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Eternal Curse

Story-29.帰還
「いよいよだな。今度こそ!神子の至宝とかいうのを手に入れて、この詐欺まがいの姐さんから洗礼を執り行ってもらわないとなぁ!」
メルザヴィア城門に向かって走る馬車の中で、ガルシアが皮肉たっぷりに話を振った。
「そう根に持つな。執念深い男というのは実に見苦しいものだ」
勿論の事だが、サクヤは腕を組んだまま、何食わぬ顔でその皮肉をかわした。
「洗礼といえば『彼女』を思い出すな」
馬車の窓から見える外の光景を眺めながら、シェイドが呟く。
「彼女って?」
「お前が神子の神託を受けるずっと前に、自らを『次代の神子』と称してカルディアに来た娘がいたんだ」
「へぇ……」
「ああ、例の彼女か。お嬢ちゃん、お嬢ちゃんの知り合いにノエルって子がいなかったか?」
「ノエル?」
シェイドとの会話によって、何かを思い出したようなガルシアからの突然の質問に、エステリアは首を傾げた。
「いいえ。知らないわ。その人がどうかしたの?」
エステリアからの期待はずれの返答に、ガルシアは片眉を吊り上げ、説明するのが面倒くさそうなシェイドに代わって、話を続けた。
「いや、セレスティアの悲劇の直後にな、さっきこの野郎も話した通り『次代の神子』に選ばれたっていう少女が、国王への謁見を求めた。その子がノエル。母親はソレアといって、マナの一族所縁の者だと聞いていた。俺はてっきりお嬢ちゃんが知っている子だと思っていたんだが、違ったな」
「紛らわしい名前ですわね。ノエルって」
シエルがつまらなそうに言う。
「そういえば、あの時は随分と国が騒いだもんだ。セレスティアの跡目が見つかった、と」
シェイドが自嘲的な笑みを浮かべる。
「結局、そのノエルって子はどうなったの?」
「国王との謁見を果した後、行方をくらましたんだ。その後、お前が神子に選ばれたということは、ノエルは途中で挫折したのか、あるいは――」
「最初から神子の『騙り』だったってことだな」
「そもそも当時から『次代の神子候補』を名乗る偽者は後を絶たなかったんだが、陛下に謁見までした『大物』は初めてでな。それ以来、ガルシアはめっきり神子不信に陥ってしまっている」
「じゃあ、私の事も本当は信用してないんだ……」
「そんなわけねぇだろ!なんてこと言うんだ!お嬢ちゃん?!」
「嘘を吐くな。エステリアが城に来たときも、本物の神子かどうかわからないって、ぼやいていただろう?信用できないとな」
「テメェこそ嘘言ってんじゃねぇ!俺はただ神子様のことで馬鹿騒ぎして振り回されるのはうんざりだって言っただけだろうが!」
「やっぱり、それが本音なんだ……」
ますます分が悪くなったガルシアは必死にエステリアに弁明した。
「ちょっと待ってくれ、お嬢ちゃん!確かに俺は最初、お嬢ちゃんのことも疑ってはいたが、今は違うぞ?!そもそもお嬢ちゃんはあのセレスティアの姪っ子じゃねぇか!神子の素質があると俺は信じてるぞ、うん!」
苦しげな言い訳にシエルが溜息をついた。
「つまり、ガルシア様は相手の信用価値を『血統』をもって測るのですわね?」
「エステリアの血統の良さはわかっている、でもやっぱり……とかなんとか、あの日言ってなかったか?お前」
「シェイド、お前これ以上余計なことを言うんじゃねぇ!お嬢ちゃんを泣かす気か?」
「私なら、別に気にしてないわよ?状況が状況だもの。疑われたってしょうがないわ」
「素晴らしすぎるほどに器のでかい神子だな。私がそんなことを言われようものなら、すぐさまこの男をぶちのめして、馬車から放り投げているところだ」
「発想が危険ですわよ。賢者様」
「ああ、もうこの話は終わりだ、終わり!ほら、もう少ししたら城門まで辿り着くぞ?――あの城の中に、英雄王がいるんだな……陛下に会えるって考えただけで、感動と震えが止まらねぇぜ」
ガルシアがやや興奮気味に語る。
「そんなに好きなのか?英雄王ヴァルハルトが?」
「俺にとって英雄王ヴァルハルト陛下は、永遠の憧れの人だ。いや、騎士なら誰でも憧れ、目標にしているはずだ。それにも関わらず、唯一ヴァルハルト陛下を敬わない変人はシェイド!テメェぐらいだ」
「ガルシアさんは、一体、英雄王のどんなところを尊敬しているの?」
エステリアの問いに、ガルシアは『よくぞ訊いてくれた』と言わんばかりの表情で、語り始めた。
「全てだよ。全て。ヴァルハルト陛下の騎士としての類稀ない才能、英雄としての生き様に、王者としての器……その全てが尊敬できる。獅子の兄弟達の中でも、王妃という存在を最も大切にしているところだってそうだ」
「どういうこと?」
エステリアは興味深く、耳を傾けていた。
「例えば、テオドール陛下には、マーレ王妃と結婚する前には沢山の王妃候補――つまりは愛妾がいたんだ。もしかしたらアドリア王女が生まれるよりも前に、消された庶子だっていたかもしれない。グランディアの僭王ベアールも知っての通り、女にはだらしがなかった。だが英雄王ヴァルハルトだけは違う。一人も愛妾をつくることなく、王妃殿下一筋なんだとよ。なぁ?」
「ご立派ですわね。その他王侯貴族様には、夫婦の真の在り方として是非ともメルザヴィア国王夫妻を見習って欲しいものですわ」
「だろ?そう思うだろ?」
子供のように顔を輝かせたガルシアに、シェイドは呆れたように溜息をついた。
「確かに、昔、ヴァルハルトは王家の繁栄のため、側室を迎えるように家臣達から勧められていたそうだが、全て断ったらしいから、王妃への愛情だけは本物だろうな」
「側室を迎えるように……って、国王夫妻には、もしかして子供がいなかったの?」
「いや、国王夫妻には王太子が一人いる。だが、周りの連中は英雄王の血筋を少しでも多く遺しておきたかったんだろうな」

「そういうものなの?王室って」
「そういうものさ」
まとまりかけていたシェイドとエステリアの会話に、今度はシエルが割って入る。
「そういえば、メルザヴィアには英雄王だけではなく、確か『メルザヴィアの奇跡』と呼ばれている美女も名物の一つだったような気がしましたけど?」
「メルザヴィアの奇跡?ほぉ……」
美女という言葉にようやくサクヤが反応を示した。
「そいつは英雄王の降嫁した妹――クローディアの娘……シュタイネル公女のことだろ?公女は母親に似てたいそうな美人だってな。なんでも各国から求婚が殺到してやまないそうだ。是非、お目にかかりてぇもんだ」
そこまで聞いた途端、シェイドが噴出した。
「何がおかしいんだよ?シェイド?」
「それは全く逆の話さ。あれを『美女』と呼べるのであれば、この世に生きる他の女達は全員『美の女神』といえるぞ」 シェイドは続けた。

「シュタイネル公女ユリアーナ――少なくとも、このメルザヴィアで彼女を『奇跡の美女』だと思っているのは、本人と母親ぐらいだろ。公女の鏡は偽りを映す、とまで言われている。求婚の話など一切ない。それも母親が娘可愛さに他国まで広めた噂だ」

「じゃあ、その公女は実際、どんな顔でどんなお人柄なんですの?」
「強いていうなら、無骨な兵士が宴の席で嫌々ドレスを着せられ、晒し者にされたような顔だ。性格は、自分の容姿に対してやたら自信過剰で、最も王族に近い身分であることから、常に周囲を見下している。時には国王夫妻さえ、な」

「要するに……公女は美女どころか、醜女(しこめ)なんだな?」
「ガルシア様、せめて野太い女ぐらいに留めておいたほうがよろしいのでは?」
どっちもどっちである。
「なんだ?その女、顔も悪くて性格も悪いのか――良い所が何一つないじゃないか。それでは男も寄りつかないだろう」
サクヤが究極のとどめを刺す。
「あの……サクヤさん。公女だって女性ですから、もう少し慎んだ言い方をした方が……本人の耳に入ったら傷つくわ」
「傷つくものか。醜女本人は自分を美女だと思い込んでいるんだぞ?」
エステリアを諭すようにサクヤが言った。
「エステリア、男と付き合うことにおいて実に面白いことを教えてやろう。男が最も好む女というのは、顔が愛らしく自分よりも(デキ)の悪い女だ。
男は誇りと優越感、支配欲で成り立っているような生き物だから、奴らが心を許すのはそういった女どもだ。てっとり早く男を落としたければ、そういった素振りをすればいい。
これが顔も美しく、頭の良い女であれば……才色兼備と謳われ、もてはやされる。つまりは私のような女だ。王侯貴族などが好むのは、この手の女で、なおかつ男に従順で貞淑であれば申し分ないだろう」
確かにサクヤには才色兼備という言葉が似合っているのだが、従順というのは当てはまらない。
エステリアは苦笑した。
「では、男が最も嫌う女とはどんなものか、という話になるのだが……」
言いながら、サクヤはシエルの顔色を伺った。
シエルは、賢者が神聖なる神子に『男との付き合い方』を伝授するなどもってのほか……と言いたげな気持ちと興味が半々という表情をしていたのだが……
「是非、聞きたいですわ」
どうやら心の中で興味の方が打ち勝ったらしい。サクヤは小さく笑った。

「顔が悪くて頭のいい女だ。ただでさえ好みではない面の上に、頭が切れるから口は達者――これほど男の癇に障るものはないぞ。ユリアーナとかいうほら吹きは、一応公爵令嬢だから、教養はあるとして、その他は最悪ときた。となればこの部類に入るだろう。せめて性格がよければ、公爵家という身分があるから嫁の貰い手もあっただろうがな」
「殿方を垂らしこむため、玉の輿を狙うためには、とても役立つお話ですわね」
「シエル、お前、玉の輿を狙ってるのかよ?!」
「ご冗談を。そんな卑しい考えは持っておりませんわ。そもそも私のような暴れ馬の手綱を握れる 殿方なんていませんわよ。それに今はエステリア様のお力になれるだけで私は充分、幸せですもの」
「『今は』、か?」
サクヤが訊く。
「ええ『今は』」
シエルもにこりと笑って返す。
「ともあれエステリアとシエルの二人は、メルザヴィアの名物であるその女とは遭遇せぬよう祈っておけ。私達女三人はとにかく人の目を惹く。周囲にもてはやされているところが、公女の目に留まれば、一体どんな難癖をつけられるかわからんぞ。最悪、『麗しき公女』を差し置いて、美貌をひけらかしていた罪で投獄されては敵わん」
「一応、訂正しておくが、なにもメルザヴィアの名物は英雄王や、『醜女』といった人物だけじゃない。ここは鍛造業が盛んなことで有名だ。メルザヴィア製の武器、防具は世界一と称されている。ガルシア、お前も一度、そのバスタードソードを鍛え直してもらえばいい」
「シェイド、お前、かなりメルザヴィアに精通してるじゃないか……」
それは当然だ。シェイドはメルザヴィア人なのだから。
不思議がるガルシアを他所に、エステリアは心の中でそう呟いた。
直後―― 突然の馬が鳴き声が響き、馬車が急停止する。その反動で馬車の中に座っていた五人は態勢を崩しそうになる。
「な、なんだ?どうした?」
止まった馬車の窓から顔を出した途端、ガルシアの眼前に槍の穂先が突きつけられる。
ガルシアは硬直したまま、ちらりと横目で外の様子を伺った。
一行の馬車は既に城門まで辿り着いていることに気付く。
「お前達、何の用があってこの城まで来た?」
窓の外から、いかめしい顔立ちの兵士が槍を構えたまま、険のある声で問いかけた。
気がつけば、馬車は彼と同じく槍を持った兵士ら――つまりはメルザヴィアの門衛達から取り囲まれていた。

「おいおい、いきなりなんだよ、俺達はヴァルハルト陛下に謁見を願いに着たんだぜ?」
「貴様らのような来訪者が来るなど、我等は聞いておらぬぞ。曲者め、即刻立ち去れ」
「そう簡単に立ち去るわけにはいかねぇな、こっちは次代の神子様を連れてきているんだからよ!」
ガルシアは食い下がった。『神子』という言葉を聞いて、門衛らがざわめく。
「少なくとも『曲者』ならば、白昼堂々と馬車に乗って正面の門を叩くものか」
ガルシアと門衛のやり取りを聞いていたサクヤが失笑する。
「お前らな、預言者イシスの神託を知らねぇのかよ、その神託で選ばれた少女がここにいる。俺達はカルディアからテオドール陛下の命で、神子の洗礼の旅の途中なんだよ。このお嬢ちゃんが神子になるためには、是非ともヴァルハルト陛下にお目通りする必要があるんだ、わかったらとっとと通せ」
「し、しかし……」
門衛達はひたすらうろたえている。
「ああ〜、もう話にならねぇ、お前らの上官はいねぇのか?上官を出せ、上官を」
こんなことなら、テオドールなり、女帝レンゲなりに、事情を説明した文の一通でも認めてもらっておけばよかった――とガルシアは心底後悔した。

「そなたらの話が嘘か真か確かめたい。全員、馬車を降りてもらおうかの」
ふいに、しわがれた声が聞こえたかと思うと、門衛達が一斉に退き、道を開ける。
そこには小柄な老人が立っていた。

老人は見事な象牙色の髪に、それと同じ色をした長い髭が特徴的で、少し曲がった背骨と、右手に持った杖からして優に六十は越えているように見えた。
老人は、ゆっくりと馬車に近づくとガルシアに語りかけた。
門衛達の態度からすると、この老人が彼らの『上官』なのだろう。
「ようこそ、このメルザヴィア王国へ。旅人達よ。儂の名はボリス。今でこそ退役し後進を指導する身であるが、話を聞こう」
かつてはどんな武功を立てたかは知らないが、よりにもよって頭の固い老人を相手にやり取りをする羽目になろうとは――、さすがにここで切り結ぶわけにもいかず、一行は渋々馬車を降りた。

だが、シェイドは老人の姿を一目見るなり、
「ガルシア、ここは俺にまかせておけ。一瞬でけりをつけてやろう」
と、ガルシアの真横で囁いた。
「オメェ、まさか殺る気なんじゃないだろうな……」
ガルシアは念のため、シェイドに確認した。非情に徹しやすいこの部下は、必要ならば、なんだってやりかねないからだ。
「さて。真偽を確かめる前に、まずはそなたらの剣を預かろう。そなたらに敵意がない事をここで示せ」
「断る」
シェイドは老人――ボリスの要求を一蹴した。

「なんじゃと?どの道、そなたらが本物の神子の一行だったとしても、国王陛下に謁見する際は帯剣できんのだぞ?」
それを理由に、魔剣に手を伸ばそうとしたボリスの手をシェイドがすかさず払い除ける。
「これに触るな。命を無駄に落とす気か?せっかくここまで長生きできたんだろ?」
初対面の相手になんという口の利き方だろうか、この傍若無人な若者の前でボリスの表情は険しくなった。
シェイドは鼻で笑うと
「十二年も離れていたんだ。俺の顔がわからないのは仕方ないとして、魔剣のことまで忘れるとは、随分お前も耄碌したもんだ。そんなことで、よくメルザヴィア王家の親衛隊長を長らく務められたものだな、ノイマン卿?」
伺うように言った。
シェイドの一言を耳にした、ボリス・ヴェンツェル・ノイマンの全身に雷に打たれたような衝撃が駆け巡った。ボリスの表情が、一瞬にしてくしゃくしゃになる。
その瞳には溢れんばかりの涙を溜め、杖を放り投げると、己が両手でシェイドの手をしっかりと握り締め、
「殿下……お帰りなさいませ!」
感極まった声で叫んだ。

「は?殿下?!」
予想もしてなかったこの展開に、驚くガルシアをシェイドは一瞥すると、
「彼らは私の大事な『連れ』だ。丁重にもてなせ」
ボリスに申し付けた。
ボリスは振り返ると、傍らに控える門衛達に高らかに命じた。
「ええい!何をしておるか!皆の者!早くお通ししろ!十二年ぶりのジークハルト殿下がご帰還ぞ!それからすぐさま国王陛下と妃殿下にお知らせするのだ!」
「はっ、はっ!」
突如とした王太子の帰還に、門衛達は慌てて道を開け、整列し今更ながらに出迎えた。

「さ、さ、殿下。馬車の中にお戻り下さい。ああ、くれぐれも足下にはお気をつけくだされ。殿下に万が一、お怪我の一つでもあろうものなら、この爺、お父君であるヴァルハルト陛下に顔向けできませぬ。お一人で大丈夫ですかな?なんならこの爺も一緒に」
「いつまでも子供扱いするなよ。俺が今いくつだか知ってるか?」
シェイドは呆れたように言うと、踵を返して馬車に乗り込こんだ。
「ジ…ジーク…なんだ?」
シェイドに続いたガルシアは、未だに状況が把握できてない様子であった。
「シェイド・ジークハルト・ソレイアード・メルザヴィア。これが、(ここ)での俺の名前だが……それが何か?」
何か?――も何も、それこそが、彼が英雄王ヴァルハルトの息子で、れっきとした王太子である証ではないか。
エステリア、シエル、ガルシアら三人の表情は今にも顎が抜け落ちそうなほどだ。
唯一、平静を保っているサクヤがシェイドに話しかける。
「お前の爺とやらは、よほどお前を溺愛していると見える。馬車の外から涙ながらに手を振ってるぞ」
「あれはソニアと一緒で、俺に対しては昔から過保護なんだ。気にするな」
馬車が城門を抜けるまで、手を振り続けるボリスの姿に、シェイドがうんざりと言う。
間もなくして、城から十二年ぶりの王子の帰還を祝うファンファーレが鳴り響いた。
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