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EternalCurse |
Story-56.別れの朝 | |||||||
「なぁ、お前も聞いたか? あの話」 尖塔の中を警護する二人の兵士のうち、一人が語りかけた。 「ああ、墓荒しのことだろう? どうせ金品目的だろうが、罰当たりな連中もいるもんだぜ」 話を振られたもう一人の兵士は、たった今、塔の中へと辿り着いた荷馬車の検分すら忘れ、仲間との話に興じた。そもそも、この塔の一階は、穀物などの貯蔵庫として使われている。それほど荷馬車の中身を気に止めることもない。 とりわけ、リリスとオディールが国を取仕切るようになってからというもの、様々なものがここに搬入され、知らぬ間に城内へと運ばれて行くのだが、一平卒である彼らには、そのほとんどが『国王陛下が快気するために必要なもの』としか教えてもらえず、触れることも目にすることも、ままならない。このような日々が続けば、例え『リリス様御用達しの品』でなくとも、普段の職務が、ずさんになるのが必然である。勿論、このときもそうであった。 「魔術の類に携わっている連中に言わせれば、近頃、不穏な気がカルディア一帯に立ち込めているんだと。どうりで最近、魔物の数が増えたわけだ。中でも おそらくは他人の受け売りであろう、その話を、兵士はさも自らの知識であるかのように、自慢げに言う。 「ほぉ、面白い話じゃねぇか、是非とも続きが聞きたいもんだ」 荷馬車の方から聞こえた声に、兵士二人が振り返ろうとしたときだった。二人は、首を掴まれ、持ち上げられた猫のように、いきなり誰かに襟足を引っ張られたかと思うと、抵抗する間もなく、互いの頭を打ち付けられた。 「まったく……隙だらけじゃねぇかよ、この馬鹿。荷物の中身ぐらい調べやがれ」 脳震盪を起こした二人をその場に捨て置くと、ガルシアは粗末な御者の外套を脱ぎ捨てながら、言った。 これよりも数刻前、ガルシアは、クロフォード邸にいわゆる体格の似た影武者を置いて、サクヤと共に、ひっそりと屋敷を出た。 ガルシア・クロフォードは将軍職を剥奪され、失意のままに臥せっている――と、どこまで誤魔化せるかはわからないが、屋敷にいる身内及び使用人一同に至るまで、口裏は合わせてある。 少々不安は残るものの、クロフォード邸に控えているのは、屈強の戦士達ばかりである。そんな彼らが、ただ、リリスという傘に守られ、いきがっただけの見張りの兵士達に負けるわけがない。 「贅沢言うなよ、こんな雑魚でも、操られてむやみやたらに襲って来ないだけでもマシだろう?」 早速、サクヤが荷馬車から降りてきた。 「リリスにしてみれば、こんな連中には、操るだけの価値すら見出せないのだろう。そもそも奴は、誰にも期待をしていない。自分の身は自分の力で守った方が確実だからだ。そして、こいつら如きでは始末に負えないものを、全力で守っている」 「始末に負えないもの?」 「奴の元へ、辿り着けばわかるさ。ともあれ、この甘い警備のおかげで、夜中に城壁をよじ登らずとも、簡単に侵入できたんだ。人間不信なリリスには感謝するとしよう」 「だからって、なんでこんな物置同然の塔に入ろうと思ったんだよ」 「ここの塔の付近に最も邪気が集まっていたからだ」 言いながら、サクヤは入口の扉を閉める代わりに、階上へと続く、扉を開け放った。床にいくつかの皿を敷き詰めると、その上に香を並べ、火をつける。 「なんだ、そりゃ?」 「セイランでラゴウが使っていたようなものと同じ香だ」 「同じ香ってなぁ!」 セイランでの出来事を思い出したガルシアが思わず声を荒げた。 セイラン城を支配していた、大僧正ラゴウは、常に怪しげな香を城内に焚き染め、訪れる人々の心を意のままに操っていたということは、記憶に新しい。 「安心しろ、ラゴウが使っていた麝香と違って、吸ったところで別に発情はせん。ただ、人の感覚を少々鈍くするだけだ。とりわけこの城の連中には、大人しくしていてもらわんと敵わんのでな」 にやりと笑うサクヤの前で、ガルシアは肩を落とした。 「お前も覚悟しておけよ、『始末に負えないもの』の元へ近づいたら、そこからは全力で戦うことになるんだからな」 いつもに比べ、静かな朝食を終えた頃、早くも王宮からの使者が、エステリアを迎えに屋敷を訪れた。 「お迎えにあがりました。神子殿」 扉の先には、カイルと、迎えにしては随分と大人数の兵士達が控えていた。おそらくは半数がエステリアを至宝の間へと送り、残った者達が、このブランシュール邸を監視するのだろう。 今でも公爵家の監視として、充分な兵士達が城から遣わされているのだが、本日、さらに兵士を投入するということは、カルディア史上、最も危険な人物――もとい、全てを死に至らしめる魔剣を所有するシェイドの存在を、危険視しているのだろう。 あまりにもの仰々しさに、エステリアは軽く息をついた。 しかし、それならばシェイドから魔剣を奪えばいいだけの話ではないだろうか? 例え、他人がその魔剣を手にすることができなくとも、シェイド自身に捨てさせる、または手の届かない場所へと運ばせる、という方法もある。相手が言うことを聞かなければ、人質をとればいいだけの話だ。あのリリスならば、リリスが本当にシェイドを危険視しているのであれば、必ず手を打つはずだ。 だとすれば、シェイドに対する処遇は随分と甘いように思える。 ガルシアの屋敷はどうかわからないが、昨晩感じた限り、王宮の兵によるブランシュール邸の監視にしても、あまり気にならなかった。あるいは、神子を迎えた屋敷であるからこそ、先日は気を遣っていただけなのかもしれないが。ただ、自分がこの屋敷を去った後に、この兵士達の態度が急変しないとも限らない。 シェイドとリリスは繋がっている――再び、エステリアの中で不安とシエルが残した言葉が、それと同時に、相手への不信感が未だ拭えてないにも関わらず、昨晩、勢いのままに、肌を重ねてしまったことへの、後悔までもが蘇る。 「エステリア……」 ソニアはエステリアの前に出ると、その身体をきつく抱きしめた。 「ちゃんと、お役目を果したら帰ってくるのよ? そして私の手料理をたくさん食べていって頂戴。貴方、カルディアを出る前よりも、ずっと細くなってしまったんじゃない? そんなことじゃ駄目よ? 貴方、いつかはシェイドのお嫁さんになるんでしょう?」 『お母さん』というものの温かさというのは、きっとこのようなことを言うのだろう。エステリアは静かに礼を述べた。 「ありがとうございます。ブランシュール夫人、そして公爵様、色々とお世話になりました」 続けて公爵ことエドガーにも、一礼し、最後にシェイドへと視線を移した。 「シェイドも……本当に今までありがとう。そして……さようなら……」 言い終えて、俯くエステリアにシェイドが声をかける。 「約束、覚えているよな?」 エステリアは小さく頷いた。 「必ず生きて帰って来いよ、俺はお前とは……まだ終りたくない」 おそらくは、無理な話だとわかっていても、エステリアはカイルや兵士達の手前、頷かざるを得なかった。 * 「この国に危険が迫っています。あの件を考え直してはいただけませんか?」 エステリアが屋敷を去ってしばらくした後、シェイドはカルディアでの両親に尋ねた。しかし、エドガーは首を振った。 「この地を捨て、メルザヴィアへ移住するというお話ですかな? 気持ちはありがたいが、何分私達夫婦は、このカルディアという地に慣れ親しんでいますので、離れるつもりはありません。何より、幼くして死んだ娘と同じ場所に眠りたいのです。例え、この国に危険が迫っていようとも、です」 「そうですか――」 シェイドは居た堪れない面持ちで、肩を落とした。 「俺は、今から城に向かいます。父上と母上は、屋敷に仕える人間達は、必ずお守りします。ですから、どうかお願いです。これから先……落ち着くまでは、屋敷からは一歩も外に出ぬようにしてください」 「守るべきは私達だけではないでしょう?」 ソニアが諭すように言った。 「いいですか? シェイド。貴方も、必ず生きて帰ってくるのですよ。いつかは祖国のご両親の元へと返さなければならぬ身であるとはいえ、貴方はもう、私達の息子同然なのですからね」 念を押すように言うソニアに、シェイドが寂しげに笑った。 魔剣を手にして、ひっそりと屋敷を去ろうとする養子の後姿に、エドガーとソニアは、 「どうかご武運を――」 と呟いた。 屋敷から出ようとした矢先、それを待ち構えていたように、シェイドの周りをカイルとその兵達が取り囲む。 「貴方は謹慎の身。屋敷より外へ出ることは禁じられています。さぁ、屋敷へとお戻り下さい。貴方が妙な行動を起こさぬよう、我々が監視させていただきます」 兵士達の筆頭として口火を切ったのは、勿論、カイルであった。 「そこを退けよ、カイル。悪いがお前達には興味がないんだ」 冷ややかに言うシェイドに、兵士の一人が激昂する。 「貴様! 貴様はもはや、我々の上官でもないのだぞ! 口の効き方を慎め! リリス様のご意思次第では、この公爵家も簡単に取り潰すことができるのだぞ」 「だからどうした? 俺はお前らみたいな腰抜けとは違う。その程度の脅しが、この俺に通用しているとでも思っているのか?」 「調子に乗るな! 小僧! 貴様のような小童如きに仕えて来た屈辱を、今ここで晴らしてくれるわ!」 副将の任を解かれたシェイドに漬け込み、その兵士は、勢いのままに掴みかかろうとした。 「……馬鹿が」 シェイドがそう呟いた刹那――その兵士が、突如、血泡を吹いてその場に倒れた。カイルを含め、周囲が騒然となる。不意に訪れた仲間の死に、納得がいかず兵士達は、一斉にシェイドを取り押さえようとした。しかし、 「それ以上、屋敷の中に入ってみろ、お前達は確実に死ぬぞ?」 シェイドのその一言で、兵士達の動きが一瞬にして止まる。 「一体、何をなさったのです?」 いち早く、平静を取り戻したカイルがシェイドに尋ねた。 「俺は、ただこの屋敷に土足で踏み入ろうとした馬鹿に制裁を与えてやっただけだが?」 気がつけば、シェイドの魔剣から、赤い霧が立ち昇っていた。 「既に屋敷の中にいる見張りの連中もそうだ。この屋敷にいる人間に、少しでも危害を加えようとした奴から、死ぬ。それでも入ってくる勇気がお前達にはあるか?」 兵士達は返す言葉すら見つからず、口を固く結んだまま、拳を震わせている。シェイドは盛大な溜息をついた。 「批難したくてしょうがないっていう顔だな。俺が敵とみなした相手においては、一切の情をかけないことぐらい、お前らも重々承知しているはずだろう? わかったらそこを退け。悪いが、俺が使えるのは何も剣術だけじゃなんだぞ?」 「なるほど、魔術も得意だと?」 「騎士である名目上、魔術の類は使わなかっただけだ。重ね重ね言うが、そこを退けよ、無駄死にしたいのか?」 「貴方はいつにも増して、好戦的ですね。ご自分が置かれた立場がわかっていらっしゃるのですか? 私の命令次第で、ブランシュール夫妻は不敬罪として処罰することもできるのですよ?」 「そんな命令を口にする前に、お前を殺す。お前の方こそ、付くべき相手を間違ったようだな、カイル」 「間違ってなどおりません。貴方にとって、ここに住まう養父母の命など、軽いものかもしれません。ですが、我々にとって、実の両親や身内の命は尊い。それを守る唯一の手段として、我々はリリス様に従う道を選んでいるのです」 そう言い切ったカイルにシェイドが侮蔑を込めた視線を投げかける。 「一番安全で楽な道を選んだだけだろう? 負けた奴の言い訳だ」 「貴方にどう見下されようと、私達はここを退く気はありません。元々王族である貴方には、力無きものが守ろうとする、ささやかな幸せすら、お分かりないのでしょう」 カイルの物言いに、シェイドは不快感を露わにした。 「勝手に決め付けるなよ。大事でないのなら、わざわざ魔剣の結界なんぞ張って、お前らを退けるようなことはしない。どうしてもそこを退かないというのなら、実力行使あるのみだ」 「私達と戦うというのですか? いくら魔剣を持っているとはいえ、一度にこの人数を相手にするのは、貴方といえども、不利なのでは?」 悠然と言い放つカイルを前にして、シェイドは笑った。 「威勢がいいことだ。お前達は、本当に恐ろしいものを知らないから、そんなことが言えるんだ。なんなら、教えてやろうか? 真の恐怖というやつを」 シェイドが言い終えたと同時に、カイルを始め、周囲の兵士達は身構えた。 「後悔するがいい――」 魔剣の瘴気を燻らせたシェイドの瞳は、いつもとは違う輝きを見せた。 |
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