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Eternal Curse

Story-21.決着……そして
「そなたは何ゆえ、そこまでむきになる?」
血肉を吸わせた魔剣を引きずりながら前に出たシェイドに、ラゴウは首を傾げながら尋ねた。
「気に入らないだけだ。お前のように人の心に付け入っては甘言で惑わし弄ぶ連中がな」
「ならば何ゆえ、その女の腹を割いた?」
「何度も言わせるな。化け物の子なんぞ生まれないほうが幸せというものだ」
「なるほど、そういうことか……」
ラゴウは妙に納得した面持ちで言った。
「見えるぞ。そなたの心の内に蠢く、悪しき闇が。そなたの魔剣はそなたの心に正直だからのう」
今まで以上の瘴気を放つ魔剣を見ながら、ラゴウが眼を細める。

「さてはそなたの母親も、辱めを受けてそなたを成したのであろう?親に『望まれぬ子』であったがゆえに、こうも腹を立てておるわけか?なんとも哀れな――」
ラゴウの言葉が途切れる。
「黙れ」
シェイドの魔剣は大きく広げられたラゴウの口内に刺さり、後頭部までを貫いている。

「ぐっ……がっ……あっ……」
ラゴウの声にならぬ呻きを聞いた後、シェイドは魔剣を引き抜き、残った腕と脚を切り裂く。
取り出された念珠を叩き割ってもなお、シェイドの攻撃が止まることはなかった。
この魔剣の『飢え』を満たすため……そして心の中に土足で踏み込んできたラゴウに求める代償は大きい。
何度も貫き、切り裂き、抉り、眼も鼻も、臓腑も肺腑も形あるものは全て潰し、削ぎ落とし、引きずり出す。相手がただの肉の塊と化すまで決して許しはしない。
体内に取り込んだ念珠を次々と壊されたラゴウが、潰された蛙のような声をあげ、悶え苦しむ。
目の前に広がる肉片と血と、消えゆく魂……そして恐怖。最高の糧を得た魔剣は、悦びに震え何度も脈打つ。その魔剣から伝わる感情が着々とシェイドの腕と心を蝕んでいく。
黒曜石の瞳に再び赤い妖光が灯る。

「いい加減にしねぇか!シェイド!」
見かねて飛び出したガルシアの声も虚しく、シェイドが魔剣を振り下ろす。
ラゴウの首が胴から離れた刹那……


――この人……貴方が殺したの?

目の前に咲いた赤い血の花の中に、今は亡き人の幻が映った。


――貴方は何?……一体何なの?

カナリア色の髪を持つ、かつての恋人はシェイドに怯えながら一歩、一歩後ずさりをする。

――嘘つき。

ただ一言だけを残し、幻は消え去る。

「ミレーユ……」
ガルシアに羽交い絞めにされ、我に返ったシェイドが小さく呟いた。

「お……の……れっ……」
首を切り離されたラゴウが渾身の力をもって、自らの牙を放った。
反応の遅れたシェイドとガルシアをサクヤが突き飛ばし、ラゴウの首に向けて錫杖を投げた。
錫杖はラゴウの眉間を捉え、そこに隠されていた最後の念珠を貫いた。

「女の名前を呟く暇があったら、さっさと止めを刺せ……この馬鹿」
苦痛に顔を歪め、サクヤが毒吐いた。
その腹には、ラゴウの牙が深々と刺さっている。

「暁の……神子と同じ名を冠する……というだけで、調……子に……乗りおって……」
それがラゴウの最期の言葉となった。
「そう僻むな。これは……元々私の名だ。貴様にとやかく言われる筋合いは……ない」
サクヤはラゴウの牙を引き抜くと、その場に崩れ落ちた。

「サクヤ!」
ラゴウが絶命したと同時に、鬼神の手を離れた女帝がサクヤに駆け寄る。
「サクヤ、大丈夫か?傷は痛むか?」
「ご心配には及びませぬ、陛下。こんなものはかすり傷です。急所は外しております」
そうは言ったものの、サクヤの帯にはべっとりと血が滲んでいる。
蒼白になった女帝を宥めるようにサクヤは言った。
「良いですか、陛下。ただの美人なれば、薄命と言われても仕方はありませぬが、『私ほどの者』となれば、話は別。『絶世の美女』とは、不死身というのが相場なのです。これは是非、覚えておくと良いでしょう」

「賢者様……冗談を言うときは、時と場合を考えた方がよろしいですわよ?」
シエルの口調は呆れ果てていた。
その間にもエステリアが歩み寄り、霊術によってサクヤの治療にあたる。
「冗談ではない。絶世の美女が不死身なのは本当だ。なんせ後世で語り継がれ、いずれは伝説となるんだからな」

そこまで反論すると、サクヤは真顔になり、改めて女帝に向き直った。
「陛下、鬼神は敵ではありませぬ。私をはじめ、四神と同じく、貴方をお護りする者です。
無論、ラゴウが仄めかしていた黄泉の国の女王も、また同じ。いずれは辿り着くあの世にて、我らを出迎え慰める存在です。お父君の件に関してもそうです。父君は卑しき者にあらず。そして母君もラゴウが申したような女ではありませぬ。陛下の真実の目を持ってみれば、いずれは見極められましょう」

「あいわかった……。サクヤが言わんとしておること……妾にも……わかったような気がする」
レンゲは鬼神をじっと見つめた。
ラゴウの刷り込みによって、これまで散々毛嫌いし、暴言も吐いた。
護って貰っているにも関わらず、たくさん傷つけたのだ。今更侘びを入れたところで、許してくれるはずもない。
それでもレンゲは、か細い声で、精一杯、感謝の意を述べた。

「鬼神よ……その……色々とすまなかったの。そなたのお陰で……助かった。礼を言う」
鬼神は何も言わず、女帝に一礼すると踵を返した。

静かに去り行く後姿を見つめながら、レンゲは決意したように拳を握り締めた。
先程から鬼神について、気がかりなことがある。
なんとか引き止めなくては……確かめなければ……

「待て!」
声を振り絞ったレンゲの呼び止めに、鬼神が立ち止まる。
「えっと……その」
話をどう切り出してよいかわからず、口ごもるレンゲは、シェイドに助けを求めた。

「おい、そこの男女!」
「なんだ?チビ」
ガルシアに制止された後も呆然としていたシェイドが、すかさず返す。

「おめぇ、大人気ねぇなぁ〜」
「クソガキ呼ばわりされないだけでも、ありがたいと思ってもらおうか」
いつもと変らぬシェイドの口調に、ガルシアは内心ほっとした。

「そなた教えろ!こういうとき、その……どう言えばいいのじゃ?!」
「お前は仮にも女帝だろ?こういうときこそ王の権力を振りかざさなくてどうする?何でも白状してほしいなら、とりあえず命令しろ」
「おお!そうじゃった!そうじゃった!鬼神よ、近う寄れ」
鬼神は振り返ると、女帝の前まで歩み出た。

「ずっと……思い出せなんだ。じゃが、そなたの香り……妾は知っておる。そなたからは……とても懐かしい匂いがするのじゃ……」
声を震わせ、レンゲは言った。

「えっと……その……そなたに命ずる。その面を取って妾に顔を見せよ」
その言葉に、鬼神の口元が微かに戦慄く。

「――わかりました」
鬼神はそれだけ言うと、周囲が見守る中、命じられるがままに右手で面を押さえ、左手で後ろの紐を解く。その動作の一つ一つをレンゲは緊張の面持ちで見つめていた。

外した面を両手に持ち、鬼神がゆっくりと顔を上げる。
「これで、ご満足いただけましたか?女帝陛下」
これまでの鬼神とは異なり、懐かしい声と共に面の下から現れたのは――髪や瞳の色が違うものの、女帝が最も慕う――あの薬師の顔だった。


「嘘だろ?!あの優男が鬼神?!」
ガルシアが頓狂な声を上げる。
鬼神ことシオンは少し苦笑いすると、女帝の前に跪いた。

「まずは陛下、長年、お側に御仕えしておきながら、陛下を謀っておりました非礼、どうかお許し下さい。私が四神に連なり、黄泉への門を護る鬼神でございます」

改めて、鬼の王として身の証を立てるシオンが、ひどく他人行儀に思えて、レンゲの顔はくしゃくしゃになる。

「四年前……そなたが妾に言ったこと……覚えておるか?」
レンゲは母が身罷った日のことを思い出していた。
「はい」
「『どうか恐れないで』――母上を無くして城を彷徨っていた妾に、そなたはそう言った。妾はずっとそのことが腑に落ちなくてのう。じゃが、ようやく合点が言った。あの時……妾を慰めてくれたのは――紛れもない……薬師ではなく『鬼神』であるそなたであったの」

青白い炎の中で鬼神に抱きしめられたとき、レンゲの脳裏に蘇ったのはそのときの記憶だった。
思い起こせば、あの時の彼の頭には、確かに角があったはずだ。
思わず医師だと思った白い衣は鬼神の装束。だがレンゲの記憶には彼の美しい瞳と香りだけが印象的に残っていた。
いや、鬼への嫌悪からその記憶を封じてしまったといった方が正しい。
「先帝を亡くされ、幼い貴方は悲しみのあまりに、もう少しで我が城に踏み入れようとされていました。間違っても貴方が私の城に入り、同胞らに食われることがあってはならない――私は慌てて表に立って、貴方を止めました。私は当時、先帝の薬師として王城に出入りしていましたから、最後まで素顔で出るか、この面をつけるかどうか迷いましたが――幸い、子供の貴方は、私が薬師であることはわかっていても、鬼神であることなど覚えていなかった」

レンゲは恥ずかしさのあまり、少し赤くなった。
「貴方に弓引くものを滅することこそ、我が役目。それは先帝と交わした約束でもあります。ですが、ご覧の通り、私は鬼の王でもあります。貴方が私を恐れるならば、私はここから去りましょう。そして影ながら、御身をお守りいたしましょう」

「去る?妾の元から……?」
レンゲの表情が強張る。
「はい。元より時が来れば……私は、貴方様の下を去る予定でした。それが遅いか早いかだけの話です」
シオンは続けた。
「人間と違って、私の時は緩やかに流れています。例え十年経ったとしても、私の姿はほとんど変わることはないでしょう。それゆえ……私が貴方の薬師として、お仕えできる時間は……限られているのです」
寂しげに俯くシオンに対し、レンゲは肩を震わせながら怒鳴った。
「この馬鹿!勝手なことばかり申すな!そなたが妾の下を去ったなら、妾が熱を出したとき一体誰が薬を処方するのじゃ?!誰が看病するのじゃ!」
一呼吸でそこまで言い切ると、恐る恐る手を伸ばし、レンゲはシオンの頭部に触れた。
軽く角を握るとそのまま頬までなぞる。
「目の色が薄くなっておる、妾よりも美しかった紫の瞳が……勿体ないのう、そなた得意の薬で治せんのか?」
薬師の紫暗の瞳が銀色の光を湛え、今や獣じみた輝きを放っていることに幼い女帝は嘆いた。
「まぁ、よい。それはそれで美しい。まるで夜の湖に映ったお月様のようじゃ」
「陛下は、とても勇ましい方にございます。私を恐れることなく触れてくれるのですから」

「なぜ恐れねばならぬ?鬼神といえども、シオンに角が生えておるだけであろう?ならばなにも臆することはないではないか!そうじゃ!妾は全然怖く――ないぞ!」
涙目で言うところは、ほとんど強がりである。
「でしたら、明日より一日三回、解毒の薬を飲んでもらいますからね」
「う……嫌じゃ」
レンゲの顔が引きつる。
「嫌じゃ……ではありません。貴方はずっとラゴウの妖しげな薬を飲まされていたんですよ?まだ毒は身体に溜まっているかもしれません。絶対に飲んでもらいます」
そこまで脅して、シオンは笑った。
レンゲはぽろぽろと大粒の涙を流し、シオンに抱きつき、顔を埋めた。
「貴方は私の護るべき宝です。そして――私が生きる意味でもあります」
シオンが軽く女帝の頭を撫でる。

「単純だなぁ……おい。安心した途端に鬼神に対して態度急変かよ」
「子供はもともとそういうものですわ」
ガルシアとシエルの会話を聞き、サクヤが鼻で笑った。
「とりあえず……一件落着だ。オウガやコハクと合流して、残りの兵隊を全部締め出すぞ」
エステリアの術が効いたおかげか、傷の癒えたサクヤは何事もなかったかのように立ち上がる。
「仮に今日、全部連中を一掃したとして……王城を開放できるのは、ニ、三日後だな」
さっさと行くぞ――サクヤに促され、女帝とシオン以外が渋々後に続く。
「おい!そこの血塗れの男女!」
「今度は何だ?臨機応変なチビ」
シェイドが振り向く。
「そなたは一体、何者じゃ?この妾を前にして、そのでかい態度……常人の神経からして考えられぬ」
「ただの血塗れの男女だ。それから、態度のでかさなら、俺よりもその賢者の方が一枚も二枚も上手だぞ?」
あまり納得できないシェイドの返事に、レンゲは眉間に皺を寄せる。
サクヤは笑いをかみ殺しながら、澄ました顔でその場を後にした。
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