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Eternal Curse

Story-5.蕭やかなる供宴-U
「シェイド様!ああ……シェイド様……ご無事でしたのね?」
無理やり押し入った部屋の中にシェイドの姿を見つけた途端、カヴァリエ侯爵令嬢レイチェルは、左手で口を覆い、安堵の溜息と共に瞳を潤ませた。

「これは、レイチェル殿、こんな夜分に一体如何されました?」
抑揚のない口調でシェイドが出迎える。

「シェイド様が王宮で神子を庇い、お怪我をなされたと聞いて、いてもたってもいられなくて……ここまでお見舞いに来ましたの。それで――お身体の具合は……?」
アッシュ・ブロンドを振り乱し、シェイドの身を案ずるレイチェルの素振りは、実に大袈裟で、今にも涙ながらに抱きついてきそうな勢いである。

「心配ありません。かすり傷ですから」
この女に関わらない方がいい――本能が警戒しているのだろう。シェイドは必要以上レイチェルに近づこうとはしない。
「お医者様には診ていただきましたの?かすり傷とはいえ、貴方はブランシュール邸の嫡子、次期公爵となるお方です。その身にもしものことが……」
自らに酔い、猫なで声で語っていたレイチェルだったが、その声が急に途切れた。
シェイドの背後にいるエステリアの存在にようやく気がついたのだ。
エステリアと目が合うなり、レイチェルの顔つきが険しくなっていく。

「その下女は何者ですの?私達の語らいを立ち聞きするなんて、無礼にも程がありません?」
いきなり手厳しい一撃に、エステリアは戸惑った。
「失礼ですがレイチェル殿。俺の後ろにいるこのお方は下女ではなく、 次代の神子としてこの世界を統べる尊きお方です。確かに貴方はカルディアでも名立たるカヴァリエ侯のご令嬢で、高貴な身分をお持ちだ。そのことは俺もわかっているつもりです。だからこそ、勘違い(、、、)とはいえ、不躾な発言はご遠慮いただきたい」
シェイドが少々皮肉を交えてレイチェルを諌める。
だがレイチェルは『下女』と思っていた女の正体が『神子』と知るや、恐縮するどころか、ますます彼女を痛烈に非難した。

「神に仕える汚れなき神子が、殿方の屋敷に泊まるなど、そんなはしたないことをやってもよろしいのかしら?このことでシェイド様が貴方との関係を誤解されたらどれほど迷惑になるのかわかっていますの?あまつさえ、貴方のような者を庇ったおかげで、シェイド様は危うく命を落とすとこでしたのよ?わきまえてはいかが?」

レイチェルにとって、養子とはいえシェイドはブランシュール公爵家の総領であり、宮廷女官の誰もが羨む美丈夫である。その彼が三大公爵家に次ぐ身分の自分を差し置いて、他の女を庇って負傷したのだ。次代の神子だか知らないが、所詮はマナとかいう集落に済んでいた得体の知れない女である。
そんな者のために心を砕き、怪我の元凶であるにも関わらず屋敷に泊めていること自体が許しがたい。どうせこの神子の方からシェイドに言い寄ったに違いない。なんと浅ましく、汚らわしい女だろうか。レイチェルは心の底からエステリアを侮蔑した。

息をつく間もなく、次々と発せられるその暴言の数々に、シェイドは心の中で舌打ちし、居合わせたソニアは冷や汗を拭い、シエルにおいては今にも刺し殺しそうな目でレイチェルを睨んでいる。

「彼女は俺の屋敷の客人です。俺達は明日この国を出ます。その旅支度もかねて招いたのです。長旅になることもあり、計画も練らなくてはなりませんしね。勿論、俺の上官も彼女の侍女も一緒です。これでもまだレイチェル殿は、俺が神子殿と間違いを犯すとお疑いになりますか?」
やんわりとシェイドが諭す――が、案の定目は笑っていない。

「そ、そんなこと!言っていませんわ」
レイチェルの頬が紅潮する。
「そうですか?貴方の言葉は、俺が神子だろうと下女だろうと、見境なく手をつける色魔だと言っているようにしか聞こえませんがね」
「シェイド様、意地悪をなさらないで!私は正しいことを申したまでですわ!!」
レイチェルはまたも大袈裟に被りを振る。だが、シェイドは構わず続けた。
「貴方こそ、こんなところにいては父侯爵殿が心配されます。夜分、俺の屋敷から出て来たことであらぬ噂や、中傷を受けることにもなりましょう。俺との関係を疑われることになろうものなら、両家にとっても厄介な問題(、、、、、)になりますし、貴方の誇りと名声にも傷が入ります。早く屋敷にお戻り下さい」
シェイドにここまで言われては、いつまでも屋敷に留まるわけにはいかない。
よりにもよって、エステリアの前で言いくるめられた――レイチェルはやり場のない怒りに肩を震わせていたが、下賤の女の前で取り乱すわけにもいかない。彼女は優雅に一礼すると、エステリアを一瞥し、釘を刺すように言った。
「たとえ次代の神子であろうとも、私とシェイド様の妨げになるようなことだけはなさらないで下さいな」
それだけを言い残すと、レイチェルは足早にブランシュール邸を去った。
「あの方は、本当に貴方のことが好きなのね?」
エステリアがレイチェルの去った後の廊下を眺めながら呟く。
「全く……毎度のことながら、自分勝手な女だ……」
シェイドがポツリともらした。
「申し訳ありません。シェイド様。なんとかあの方にお引き取る様、申し上げたんですが……『下女ごときが(わたくし)に命令する気?』とお怒りになられまして……宥めようとされた奥様まで跳ね除けて、シェイド様の元に走っていかれたのです」

シエルが詫びながら肩を落とした。どうやらレイチェルとひと悶着あったようだ。

「私……あの方が苦手ですわ。あの方は他人の身分を見てものを言いますもの。それだけじゃありませんわ。エステリア様まで侮辱なされて!あの方の頭の中は、三割が誇り、七割がシェイド様で一杯なのです。ああも盛り(、、)が付かれては、周りが迷惑ですわ」
シエルの言葉にシェイドは思わず噴出した。
「シエル、相手は犬じゃないんだぞ」
シェイドに指摘され、ようやくシエルは自分のはしたない言葉に気づき、慌てて弁解した。
「も、申し訳ありませんでした!」
「いや、言い得て妙だな。『アレ』には早いところどこか遠国に嫁いでいただきたいものだ」
「もう……それぐらいにしておきなさい。シェイド、それからエステリアさん。早く席に戻りなさい。料理が冷めてしまうわ。シエルももういいわ。この子達と一緒に食事になさい。手伝ってくれてありがとう。助かったわ」
ソニアが苦笑しながら、改めて食堂へ三人を促した。
三人が扉の中へ入ろうとした丁度そのときだった。
「いや〜香料だの、花びら浮かせるだの……お前んとこの風呂って本当に贅沢だよな」
のん気な声が廊下に響く。声の方に向き直ると、夜具に着替えたガルシアが上機嫌でこちらに向って歩いてくるではないか。
「おお!公爵夫人!お心遣いありがとうございます。最高のお湯をいただいたお陰で疲れも吹っ飛びましたよ!……って、お前らどうした?そんな顔して。なんかあったのか?ん?」
あまりにも空気の読めない発言に、ガルシアが一斉に睨まれたのは言うまでもない。

先程とは違い、シエルとガルシアを交えての食卓は、随分とにぎやかなものだった。
ガルシアの食欲は旺盛で、またシエルは『奥様に気を遣わせて申し訳ない』と言いつつも、出された料理を次々に平らげる。

「本当に美味しい。やはり奥様の手料理にはかないませんわね」
スープを一口啜った後、シエルが顔を綻ばせる。
「シエルさんは、二年ほどこのお屋敷にお勤めしていたんですよね?」
「ええ。奥様に拾われて、二年間、お仕えしておりました。奥様と旦那様の薦めで王宮に入ったのは去年からです。私はもっとこのお屋敷に勤めていたかったのですけどね」
と、答えつつ、シエルはエステリアに『さん』付けで呼ぶことはお止め下さいと付け足すことを忘れなかった。
「おめぇが王宮に仕えるようになってからというものの、俺は常に弄られる羽目になったんだぞ?いい迷惑だ」
ガルシアがぼやく。
「それは……ガルシア様がシェイド様の上官として、問題がありますから!常々注意していただけのことです!」
シエルが反論する。
「正直、シエルが王宮に仕えてくれて俺は助かった方だぞ。ブランシュール邸にいたときは毎日、手作りお菓子攻めに遭っていたからな」
「手作り……お菓子攻め?」
聞きなれぬ言葉にエステリアは首を傾げた。
「だって!シェイド様ったら、甘いものをほとんどお召し上がりにならないんですもの! 食後のデザートですら断固拒否!何か一つぐらいは食べて欲しくてあれこれ試していたんです」

「……甘いもの、苦手だったのね……」

「苦手で悪いのか?」

「ううん、やっぱりそんな顔しているわ」
妙にしみじみと言ったエステリアに、ガルシアが膝を打ち『菓子嫌いの顔とはどういう顔のことだ?』と大笑いする。
「でも、こうして穏やかに過ごせるのも、ごくわずかですわね」
シエルが改まった。
明日にはこの国を出て、洗礼を受けるためにセイランへと旅立つ。その道中、危険な目に遭わぬとも限らない。すでにエステリアは王宮で何者かによって命を狙われた身なのだ。
外の世界に出れば、王宮で狙ってきた刺客以上に、神子を快く思わぬ者達からの襲撃を受けることが度々あってもおかしくはない。

「そういえば、私達が向かうセイランってどんな国なのかしら?」

「セイランは、東の大国とされ、カルディアと違って一風変わった国だそうですよ。食べ物にしても山海の珍味が揃うそうですし、信仰する神も精霊も私達とは随分異なります。なにより民衆はこちらでは見かけないような形の衣服を纏っているのだとか」

「セイランか……俺は行ったことねぇから、なんとも言えねぇな。メルザヴィアとかグランディアの風土なら説明できるけどよ」
ガルシアが頭を掻く。
「場所なら、地図で教えることならできるが……」
「地図?」
「世界地図だ、あの壁に掛けてあるだろ?」
シェイドは席を立ち、壁に掛けられた地図を額ごと取り外して戻ってくると、テーブルの上に置いた。
「私、世界の地図とか、見るのは初めて」
エステリアは羊皮紙に綿密に書き込まれた地図に見入っている。
「そういや、俺もまともに見たことねぇな」
ガルシアもまた地図を覗き込んだ。

「この世界はかつて、七つの大陸に分かれていたそうだが、はるか昔の聖戦によって、その一つが消滅したらしい。現在残っているのは、ここの記述されている六つの大陸のみで、各大陸をカルディア、グランディア、メルザヴィア、セイラン、スーリア、ヴァロアの六王国が統治している」

シェイドの指が地図の上を滑るように動き、各大陸を代表する王国を次々と指していく。
「この一番南にあるのがカルディア王国。王国から西の森を越えたところに、お前達がいたマナの集落がある。俺達が向うのは、この地図の右端にある大陸……これがセイランだ」

「じゃあ、さっきガルシアさんが言っていた二つの国は?」
「メルザヴィアとグランディアのことか?それならここだ。まず地図の一番上にあるのが北のメルザヴィア。あの英雄王ヴァルハルトの統治する国だ!」
そう説明するガルシアの瞳は生き生きと輝いている。

「で、この真ん中にあるのがグランディア王国。かつて獅子王レオンハルトが治めていた国だ」
ガルシアの指が中央に移動する。

「かつて……ってことは、今は違う王様が治めているのね?」
エステリアの問いにシェイドは静かに頷いた。

「レオンハルト亡き後、その長男であるギルバートが後を継いだが、ギルバートは五年前に謎の死を遂げている。どうも暗殺されたらしくてな。犯人はおそらくその放蕩ぶりから王国を築くことが許されなかった愚鈍王ベアール。獅子王の次男であり、『セレスティアの悲劇』を起こした張本人だ」

「セレスティアが処刑されたことは知っています。ですが、彼女の最期がいかなるものだったのか詳しいことは知りません。私達マナは俗世の事には疎いから」

「セレスティア――暁の神子に劣らずの霊力を持ちながら、三年前に魔女として処刑されたわずか十五歳でその生涯を閉じた悲劇の神子、言わずと知れた神子様の伯母君ですわね」

「おい、ちょっと待て!セレスティアの妹のマーレ王妃は三十四歳だぞ?それが三年前だとして三十一歳だ。なのに、どうして双子の姉セレスティアが十五歳なんだよ!!」
猛烈な勢いで口を挟んだガルシアにシエルが肩を落とした。

「ガルシア様のように驚くのも無理はありませんわ。生前の彼女を知るものはほとんどいませんから。ですが、彼女の処刑に立ち会った者の話によれば、それは事実なのだとか。セレスティアとマーレ王妃は生まれた年こそ同じものの、二人は別々に育てられたそうです。セレスティアは暁の神子の後継者として。マーレ王妃はマナの大巫女として」

「いや、育ちが違うからって、年に差がでるわけねーだろ!」
普通の人間ならばガルシアのように混乱するのも無理はない話である。だがシエルはゆっくりと続けた。
「セレスティアは十五歳のとき、神子として目覚める日まで己の身を封印し、十六年に渡る眠りについたとされています。目覚めたのが三年前。ですから肉体の年齢も十五歳のまま止まっていたことになりますわね」

「目覚めたのも、処刑されたのも三年前。もしセレスティアが生きていれば、十八歳。王妃とは随分年のかけ離れた双子ということになるな」

「お前ら何でそんなに詳しいんだよ」

「王家の近くで仕える者なら、それぐらいのことは耳に入るだろ?」
「グランディアには大きな歴史資料館が建っていますわ。そこにセレスティアについて証言者を下に詳しく記述された文献もあるそうです」
シェイドとシエルが同時に言う。

「話を戻すぞ。ベアールはギルバートを殺し、見事にグランディアの王となったが、愚鈍王と陰口を叩かれるぐらい無能な王だった。父は獅子王、末弟は英雄王というのにな。 奴は国王としての負い目を感じたのか、マナから大巫女マーレを娶った弟……つまりカルディア国王のテオドール陛下を羨んでか、恐れ多くも目覚めたばかりの神子セレスティアを己の寵姫にしようとした。それで国王としての箔を付けようとしたわけだ。もちろん神子が特定の人間の妻になるはずがない。セレスティアはこれを拒否した。怒り狂ったベアールはセレスティアを魔女として処刑した」

「罰当たりな野郎だぜ。神子さんを自分の愛妾にしょうなんてよ」

「愚鈍王は軟禁されていたギルバートの息子の謀反によって国家の反逆者として処刑されたそうですわ」
「国家どころか、世界の反逆者だぞ」
シェイドが吐き捨てるように言った。

「結局、今のグランディアの王様は誰なの?」

「ベアールを討ち取ったギルバートの息子ルドルフだ。まだ二十歳そこそこの王様だそうだが、その鮮やかな王位奪還劇に国民はヴァルハルトの再来だと騒がれたらしい」

「どうせやるならセレスティアが殺される前に奪還すればよかったのによ」
ガルシアが痛烈に批判する。

「どうした?随分と辛辣じゃないか」

「気にいらねぇんだよ。簡単にヴァルハルトの再来なんて言葉が使われることがな」

ヴァルハルトといえば、灰色狼と謳われ、誰もが憧れる孤高の英雄である。
ガルシアにしてみれば、神子の命すら救えなかった者がその栄誉を賜るなど我慢ならないのであろう。

「噂によれば、火刑に処されたセレスティアの遺体は見つからず、そのことに対してグランディア国民は改めてセレスティアが神の子で、天に帰ったのだ……と思ったそうですわ」

「つまりは自分達の罪をなんとか正当化しようと必死に言い訳しているわけだ」

「正当化って……お前」
「無論、一番悪いのは神子を死に至らしめるきっかけとなった人間だが、国民がそれを止めなかったことも罪だろう?そう……ただ見ていただけだった。十分な罪だ。その癖、軟禁されていた王太子が僭王を討てば英雄として称え、セレスティアの遺体が無ければ天女だったと自分の心に言い聞かせ、納得する。勝手極まりない話だと思うが?」

「いや、いくらなんでもそこまで言うか?お前」
「お前だってグランディア国王に対して不敬極まりない暴言を吐いていただろうが」

「シェイド様の言うことにも一理ありますわね。国王が無能であることは誰もが知っていた。神子を王の愛妾に迎えることが当然、禁忌であることも。それにも関わらず、誰一人として悲劇が起こるまでは動こうとはしなかったのですから」
「――まぁ、起こったことを悔いても仕方ないが、これだけは言える。少なくとも、俺達はお嬢ちゃんをセレスティアの二の舞にするわけにはいかねぇってことだ」
ガルシアが伸びをしながら話を締めくくった。

エステリアはもう一度地図に目を落とし、たった今話を聞いた場所を辿ってみた。
神子になれば、披露も兼ねて一度は各国を巡礼することになるのだ。それ故、それぞれの国の歴史、土地柄を知っておきたいという気持ちもあった。

「ねぇ、このメルザヴィアの左横にある国はなに?」
エステリアが説明を求めた国を見て、シェイドをはじめガルシア、シエルの表情が強張る。

「ここで孤立しているのは、かつて世界の敵として名を馳せたヴァロア帝国だ」

「世界の……敵?」

「神子を敵視する異教を信仰し、紅の盟約に反してなにかと他国に侵攻するから、そう言われている。とりわけメルザヴィアなどはヴァロアの格好の標的だ」

「どうして?」
「ヴァロアは元々不毛の地で作物が育ちにくいんだよ。海産物を獲るにしても、ヴァロアの海には常に大渦が発生しているから、ほとんど無理といっていい。さらに冬には雪に閉ざされる厄介な土地ときた。そんな国が少しでも豊かになるために、他国を侵略しようとするのはごく自然の発想だな」

「豊かな国が欲しいのなら、メルザヴィアよりもグランディアの方が最適なんだが、 城の背後には山脈がある。表立って侵攻するには港町を襲撃するしかないが、生憎、こちらには海軍が控えている。返り討ちにされるのが関の山だ。だからといって ヴァロアがカルディアを侵攻するにはあまりにも遠く不可能に近い。東の大国セイランは、カルディアを始め、中央のグランディアと北のメルザヴィアの三国に守られるような位置にいるから、これを落とすのも難だ。西の果てであるスーリアとは距離的に近いが、ヴァロアから王国にたどり着くまでには、大砂漠を越えなくてはならない。もし侵攻が可能だとするならば、自然の作りだした要塞もなく、ヴァロアの最も傍にいるこのメルザヴィアだ。」

北のメルザヴィアにしても、ヴァロアとほぼ同じ気候であり、土地としてもグランディアには劣る。それでもメルザヴィアは他の国との親交を重んじ、貿易によって国を発展させている。
また英雄王が治める国ということもあり、その知名度があってか新たな交易を求める者や観光に訪れる者も少なくは無い。

「だが紅の盟約を破り、ことあるごとにメルザヴィアに侵攻していたヴァロアも二十年ぐらい前の戦で大敗してな、王家存続の危機に陥るほど壊滅状態にされたらしい」

「メルザヴィアの軍隊に、ですか?」

「いいや、英雄王ヴァルハルトただ一人に」
エステリアはしばらく固まった後、口を開いた。

「そのヴァルハルトって人、本当に人間なんですか?」

「おいおい、お嬢ちゃん。かつての英雄に対していくらなんでもそれは失礼だろ」
「まぁ、聖戦を戦い抜いた英雄ヴァルハルトですもの、そこらへんは何か神業を使って攻め入ったのだと思いますわ。結局ヴァロア皇帝は幽閉され、帝国は国家として成り立たなくなったようです」

「ヴァロアもヴァロアだ。大体、英雄王ヴァルハルトが治める国に勝てるわけがねぇ」
「じゃあ、その国の人……もしくは、皇帝の子供達や身内の方々はヴァルハルト国王を恨んでいるでしょうね」
「確かに面白くねぇだろうな。現に今でもヴァロアは紅の盟約やヴァルハルトに屈するどころか、残った者達で小さな抵抗を試みているみたいだしな。いつだって復讐の好機を狙っているんじゃないか?」
同意を求めるようにガルシアがシェイドを見た。

「どうだろうな。ヴァロアの軍事力は昔に比べれば遥かに劣る。さほど気にすることもないだろう――うちの陛下に悪い虫が起こらなければ……の話だがな」

「おいおい……物騒な事を言うなよ」

シエルとエステリアはなんのことやらさっぱりわからぬ様子で顔を見合わせている。
だが、ガルシアはシェイドが言わんとした事がどうにか理解できたようだ。
シェイドがシエルに視線を送る。それは人払いの合図だった。
どうやらガルシアと二人きりで話したいようだ。

「エステリア様。そろそろお休みなさいませ。寝所の用意はできております」
シエルがエステリアに就寝を促した。 何も知らぬエステリアは言われるままに立ち上がり礼を言う。
「ごちそうさまでした。今日は色々とありがとう」
「おう!明日は寝坊するんじゃねぇぞ!お嬢ちゃん!」
「刺客の事は忘れて休め。部屋にはシエルもいる。いざとなったら得意の魔術で追い払ってくれるさ」
「任せてください!刺客が侵入しようものなら、火の玉を投げて黒焦げにして差し上げますわ。火の魔術は便利ですのよ?オーブンに火をつけるのも一瞬ですから!」
シエルが胸を張って豪語する。
「……頼むから、屋敷だけは燃やさないよう注意してくれ」
シェイドは得意気に語る侍女の姿に少し頭を抱えつつも寝所へと向う二人の姿を見送った。
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