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Eternal Curse

Story-20.暴走
四対一とはいえ、妖の力を解放したラゴウには思わぬ苦戦を強いられた。
ガルシアがラゴウの脚を、シェイドが右腕を切り伏せるも、念珠を体内に取り入れたせいもあってか、ラゴウの回復力の速さは尋常ではなく、また尽きる事もなかった。
「ったく、しつけぇ野郎だな!剣を振り下ろすこっちの肩がいかれちまうぞ!」
ガルシアが飛んでくる爪を叩き落しながら、うんざりと言った。
「体力馬鹿のお前が弱音なんて、似合わないな」
「こら!シェイド、テメェ上官に向かって馬鹿とはなんだ?!馬鹿とは!」
ガルシアは仏頂面で言い返してはみたものの、肝心なシェイドの姿はそこになく、すでにラゴウの元へと駆け出している。
「奴の身体中に散らばった念珠を我らが抉り出す。お前が壊せ。そうすれば、もう回復ができなくなるはずだ。」
鬼神はそれだけ言うと、白い外套を翻し、まさに疾風の如くシェイドの後に続く。
「おお!なかなか賢いじゃねぇか!鬼神の兄ちゃん」
「愚問だな。奴も伊達に闘神をやっているわけではないんだぞ?」
サクヤが肩をすくめた。
「でもなぁ……猪野郎の身体から念珠を抉るって言ってもよ、そう簡単に隠し場所がわかるのかよ?」
「鬼は人の魂を食らう。鬼神はそれを自粛しているが……魂の『匂い』には敏感だ。そしてお前の不肖の部下が持っている魔剣もまた、空腹に飢えて発狂寸前ときている」
つまりサクヤは、『人の魂』を閉じ込めた念珠を探り当てるには、鬼神とシェイドが適任であると言いたいのだ。
「私達はあいつらが取り出した念珠を奴が回収するまえに、確実に叩き壊す!いいな!」
「お……おう!」
凄みをきかせるサクヤに思わず気圧されそうになったガルシアは、
「まったく……シェイドの野郎といい、この姐ちゃんやシエルといい……コハクのクソガキといい――なんで世の中変な年下ばっかりなんだよ……」
ぼやきながら天を仰いだ。

玉座の間の倒壊を危惧してか、シェイドの放った魔剣の衝撃波は軽いものであった。
それでも少しの間、ラゴウの動きを止めるには充分過ぎると言っていい。
怯んだ隙を狙い、鬼神がラゴウの腕を肘から切り落とす。
さらにそれをシェイドが切り裂き、露わになった念珠をガルシアが叩き潰す。
しかし、『真の意味で』片腕を失っても、ラゴウは攻撃をやめることはない。
ほとんど妖の女王への忠誠心によって、突き動かされていると言っていい。
闘争本能に身を委ね、休むことなく爪を飛ばし、咆哮による振動がシェイドらを襲う。
一同が散る中、鬼神はそれを掻い潜り、ラゴウの懐に飛び込むと、脇腹と膝から念珠を抉り出した。 一度に二つの念珠を奪われ、ラゴウはその場に崩れ落ちる。

「よっしゃ!もう少しだな!」
血塗れの念珠を立ち割り、ガルシアが声を弾ませる。
「女帝がさっさと目を覚ましてくれれば、ここまでてこずらずに済んだはずだ」
シェイドの言葉に、レンゲが微かに反応する。
その間にもラゴウはゆっくりと上体を起こし、血走った眼を見開き、息も絶え絶えに女帝に問いかけた。

「幼き女帝よ、何ゆえ、サクヤがそなたに父親の正体を明かさぬか、そして会わせぬ理由を考えたことはあるか?」

「それは……妾がおのずと悟るべき事だからであろう?」
ラゴウは女帝の返答を聞くや、
「随分とおめでたい奴よのう……」
醜悪な顔を大きく歪め、嘲笑した。
「フン!お前の母親は、どうせ素性も卑しき男の子でも身篭ったのであろうよ!それとも、王族の特権を使って売女の如く男を漁り、母であるにも関わらず、腹の子の父親が、何処の誰かもわからなくなっておったのではないのか?だからこそお前の近臣である四神もサクヤもひたすら、父親のことを隠そうとするのだ!」

レンゲの表情が一瞬にして凍りつく。 ラゴウはそれを楽しむかのように、続けた。
「どの道、お前の父親は、この女にとってよほど都合の悪い男だったと見える。娘の前に堂々と姿も現せぬのだからな……いや、そもそも『どこかで生きている』という言葉すら怪しいとは思わぬか?」

「……そうなのか?」
弱々しい声でレンゲが訊いた。
「陛下!奴の言葉を真に受けてはなりませぬ」
サクヤは毅然と言い放つ。

「妾の父君は……そなたらが口に出来ぬほど……卑しき者であったのか……?だから隠し通そうとしておるのか?」

「…………」
「フン……さすがの女狐も、答えに行き詰ったか……女帝よ、そなたの父は四神やこの女がすでに亡き者としておるのではないか?そして己が立場の危ういことを尻目に、綺麗事を言って、そなたの心を上手く誤魔化しておるのよ!」
ラゴウの更なる追い討ちに、レンゲは瞳に大粒の涙を浮かべ、突きつけられたものを全て否定するかのように、何度も、何度も頭を振った。

「い……や……」
呼吸は乱れ、脈打つ心臓は今にも張り裂けそうなほどに苦しい。身体の震えが止らず、怒りとも悲しみともつかない――そんな感情が沸々と込み上げる。
そして粉々に砕かれた心は、今まで味わったことのあるどんな傷よりも、病よりも息苦しく――痛かった。

女帝の周囲に陽炎のようなものが揺らめく。
「いかん!」
異変にいち早く気付いたサクヤが叫ぶ。
「陛下!なりません!」

「もう嫌じゃ!妾には、何が正しいのか、誰の言葉を信じていいのか……もう……わからぬ!」
悲痛な声と共に、女帝の身体から青白い炎が発せられた。
「エステリア様!離れて」
即座にシエルが女帝の傍から、エステリアを引き離す。

「おい、女帝は魔術の心得でもあるのか?」
シェイドが眉をひそめ、サクヤを見た。
女帝の身体に纏わりついた青い炎が只ならぬものであることぐらい、誰にでも察しはついた。
「ほう……女帝にかような能力があったとは――なかなか面白いものを見せてくれるのう。サクヤ、お前は女帝に、なにやら後ろめたい秘密ばかりを隠しているようじゃの?」
サクヤは舌打ちをすると、唇を噛みしめた。
「陛下、心を乱してはなりませぬ!」

「うるさい!何も聞きたくない!大事なことは……何一つ……誰一人として教えてはくれぬ。妾だけ……いつものけ者じゃ」
感情の高ぶりと同時に炎の勢いが増す。
「いやっ……熱い!なんじゃ……この炎は……」
急速に燃え広がる炎は、レンゲをも巻き込んでいく。
鬼神は迷わず炎の中に飛び込み、その中でもがく小さな女帝を抱きしめた。
「止めろ!一緒に焼け死ぬ気か!」
ガルシアが制止する。
鬼神の白い外套が、甲冑が瞬く間に炎に包まれる。
「もう妾には構うな!これでよい!これで……妾も、母上のところに逝ける……」
泣きじゃくり、腕の中で抗うレンゲを鬼神がさらにきつく抱きしめる。
鬼神の装束は焼け焦げることはなく、炎を退けようと淡い光を放つ。
「やめておけ……妾なんぞ……護る価値もない……死んだ方がいいのじゃ……新しい帝が立てば、そなたも楽になるぞ?嬉かろう?」
鬼神は頭を振ると、レンゲの耳元で囁いた。
「大丈夫。サクヤは貴方を騙してはいない」
宥める鬼神からはとても懐かしい香りがした。
「もう寂しくないから、泣き止みなさい」
その心地よい香りに、レンゲの中でいつかの記憶が呼び起こされる。
自分はこの言葉を、これにも似た瞬間を覚えている。
ずっと前からこの者を知っているような気がする。

「信じて……良いのか?」
レンゲは呆然と鬼神を見つめた。鬼神が微かに頷く。
その心が落ち着きを取り戻すと共に、青白い炎が次第に収まっていく。


「なんだったんだよ、あの青い炎は……あんなもん見たことねぇ」
一部始終を見守っていたガルシアが固唾を飲んだ。
「あの炎は、陛下と鬼神にしか収めることはできぬ。なんとか事なきを得たか……」
サクヤが胸を撫で下ろした。
「フン……鬼といえども、哀れな人間の幼子には情が移ったか……。まぁよい。そやつは我らが女王へ捧げる大事な器。焼け死なせずにいてくれたことは、感謝するぞ……」

「そんな満身創痍の身体で大口を叩くな」
シェイドが魔剣を掲げ、突進した。
すると生き残った侍女達が、飛び掛り、シェイドの行く手を阻む。
「ラゴウ様を傷つける者は許さない」
「ラゴウ様を信じぬ者の心は永劫の闇に囚われるのです!心を改めるのです!」
狂気に満ちた女達の爪が、取り押さえたシェイドの腕に深く食い込む。
「邪魔だ。どけ」
剣の柄を使い、力任せに侍女を振りほどこうとしたシェイドの眼に、侍女の大きく膨れた腹が映る。侍女がラゴウの子を身篭っているのは一目瞭然だった。
表情を険しくしたシェイドとは対照的に、身篭った侍女は恍惚と言う。

「この子は、ラゴウ様の力で神より預かりし光の子です!きっとこの世を楽園へと導くでしょう」

「馬鹿を言うな。その中に宿っているのは、ただの半妖だ」

半妖とは、人間と魔族、または妖魔との間に生まれた混血児のことだ。
彼らは人の世においても、魔物の世界においても常に迫害の対象にある。
人間は彼らの異様な姿と力を恐れ、魔物は劣悪な人間の血が混じる彼らを『出来損ない』と蔑む。
生まれてきたことが苦悩であるこの混血児達に、明るい未来など、ほとんど無いと言ってもいい。

「お前には、今のラゴウの醜い姿が見えていないのか?お前は存在そのものが罪である子を、知らずのうちに孕まされたんだぞ?何が楽しいんだ?」
女は半狂乱なって叫んだ。
「ラゴウ様こそ光。あの姿こそ私達が思い描いた神獣そのものです!」
「うるさい……」
「私はラゴウ様のご加護を受け、神の子を産む役目を戴いたのです。それは類稀ない栄誉、私にとっては至福の喜びです!」

「お前の声は耳障りだ……」
「よくお聞きなさい!ラゴウ様に逆らう愚かな人間よ!何ゆえラゴウ様を信じぬ?!ラゴウ様にかかれば、魂は浄化され、そなたの中に巣食った悪しき闇も、悲しき願いも祓われるというのに!」

「よくぞ申した!さすがは我が信徒よ!」
ラゴウが大声で笑う。そして猫撫で声でシェイドに向かって囁いた。

「そなたの心も本当は癒しを求めているのだろう?人間とはそういうものだ。我が術にてその哀れな魂を救ってしんぜよう!」

「救……う……?」
シェイドの顔から表情が消えていく。

「俺の魂を……救う?だと……?」
「ラゴウ様のお言葉の通り、貴方も従うのです!頑なに閉ざした心を解き放てば、貴方の魂も必ず救われる!」

「お前如きが俺を救えるとでも言うのか!」
「やめろ!シェイド!」
ガルシアがそう叫ぶよりも早く、魔剣が侍女の腹を貫いていた。
断末魔のような叫びが玉座の間に響き渡る。
魔剣はそのまま女の腹を割き、夥しい血……そして臓腑と共に、醜悪な獣の形をした胎児を引きずり出した。
むせ返るような血の臭いに、サクヤが眉をひそめ、シエルとエステリアが俯く。
鬼神は女帝の身体を外套で包むように隠し、この光景を遮った。
残りの侍女達は悲鳴をあげ、卒倒する。
「なぜ止める必要がある?化け物の子を神の子だの、笑い話にも程がある」
ラゴウと同様の姿をした胎児を魔剣の切っ先で何度も突き刺し、潰しながらガルシアの方を振り向いたシェイドは薄っすらと微笑んでいた。その様子にガルシアは只ならぬ恐怖を感じる。
「あの野郎……完全に魔剣の毒に冒されてるんじゃねぇか?」
「いいや、私が見る限り、あいつはまだ正気のうちだ」
サクヤは沈鬱な面持ちで首を振ると、
「ただ少しばかり怒り狂ってはいるがな」
最後にそう付け足した。
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