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Eternal Curse |
Story-25.神子としての使命 | |||||||
「陰と陽というのはまぁ、月と太陽、闇と光……と捉えてもらってもかまいません。この世には相反するものがありますよね。表と裏、男と女、生と負のように」
「はい」 シオンの具体的な例えには、エステリアもすぐに理解を示した。 「私の両親が眠る場所は、鬼神である父の妖力と、憑代を勤めるほど強かった母の霊力、それが折り重なって強力な封印を作り出しています……一見反発しあう力にも思えますが、全く違うもの、違う力が手を取り合い、寄り添うことによって生じる調和もあるのです。それを、頭の隅にでも置いておいて下さい」 シオンは続けた。 「この世界は神子という存在によって支えられています。貴方には憎しみを抱くことも、悲しみにくれる時間も許されてはいない。だからといって全ての闇を消滅させればいいわけというわけではありません。相手の闇を理解すること、異なるものを受け入れることも神子の役目です」 「どうして、貴方がそんなことを?」 「暁の神子から聞いた話をそのまま貴方に伝えただけですよ。話の流れが丁度よかったので。だから……神子が本来あるべき姿を知ってくださいね」 途端にエステリアの表情が曇る。 先程、あの妖魔に責められたように、自分は新たな神子として未熟であり、知らぬことが多すぎるのだ。 「あの、変な質問かもしれませんが……神子とは、一体どんな事をするのでしょうか?」 俗にいう神子とは、英雄を伴って聖戦に赴き、勝利をもってこの地に安定をもたらすと言われている。 とはいえ、それはあまりにも漠然とした話で、己がやるべき目標の道標になるとは言い難い。 次代を担う神子として、それは愚かで稚拙な質問かもしれないが、恥を忍んでエステリアは尋ねた。なぜならこのセイランはあの暁の神子サクヤを輩出した国だ。 そこに住まう人ならば、何か役立つ知識を、手がかりとなるものを知っていてもおかしくはない。 「暁の神子や英雄ヴァルハルトは、一体『聖戦』で何と戦ったのでしょうか……そして私は何と戦うのかしら?」 「――それは、既に貴方が神託で聞いているのでは?」 しかし、シオンは不思議そうな顔をして、エステリアに訊き返した。 「え?」 「貴方にしか知らされてない事や、決して他人に洩らしてはならない言葉をイシスから聞かされてはいませんか?」 エステリアは首を振った。自らに告げられた神託、そして予言ならば、カルディアで国王と謁見した際に話したものが全てだ。国王に言わせれば、それは暁の神子とヴァルハルトに下されたものと、ほとんど変わらないという。 「変ですね。暁の神子とヴァルハルトや、セレスティアとマーレ……運命の双子にしても、通常の神託とは別に、他人には口外無用の特別な神託を告げられていたそうですよ?その言葉の中に、自分が成すべき宿命を見つけるのだとか……」 「そんなこと……イシス様はなにも……」 「でしたら、私に言えるのは――もし貴方が晴れて神子となったときにまずやるべき事は、この世界にかけられた『永遠の呪い』を解くことです」 「永遠の……呪い?」 聞きなれぬその響きにエステリアが首を傾げる。 「この世界には元々、七つの大陸がありました。一つは消失していましたが……その各大陸には特殊な呪いがかけられていましてね。暁の神子は若い頃からその呪いを解き、または封じ、浄化しながら世界を巡礼していました。その事が、世界に安定をもたらすための、なによりの鍵になるそうです。ですが、かつての聖戦で暁の神子は失踪し、次の神子になるはずであったセレスティアはもういない。長らく神子が不在の時代が続きました。と同時に、暁の神子が解いたはずの呪いは――永遠の呪いは再び力を取り戻し、こうして世界の均衡を崩し始めました。これを正すのが貴方方……新たな神子の役目の一つであると思います」 「大陸にかけられた呪いと言われても、どこから当たればいいかわからないわ」 「その大陸を象徴するものが何だかご存知ですか?それは王国――王家です。王家の歴史は常に血に塗れ、何かの因縁と呪いが働いています。だからこそ悪しき力を呼び寄せてしまうのです。このセイランでもそうあったように」 「それが神子としての使命の一つだとして……私にそれができるかしら?自分の運命を受け入れることができるのかしら……」 不安げに語るエステリアに、シオンはやんわりと言った。 「そんなに自分を卑下しないで。貴方は年齢の割には充分落ち着いていますし、すぐに神子としての運命も受け入れることができるはずです。きっと大丈夫ですよ。私なんて……なかなかそれが出来ずに、十代の頃は死ぬ事しか頭になかったんですよ?」 「え?」 エステリアが顔を上げる。 「自分の父親が鬼神であることは、子供の頃から聞かされてきました。でも、絶対に認めたくなかった」 何か苦々しい事でも思い出しているのだろうか、伏し目がちに語るシオンの銀の瞳は揺れていた。 「私だって、最初は普通に人間として育っていたわけですから、だから鬼神になる前に、セイランの人々から疎まれる前に、死のうと思っていたんです。いえ、死ぬ術を探していた……と、言った方が正しいかな?鬼神ともなると、なかなか死ねないそうなので」 だが今現在、シオンは鬼神としてここに居る。 ということは、何らかの理由があって、目的を果すことができなかったのだろう。 「でも皮肉な事に、私は『人として』死んだ後、そのまま鬼に転生しました。当時の私は、いまいち身の振り方がわからなくて、色々悩むことが多かった。暁の神子の取り決めで四神と共に陛下を守らねばならない。でも、鬼達の王としても振舞わなくてはならない。その匙加減が大変でした。そういった生活を繰り返していて、時々、私が鬼神に化けているのか、それとも鬼神の私が人のふりをしているのか、どちらが私の本来あるべき姿なのか、わからなくなるときもありました。 心のどこかでは、人間の自分に対する未練があったのでしょうね。ですが、今となっては、相反する力を持ちえていることも気にならなくなりました。 私が鬼と人の間に生まれたことこそが、私がセイラン王家を護る理由になる。私が人に与するのはそれ故です。父は仕方なく暁の神子に屈したような部分もありますが、私は鬼の王であると同時に、王家に仕える薬師でもあるのですから。人としての肉体は……もう死んでいたとしても」 そしてシオンは別の一例も語った。 「オウガなんかは、半妖とは少し違いますが、四神の憑代になる前は、天狐の憑代……というか憑代もどき、だったんですよ」 「もどき?」 『天狐』という名はラゴウの口から聞いた覚えのあるエステリアであったが、シオンは一応の説明を加えた。 「天狐――というのは、千里眼を持つ狐の神獣です。その憑代がオウガの母。ですがその母親は、オウガを身篭っているときに、天狐の憑代になってしまったものだから、お腹の中にいたオウガにも力が分け与えられてしまった。そんなわけでオウガにしても天狐と、白虎の力を持ち合わせています。彼だって少し気を抜いたら、天狐特有の耳やら四つの尾やら飛び出すわけです。 さすがに二十四にもなって、今その姿を晒すのは恥ずかしいですけれどもね。子供の頃は今以上に不安定だったようで……半妖とは違って、神獣の憑代なのだから、それなりに誇りを持っていてもいいのですが……子供心にそのことでかなり悩んで陰鬱になっていたと聞きました。当初は相当な人間嫌いだったそうですよ?」 オウガといえば、四神の中でも一番気さくで明るい雰囲気の持ち主だ。現に彼と同じく底抜けに明るいガルシアとも、すぐに意気投合していた。エステリアにはそんな彼が人間嫌いであったなど、にわかに信じ難いものがあった。 「でも……こうして色々と吹っ切れてみると、自分の使命を受け入れるということは、大きな力へと変わるものだと知りました。貴方の彼はまだまだのようですが」 貴方の彼――シェイドのことについて、エステリアは恐る恐る口を開いた。 「それって、シェイドも何かの半妖だと……いうことですか?」 「いいえ。彼は正真正銘の人間ですよ。少し特殊な方ですけど。ただ、あの見事な暴走ぶりを見たところ、彼も色々と重いものを背負っているような気がします。水晶の間でもラゴウの甘言に対して、痛烈に非難していたと聞きましたし、玉座の間でもラゴウの言葉がきっかけで激昂していましたからね。だからあの後、オウガと一緒に話していたんですよ。まるで過去の私達を見ているようだ、と」 「そうですか……」 なんともいえない表情でエステリアが溜息をつく。 「貴方って本当にあの口の悪い騎士の事が好きなんですね?」 「は?どうしてそういう話になるんですか?」 「だって、貴方はあの騎士の話をするとき、表情が変わりますから」 「そんなことありません!だって、私達は出会って本当に間もないんです。好きになることなんてないわ」 「出会ってからの月日なんて関係ありませんよ?少なくとも一目惚れだった場合は」 「本当に違います。だって、シェイドはサクヤさんと……」 そこまで言いかけて、エステリアは口ごもった。 「シェイドとサクヤが、どうかしたんですか?」 「あの……見たんです。シェイドとサクヤの――その、逢瀬を。でもその後、おかしなことに、すぐに中庭でサクヤさんに出くわして……だったら、私が見たあの光景は一体なんだったんだろう、そう考えたらもう、わけがわからなくて……」 エステリアの話を聞き終えた直後、シオンが噴出した。 「あの、シオンさん?」 「ああ、すみません。可笑しかったもので。きっと貴方が見たものは、何かしらの術で作られた幻影ですよ」 「どうして、そう言いきれるんですか?」 「サクヤが好きになった人は一人だけ、愛した人もたった一人です。勿論、どちらも彼じゃありません。だからシェイドは対象外ですね。それからエステリアさん。本当に彼のことがどうでもよくて他人事だと思っているのなら、どうして貴方が動揺する必要があるんです?」 シオンは諭すような口調で言った。 「自分では意識してなくても、知らぬ間に――ってことも充分にありえますよ。そうじゃなきゃ、そのサクヤとシェイドの曰くありげな光景を見て、そこまで傷つくわけがないでしょう?」 「でも、私は神子に選ばれる前から、巫女でした。恋なんて、許されてはいません」 反論すればするほどに、ただの言い訳にしか聴こえない。それが一番悲しかった。 ただ、あの光景を見た直後、自分の中でもどうしようもない、不可解な感情が渦巻いていたのは事実だ。やはり、自分はあの騎士に好意を寄せていて、胸の内にあったあの感情はサクヤへの嫉妬というものだったのだろうか? 「『神子』と『巫女』では、根本的なものが違いますよ?それを履き違えないように」 「は?」 この話はもう終わりにしましょうね――シオンは話題を切り替えた。 「本当なら、こういうことはそれこそ『天狐』やオウガあたりの得意分野なんですが……少しだけ、貴方の未来を予言して差し上げましょうか」 「そんなことが出来るんですか?」 「ええ、鬼神には少しだけ先を見る力が備わっていますから」 シオンがエステリアを直視した。 エステリアはシオンの瞳に、あの妖魔にも似たものを感じて、つい顔を伏せてしまう。 「神子となるに当たって、貴方には数々の試練が待ち受けているでしょう。ですが、その苦難に屈して、真実を見落とさぬよう、気をつけてください」 「はい」 エステリアは小さく頷いた。 話の切りがついたところで、不意に扉を叩く音がした。 シオンはエステリアに断りを入れて立ち上がると、扉を開いた。そこには、四神の一人であるオウキが女帝を連れて立っている。 「オウキ、どうした?」 「許せ、シオン。どうしても陛下がそなたの城に行きたいと申されてな……」 よほど女帝に駄々をこねられたのか、オウキの口調には疲れが見え隠れしている。 「陛下。このような夜分に一体何事ですか?」 「王城では眠れんのじゃ」 神妙な面持ちで、女帝はぽつりと言った。 「ここがいい」 オウキの手を離れ、レンゲはシオンにしがみ付く。 「まったく……しょうがないですね。オウキ、色々とすまない」 「気にするな。では私はこれにて失礼する。陛下、お休みなさいませ」 「うん。妾をここまで送り届けてくれたことに感謝するぞ、オウキ」 オウキに礼を言うと、レンゲは部屋の中で見つけた長椅子に向かって、とぼとぼと歩き出した。 「陛下、そのようなところに行かずとも、寝床なら別室に用意いたします」 「嫌じゃ、ここが良い」 シオンが制止するも、レンゲはすでに長椅子に横たわっている。 「真実の眼をもってすれば……なんでもわかるものじゃ……色々考えておったら、眠れなくなった。でもここに着たら、眠れそうな気がしたのじゃ……」 シオンはやれやれとばかりに肩を落とした。 こうなったら、女帝が完全に眠った後、別室へ連れて行くしかない。とりあえずはここで寝かしつけることにしよう――シオンは女帝に寄り添った。 「のう、シオン」 「はい?」 何気なく答えたシオンに、女帝がか細い声で語りかける。 「妾も大きくなったら…… 外套を毛布代わりに女帝にかけようとしたシオンの手が止まる。 耳を疑い、思わずレンゲの顔を凝視した。 「おやすみなさい」 レンゲはそう言うと、うっすら微笑んで、どこか安心したように眠りに落ちていく。 シオンは居た堪れぬ思いで、固く結んでいた口元を緩め、レンゲの耳元で囁いた。 「おやすみ、私の と。 |
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