にした。
「どうにもならない」
「どうにもならない? でも……だって! これまでと今とじゃ、態度も口調も、随分と違っていたじゃない!」
「鈍感すぎるお前が、面白いからからかっていただけだ」
「から……かう?」
エステリアの顔から血の気が引いた。本当に、ただそれだけだったのだろうか?
「それに、ガルシアやシエルの手前、いつもの調子でお前に話しかけるわけにもいかないからな。特にガルシアには絶対に知られたくなかった」
「そういえば……賭けの条件に、貴方の秘密がわかっても、ガルシアさんには口止めするように言っていたわよね?」
「ガルシアにばれたら、必ず俺を殺しに来るだろうからな。だから口止めした。あいつは、俺をミレーユの仇だと思っているからな」
「ミレーユ……」
「ミレーユ・パラディ。俺の婚約者になるはずだった人だ。ナイトメアの中でも見ただろ?」
シェイドが何かを思い出すかのように、天井を仰いだ。
「因果とはいえ、力を受け継ぐだけの、素質……みたいなものはあったんだと思う。俺は子供の頃から魔剣も、人前では使わないが、魔術も長けていた。でも、俺がこうなったのは、三年前、セレスティアが眠りから覚めたときだ。その時から、徐々に体質が変わっていくような兆候はあった……けれど、『目覚めの日』は突然来た。よりにもよって……俺は、あいつの目の前で……」
シェイドの表情が苦悩に歪む。
「俺は……いまでもあいつのその引きつった顔が忘れられない」
突然、愛していた人が、魔物と化す様を目にしたのならば、普通の女性であれば、一溜まりもないだろう。エステリアには、その時のミレーユの表情が、おのずと想像できた。
「俺は……あいつとなら、人として、ごく一般的な幸せというものを手にすることができると、思った。でもセレスティアが長い眠りから目覚めたときに、俺の人生は一気に変わった。勿論、あいつからは『化け物』って叫ばれたさ。『私を騙していたの?』とも。それが普通の人間の反応だ、仕方ない。それ以来、あいつとの仲もギクシャクして……もう別れようという時に……あいつの屋敷に刺客が放たれた」
シェイドの手が力一杯毛布を掴む。
「俺はあいつを庇って……負傷した。刺客の持っていた短剣には、特殊な毒が塗られていてな。それは相手をじわじわと死に至らしめるものだった。毒だけじゃない、おそらく呪詛もかかっていたのかもしれない。その毒に、俺の身体が反応した。まだ抑えることに慣れなかった力が暴走して……いつの間にか、刺客を殺していた……そして俺は……毒を受けた俺の盾になろうと、前に立っていたあいつの首に、後ろから……自分の牙を突き立てていたんだ……」
おぞましいだろう?――シェイドは自嘲しながら、唇を噛みしめた。
「そこをガルシアに見られた。俺は即座にミレーユを連れてガルシアの目の前から消えた。そんな芸当、まさか、できるとは思ってなかったけどな。瀕死のミレーユに、取り返しのつかないことをしてしまった……。あいつは、俺と一緒にいる以上はこういう運命は避けられないと言った。納得はしている、仕方がない。けれども、まだ死にたくないと、どうして自分が死ななくてはならないのか? と、混乱して、何度も訴えて……、そして、あいつの腕は、血に濡れた自分の首筋に、俺の頭を……牙を押し付けてきた」
話を聞いていたエステリアは思わず、口に手を当て、眉を潜めた。
「どのみち、死ぬ運命にあったミレーユを救うため、命を絶った――と思えば聞こえはいいさ。だが実際は違う。俺は、自分の本能に抗えなかった。異常な飢えと乾きをしのぐために、あいつにトドメを刺しただけにすぎないんだ。そして、後日、不思議な事に気付いた。一度は心に決めた女性であったはずなのに、その彼女が死んだというのに、何も感じない。悲しくも無い。今まで、あいつに寄せていた感情が、全て消えてしまった。
その後、あいつの死を、俺を含めて侮辱した連中を、何人も切伏せた。そうすることで、あいつへの想いを決して忘れまいと、心に刻み付けておこうとしたんだ。でも無理だった。俺の心の中には、もう別の誰かのための場所が開けられている。そして、改めて知った。妖魔は神子以外を愛することができないということを」
シェイドがエステリアを直視する。
「俺とは相容れないから、ミレーユは死ぬ羽目になった。なら、そんな運命とは無縁の神子とならば、死に別れるようなことはない。俺の安住の地が、神子だというなら……今度はその運命を受け入れようと思った」
言いながら、薄く唇に笑みを浮かべた。
「あいつのことは、自分の中で整理したつもりだ。もう終ったことのはずなのに、あいつの凍りついた顔や、俺への恐怖に戦慄いた唇から発せられた言葉、つい、それを思い出して……肝心な時に力を出し渋ってしまう。やっぱり慣れないもんだな。メルザヴィアでも、それを恐れて、結局、暴走したナイトメアに身体を明け渡した」
「どういうこと?」
「闇を統べる能力を持った俺が、ナイトメアに屈することは絶対にない」
「じゃあ、あの時……」
「俺の力をもってすれば、侵食するナイトメアをはじき返すことも可能だった。けれど、俺の持つ闇がナイトメアに勝ったなら……俺は王妃の、母親の目の前で妖魔になっていたかもしれないんだ。だから、自分の力は使わずに、ナイトメアに身体の支配を許した。周りには迷惑をかけたけどな」
「全部、お母さんのため?」
「あの人は、心に深い傷を負っているんだ。ただでさえ俺を産んだ事を、叔母とその取り巻きから責められていたのに、あの場で俺が本性を現したらどうなる? 叔母はこれ見よがしに俺達親子を処刑するだろうし、ソフィアの心は今度こそ壊れて元に戻らなくなる。そんなことになるぐらいなら、魔剣に身体を明け渡した方がマシだった。もしものときは……サクヤかヴァルハルトが殺してくれるだろう。ヴァルハルトの剣技に比べれば、俺なんて赤子のようなものだ」
「そんな……」
「そして暴走したナイトメアの中で、俺の身体と魂は別々に存在していた。ただ、追いかけてきたお前が、投げやりな俺の言葉には耳を貸さずに、必死に俺の『抜け殻』を助けようとしてくれたろ? それは、感謝してるよ」
ミレーユとの経緯、そして母親への思いを耳にするうちに、エステリアの心内は居た堪れない気持ちで一杯になった。
「あと、あんなことがあったのに、また目を覚まさせてくれたろ? ありがとうな」
彫像のように美しい妖魔の顔が少しだけ綻ぶ。
「貴方……身体の方は大丈夫なの?」
「ああ、お前が浄化してくれたお陰で、少し楽になった」
「いや、あの……そうじゃなくて……いつもの姿には戻れるのって、聞いているのよ」
その言葉にシェイドは表情を曇らせた。
「俺の中で無限に湧き出る闇や、これまでに取り込んだ瘴気が、身体を完全に蝕んでいる。その闇を俺の代わりに食って、中和していた魔剣も、テオドールと闘ったときに折れてしまった。もう……元には戻れないな。セイランの時とは違って、お前がくれる浄化の力も、身体を戻すまでには至らなかったようだ」
シェイドの話に、エステリアはふいにセイランでの夜、妖魔との一件を思い出した。
「貴方……! まさかあの時、自分が元の姿に戻りたかったから、私にいきなり口付けしたの!?」
エステリアが身を乗り出した。
「ああ、試すだけの価値はあったな」
「なによ……それ……」
また、してやられた――いや、してやれていたのだ。エステリアは盛大に脱力した。
「さぁ、ここまで話したんだ。まだ殺す気がないなら、俺が言うのもなんだが、早く部屋を出た方がいいぞ」
「え?」
「わからないのか? 俺は妖魔でいるときは、持っている力の作用もあってか、必要以上にお前を『欲しがるんだ』」
しばらく沈黙した後、言葉の意味を理解したエステリアは、頬を紅潮させながら立ち上がると、即座に部屋を後にした。
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