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EternalCurse

Story-68.真相-U
「三年前のあの日……セレスティアは刑から逃げ遂せて、カルディアに現れた。シエルと名を変えて。俺にはあいつがセレスティアだと、なぜかわかった。だから匿うつもりで屋敷に住まわせることにした。それでも俺の秘密のことには何も触れないから、てっきり、火刑に処されたときに力を使い果たして、あいつはセレスティアとしての記憶を失っているものだと思ってた。だが、しばらくして、今度はお前が、正式に次代の神子として現れた」
肌寒いのだろうか、シェイドは自分の腕で身体を抱きすくめるようにして、話し始めた。
エステリアは思わず、近くの椅子にかけてあった毛布(ブランケット)を手に取ると、シェイドの肩にそっとかける。シェイドは驚いた面持ちで、エステリアを凝視した。
「どうしたの? 寒いんでしょう? それとも必要がなかった?」
「いや……すまない」
シェイドは礼を述べると、話を続けた。
「一つの時代に神子が二人もいる。これはどう考えてもおかしな話だ。シエルとお前、どちらかが偽者の神子のはず。見極めなくては、と思った。もしもセレスティアが本物の神子で、記憶を失っているのなら、お前が偽者。マーレ王妃が我が子可愛さに、神託を偽って、お前を次代の神子に仕立て上げようと考えたのであれば、これはこれで辻褄が合う」
「あの人が……?」
エステリアはなにやら複雑は表情を浮かべたまま、沈み込んだ。
「口には出さないがな、王妃はお前が思っている以上に、お前のことを愛しているぞ」
エステリアは唇を噛みしめた。王妃の娘に対する想いや後悔の言葉は、つい先程耳にしたばかりだ。
しかし、今更、愛していた――と言われても、早々に受け入れることができるはずもなかった。
「だが、万が一、セレスティアが魔女で、お前が本物の神子であった場合も考えて、俺はお前の資質を見極めようと試すことにした。が、何故か、お前のときに限って上手くいかないんだ」
「どういうこと?」
「お前と出会った夜、俺の傷口に触れたとき、てっきりお前は俺の中に潜む闇に……正体に感付いたものだと思ってた。どうせ妖魔に変化する時期は来ていたし……」
「時期ってもしかして、食欲不振になる、あれのこと……?」
「俺は……必要以上に自分の中に闇や瘴気を取り込んだり、闇の眷属の力が強くなる満月が近づいたりすると、身体が変化する。自分の意思で押さえつけて耐える場合もあるが、月の魔力には抗えない。時期が近づくと、人としての食欲が失せて、代わりに妖魔としての飢えや渇きが襲ってくる。お前と出会った日は、まさに極限状態のときだった」
シェイドは肩を落とした。
「けれど、カルディアでの夜は、俺が思っていた以上に、話が妙な方向へ進んで行った――挙句の果てに、刺客の命を吸う俺を見たお前は、直立不動で、その上、ガルシア達が駆けつけ……なぜか天敵同士が鉢合わせしたかのような状況に陥った」
エステリアは黙って話に聞き入っていた。
「カルディアの時点ではシエルの真意は不透明。俺にはお前の本心が不可解で、しばらく様子を見る事にした。本物の神子なら、いい加減に俺の正体ぐらい見抜いているはずだ。『俺だから』ナイトメアも使える……セイランでもわざわざそう言ったのに、お前は相変わらず鈍感で」
「鈍、感……」
「そしてお前とは、『賭け』までする羽目になった。あの時言ったろ? 『早く俺の秘密に気付け、気付かないと俺はお前に酷い事をするぞ?』――と」
「だからあんな賭けをすることにしたの? 私と……いずれはそういう関係になってしまうから?」
「ああ。賭けは、俺の勝ちだったみたいだな」
どの道、押し倒されることは、免れぬ道であるとすれば、それに合意できるか否かが問題であったのだろう。
「それと同時に、シエルの『盗み見』を欺くためでもある」
シェイドの蟲惑的な金色の瞳が微かに揺れる。
「あいつは分身のリリスを使って、常に俺達を監視していた。あいつの目的は、お前の命か、至宝のどちらかだ。俺がいつ、どの間をはかって、お前との聖婚を果すか……知られるわけにはいかない。もしも神子となる前に、あいつがお前を殺すつもりであるのなら、尚更だ」
「神子になる前に、私を殺せば、セレスティアには何の得があるの?」
「神子となる前に、お前を殺した場合、神子の力は次世代へと受け継がれる。その間、神子は存在しないわけだから、俺は何の救いも癒しも受けることが叶わず、俺はいつか自分の力に飲みこまれて、狂った挙句、本物の魔族になってしまう。他人の不幸が生きがいのセレスティアにとっては、これはこれで愉快な結末だ」
しかし、現にセレスティアはエステリアを殺した後、シェイドが闇に堕ちる道よりも、神子の存在を許しても、至宝を手に入れる道を選んだ。今のセレスティアにとっては、神子の力云々よりも、四大元素を自在に操る力の方が価値あるのだろう。
「大体、あの賭けにしてもおかしな話だろう? どちらにしても、お前に勝ち目がないようになってる。ただお前が、いざそうなったときに、すんなり受け入れるか、嫌な思いをするかのどちらかだ。俺はお前を必ず手に入れる。だが、表向き、いつも寄り添っているわけにはいかないだろ? 二人でいることが、ごく自然に見えるようにするには、婚約するしかない。俺が、王太子として、お前からの返事を先延ばしにしたことで、少しはあいつを撹乱することはできたとは思うが、お前が神子になるのをあいつが待っていたのなら、あんまり意味がなかったな」
「貴方はいつからシエルがリリスだと気付いていたの?」
「セイランの夜、戦ったときだ。どんなに姿を変えようとも、気配までは変えることができない。それが幻術だったとしても。あいつは幻術のリリスを操りながら、どこかで様子を探っている……それだけはわかった。そして確信した。あいつこそが魔女で、一か八かだが、お前の方が神子だと思った。なにより、お前はカルディアでの夜に、俺の中にあった闇を見つけたろ? なんらかの力がお前にあると、期待した。
それから、求婚したとき、お前がその腹にある印を抑えて苦しんでいたから、俺にとっての神子は、お前だと定めて、事に及んだ。神子が神子であるためには、必要な儀式とはいえ、皮肉なものさ。俺は第三者の、かつての英雄の妄執が命ずるままに、お前を無理やり手篭めにして、なおかつ、人間の俺はお前を娶ろうと躍起になっている。まるでヴァロア皇帝とヴァルハルトの人生を同時に経験しているようなものだ。これも因果か」
シェイドはその美しい顔に自嘲するような笑みを浮かべた。

「俺が妖魔であること。それが賭けの答え。お前は見当違いな解釈をして、勝手に負けを認めていたけどな」
「だから随分と、強引に結婚を迫ってたのね……」
「神子と英雄…つまり妖魔は常に寄り添ってなければ意味がない。俺は、お前がいないとまともに生きてはいけない。ずるい話だが、そのことも踏まえて、俺はお前に求婚した。ただ……」
「俺は……神子としてお前を散々利用した挙句、全てが終ったらすぐに捨てるような真似はしたくない」
要するにある意味『責任』の問題なのだろう。
「俺は政略結婚で結ばれるよりも、本当に好いた人を妃に迎えたいし、何より理解ある人に、子供は産んで欲しいと思う。勿論、この永遠に続く呪いの力を手放せた後だが」
「心外だわ。貴方がそんなに子供好きだったなんて」
「お前な、王太子の第一の役目は、丈夫で強い子孫を残すことなんだぞ? 俺に世継ぎが出来なかったら、またシュタイネル一派のような連中が出て祖国が大変なことになるだろう?」
「ああ、そういう意味で、子供が必要だっていうのね……」
「それだけでもないさ。ごく普通に生きたいというのが、正直な本音だ」
シェイドが寂しげに笑った。
「だが、お前自身が、現実から離れようとしているからか、ここに至るまで俺のことに気付かない。ナイトメアに取り込まれたときにしても、俺はずっとお前の側にいて、抜け殻になった自分の姿を見つめていたのに、だ。お前はさんざん俺の助けは要らない、俺と一緒に逃げるぐらいなら、闇に堕ちた方がマシだ、だの罵っていたが、さすがにその時は不安になってきた……俺が見極めたはずの神子が、やっぱり、本当は魔女だったんじゃないか? ってな」
「そんなことを言われたって、仕方ないじゃない。そもそも洗礼の時に、私は貴方の前で……、自分でも信じられないぐらいに、恥ずかしい思いをしたんだから……あんなもの、絶対に私じゃない……そんな後に、ナイトメアの中で再会して、貴方にいい感情を抱けるとでも思う?」
しかしシェイドは首を傾げた。
「恥ずかしい思い?」
「貴方の前で、淫らな醜態を晒したことを言っているのよ」
「何を言ってるんだ? 魔法陣を使って拘束した時点で、お前は、気を失っていただろ? 正直、驚いた」
「え?」
「嘘……そんなことあるわけないわ。だって……私は」
奔放に情愛を交わして、喘いで、乱れて、妖魔を誘う言葉すら口にしたはずだ。
「お前が目を覚ましたのは、全てが終った直後だ。その頃には、俺も元の姿に戻っていたからな、これで完全に、正体を知られたものだと思った」
エステリアは事の最後に、妖魔の姿に一瞬、シェイドが重なって見えたような気がしたことを思い出した。あれは幻でもなんでもなかったのだ。エステリアが混乱する傍ら、シェイドは何かを見つけたように、エステリアの首の後ろに手を回した。
「首の後ろに」
シェイドの指には、黒い小さな翅虫が摘まれている。
「これが、セレスティア……シエルがお前につけた本物の『呪詛』だ。お前と一緒に過ごした夜、どこにシエルの呪詛がついているか、確かめようとはしたんだ。あの時は、髪が長かったせいで、見つけることができなかったが……」
言いながら、シェイドは翅虫を潰した。これがシエルの仕業であったなら、おそらくはセイランで染髪をしたときにつけられたのだろう。
「これを使ってあいつが妨害していたおかげで、話はややこしくなってしまったな」
「妨害……」
「シエルは日頃からお前の相談に乗る振りをして、自分のいいように、誘導し、まんまとお前を騙していた。お前の腹に刻まれた印の事も、どうせあいつから『呪詛』だと聞かされたんだろ? 違うか?」
エステリアは否定しなかった。
「結果としてあいつは、あいつはお前が神子になるのを待っていて、至宝を手にする機会を狙っていた。神子でなくては、至宝の間のあの結界は通れないからな。神子になる条件は……今説明したとおりだ。これは、あいつからの嫌がらせさ」
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