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Eternal Curse

Story-33.出自-T
メルザヴィアに滞在して早くも数日が過ぎようとしていた。
国王との謁見を済ませてからというものの、その後、招待された晩餐の席以外では、なかなかシェイドに会いだすことはできず、エステリア達はただひたすら城内を見回っては、一つの客室に集まり、仲間内と談笑する――という日々を過ごしていた。
神子を連れ、突如として帰還したこの王太子には、連日、目通りを願う貴族達が大勢いるという。
長年不在であった、王太子の成長と帰還を心より喜ぶ者、そしてここぞとばかりに王太子に媚を売りに来た者など様々であるが、そういった者達と接することも、勿論、公務の一貫である。
しかし、こういった出来事は、なにもシェイドだけに限ったことではない。
かくいうエステリアの部屋にも、次代の神子と知るや、その祝福を受けようとする貴族や、なんとか恩恵にあやかろうと、王室御用達の職人、商人達までもが押し寄せてきたのである。

中には、もう城内で噂になっている『公女と一戦交えた女傑』の姿を一目見ようと訪れた者もいた。
ほぼ怖いもの見たさであった彼らは、サクヤの姿を見るなり、あの公女とは比べ物にならぬほどの神々しい美しさに、溜息をつき、ある者はその場で膝を折り、この現世に舞い降りた『女神』に祈りを捧げたほどであった。
夢見心地の表情で部屋を後にする彼らを目の当たりにしたガルシアは、サクヤの本来の性格もあってか、この現象が実に信じ難かいものであったのだが、サクヤは
「これは当然の反応だ。なんら不思議なことはない。私は常に伝説を作り続けてきた女だからな」
と、何食わぬ顔で言い放ったのである。

とまぁ、このような対応にしばらく追われたエステリア達であったが、此処のところようやく、日常に落ち着きを取り戻しつつあった。
それはシェイドの方も同じだったようで、またいつもの如く、エステリアら一行が一所に集まって、束の間の休息を過ごしていたとき、ボリスを伴ってその場を訪れた。

そなたらには折り入って、大事な話がある――と、ボリスが話す傍ら、シェイドはエステリアだけを連れ出したのだ。
せめて行き先だけでも教えて欲しい、と尋ねるシエルの言葉を振り切り、今現在、二人は夕暮れの日差しが差し込む渡り廊下を歩いている。

「お前とは、どういうわけか、こうして並んで歩く事が多いよな」
苦笑しながら進むシェイドの後ろで、エステリアは不意に足を止め、空を見上げると、
ふと目に映った朱色の空に、ぽつんと浮かんだ黒点を指差した。
「ねぇ、あの黒い星はなに?」
夜空に輝く星の話ならば、たいした興味も引かないが、まだ明るい空に『黒い星』が浮かんでいるとなれば、話は別だ。エステリアの質問にシェイドが立ち止まり、彼女が指差す方向を、じっと見つめた。
「ああ、あれか。あれは、『妖魔の居城』とも呼ばれている凶星だ」
しかし、シェイドはそれといって驚くような様子もなく、まるで『だからどうした?』と言いたげな口ぶりである。
「妖魔の居城?」
妖魔とは、『あの妖魔』のことなのだろうか?エステリアは尋ねようとしたが、
「カルディアからはほとんど見えないが、さすがにこの国からだとよく見えるな」
シェイドはそれだけを言うと、再び歩みを進めていた。
シェイドの態度は、まるで話をはぐらかしているようで、エステリアはどこかしっくりといかないものがあった。
それとも、この国では昼夜問わず、凶星が空に浮かんでいようと気にならないのだろうか? 色々と考えを巡らせていると、
「悪かったな。お前に付き合ってもらうのに、随分と待たせた」
エステリアよりも数歩前を歩くシェイドが、真っ直ぐ前を見据えたまま言った。
「仕方ないわよ、王子様なんだから」
エステリアは、少し歩幅を大きくして、シェイドの隣に並んだ。

「お前のところにも、色々と訪問客が来たそうだな」
「大変だったのよ。色んな人が毎日尋ねてきて。行商のような人からは、『美顔水』っていう化粧水を貰ったわ。『どうぞ、今後もご贔屓に』ですって」
「それは商人が王侯貴族のご婦人に取り入るために使う、典型的な道具だな。そんなもの、お前には必要ないだろう?いっそユリアーナにでも送りつけてしまえばよかったものを。どうせ効き目はないだろうがな」

今思い出しても血が凍る、サクヤとユリアーナの壮絶な『舌戦』の際には、ほとんど口出ししなかった反動か、シェイドの言葉は容赦なく、毒気に満ちている。
「あとは、なぜか仕立屋さんがやってきて、目の前で生地を広げた後、いきなり採寸を始めたのよ。あれにはびっくりしたわ」
「ああ、それなら俺が頼んだものだ」
「え?」
エステリアが目を丸くした。
「どうやら、近日中に俺の帰還を祝しての盛大な舞踏会だか、何かが開かれるらしい。多分、お前達も招待されるだろうから、ドレスの一着ぐらい持っておかないと、またあの親子から常識知らずの娼婦扱いされては、一溜まりもないだろ?」

「舞踏会……」
謁見に続いて、また多くの貴族が集う、それもクローディア親子が出席するその宴に、招待されると考えただけで、エステリアの気は重くなる。

「そんなに嫌な顔をするな。何かあったらまた国王があの親子を止めるさ。お前はシエルやサクヤと盛大に着飾って登場すればいい。目の保養になる」

言いながら、シェイドは再びエステリアよりも早く進むと、その先にあった扉を開けた。

「この先には何があるの?」
「王家の画廊さ。ここなら、誰にも邪魔されずに話せるだろう?」
確かに、メルザヴィアに訪れてから、シェイドとは、良くも悪くもボリスやクローディア、そしてユリアーナにことあるごとに妨害され、落ち着いて会話できる機会などほとんど無かった。
特にシェイドを溺愛するボリスとは対照的に、後者の親子が彼に向ける憎悪と侮蔑には、尋常ではない何かを感じる。
その理由は今頃、ボリスが客室に残ったガルシアらに、語っていることだろう。そんな中、一人だけ彼に連れ出されてしまったことに、エステリアは少しばかりの疎外感を感じていた。
そんな事を思いながら、シェイドに続いて画廊へと足を踏み入れる。
長い画廊の両脇の壁には、巧みな装飾が施された金の額縁に納められた、歴代の国王一家の肖像画がかけられていた。その絵画達の醸し出す、油絵独特の臭いが少しだけ、鼻につく。

「この肖像画、一体、どこからどこまで続いているの?」
じっくりと鑑賞しながら、歩みを進めるエステリアが訊いた。
絵画の中には、絵の具の色褪せ具合と、その質感からして相当古いものもある。

「画廊はグランディアの建国王から始まっている。元々、メルザヴィアやカルディアはグランディアの分家だから、王家の歴史自体は浅いんだ。獅子王の一家の絵を境に、ようやく今のメルザヴィア国王一家の絵が掲げられている」
二人は、しばらく画廊を進むと、グランディアの獅子王一家の肖像画の前で足を止めた。
絵の中央には、まだ三十代後半であろう獅子王レオンハルトが、長椅子にゆったりと腰を下ろしており、その左には王妃が、そして国王夫妻を囲むように、五人の子供達が立ち並ぶ姿が描かれていた。

兄弟の中でも、柔和な顔をした二十歳ぐらいの青年は、五年前、謎の死を遂げたグランディアの前国王ギルバートだ。
その隣に描かれているのは、陰鬱な面差しのぽっちゃりとした体型の青年で、十代後半の彼こそが、あの『セレスティアの悲劇』を招いた、グランディアの僭王ベアールの青年期の姿だった。
さらにその横には、まだ顔に幼さを残しているものの、兄弟の中では群を抜いて背が高い三男、テオドールの姿があった。現在カルディアの国王である彼の眼光は、この頃から鋭い。
代わって、王妃の近くに控えて立つのは、まだ十二、三歳ぐらいのヴァルハルトだ。
あの見事な灰色の髪と瞳、凛々しい顔立ちは見間違えようがない。
その彼に寄り添うようにして描かれているのは、ヴァルハルトよりも、さらに赤みがかった灰色の髪と、ぱっちりとしたスモークブルーの瞳を持った王女だ。十歳にも満たぬ王女の容姿はまさに人形のように愛らしい。これが言わずと知れた、あのクローディアだ。

月日は、やがてこの王女から無垢な笑顔を奪い取り、代わりに烈火の如き怒りの仮面を分け与え、現在に至る。その残酷な変化に、エステリアは思わず目を見開いた。

獅子王一家の肖像の横に、ようやくメルザヴィア国王一家の肖像が掲げられていた。
絵の中には、若き日のヴァルハルトと王妃の姿が描かれており、その腕の中には健やかに眠る、生まれたばかりの王太子の姿もある。
『英雄王』として讃えられ始めたばかりのヴァルハルトの姿は、威厳と自信に満ちており、シェイドとはまた違った美しさを持っていた。しかし国王とは打って変わり、母親となったばかりの王妃の表情は、喜びを表すどころか、どこか寂しげである。

「納得いかないみたいだな」
赤子であった頃の自分の絵を前にして、シェイドが呟いた。
「ボリスの話に興味があったのに、一人除け者にされて、こんな絵画鑑賞に連れ出されたことが気に入らない――といったところか」
つい先程まで考えていた心の内を、そのまま読まれたようで、エステリアはムッとすると、シェイドに訊いた。

「ねぇ、念のため訊くけど、貴方ってもしかして魔法が使えたりする?そうやっていつも他人の心を読んでいるんじゃないでしょうね?」
「魔法なんて使わなくても、お前の場合は顔にそう書いてある」
その返事に思わず反論しようとしたエステリアを、シェイドは制止し、頭を振った。
「ボリスの話だと長くなるからな。だからお前には、俺が一番手っ取り早い方法で、説明することにした」
「えっ?」
「俺は別に、考えなしにここに来たわけじゃないんだからな。ずっと知りたがっていただろ?クローディアやユリアーナが俺や王妃を毛嫌いする理由。それから、俺が両親を苦手とする理由」

シェイドは一呼吸置いてから続けた。

「お前が気付いたかどうかはわからないが、歴代の国王一家の絵を見ていけばわかる。建国王からここまで続いた王室の中に、黒髪の人物は誰一人としていないんだ……俺という例外を除いては」

その言葉に、シェイドが今から言わんとしていることを察したのか、エステリアが弾かれたように顔を上げた。あまりにも正直すぎるエステリアの反応に、シェイドは苦笑する。

「そう、あの親子が俺を嫌う答えは簡単だろ?俺が――ヴァルハルトの子じゃないからさ」
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