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EternalCurse |
Story-55.夜明け*閲覧注意 この回には未成年者の閲覧にふさわしくない表現がされています。 | |||||||
その夜、カルディア王妃にして予言された『運命の双子』たるマーレは、テオドールが静養する離宮へと、その足を運んでいた。 凛とした佇まいを崩すことなく、マーレは、窓の外の光景を見た。城下の灯りの先に見える鬱蒼とした黒い塊は、かつて自分が生まれ育った集落の森だ。 十六年前、あの森を焼き払った炎の色と、攻め寄せる軍馬の嘶きは、生まれて間もない娘のエステリアを捨て、テオドールの元へ嫁いだ今もなお、忘れることはできない。 「何を考えておる? マーレ?」 マーレの背後で影が蠢いた。テオドールである。 「いいえ、何も。それよりも、お加減はいかがですか? テオドール」 言いながら、マーレが振り返る。離宮の至るところには、リリスによって術式が施されている。その中央に、テオドールはいた。 「以前よりも自由が利かぬゆえ、煩わしくもあるが――気分は良い」 「それはようございました。ところで、神子がこのカルディアへ帰還致しましたわ」 「まことか!」 「ええ。明日にも至宝の間へと赴き、その後、貴方の元へと参ることでしょう。その時こそが、貴方様が、絶対的な力を手にするとき……いいえ、世界の覇者となるときですわ」 「さすがは運命の双子たるそなたが産んだ娘だ。余の期待を裏切ることなく、意のままに動いてくれる……」 テオドールの声が歓喜に震える。それとは打って変わり、マーレは軽く息をついた。 「貴方は……、我が子であるアドリアには一切の関心を示さないのですね、テオドール」 「あれは神子ではない」 テオドールは一切の感情も込めず、きっぱりと言い放った。 「我が子ですら、役に立たぬものは斬り捨てる――相変わらずですわね。ですが、そんな貴方でも私にとっては宿命で結ばれた相手なのです」 「本当に、そう思っているのか?」 「私が貴方の元へ参ることは、遠い昔に予言されていたこと……」 テオドールの前で、恍惚とした笑みを見せると、マーレは再び、マナの森へと視線を移し、呟いた。 「もうすぐよ……もうすぐ……きっと望みは叶う」 * 今から、十二年ほど前、マーレが毎夜、星に祈りを捧げていることを知ったのは、このときが初めてであった。公にはされていないが、カルディア国王夫妻の甥であるシェイドは、ブランシュール公爵ことエドガーと共に、城に招かれることが多かった。ある夜、エドガーがテオドールの長話に付き合わされる傍らで、行儀良く座ったままのシェイドを、見るに見かねたマーレは部屋の外へと連れ出した。子供にはあまりにも退屈だろうと思ったのだ。 「殿下。これが貴方の従兄弟ですよ」 マーレは、一度王女の部屋へと立ち寄ると、まもなく二歳を迎えるアドリアの寝顔を、シェイドに見せた。 「気が強そうな顔……」 シェイドのアドリアに対する率直な感想であった。マーレは苦笑すると、彼の小さな手を取って、毎夜足を運ぶ、回廊へと向かった。 この時、マーレ王妃は二十二歳だった。 シェイドはマーレに対し、メルザヴィアにいる母親とはまた違う美しさの人だと、子供心に思ったものだ。父、ヴァルハルトは妻のソフィアを『雪の妖精』だと形容していた。確かに母は儚い美しさの持ち主だと思う。代わってマーレ王妃は、威厳と神々しさに満ちた、いわば『女神』のような美しさである。集落に娘を捨てておきながら、正妃として居座る女狐であると、陰ながら中傷を受けていることも知っている。苦しい立場に立たされた王妃という点では、母のソフィアと同じである。 しかしながら、その佇まいから、玲瓏と言われる王妃は、本当は心根の優しい人であると、シェイドは信じていた。何より、こうして幼い子供の手を握って歩くときのマーレの表情と、その足取りは喜びに満ちているような気がする。 城下町を一望できるその場所に辿り着くと、マーレは両手を組んで、夜空に祈りを捧げた。しばしの沈黙の後、マーレは振り向き、幼いシェイドに訊いた。 「ねぇ、シェイド……もうこの国には慣れたかしら? お母様と離れて寂しくはない?」 「うん、平気。僕にはエドガーやソニアがいるから……」 本当は、母恋しいだろうに――マーレは、強がるシェイドに、王族特有の気位の高さを垣間見た。 マーレはおもむろにシェイドの前に屈みこむと、その顔をじっと見つめた。 「ねぇシェイド、貴方にお願いがあるの……」 マーレの深い紺碧の――母なる海色の瞳が揺らぎ、潤んだような気がした。 「なぁに? マーレ伯母様……?」 そう返事されるや、マーレがシェイドをきつく抱きしめる。マーレの身体は、母のソフィアや養母のソニアにも似て、暖かいと思った。 「貴方が大きくなったら……」 マーレはシェイドの耳元で、囁いた。その内容に、シェイドは黒曜石のような大きな瞳を見開いた。 「……だから、お願いね」 マーレは苦しげな表情で立ち上がると、戸惑うシェイドの頭を優しく撫でた。 目覚めたシェイドは、かつて王妃と交わした約束をふと思い出していた。隣を見てみると、丁度エステリアが、うっすらと明るくなってきた外の様子に気付いて、瞼を開けたところだった。 エステリアはきょとんとした表情で、見知らぬ天井を見上げている。そのまま、隣に視線を移し、シェイドの存在を確認するなり、言葉を失う。ようやく、昨夜の愛の交歓を思い出したのだ。 「お前、結構、早起きなんだな」 エステリアが頬を染める傍らで、シェイドは平然と言った。 「ええ……おはよう、シェイド……っ……」 ようやく口を開いたかと思えば、急に眉を潜めたエステリアの顔をシェイドが心配そうに覗き込む。「どうした?」 「うん……昨日、あの、貰ったものが……その……まだ、出てくるから……ちょっと」 口走った事柄に対する恥ずかしさもあり、しどろもどろになるエステリアであったが、シェイドに最も愛され、未だしっとりとした潤いに満ちたその部分から、止めどなく溢れてくるものに、ある種の愛しさを覚えていた。そんなエステリアをシェイドが引き寄せ、頬や首筋に軽く口付けを落とす。 「だめよ、もう起きなきゃ……誰かが来たら……」 「まだ使用人が呼びに来るまで時間がある……すぐに離れるのは勿体ない」 シェイドはエステリアの胸の中に顔を埋めると、その身体を組み敷いて、白い朝露をつけた花の中に分け入った。 「んっ……」 柔らかく温かいエステリアの圧力に包まれ、絡めとられたシェイドはゆっくりとエステリアの両胸を弄りながら、その頂を優しく摘む。 「まるで……何かの儀式みたい。それでも貴方とこうしているときが一番落ち着くなんて……やっぱり変よね」 思いを遂げようとする人間達の間に働く力というのは、まるで神の導きにも悪魔の誘いにも似て、何人にも邪魔をすることなどできない。 「聖婚、だからな」 シェイドはそう言うと、未だ眠りの淵にある意識を労わりながら、目覚めさせるように、じっくりと時間をかけて動きをつけた。 何者にも縛られない、許された間柄の恋人同士であったなら、これは至極当然の行為なのだ。シェイドのかつての恋人、ミレーユもまた、こうして彼に愛されたのだろう。今は亡き女性に、軽い嫉妬も覚えながら、エステリアはそのひと時に身を委ねた。 窓から差し込む朝の日差しが、純白の褥を反射する。陽の光の祝福は、絡み合う二人の身体に黄金の輝きを与える。次第に性急になってくる律動に、エステリアは甘い喘ぎ声を上げた。 「あっ……あっ、あぁ……、ん……」 陽と共に、昇り始めた身体が、火照る。シェイドはエステリアの両脚を高く掲げた。 「シェイド……」 弾む息と共に、屈曲させた身体の奥深くにまでシェイドを感じた。はちきれんばかりに、固くなった蕾が脈打つ。 「っ……」 シェイドが微かに震えたかと思うと、熱い蜜が再びエステリアの中に注ぎ込まれる。その全てを搾り取るように、エステリアはしっかりとシェイドの腰に脚を巻きつけた。 「あっ、あっ、あぁっ……」 数回の痙攣の後、エステリアの身体が弛緩する。それを確認し、身体を離したシェイドは、エステリアの下腹部の隆起を愛しげに撫でた。 「シェイド……? どう……したの……?」 息も絶え絶えに、エステリアが尋ねる。 「子供が欲しい」 「え?」 エステリアの心がどきりとした。シェイドが洩らした一言が、不安をかき立て、妖魔の子を宿しているかもしれない、その現実を、今になって突きつけたのだ。 「だから早く子が出来ればいいと思った」 「どうして?」 「子がいたら、少しは変われるものだろう? 俺も、お前も――」 その言葉に、エステリアは、かつてシェイドがミレーユとの間に、普遍的な家庭を築くことを夢見ていたことを思い出した。 「俺は……本当に……『普通』が欲しいんだ」 あくまでも静かに呟くシェイドであったが、エステリアには、それが、まるで心の叫びのようにも思えた。 しばらくした後、エステリアは使用人からの目を気にしてか、身支度のこともあってか、一度自分の部屋へと戻った。いつもの静寂を取り戻した寝室に、一人残ったシェイドは、寝衣を羽織って、寝台を抜け出すと、クローゼットの中から、衣服を取り出した。 「ご機嫌はいかがかしら? シェイド」 誰もいないはずの部屋に、女の軽やかな声が響いた。その声に聞き覚えのあるシェイドは、振り返ると、真っ先に姿見の鏡に目をやった。鏡の中には、夜の帳をそのまま切り取ったような色の衣を纏い、腰にまで届く長い髪の女が映し出されている。 「珍しいな、今日は素顔か――リリス」 「貴方の前では、普段の装いなんて無用ですもの」 「よく言う……」 シェイドは呆れたように肩をすくめた。 「ところで、イザークとクローディアを殺したのは、お前か?」 「ええ、そうよ。だって、あまりにも身の程知らずなんですもの」 鏡の中でリリスは笑った。 「それから、貴方の天敵であるあの豚もこの国に来ているわ」 「お前の好きにしろ」 シェイドはシャツのボタンを留めながら、素っ気無く言った。 「あら、冷たいのね。血の繋がった身内でしょうに」 「向こうはそうは思ってない。別にあいつは『大事』じゃない」 「本当に、酷い男ね……」 「お前、ユリアーナに同情しているのか?」 しかし、鏡の中のリリスは頭を振った。 「いいえ。貴方が掌で躍らせているエステリアが可哀想だと言っているのよ。全ては計画通り。あの子に愛を囁いて、こちらに人質が取られていることなんて、すっかり忘れてしまうほどに、骨抜きにするなんて……。人を騙すのは貴方の得意分野だったかしら?」 「お前ほど上手くはないが、な」 「あら? 心外だわ。お互い様じゃない」 軽くリリスを睨むシェイドを他所に、リリスは続ける。 「楽しみにしているわよ、シェイド……もう一度、貴方に会い見える時を……」 言い終える頃には、リリスの姿が鏡の中から徐々に薄れ、代わりにシェイドの姿がはっきりと映し出される。シェイドは、なにやら苦々しげな表情を浮かべ、鼻を鳴らすと、その足で部屋を出た。 |
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