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EternalCurse

Story-67.真相-T
「ここ……ブランシュール邸……か?」
目覚めたばかりの、弱々しい声で尋ねるシェイドに、エステリアは静かに頷いた。
「一応、貴方は『シェイドのお友達』ということになっているそうよ。肝心な『貴方』が帰宅してないから、ご両親もさぞ不安に思っているでしょうけど……」
エステリアが説明する最中、それを遮るようにシェイドが言った。
「お前、髪切ったのか?」
その口調には心なしか、怒りのようなものが含まれている。
「ええ。ナイトメアを送り届けるときに、まばらに切り落としちゃったから……揃えてもらったの」「勿体無い。長い方が好きだったのに……」
シェイドは眉を潜めながら、ゆっくりと上体を起こした。長い髪を失ったエステリアに代わって、こちらの方は銀糸の髪が、滝のように流れ落ちる。それに伴って、シェイドはようやくエステリアの言葉と、自分の置かれた状況を理解することができた。
「やっぱり……魔剣なしでは、元には戻れない、か」
遠くの鏡に写った自分の姿を見て、シェイドは呟くと、片手で頭を抑えた。それは、まるで悪酔いに苦しんでいるような素振りに思える。
しばし、沈黙が流れた後、シェイドは深く息を吐くと、意を決したようにエステリアに語りかけた。「訊きたい事……たくさんあるんだろ?」
しかし、エステリアは何も答えない。シェイドは肩を落とした。
確かに、これまでの仕打ちから考えれば、エステリアが心を閉ざしたところで文句は言えない。

「殺したいぐらいに、憎いのが本音だろうな。理由はどうあれ、俺はお前を辱めたことには変わりない。ただ……こっちも洗いざらい白状するから、一通りは俺の言い訳を聞いてくれ。その後は、煮るなり焼くなり、封印するなり好きにしろ」
ほとんど投げやりな言葉に、エステリアがじっとシェイドを見つめた。容姿は妖魔であるにも関わらず、口調はいつもと変わらない。それはテオドールとの戦いのときにも感じたことだ。
エステリアが恐る恐る、口を開く。
「貴方は……何? 何者なの? やっぱり人間じゃなかったの?」
ほら、来た――と言わんばかりの表情で、シェイドは頭を振った。
「いいや。人間だ。ただ『普通』とは違うと、前にも言ったはずだが? 強いて言うなら、お前が『始まりの神子』の力を代々受け継ぐ者だとしたら、俺は『最後の英雄』の力を代々受け継いでいる」
「始まりの神子? 最後の英雄?」
エステリアが反芻した。
「俺が眠っている間、サクヤからは何も聞いてないのか?」
エステリアは頷いた。
「かつて、始まりの神子アンジェラと共に、邪悪な闇に立ち向かった英雄がいた。そいつの名は……オルフェレス・ヴァリエートと言った」
「オルフェレスって……」
その名前は、永久なる闇の支配者。闇を統べる王、そして目の前にいるこの妖魔の名ではないか。
愕然とするエステリアの前で、シェイドは淡々と続けた。
「英雄オルフェレスは、アンジェラが滅する事のできなかった闇を、全て自分が引き受け、己の身体に取り込んだ。その時に、彼の人としての肉体は一度滅んで、妖魔となった。全ての闇を司る王となってしまった英雄は、神子と共に生きることを、地上に留まることも諦め、アンジェラに自らを封印するよう、願った。アンジェラは彼の魂を、七番目の大陸に封じ、そのまま天に昇らせた。妖魔の魂を封じた大陸こそが、メルザヴィアからははっきりと見える、あの黒い星。そして、この世界から七番目の大陸が消失したのは、それが原因だ」
メルザヴィアの空に浮かぶ、あの黒い凶星が、失われた大陸だというのか? エステリアは絶句した。
「最愛の人と別れたアンジェラは絶望し、一部の感情が各大陸に『永久なる呪い』として降りかかった。そのうち神子の無念、悲憤は英雄オルフェレスの剣に宿り、それが魔剣ナイトメアになった。魔剣は闇に堕ちてもなお、かつての恋人を慕っている。だから持ち主の感情に忠実で、呼応するんだ。そして一人、残された神子の魂は、死してもなお、英雄オルフェレスとの再会を願って、さまよい続けている。封印された英雄オルフェレスの魂も、また……神子に救いを求めて、地上へ降り、その力を最も適した人間に分け与えている。つまりは、俺だ」
「妖魔が……英雄の成れの果てだというの? そんな……もしも、神子に救いを求めているのなら、どうして貴方は私に呪詛をかけたの?」
「呪詛?」
シェイドが怪訝な顔をする。
「呪詛をかけたでしょう? 私のお腹には、その印が残ってる……」
「それはこれのことか?」
シェイドが服をはだけると、そこには、エステリアと同じ模様が浮き出ていた。
「これは、俺が英雄の魂を受け継ぐ者で、お前が神子である印だ。セレスティアが目覚めた頃、この印は膝上ぐらいにあったが……お前と接するうちにこの場所に移動した。この印は神子と対になっていて、向き合えば重なるような位置にある。重なる――の意味ぐらい、もうわかるよな?」
しかし、エステリアはぽかんと口を空けている。
「光と闇、相反する力を持った神子と英雄は、最大の敵同士であると同時に、戦友であり、同志であり、恋人であり、夫婦でもある。強すぎる光を持つ神子は、闇を得て癒され、妖魔もまた神子の持つ光を手にして、安らぎを得る。だから、神子は『聖婚』を経て、やっと神子になるんだ」
エステリアはまるで何か固いもので頭を殴られるような衝撃を覚えた。
「そして、俺達はほとんど無理矢理だったが、メルザヴィアで正式に、『聖婚』の儀式を経て、神子と英雄の契約は済ませている」
「ちょっと待って、貴方の言う聖婚っていうのは、テオドール陛下が聖娼を通じて執り行おうとしていた聖婚とどう違うわけ?」
「聖娼を通じての聖婚というのは、あくまでも各地に伝わる伝承の一つに過ぎない。俺が言っている『聖婚』の方は、本当の意味での神子の洗礼を指す。お前が神子となるためには、俺がお前の英雄であるために交わさなくてはならない……契り。要するに、結婚初夜みたいなもんだ。たまたまテオドールが試みていたものが、同じ名称だったから、話が紛らわしくなったな」
なんで、俺の口からそんなことを言わなくてはならないんだ?――説明しづらそうにシェイドが言う。
「あの……じゃあ、私は?」
「言ったろ? 別に神子の資格も力も失ってはいない。至宝は失ってしまったが、お前の力そのものは、むしろ前より強くなっているはずだ。なのに、お前自身は神子の力に目覚めるどころか、自分自身で封印してしまっている。だから、一度目の聖婚は失敗に終ったと思った……」
「だから……二度も私を……?」
ぽつり、ぽつりとエステリアは呟いた。
「シェイドの姿でなら、お前も心を開くと思った。それに、二度目の時は、お前だってその気だったろ?」
そう指摘されたエステリアは顔を真っ赤にして反論した。
「それは――最後だと思ったから……! シエルを救い出すこともできずに、そのまま死んでしまうと思ったから……。そんなこと今更言われたって……私……。それから……それに、もしかしたら、私……」
エステリアは急に勢いを失うと、ひどく戸惑いながら、下腹部をなぞった。そうだ、今の今まで忘れていたが、ここには――彼との……。
「それなら、心配するだけ無駄だ。俺達の間には子供なんて出来ない」
「は?」
エステリアが目を見開いた。
「は? じゃない。神子と英雄の力を身体に宿している以上は、子宝には恵まれることはないと言っているんだ」
「どういうこと?」
「本来、神子と英雄の魂は、強い絆で結ばれ、互いの存在のみを尊重する。神子の魂は第三者の介入を特に拒む。例えそれが『我が子』であっても、だ。だから、神子と英雄との間には、決して子供が生まれることはない」
エステリアは下腹部に手を添えたまま、唖然としている。
「もっとわかりやすく説明するなら、次代の神子の予言を受けた女が、神子としての洗礼――聖婚を行う前に、妖魔以外の人間と交わった場合、その時点で神子の資格は消え失せ、ただの人間になってしまうから、子も孕むことができる。もしもお前が身篭っているのだとすれば、俺以外の人間と通じたことになるが――心当たりがあるか?」
「いいえ……」
他の人間にこの身を任せるはずがない。妖魔に押し倒されたときが正真正銘、『初めて』であったのだから。しかし、このようなこと、本来ならば口にするのも恥ずかしく、エステリアは赤面した。
「だろうな。お前はちゃんと神子の力を持っていることは持っているんだから」
「でも……本当に、気持ち悪かったのよ。絶対に子供が出来たんだと思った……」
「何か気持ち悪いと思うことがあれば、それは俺が分け与えた力の一部が、未だにお前の中に馴染みきってないんだよ」
「力って……?」
「地水火風の四大元素以外の至宝――要するに闇の力の一部を、お前のそこに植え付けている」
シェイドがエステリアの下腹を指差す。
「どんなに欲しくても、お互い、この力を手放さない限りは、子供なんて望めない。勿論、他の異性に興味を示すこともない」
今になって知らされた事実に、次々と混乱しつつも、エステリアは一番、重要なことを尋ねた。
「どうして……最初から教えてくれなかったの?」
「神子とは何人にも穢される事のない聖女だと思い込んでいるお前に、俺が力を分けてやるからなんとかしてくれ、と頼み込んだところで、信じてくれるか? 今でこそ、俺はヴァルハルトから残された力と当時の記憶を受け継いだおかげで、自分の役目や、過去の聖戦の経緯、神子や英雄が背負った因果や、子供のことも含めて、全部知った上で偉そうに話しているが、俺だって神子と英雄は元々夫婦で、その英雄の成れの果てが妖魔なんて、当初は知りもしなければ、考えもしなかった」

その話の途中で、エステリアは気づいた。神子と英雄は共にあるべき運命である。その英雄はすなわち妖魔である――つまり暁の神子サクヤの共をしていた英雄ヴァルハルトもまた、オルフェレスであったことになる。
「ねぇ、神子と英雄の力を有している以上は、子供には恵まれないのに、貴方が生まれているってことは、なんらかの事情があって、ヴァルハルト陛下は英雄の力を失ったってことになるのよね?」
「察しがいいな。そうだ。ヴァルハルトが持っていた英雄の力の大半は、聖戦の折、暁の神子サクヤによって切り離され失った。無茶なことをやらかしたサクヤもまた、神子の力を失い、罰を受けた。ヴァルハルトから切り離された力は、因果と共に、今度は俺に降りかかった」
「どうして、暁の神子はそんなことをしたの? 大事な英雄でしょう?」
「ヴァルハルトに、ソフィアがいたからだ」
「あ……」
「ヴァルハルトは英雄にしては随分と強靭な精神の持ち主だったらしくてな。英雄の本能に左右されずにソフィアを慈しんでいたらしい。このまま英雄の力を持っていたのでは、ソフィアを妃に迎えても世継ぎは望めない。サクヤはそれを不憫に思ったんだろう。だが神子と英雄の仲を無理矢理引き裂こうとしたサクヤは神子の力を失い、代わりに呪いを受けた。現世に留まる限り、時を逆行して生きるという呪いだ。神子でなくなった以上、サクヤは故郷、セイランの政に、表向きは関わるこができず、しばしの時を経て、全くの別人として現れた。そう、賢者サクヤとしてな。サクヤの件は、もう知っているのか?」
「ええ。ついさっき、あの人が暁の神子だと知ったわ。どうして今も若いのかは、知らなかったけれど」
「サクヤの知識と経験には随分と世話になった。そもそも俺が最初からわかっていたのは、自分にかけられたこの呪いを解くためには、神子を手に入れなくてはならない……ということだけ。それはお前の母さんから教えられた。そしてセイランではサクヤから、俺の持っている『闇』を神子に分け与えろと言われた。そうすれば神子は神子の力を取り戻す、と。力を分け与える『手段』について聞かされたときは、絶句したぞ。サクヤはそれこそが『洗礼』だと、大真面目に言ってくれたからな」
言いながら、シェイドは曇った窓ガラスを見つめた。
「神子に会えば……、俺は簡単にこの忌々しい身体から開放される、救われる――そう思っていたからな。だが、そのためには、シエルとお前を見極める時間が必要だった」
「見極める?」
「澱んだ空に浮かぶ輝けぬ星」
シェイドは静かに続けた。
「本来、イシスから与えられ、リリスが復唱していた俺に対する予言の一節。空と星とは、シエル、いや、セレスティアと、お前のことさ。サクヤがそう言っていた。神子であったにも関わらず、全てを……俺の正体もとっくに知っているはずなのに、なぜか力を発揮できないセレスティア……そして神子に選ばれたにも関わらず、全然やる気のないお前。どちらかが本物の神子でどちらかが魔女。俺はそれを見極める必要があった」
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