Back * Top * Next
EternalCurse

Story-53.密談-U
クロフォード邸に帰宅したガルシアと、自称、その『婚約者』であるサクヤを出迎えたのは、主の帰還をひたすら心待ちにしていた、使用人一同と、最愛の妹だった。
「お帰りなさい、ガルシアお兄様!」
「おお! エミリー、元気にしてたか?」
妹に飛びつかれ、ガルシアは表情を綻ばせた。
ガルシアの妹――こと、エミリー・クロフォードは、今年で十九歳になる。ガルシアと同じく明るい茶色の髪と瞳の持ち主で、久しぶりに見る兄の姿に、心から嬉しそうに笑っていたが、その肌色は抜けるように――いや、病的なまでに白い。
「あら? お兄様、一緒に連れている女性は誰?」
「私か? 私は兄君のただの『飲み友達』だ」
おいおい『婚約者』から今度は『飲み友達』かよ――サクヤのいい加減な返事にガルシアは思い切り脱力した。
「そう、ただのお友達なの……てっきりお兄様ったら、異国の方を恋人にしたのかと思ったわ」
「まさか。ところでこのカルディアは一体、どうなっちまってんだ? 帰って来るなり、いきなり将軍職剥奪ときた。とりあえず爵位剥奪とお家のおとり潰しだけは、免れたみてぇだが。エミリー、俺のせいでなんか不自由はしてねぇか?」
「大丈夫よ。お兄様。強いて言うなら謹慎処分のせいで、ミレーユのお墓参りにも行けないことぐらいかしら? ただ、最近カルディアでは、墓荒しが流行っているから、どの道、むやみに墓地に行く事は禁じられているんだけどね……」
「墓荒し!? まったく罰当たりな野郎もいるもんだ……」
「ええ。掘り起こして屍鬼(ゾンビ)でも出てきたらどうするのかしらね」
エミリーはそう言うと、早速ガルシアを母親の元へ案内するかのように歩きだした。その後をついて行きながら、サクヤがガルシアに話しかけた。
「お前に似て明るい妹だな。しかし、あの幽鬼のような色白さからすると、深窓の美少女といったところか」
「姐さんから『美少女』のお墨付きがもらえて嬉しいぜ。まさしくその通り、妹は生まれつき身体が弱くてよ。すぐに眩暈だの、立ちくらみだの起こしちまう」
「なんなら、薬でも処方してやろうか?」
「薬? 姐さん、そんなこともできるのかよ?」
「当たり前だ。セイランでいう賢者とは絶対的に万能でなくてはいけないんだぞ? お前の妹は、病に蝕まれているというよりは、どうやら血の道に問題があるようだ。それさえ改善すれば、元気になるだろうよ」
「本当か?」
「私はそういうことに関しての嘘はつかんぞ」
助かるぜ、ありがとうよ――ガルシアは礼を述べると急に改まって尋ねた。
「で? わざわざ『婚約者』と嘯いてまで、俺の屋敷についてきた理由はなんだよ?」
「お前に大事な話がある。それだけだ。話は早いに越したことはないからお前が落ち着き次第、是非とも、二人きりになれる部屋を用意して欲しいんだがな」
「ああ、わかったよ。母ちゃんに会った後にでも、別室に酒肴を運ばせることにしよう。それでいいか?」
「呑気なものだな。私の話を聞けば、そんなことも言っていられなくなるだろうよ。お前は飲む気すら失い、卒倒するだろう」
しかし、ガルシアはおどけるように両手を上げて、頭を振った。
「そんな話があるんなら、是非聞いてみたいもんだ」




ようやく城門へと辿り着く今一歩のところで、シュタイネル公女、ユリアーナは衛兵達によって馬車を止められ、渋々降りる羽目になった。瞬く間に母と弟を失い、ほうほうの体でメルザヴィアを飛び出し、リリスの導きによってカルディアを訪れたというのに、こんなところで……しかも自分よりもはるかに身分の低い者達によって、阻まれるとは。ユリアーナは、早速、その苛立ちを、不躾な極まりない衛兵らにぶつけた。
「お前達、この(わたくし)を誰だと思っているの?!」
だが、カルディアの衛兵達は、そんなユリアーナを前にしても、決して引き下がることはなく、むしろ狂女を見るような眼差しで、訊き返した。
「それはこっちが尋ねたいぐらいだ。お前は一体何者だ? なんの目的があって城内に入ろうとしているのだ?」
「私はただ伯父様に会いに来ただけよ、こう言えばわかるでしょう?! さぁ、そこを通しなさい」
どんな馬鹿でも、この城にいる『伯父』と言えば、テオドールのことだと気付くはず。なにより、『メルザヴィアの奇跡』と言われた自分が、目の前に立っているのだ。国王と自分の関係がわからぬはずがない。
まったく、カルディアの人間達の目は節穴なのかしら? それとも底抜けの馬鹿かしら?――ユリアーナは内心そう思いながら、鼻を鳴らした。メルザヴィアならば、わざわざ名乗りをあげずとも、ただこの姿を目にしただけで、平民、兵士、貴族にいたるまでが、道を開けるというのに。
しかし、ユリアーナの考えは甘かった。ここはメルザヴィアではない、カルディアである。ましてユリアーナの名は『奇跡の美女』という噂によって知られているが、本人の顔と人格そのものは、カルディアではほとんど知られていない。衛兵達はますます怪訝そうに顔を見合わせるばかりだ。
「城内に縁ある者がいることはわかったが、一概に伯父と言われただけではさっぱりわからん! そもそも肝心なところを話しておらんではないか、お前はどの家の人間なのだ?」
衛兵達からのあまりにも侮辱的な発言に、とうとうユリアーナの(ただでさえ気が短い)堪忍袋の緒が切れる。
無礼者――ユリアーナがそう叫ぼうとして口を開いた直後、カヴァリエ侯爵家の紋章を戴いた馬車が、ユリアーナの貸し馬車の横を幾分か通り過ぎたところで、停止する。
「兵士様方? 一体、これは何の騒ぎなのかしら? どうして通してもらえませんの?」
軽やかな声が衛兵達とユリアーナの頭上に降ってきた。カヴァリエ侯爵家の馬車の窓からレイチェルが顔を出し、この状況を尋ねたのだ。
「これは、これは……カヴァリエ侯女レイチェル様ではありませんか……」
目の前でただ叫び散らすだけの、胡散臭い醜女とは違い、レイチェルの薔薇のような美しさ、そこに佇むだけで自然と醸し出される気品に衛兵達は思わず溜息をもらした。
「相変わらずお美しい。貴方を待たせるなど、とんだご無礼を。ささ、早くお通り下さい」
突如として態度を急変させた衛兵達に――しかも自分以外の女に『美しい』という賛辞を贈った彼らに対するユリアーナの怒りは相当なものであった。相手はたかが侯爵令嬢ではないか、公爵令嬢たる自分から見れば、ただの下衆に過ぎないこんな女のどこが美しいというのだ。
我こそは――と言わんばかりに、ユリアーナは高々と名乗りをあげた。
「そこの! 私はメルザヴィア王国、シュタイネル公爵の娘、ユリアーナよ! 侯爵令嬢風情がこの私を馬車の中から見下ろしていいとでも思っているの?! そしてお前達! いい加減にこの私をテオドール伯父様の元へ案内なさい!」
それを聞いた衛兵達は、『色んな意味で』固まってしまった。どこからともなくユリアーナに対しての嘲笑すら聞こえる。しかし、ユリアーナの名乗りに、最も過敏な反応を示したのは、馬車の中のレイチェルだ。
「貴方がユリアーナ、ですって? 冗談にも程があるわ」
レイチェルは哀れむような目でユリアーナを見つめると、扇で口元を隠し、笑った。
「そもそも貴方はご自分の容姿を鏡で見たことがあって? ユリアーナといえば、メルザヴィアの奇跡と称されるほどの美女なのでしょう? 貴方ごときがそれであるはずがないわ、厚かましい。戯言もいい加減になさい。身分詐称は重罪よ」
それを聞いていた周囲の衛兵達は、今にも『ごもっともです』と頷かんばかりの表情をすると、レイチェルの馬車だけを城門に通し、再びユリアーナの前に立ちはだかった。
「ちょっと! この(わたくし)を差し置いて、どうしてあの女だけを通すのよ!」
食って掛かるユリアーナに、衛兵の一人が深い溜息をつくと、表情を引き締め、大声で叫んだ。
「よりにもよって、『メルザヴィアの奇跡』の名を騙るとは何事だ! 貴様を捕らえてくれる!」
その掛け声に、早速衛兵等二人が、ユリアーナに駆け寄り、両脇からその腕をしっかりと取り押さえた。
「ちょっと、放しなさいよ! 無礼者! 私こそがシュタイネル公爵の娘、ユリアーナよ!」
「お前の話なら、牢にぶち込んだ後にでもゆっくり聞いてやる!」
衛兵達は、見苦しいほどにもがくユリアーナを『罪人』として城の中へと連れ立った。彼らには、ユリアーナの名乗りなど通用するはずもなく、ただレイチェルが残した言葉だけを真摯に受け取っていたのである。


衛兵達に力ずくで引きずられ、あわや身分偽証罪として牢獄に入れられそうになったユリアーナを助けたのは、『偶然に通りかかった』際に、従兄弟の惨状を目にしたというアドリアであった。
「まったく! アドリア! この城の兵士達には一体、どんな躾を施しているの! 誰よりも美しいこの私を、罪人として捉えようとするなんて、信じられない」
今度は『賓客』として部屋に招かれたユリアーナは、乱れた衣装を整えながら、これまでの不満をアドリアにぶつけた。
「この私の話にも耳を貸さずに、捕らえようとしたあの者達には、即刻死刑を言い渡して頂戴!」
しかし、アドリアは盛大な溜息をつき、やんわりと言った。
「仕方ないじゃない。この国では、私やお父様とお母様以外、貴方の顔を知る者は皆無。だからあの衛兵達のことは、大目に見てくれる?」
王族と最も近しい身分の自分に対して、あれほどの不敬罪を働いておきながら、処罰を与えようとしないアドリアの甘さに、ユリアーナはますます激昂した。
「でも! この私を侮辱したのよ?! ただの死刑じゃ気がすまないわ。あの兵達の家族諸共――」
「この国の『王女』は私よ? 貴方じゃないわ」
だからこの国のことに、口出ししないで――アドリアはユリアーナに冷ややかな視線を送ると、釘を刺すように言った。
「で? 貴方はどうしてここに来たの?」
「お母様と弟が、亡くなったから……」
「あら、そう。大変だったわね。流行病か何かかしら?」アドリアは全く興味がないといった感じで答えた。「いいえ、お母様と弟のイザークは、殺されたのよ、あの憎いジークハルトに! テオドール伯父様お抱えの預言者がそう言ったわ。そして、ここに身を寄せて伯父様に助けを求めろと……」
「へぇ、リリスがそんなことを言ったの」
言いながら、アドリアは窓の外の光景に目をやった。
「丁度、親愛なる従兄弟――と言っても、この国では王族と臣下という立場だけど、シェイドやエステリア姉さまが帰ってきたところよ」
従兄弟の帰還の知らせを聞いて、ユリアーナは身を振るわせ、怒鳴った。
「アドリア! 貴方、あのジークハルトを自分の従兄弟と呼んで恥ずかしくないの?! 私はその名を口にするだけでも汚らわしいというのに。あのメルザヴィアの王冠泥棒が!」
「貴方がジークハルトを嫌っていても、私は結構好きよ? 彼のこと」
「アドリア! 貴方気でも狂ったの?!」
アドリアはやれやれと言わんばかりに頭を振った。
「私は、エステリアの方が邪魔なの。エステリアこそが王家にとって、そしてお母様にとっても最大の汚点。けれども神子に選ばれた以上、見た目はただの石くれでも、内に輝きを秘めた原石でもあるわ」
アドリアはユリアーナの顔をじっと見つめた。
「だから、奪い取るのよ。エステリアの力を、至宝も全て。必ず私が神子となる。そして歴史上、このカルディアに最も相応しい後継者が誰であるか、愚民どもに知らしめるの」
実際は、自分よりも六つも年下であるにも関わらず、その時のアドリアの表情は誰よりも、冷たく大人びていて、ユリアーナは背筋に寒気を覚えた。





「そんな……そんな馬鹿な話があってたまるか!」
給仕の者を引き払った部屋にて、サクヤの話を一通り聞き終えたガルシアは思い切りテーブルに拳を叩き付けた。その衝撃で、まだいくらも口にしてないワイングラスがぐらつき、中身が飛び散る。
なんて勿体無いことを――その様子を見ていたサクヤは、まさにそう言いたげな目をしていた。
「信じるも信じぬも、お前の勝手だ。しかし、先程もお前に言ったとおり、私はこういった事に関しても嘘を吐いたことはないぞ?」
どっかりと椅子に座り、両手両脚を組んだサクヤは続けた。
「私達に残された道は二つに一つ。両方取ることは許されていない。どちらを犠牲にして、どちらを取るかが問題だ」
「それ……本気で言ってんのかよ」
ガルシアは両手で頭を抱えながら、テーブルにうずくまる。
「ほら見てみろ。私の話を聞いた途端、飲み食いする気力すらなくなっただろう? それでもお前のことを考慮して、今最も重要な話だけを教えたんだぞ? もののついでに、後、ニ、三個話を聞こうものなら、お前は確実に発狂するだろうよ」
その言葉を聞いて、ガルシアは精気を失った顔をゆっくりと上げた。
「姐さん……あんた、まだ俺に隠し事があるのかよ」
「当たり前だ。女という生き物は秘密の十個や百個抱えてこそ一人前と言えるんだぞ?」
「いや、それ多分……違うと思うぜ?」
「私は、明日にでもカルディア城に潜入して、奴を殺しに行く。お前はどうする? 私と共にくるか?」
「謹慎処分を言い渡されている上、城の兵隊の見張りがあるのに、この屋敷を抜け出せるのかよ?」
「――抜け出せたなら、お前は着いてくるんだな?」
「ああ。姐さんを疑うわけじゃねぇが、やっぱ、この目で確かめねぇと、納得できねぇ……」
「屋敷を抜け出すのも、城に潜入するのも簡単だ。私の手にかかればな。それに国王が不在、リリスとオディールとかいう奴が国を仕切り出して、カルディア城はまともに機能してないだろうよ」
「ってことは……」
「ほとんどラゴウに支配されていたときのセイランと同じだ。有力な人間は謹慎処分にされ、権力に怯えて平伏した人間と、術にかかりやすい腑抜けどもしか、今の城にはいないはずだ」
サクヤは鼻で笑いながら立ち上がると、ガルシアをその場に残して、用意された寝室へと向かった。

Back * Top * Next