Back * Top * Next
Eternal Curse

Story-23.困惑
「なんだよ!今の音は?!」
玉座の間まで響いた音と振動に、ガルシアを始めオウガとコハクが中庭に駆けつける。
巻き起こった土煙と、舞い散る粉塵によって遮られた視界をサクヤは風を操り取り払う。
「おい!賢者様!こりゃ一体どういうことだ?!」
「女同士の些細な喧嘩だ、気にするな」
「ねぇサクヤ。気にするなって言われても、王城の一部を崩壊させるほどの『喧嘩』が『些細』って言えるわけ?」
呆れるコハクに、サクヤは髪や服についた塵を払い落としながら、顎で上空を指した。
「説明するのは面倒臭い。とりあえず上を見てみろ」
ガルシアや四神達二人が、サクヤに促された方向を一斉に見る。
「これはこれは。ガルシア将軍。いつもながら見事な働き、他国においてのこの功績に、陛下もご満足なされていますよ?」
リリスは恭しくガルシアに向かって会釈した。
「誰だ?テメェは」
「申し遅れましたわね。私はリリス。カルディア国王テオドール陛下直属の預言者でございます。以後、お見知りおきを」

リリス――その名前を耳にした途端、ガルシアの表情が一変する。
「陛下を誑かしているともっぱら噂の魔女がてめぇか……」
吐き捨てるように言いながら、ガルシアはリリスを睨みつけた。
カルディア王国でのリリスは、重臣達の中でもきわめて評判が悪い。
国王直属の部下である彼女への非難、または不満を口にすることは、固く禁じられてはいるが、彼女を召抱えるようになってからというものの、テオドールは変わったと陰で囁かれている。
元より歴戦の猛者として名を馳せていた国王であったが、近頃の神子に対する異常な執着と、日に日に強くなる他国への侵略願望は、この預言者が国王の野心を煽っているとしか考えられないのだ。
勿論ガルシアも、そう思っている人間の一人であった。
思い起こせば、国家の君主が寵臣一人に踊らされるというカルディアの状況は、このセイランで起こったラゴウの一件にも似ている。子供心を利用したラゴウに比べ、大の大人を操るリリスの方が充分に性質は悪いのだが。

リリスは彼らが旅立つ直前、シェイドこそが神子に寄り添うべき『英雄』となる人物であると、予言を下したという。エステリアに神託を下した預言者イシスに比べ、
リリスの予言は信憑性に欠ける――ガルシアは内心、失笑していたのだが、あろうことか国王は自分とシエルをエステリアの旅の供にすると切り出した。
おそらくはこれもリリスの口添えなのだろう。だからこそこの旅の裏には、『エステリアを神子にする』というだけでは終わらぬ『何か』があるように思えてならない。
国王の――いや、この預言者の真の目的は一体何か?ガルシアが口を開きかけた時、
「おい。お前、離れてろ」
サクヤが低い声で言った。
「なんでだよ?」
「離れないと、焼け焦げるぞ?」
その直後、突如として黒い雷が地面を打つ。
「あら。どういう偶然なのかしら?闇の国の皇子様までお出ましだなんて」
リリスよりも更なる高みに身を浮かせ、美しき妖魔は一同を見下ろしている。
「あの野郎は……オルフェレス?!」
身構えるガルシアをサクヤが制止する。
「無駄に動くな。じっとしておけ。あいつは自分に危害を与える連中のみ攻撃する」
まるでそれを証明するかのように、妖魔は手をかざした。
先程と同じ黒い雷が、威嚇するようにリリスの周囲に降り注ぐ。
「へぇ……あれが永久なる闇の支配者か……僕、初めて見たよ」
「ああ。ありゃ姐さんに負けず劣らずの別嬪さんだな」
四神の二人は、地を打つ雷の音に両耳を塞ぎつつも、悠長に感想を述べている。
「奴は指先一つで雷すら自在に操る。あんなものと戦って、お前に勝ち目はあるか?」
勿論、敵うはずもない――サクヤの一言にガルシアは唇を噛みしめた。
「ねぇ、闇の国の皇子様?貴方はどうしてこの国に現れたのかしら?どうして私を目の敵にしているの?貴方に敵意を抱いているのは、私よりもガルシア将軍の方なのに」
妖魔はガルシアをちらりと見ると、すぐにリリスに視線を戻した。
「私はお前が邪魔なだけだ」
「貴方の目的は――あの娘よね?」
リリスの杖の先が、あらぬ方向を指す。
そこには今しがたここに辿り着いたエステリアが居た。
「お嬢ちゃん!」
「……何が起こっているの?」
とりあえず、この状況が危険極まりないことであるのはわかるのだが、事の内容が把握できずにいたエステリアがガルシアに訊く。
だが……
「サクヤ……?」
ガルシアの隣にサクヤの姿を見つけた途端、エステリアの表情がひどく困惑した。
何故彼女がここに居るのだろう?サクヤならば先程の部屋でシェイドと――あれは見間違いだったのだろうか?ますます戸惑うばかりのエステリアの心を読んだかのように
「シェイドなら、魔剣の毒気を抜くためにソウリュウに引き渡したぞ」
サクヤがぶっきらぼうに答えた。
「やっと現れたわね、次代の神子様」
エステリアの登場を待ちかねたようにリリスが言った。
「ねぇ、闇の国の皇子様、私がここにいる連中もろとも、あの娘を消すと言ったら……貴方は一体、どんな顔をするのかしら?」
オルフェレスの金の瞳が微かに揺らぐ。リリスをひと睨みすると、その視線はエステリアを辿り、中庭の片隅につきたてられた魔剣を捉えた。
直後、リリスが動く。
「さっきの『お返し』よ、皇子様」
リリスの杖に埋め込まれた宝玉が妖しく輝き、電光を収束したかと思うと、一斉に放つ。
無数の光の矢が、雨のように降り注ぐ。
妖魔は即座に地面に突き刺さった魔剣の前に舞い降りると、無造作に剣を引き抜き、空を切り裂いた。その一閃が黒い鎌鼬となってリリスを襲う。
それはシェイドがラゴウと戦う際に見せた衝撃波などとは比べ物にならぬ威力であった。
黒い鎌鼬はリリスの術と競り合い、弾き返してもなお、その力は衰えることなく次は術者を狙い、リリスの身体に直撃した。
だが、鎌鼬はリリスの身体を傷つけることなくすり抜けると、そのまま城壁に当たり、深い爪痕を残す。
「奴はただの傀儡……あるいは幻影か」
妖魔はリリスを見上げ、役に立たぬものを捨てるかのように魔剣を再び、地面に突き立てる。
「馬鹿な!それはあいつにしか使えない代物だろ?!なんでテメェが使えるんだよ!」
ナイトメアは使い手を選ぶ魔剣である。そぐわぬ人間が――現在の所有者であるシェイド以外が触れようものならば、ただちにその者の命を吸い尽くしてしまうはずだ。

「『私』だからこそ使えるのは当然だ」
妖魔の一言は全てを物語っていた。彼は闇を統べる王でもある。
ならばその眷属たる魔剣の力を操ることさえ造作もない、ということか。その事実に驚愕するガルシアとは打って変わり、サクヤが薄く微笑む。
「まったく……どいつもこいつも、派手に王城を壊してくれる」
「姐さん、あんたが言っちゃ終わりだろ?」
「そうだよ、この庭の片付けと修理、一体誰がするわけ?それから城の人達にはなんて説明するんだよ?」
「そんなもの、全部ラゴウに擦り付けておけばいいだろうが。セイランを八割がた乱したのは全て奴だ。玉座の間の汚損も、中庭の倒壊の罪もついでに背負ってもらえ」
賢者のあまりにもいい加減な答えに、四神の二人はげんなりしている。

「やっぱり、貴方はその女の方が大事なのね」
リリスはエステリアを見ながら、つまらなそうな口調で妖魔に言った。
「まぁ、いいわ。今日は引き上げてあげる。また会いましょうね。皇子様……」
話を終えるよりも前にリリスの身体は闇の中に溶け込んでいく。
気配が消え、そこには何事もなかったかのような空間だけが残った。
妖魔は軽く肩を落とすと、エステリアの方に向き直った。
それを護るようにガルシアが剣を構える。

「止めておけ。無駄死にしたいのか?あいつはお前を殺す気はさらさらないんだぞ?」
サクヤが嗜めるも、ガルシアは首を縦に振る事はなかった。
「そっちに殺す気はなくても、俺には奴を倒す動機があるんだよ。俺がガキの頃、お前は圧倒的な強さを見せ付けて、俺に言ったよな?『私を倒したければもっと強くなれ、いつでも相手をしてやる』ってな。あの日以来、俺はお前を倒すことだけを夢見てきた。いや、絶対に倒さなきゃならなくなった。テメェが、ミレーユを殺したからだ!」
妖魔は怪訝そうに眉をひそめる。
「お前に興味はない」
妖魔はガルシアの元へ瞬時に詰め寄ると、その肩に軽く手を置いた。
「テメェ、舐めてんのか?!」
顔を紅潮させ、剣を振り下ろそうとするガルシアの両手が強張る。
「なっ?!」
「しばらくおとなしくしていてもらうおうか。心配するな。じきに治る」
言いながらオルフェレスはガルシアの横を通り過ぎ、エステリアの前に歩み寄った。
ガルシアは突然固まった両手を元に戻そうと、何度ももがいた。
「少しは頭を冷やせ。さっきから言ってるだろう?無駄な抵抗はするな、と。お前は命拾いをしたんだぞ?ありがたく思え」
サクヤが冷ややかに言う。
「あんたはあの妖魔に対して、なんとも思わねぇのか?!」
「奴がこのセイランを滅ぼそうというのならば、私もそこらの四神二人を率いて全力で応戦しよう。だが、奴は興味あるのは神子だけのようだ。私には何も問題ない」
「いや、問題なくはねぇだろ!お嬢ちゃんを護れ!」
「護るもなにも――あいつはとっくにエステリアの前まで来ている。私が入る隙などないな。あいつが煩わしいと思うのなら、神子が自分の力で追い払うだろうよ」
他人事のように話すサクヤを他所に、妖魔はエステリアに静かに語りかけた。

「その様子だと、未だに何も知らぬようだな」
失意にも似た瞳で、妖魔がエステリアを見つめた。
「何のことを言っているの?」
その瞳の美しさに、エステリアはまた魅入られてしまう。
「――お前、本当に神子なのか?」
妖魔の手が、何も答えることができないエステリアの顎を持ち上げ、その顔を覗き込む
「それとも、ただ忘れているだけなのか?」
溜息と共に、軽く押し付けられた妖魔の冷たい唇に、エステリアは目を見開いた。
「はぁ?!」
硬直するエステリアの傍らでガルシアが叫ぶ。
「ほぉ……追い払うどころか、あっさり受け入れてしまったようだな」
呆れているのか、それとも面白がっているのかわからない声でサクヤが言った。
「覚悟しておけ、次に会ったときは――確実にお前を私のものにする」
それだけを言い残すと、妖魔は黒い翼を広げ、リリスと同じように跡形もなくその場から姿を消した。
エステリアは妖魔が去ったことすら気にも止めずに、呆然と自らの唇を指でなぞっている。
「お……お嬢ちゃん?」
気遣うようにガルシアが尋ねる。勿論、両腕は未だに固まったままだ。
「さて、私はソウリュウのところに行って、シェイドの様子を見てくるが――ガルシア、お前もついて来るか?その腕、少し早めに治してもらえるかもしれんぞ?」
話をはぐらかすように、サクヤがガルシアを誘う。
「お、おう……」
頷くガルシアはどこかぎこちない。その腫れ物に触るような態度が、ますますエステリアの気分を沈めていく。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい。ちょっと……しばらく、一人にして」
エステリアは手短に話すと、足早に中庭を去った。



早くこの場から遠ざかりたい、離れたい。
だからといって行く当てがあるわけでもなく、それ以前の問題で、エステリア達は王城から出ることを許されてはいない。 エステリアは深い溜息をついた。

もう、なにがどうなっているのかわからない……。
つい先程は、シェイドとサクヤの逢引を目の当たりにした。
あの二人の顔を見間違えるはずがない。
第一、この城には、自分達とサクヤ、四神そして鬼神と女帝しかいないのだから。
それにも関わらず、サクヤは何食わぬ顔でこの中庭にいた。
シェイドもソウリュウの元に身を寄せているという。
ではあの時、この眼に映った光景は、なんだったのだろう? 幻覚だったのだろうか?
そして妖魔は一体、自分に何を求めているのだろう?
未だに何も知らない事とは?忘れているだけとはどういう意味だろう?

この胸に渦巻く不可解な感情と疑念を相談できる相手もおらず、エステリアは途方に暮れた。
こんなとき、シエルが傍にいてくれたら……エステリアは今頃、湯浴みか寝床の準備をしているであろう侍女の姿を思い浮かべた。

「おや、どうしたんです?そんな顔をして」
その声に、エステリアは我に返る。
一体、中庭からどういった道順を辿って、こんなところまで来てしまったのか、今のエステリアには考える余地もなかった。
ただ自らの『城』へと繋がる『扉』の前で、微笑んだ鬼神――シオンにエステリアは救いと答えを求めるように駆け寄ると、ほとんど無意識のうちにその胸に飛び込んでいた。
Back * Top * Next