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EternalCurse |
Story-64.魔獣対闇を統べる王者 | |||||||
テオドールの咆哮が、瘴気の礫となって、シェイドを襲う。しかし、命中する寸前、シェイドの前に半透明の赤い防壁が生じ、礫を弾き返した。軌道から外れた礫は、そのまま城へと降り注ぎ、城壁塔の屋根を抉り取る。崩れ落ちた城の一部が、堀へと落下し、派手な水音と飛沫を上げた。 絢爛豪華と謳われたカルディア城は、死者の群れに支配され、またテオドールによって次々と破壊され、もはや見る影がない。シェイドは半壊した城を見下ろすと、軽く溜息をつきながら、テオドールに尋ねた。 「あんたが、そうまでして得たいものとは一体なんだ?」 「なんだと?」 上空でシェイドと睨みあうテオドールがが、片方の眉を吊り上げた。 「あんたが、人間の身体を捨ててまで、せっかく築き上げた城まで壊して、力を求め続けるのは何故か、と聞いている」 「知れたこと、この世の全てを我が手中に収めんがためだ」 テオドールは高らかに叫んだ。 「相変わらず発想が単純なもんだな」 シェイドが吐き捨てるように言った。 「単純だと? 愚か者め。王者として生まれたからには、この世を統べ、我が意のままに動かさんと夢見るのは当然のことではないか」 テオドールは続けた。 「皆、本心は争いを、侵略することを、好んでおるのだ、シェイド、いやジークハルトよ。そなたもわかっておろう? 我が父、獅子王レオンハルトが定めし、紅の盟約が、所詮は上辺だけの愚かな条約であることに。かのグランディアでさえ……あのセレスティアの悲劇を起こし、世界の均衡を崩したグランディアさえ! 隙あらば、いつでもメルザヴィアやこのカルディアを侵略しようと考えているのだぞ? 盟約に従い、大人しくしている他の国々にしても、魔族どもの勢いが衰えれば、すぐさま、戦を始めることだろう。となれば世界にはさらなる王が必要となる。世界の頂点に立つ王だ。いいや、愚かな人間どもを支配する神が必要となる。その役目を担うのが余だ!」 テオドールの主張を聞き終えたシェイドは、赤く美しい形の唇を吊り上げ、嘲笑した。 「図体がでかいだけで、死臭を撒き散らすあんたを王と慕う者や、神と崇める者がいるとは思えないな」 「崇めさせてみせるとも! 例え神子や至宝の力を取り込めずとも、神にも勝る余の力をもって!」 テオドールが尾を打ち据え、シェイドの身を薙ぎ払おうとする。 「……『当たり前』であることが、どうして幸せと思えないんだ?」 シェイドは身体を翻し、テオドールの攻撃を避けると、哀れむように言った。 「ふん、そなたのように絶大なる力を秘めておきながら、日頃、持て余している者には、到底わからぬことよ! 人とは常に、己が誰よりも特別でありたいと願うものだ!」 テオドールは叫ぶと、柱のように太い腕を振るった。シェイドは黒い炎を放ってそれを退けると、上空で体勢を立て直しながら、言った。 「絶大な力を持っていたことで、特別だったところで、必ずしも自分が望んでいたものを手にするとも限らない」 「ならば、そなたは一体、何が欲しかったというのだ!?」 シェイドが眉を潜める。その脳裏を過ぎったのは、祖国の両親の顔、養父母の顔、そしてあのカナリア色の髪の娘と……エステリアの顔だった。 「俺は……」 言いかけたまま、口を噤む。シェイドは無意識のうちに、エステリアを見下ろしていた。 欲しかったものは、言うまでもない。特別であるからこそ、得ることが叶わず、すれ違い、失ってきたもの――普遍的な愛情だ。 そう思っていたとき、地上のエステリアと目が会った。それは子供の頃、集落付近の泉で見かけたときと、変わらぬ顔だった。誰にも心を許すことができずに、凍てついた表情で、ただこちらを見上げている。 旅の道中で、ふと見せた、儚い笑顔はもうここにはない。 仕方ないこととはいえ、それを奪ったのは、自分自身の行いだ。本来ならば、穏便に進んだはずの、その儀式さえ、シエルの……セレスティアの巧みな操作もあってか、最も忌むべき手段を選ばざるを得なかった。 エステリアに気を取られていた刹那、真空の刃がシェイドの左肩を切り裂いた。 迸る鮮血に、シェイドは左肩を抑えると、舌打ちする。 「背水の陣とはまさにこのことだな、ジークハルト、いや……そなたこそが テオドールは余裕の表情で笑った。 「集落の森からも、亡者と死霊が押し寄せておるの……、どれ、我が国カルディアの墓地には役に立つ者は眠っておらんか? なんなら、そちのミレーユも、呼び寄せてくれようか?」 ミレーユの名を耳にした瞬間、シェイドの顔色が変わった。 「わかりやすい奴よ……。あの子爵令嬢は確か、 その侮辱にシェイドは殺気だった表情で、黒い衝撃波をテオドールへとぶつけた。しかし、テオドールは、シェイドの放った闇の力をも吸収し、さらにその肉体を強靭なものへと変えていく。 せめて……手元に『アレ』があれば……。 心の中で悔しげに呟きながら、シェイドは石畳に突き立てた魔剣に視線を移した。 もしも、あれを取りに舞い降りようとするならば、確実にテオドールはその隙を狙ってくるだろう。魔剣は死者の群れを退けても、崩れ落ちる足場や瓦礫から、エステリア達を守ることはできない。 彼らを守りながらでは到底、攻撃することすらできない。 シェイドは唇を噛んだ。 「力としては彼の方が圧倒的に上であるはずなのに、何故か押され気味ですね」 シオンが、上空の戦いを見守りながら、銀青色の瞳を細めた。 「馴染んだ力と馴染まぬ力とでは、やはり不利か……?」 サクヤの表情が険しくなる。 「馴染んだ力に、馴染まない力?」 ガルシアが訊いた。 「テオドールが屍どもを呼び寄せることができるのは、奴がこの国の王であることも大きく関わってきている。死してもなお、忠誠をつくす者達、そして生前、奴に恨みを抱き散った者達を呼び寄せては、その無念や憎しみを食らい……我が身の一部と化す。己の力を存分に振るえる奴に対し、闇を統べる者とはいえ、充分に力を使いこなせていないあいつとでは、決着が長引くにつれて、不利になるということさ」 「ただでさえ、自分に一番『馴染んだ力』を手放していますからね……」 シオンが軽く溜息をつく。 「あいつに、一番馴染んだ力、だと?」 「魔剣ですよ」 屍鬼を一掃しながら、シオンが答えた。 「彼にとって半身とも言える魔剣さえ使えれば、テオドールを粉砕することは可能です。ただ、ここから魔剣を抜けば、一斉に襲い掛かる亡者達の相手をしなくてはなりません」 「お前が本気を出して、あの化け物を倒せば問題ないんじゃねぇか? セイランじゃあ、あの程度の化け物はザラだって言ってたじゃねぇかよ」 「まぁ、別にかまいませんけど、私が本気出したら、亡者はおろか、生者も巻き込んで、この国丸ごと塵になってしまいますよ? 勿論、貴方達の命だって保障できません」 シオンは相変わらず飄々と言ってのけた。 「お前さん、最初からやる気ねぇんじゃないのか?」 ガルシアの非難に、シオンは頭を振った。 「私としては、一番やる気を出して欲しいのは、エステリアさんの方なんですけどね」 「私……?」 「ええ、貴方です」 シオンがゆっくりと頷く。 「貴方さえ、彼に力を貸してくれれば、この戦いは終わります」 銀色の瞳が、エステリアをじっと見つめる。シオンの瞳はあの妖魔にも似て、蟲惑的な魔力を秘めている。エステリアはそれから逃れるように、視線を逸らした。 「まぁ、色々複雑な気持ちでしょうが、助けてくれませんか?」 エステリアはしばし沈黙した後、ぽつりと呟いた。 「……どうやって?」 その返事に、シオンがぱっと表情を綻ばせる。 まるで頑な心を一瞬で溶かしてしまうような笑顔だと、エステリアは思った。 「ここにある魔剣を引き抜いて、彼のところへ届けて貰えますか? 魔剣が貴方の願いを聞き入れてくれたなら、きっと彼の元へと飛ぶはずです」 「これを……引き抜く?」 エステリアは、戸惑いを見せた。魔剣ナイトメアは持ち主以外の人間が触れようものならば、即座にその命を吸い尽くす。 「怖気づくぐらいなら、やめておけ」 サクヤがエステリアを厳しく制した。 「ナイトメアはただひたすら、持ち主を恋い慕う女の魂を持っている。神子とはいえ、お前があいつを毛嫌いしている以上は、魔剣はお前を許しはしない。ただ持ち主に害を成す敵とみなし、お前の命を奪うだろう」 今の心境で魔剣に触れれば、確実に魔剣の怒りを買う――サクヤの話に、エステリアは唇を震わせた。 「そんなに意地悪しないであげてくださいよ、サクヤ。エステリアさん、ちょっとでも、彼に生きていて欲しいとか、信じてやれる気持ちが今もあるのであれば、魔剣も許してくれますよ……多分」 多分――と付け足すところが、なんとも頼りない、とエステリアは思った。 「嫌々ながら協力する必要なんてないぞ、あいつに死んで欲しいと思っているなら尚更だ」 サクヤが煽る。 「死んで欲しい……なんて」 今まで一度も思ってことはない。だからメルザヴィアでナイトメアの中に捕らわれた時も、一緒に抜け出そうと足掻いた。先日の……あの夜でさえ、まだ生きることが許されるのなら、二人繋がっていたいと思った。 そう……彼があの妖魔でさえなければ――。 しかし、エステリアは恐る恐る、魔剣に向かって手を伸ばした。 「不安なら、自分の血なり、腕の一本なり、残り半分の寿命なり、その魔剣に捧げることだな。そうすれば、魔剣もそれを媒介にして、お前の言う事を聞いてくれるかもしれん」 サクヤはエステリアに、そういい残すと、そっぽを向いた。 期待してないような素振りを見せつつも、それとなく助言をしてくれているその姿勢に、エステリアは、はにかんだように笑うと、ガルシアに歩み寄った。 「ガルシアさん、短剣か小刀か、お持ちですか?」 「おお、持ってることは持っているが、お嬢ちゃん、まさか本当に腕か指でも切り落とすんじゃねぇだろうな?」 短剣を手にしたまま、怪訝そうに尋ねるガルシアに向かって、エステリアは微笑みかけた。 「大丈夫。切っても問題のないものを捧げるから……」 「だったら、いいけどよ……」 「それよりも、魔剣を引き抜いたなら、きっと死霊や屍鬼が襲ってきます……それを全部相手にすることになりますけど……いいかしら?」 「おお、まかせとけ。ちょっと休んでいたら、体力も戻ったぜ」 ガルシアが力強く頷く。内心、彼もまたこの状況と選択には、色々と複雑なものがあった。しかし、テオドールを倒さぬことには、屍鬼は延々とこの地に呼び寄せられることだろう。それを阻止することができるのが、あの妖魔しかいないのだとしたら、致し方ない。 ガルシアがエステリアに短剣を手渡すと、エステリアは、まだ充分に渇ききっていない髪に、刃を入れた。 エステリアは今しがた切り落とした一束の金髪を握り締めたまま、魔剣に近づいた。 今度は信じてくれるか?――あの時のシェイドの顔が、今も忘れられない。 話は後で、と彼は言った。仕方がない、とりあえずは待つことにしよう……。エステリアは魔剣に髪の束を巻きつけると、念を込めて呟いた。 「お願い……届いて! あの人のところに……」 柄に結いつけられた金髪が、魔剣に精気を吸われ、急速に艶と色素を失っていく。次の瞬間、魔剣の姿が消え、石畳には白い髪の束だけが落ちていた。 |
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