Back * Top * Next
Eternal Curse

Story-6.蕭やかなる供宴-V
シエルとエステリアが去った後、食堂には再び静寂が戻った。
いや、物々しい空気が漂い始めたと言った方が正しいのかもしれない。
「で、さっきの話の続きだが、陛下の悪い虫がどうしたって?」
ガルシアが話を本題に戻す。
「陛下の戦争好きには困ったものだな」

「シェイド、頼むからはっきりとものを言ってくれ。もうお嬢ちゃんもシエルもここにはいない。俺達だけなら気兼ねなく話せるはずだろ?」
シェイドは肩をすくめ、
「――近頃の陛下の神子に対する執着心は異常だ。そう感じたことはないか?」
謎かけのように話を切り出す。ガルシアは少し戸惑ったが、一応頷いてみせた。

「一六年前……陛下はマナを異教徒として一方的に鎮圧し、今の王妃を手に入れた。そしてその王妃が捨てた娘が神子に選ばれたと知るや、マナから仇敵と憎まれているにも関わらず、エステリアを平然と迎え入れ、神子になるために尽力するとまで言ってのけた。少なくとも何か裏がない限りはこんな寝言は吐けない」

「確かに、マナに対してあれだけの非道を働いておきながら、今更庇護した上、国家を挙げての大歓迎。おかげさまで洗礼の旅にまで付き合わされるのには不満があるが、それと陛下の悪い虫とどんな関係があるんだよ」

「運命の双子……」

「あ?」

「セレスティアとマーレ姉妹は、預言者から『運命の双子』という神託を受けてこの世に生まれた。神託の詳しい内容は知らないが、片や悲劇の神子と片や先代マナの大巫女――現在のカルディア王妃。陛下は、この双子をどうしても手に入れようとしているように思える。十六年前のマナへの弾圧にしてもそうだ。異教徒狩りというよりは、最初からマーレ王妃が目的だったとしか考えられない。運命の双子の片割れであるマーレ王妃は国王の妻として華を添えるには最高の逸材だからな」

ガルシアはしばしの沈黙の後、口を開いた。その眉間には深い皺が刻まれている。

「少し考えすぎじゃねぇか?仮に陛下が両手に花を望んでいたとしてだ、マーレ王妃はともかく、セレスティアは三年前に処刑されてんだ。今更無理だろ」
ごもっともな意見である。しかし、シェイドはこれを否定した。

「だからこそ、陛下はセレスティアの後継者であるエステリアに肩入れするんだろ?マーレ王妃を手に入れ、そして神子となったエステリアを陛下は神子を国の象徴、力の象徴として掲げ、他国に攻め入るつもりだ。陛下の頭の中にヴァロアの残党と手を組んでメルザヴィア、もしくはグランディアを侵攻するお考えがあるのは確かだからな」

ガルシアの顔から一斉に血の気が引いた。
「何のために?!」

「かつてのヴァロア皇帝と同じだ。世界を手中に収めたいんだろ?大抵、王族の夢の相場はこうと決まっている。長い事王様をやっていると、そういう虫が騒ぐらしい」
ほとんど他人事の様な口ぶりである。

「決まってるってなぁ……そもそもどんな理由を使って、自分の兄弟が治める国を攻めるっていうんだよ?」
「グランディアを攻めるとすれば、セレスティアの悲劇を招き、世界の混乱を招いた罪が開戦理由だ。メルザヴィアにしても、一度はヴァロアを壊滅寸前にまで追いやったんだ。正当防衛とはいえ、紅の盟約には充分反している。つけようと思えば難癖はいくつでもつけられるさ」

「まさか陛下はそのまま全世界を巻き込んで戦をするわけじゃねぇだろうな」
言いながら、ガルシアはグラスに注がれた水を一気に飲み干した。
騒ぐ心を落ち着けるには、そうでもして気を紛らわせるより他なかったのだ。

「カルディアとメルザヴィア、グランディアが開戦したところで、しばらくは東西のセイラン、スーリアは沈黙を守るだろう。要は激しい兄弟喧嘩、内輪揉めだからな。むしろこの獅子の兄弟の三国が自滅してくれた方が残りの二国は喜ぶかもしれない。だがカルディアが生き残れば、最終的に全面戦争は免れないだろうな」

「世界を制する力の象徴、大義名分を得るために、陛下はお嬢ちゃんに神子になって欲しいってわけか」
「ああ。そのためにはどんな手段を使ってでも、エステリアを手元に置いておく必要があるわけだが……」
「おい、手元って、まさか陛下は……」
ガルシアは思わずテーブルから身を乗り出した。 シェイドが苦々しげに頷く。

「随分とものわかりがいいじゃないか。そのまさか――だ。マーレ王妃とエステリアは……たとえ仲違いしていたとしても正真正銘の親子。その事実は変えられない。しかし国王陛下にとってエステリアは実の娘ではなく、あくまでも他人。つまりは娶ることも可能というわけだ――」

毎度の事ながら、自らの右腕であるこの副官は、どうしてこのように恐ろしいことを次々と思いつくのだろう?ガルシアにはそれが不思議でならなかった。

「まぁ、現に王妃が存在する以上、娶るのは気が早いとして、神子を側においておきたいのであれば、養女として王室に迎え入れる方法もある。」
これまた突拍子もない発想に、ガルシアは脱力寸前であった。

「あのお嬢ちゃんが、神子様から王女様になるのかよ」

「これほどの美談はないと思うぞ?神子として送り出すため支援し、その後、愛する王妃のため、神子を同じ王室に迎え入れ親子の絆を取り戻させる。晴れて陛下の忌まわしき過去さえこれで免罪だ。まさに陛下の描いた理想図だといっていいだろう。だが、王家にはこの理想が実現されては困る人物が、約一名存在する」

「もしかして……アドリア姫様のことか?」

「ああ。国王からしてみれば、アドリアが直系、エステリアは王妃の過去の過ちにすぎない……が、相手は神子様だ。その値打ちを考えれば、もしかしたらアドリアよりもエステリアを推す一派も出てくるかもしれない」

「ちょっと待てよ。いくらなんでもそれはないだろ?確かにお嬢ちゃんを王女様に据えれば、陛下にとっては好都合だろうよ。だが、王位継承となってくると、普通話は別だろ?」

カルディア王国の正当な後継者は、言うまでもなく国王と王妃の血を引くアドリア王女である。
いくら世界を統べる神子とはいえ、エステリアの方を後継者として選んでしまっては、テオドールの血は途絶えることになる。
伝統ある王家そのものがそこで終わるのだ。
神子の値打ちがどうのと言っている場合ではない。それを踏まえた上、王家の血を引かぬ者を後継者に選ぶ物好きがどこにいるのだろう?ガルシアがそう主張したが、シェイドが動じることはなかった。

「陛下が世界の覇者となれば、力の象徴として飾られた神子のエステリアに用はない。王女としてもな。彼女が役立つとすれば、今度は世界の王の隣で微笑む勝利の女神として、王妃となり陛下の子を産むことぐらいだ。そうなれば、最悪の場合、マーレ王妃やアドリア王女は陛下に見限られることになる」

ガルシアは思わず、息を呑んだ。
と、同時に、この副官は自分の部下であるよりも、この国の宰相である方が向いているのかもしれないと、心底思った。

「……じゃあ、お嬢ちゃんを狙った刺客っていうのは」
恐る恐る尋ねてみる。
「エステリアを襲った刺客の雇い主は、おそらくアドリアを後の女王に据えることによって利益を得る者……つまり彼女の継承権剥奪を危惧したアドリア派と言っていい。いや、むしろ王女本人が命じた可能性もあるな」
「王女様本人が殺しの依頼なんかするかよ!」
仮にもアドリアは一国の王女なのだ。いくらなんでも自らの手を汚すような真似をするはずがない。
きっぱりと否定するガルシアに対し、シェイドは頭を振った。

「何もわかってないな。あの王女、ああ見えても父親に似た狡猾さを兼ね備えている。若干十四歳とはいえ、侮ることはできないさ。これぐらいのことは見越して動いているはずだ。まぁ王宮とはそういうものだしな」
「そういうもの、の一言で切り捨ててくれるなよ」
「下手をすれば、俺達がこの国に帰国するころには、王宮には二つの勢力ができているかもしれないな」
「派閥ができる・・ということか・・?」
「ああ。アドリア派と、エステリア派が、な」
「こんな事なら、いっそ洗礼の旅なんか放棄して、お嬢ちゃんには集落に帰って貰った方がいいんじゃないか?」
「それが知れたら、俺達は不敬罪で死刑だぞ?今の陛下は理想実現の為に目を爛々と輝かせている。その光り方といったら、あの侯爵令嬢にもひけを取らないぐらいだ」
言った本人は侯爵令嬢を話題に出すだけで気の滅入る様子だったものの、妙に説得力のある例えである。
ガルシアは苦笑すると視線を落とした。

「正直な……俺はあのお嬢ちゃんが……本物の神子様かどうかがわかんねぇんだよ」
随分と物憂い気な口調だった。
セレスティアが処刑されたという知らせを聞いた日の衝撃は今でも覚えている。
そして次代の神子の座を巡って訪れた混乱の日々も。

「お嬢ちゃんの血統がいいのはわかっているさ。セレスティアの姪だからな。 だが、そのセレスティアが死んだ後、次代の神子の騙りは沢山現れた。中にはわざわざ陛下のお目通りまで願った娘もいたな。だがその娘達も今は消息不明。結局は偽者だった。もう神子様のことで馬鹿騒ぎするは、うんざりだ」

「だから、エステリアのことも信用できない……か?」
シェイドの問いかけに、ガルシアは肯定も否定もしなかった。
ただはにかむような笑みを見せただけである。
「お前こそ、どうなんだよ?あのお嬢ちゃんに昔の恋人(ミレーユ)の面影でも重ねてるんじゃないか?」

「どうだかな」
こちらも随分と曖昧な返事である。てっきり反論するものだろうと思っていたガルシアにとって、その反応には正直、拍子抜けした。 シェイドは構わず話を続けた。

「疑うべきものは他にもあるぞ。そもそも、俺達やシエルがエステリアの供として選ばれたのは、陛下お抱えの『預言者』の言葉によるものだ」

「預言者リリスか?」

「陛下お気に入りのそいつの予言によれば、俺は後に英雄になるらしいが、胡散臭いにも程がある。それがイシスの神託ならともかくだ。おかげさまでヴァルハルトと比べられる羽目になるんだ。実に迷惑な話だ。」

「確かに、そいつにはなんか裏がありそうだな。とにかく、俺達はお嬢ちゃんを信じて神子様になってくれることを祈るだけかよ」
「ああ。さらに神子様になった上、戦に逸って暴走する陛下を諌めてくれれば、この上なく申し分ない」

「まぁ、そこはお嬢ちゃんの腕の見せ所……だな?」
「ああ」
シェイドが席を立つ。
「もう寝所へ向うのか?」
その動きを目で追いつつ、ガルシアが尋ねた。
「いや、俺は……」
なにか言いかけて一瞬止まる。
「なんでもない。急用を思い出しただけだ。先に失礼する」
「刺客はまだ死んじゃいねぇ。いつ何が起こるかわからねぇから、枕元には必ず剣を置いておくんだぞ?」
去り際の副官に念を押す。
「ああ」
いつもならば皮肉の一つでも返ってくるはずが、随分と素直な返事である。ガルシアは首を捻った。
どこか焦っているようなシェイドの様子が気がかりだったが、それ以上問いかけることはできなかった。
勿論、扉の向こうで失った恋人の名を聞いたシェイドが、苦悶の表情を見せていたことなど、知る由もない。
Back * Top * Next