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Eternal Curse

Story-19.対決-V
「あんた、本当に『良い所取り』だな」
ここぞという見せ場を狙って現れたかのようなサクヤに、シェイドは半ば呆れて言った。
しかし、そんな言葉も物ともせず、サクヤは不敵に微笑む。

「随分とてこずったようだな。そんなに血塗れになって。変に色気が増しているじゃないか」
「あんたも大僧正に負けず劣らず、相当の変態だな」
「何を言う。見目麗しきものを弄って楽しんでいるだけだ。しかし、そんな傷を負わされて、よく耐えたな。何故、『不足の事態』に備えた、『とっておきの大技』を使わなかったんだ?」
「ここで力を存分に発揮する方が、後々面倒なことにならないか?」
言いながら、シェイドはエステリアを横目で見る。
「なるほど、そうか。そんなに躊躇する程、あの娘が好きなのか」
「冗談を言う暇があったら、猪狩りを手伝え」
溜息をつくと共に、シェイドはラゴウの方に向き直る。

優勢になったかと思えば、すぐさま窮地に立たされ、ラゴウはたじろいでいた。
シェイドとガルシア、サクヤと鬼神。一度に四人からの攻撃をかわすのは容易ではない。
頼みの綱である女帝は、ひたすら怯え、エステリアから離れようとしない。
だが、女帝が鬼神に恐れをなしている……その事実こそがラゴウにとって唯一の光明であった。
これを利用しない手はない。鬼神への恐怖を煽り、顔すら思い出せぬ両親への思慕を募らせ、何としてでも……どんな手段を用いてでも女帝を手中にする必要がある。
そして敵の隙を突き、女帝を連れ去るのだ。
『妖の女王』の器である、女帝の肉体さえ手に入れば、この連中との勝負など、どうでもいいことだ。大僧正として王城にて築いた地位も、もはや必要ではない。
「女帝陛下!ただちにその者等の側を離れるのです!鬼神に魂を奪われ、先代の二の舞になってもよろしいのか?!」
ラゴウの叫びに、レンゲが反射的に顔を上げた。

「皆の者!女帝陛下をお護りするのだ!鬼神らの手から、陛下を取り戻せ!」
ラゴウが号令すると、これまで玉座の周りで人形のように控えていた侍女達が、不自然なほど一斉に動き始める。
大僧正に操られるがまま、のろのろとこちらに近づいてくる侍女達から、女帝を護るように鬼神とサクヤが前に歩み出る。
「侍女といえども油断はするな。それから陛下の御前だ。仮にも女の血までは流したくない。わかっているな?」
サクヤが鬼神に囁いた。鬼神は黙って頷く。要は『殺してくれるな』ということだ。

侍女の一人が、鬼神の前まで辿り着いたときだった。
鬼神が彼女達を気絶させようと、身構えると同時に、『それ』は起きた。
突如、侍女の表情が引きつり、両手で喉を掻き毟るような動作をしたかと思うと、苦しみに身を捩じらせ、呻き、そのまま床に突っ伏してしまった。
しかも『それ』は一人だけに止まることはなく、後に続いた侍女達さえ、次々と倒れていく。
「おいおい。一体どうしちまったんだよ?!シェイド、お前何かやったか?」
ガルシアがシェイドの魔剣に視線を移し、言った。
「残念だったな。俺は何もしていない」
その言葉に、今度はサクヤと鬼神が顔を見合わせた。
「これ?!お前達!一体何とした事か?」
ラゴウが最後尾で倒れている侍女の下へ駆け寄り、その身体を揺すった。
「なんと?!死んでおる?!皆の者!鬼神に近づいてはならぬぞ?!」
ラゴウは生き残った侍女達を一度、引き下がらせると、
「おのれ!鬼神!女帝を奪われまいと、罪無き侍女らの魂を食らったか!」
怒りを露わにして鬼神に向かって叫んだ。
エステリアやシエル、そして女帝が鬼神を見た。
「私は人の魂など食らわぬ」
鬼神は静かに、厳かな声で答える。
「嘘を吐くでない!鬼とは人の血肉を、魂を好んで食す!そして恐怖で人の心を支配するのが、うぬらの得意技であったな!」

「いい加減にしろ、お前の茶番はもう飽きた」
勝ち誇るように吼えるラゴウの言葉をシェイドが遮る。
そしてシェイドはラゴウの念珠が、今しがた倒れた侍女の人数の分だけ、輝きを取り戻していることを、見逃さなかった。
「どこまで狡賢い奴だ?その念珠に新しい魂の力を閉じ込めるために、お前が侍女を殺したんだろうが。おい、女帝。こいつは自分の犯した罪を他人に擦り付け、お前を騙そうとしているんだ。いい加減に気付け」

「そうだぞ!女帝陛下さんよ!この猪野郎は、お前さんの小さな身体に、なんとかっていう悪い奴の魂を降ろそうとしてんだとよ!こいつの部下がそう吐いたんだぜ?ここには居ないが、オウガやコハクの野郎もそのことで、陛下の身を案じて今も戦ってるんだ!信じてくれよ」
ガルシアの言葉を聞くなり、ラゴウの顔色が変わる。これ以上、余計なことを喋る前に、なんとか連中を排除しなければ・・・。ラゴウの爪が静かに伸びていく――。
「幼き女帝よ。大僧正が用意したまやかしに……その言葉に惑わされてはならぬ」
鬼神が女帝に言い聞かせた。 しかし、この身を救いに来てくれたはずの侍女達が、次々と悶え苦しみながら死んでいく様子を目の当たりにして、レンゲの心は錯乱し、ますます鬼神への怒りと恐怖と嫌悪を募らせ、叫んだ。
「嫌じゃ!そなたなんぞ好かぬ!妾のお祖父様も、お祖母様もそなたら鬼に殺された!妾のお母上も……そなたら鬼に呪い殺されたも同然じゃ!その上……父君は……妾のお父上は……」
それ以上は言葉にならなかった。レンゲは肩を震わせ、必死で涙を堪えている。

「そうですとも。陛下のご両親は、この鬼神に殺され、その魂は未だ安らぎを得ることなく、黄泉の女王から弄ばれておりまする!故に先代も、お父君もこのラゴウに訴えかけてくるのです!鬼神を信用してはならぬ、と!そして、どうか陛下を……娘を魔の手から救っておくれと! そう……陛下のお父君は、今も陛下の傍らで、その無念を口にしておられる……このラゴウには見えまする!!」

熱弁を振るうラゴウに、サクヤが鋭く訊いた。
「貴様には陛下の父君の魂が見えると言うのか?」
「そうだとも!お前のような卑しき女狐には、このような術は使えまいて」
「今一度訊く。お前は陛下の父君の魂が、確かに『見えた』のだな?」
「だからそれがどうしたというのだ?!女狐よ!お前がこのラゴウにいかなる難癖をつけようとも、 陛下の父君の魂は、片時も離れず陛下のお側におわす!これぞ真実よ!」
苛立たしげに答えたラゴウに対し、サクヤは突然、噴出した。
シェイドをはじめ、一同は呆気に取られ、ガルシアなどは『この賢者はついに気が狂ってしまったのではないか?』――と本気で心配している。
ほどなくサクヤは落ち着きを取り戻すと、きっぱりと言った。

「お前が得意とする交霊術とやらも、たいしたことはないな。いや、もとより貴様の力は、口から出任せ――ただの詐欺だ。悪いが――陛下の父君は生きておられる。死んでなどおらん」



レンゲが顔を上げ、サクヤを見た。
「今……なんと、申した?」
もう一度、尋ねてみる。
「陛下。陛下のお父君は生きていらっしゃいます」
ラゴウの表情が、一瞬にして凍りつく。
「女狐が!都合のいい事を申すな!」
そう反論するのが、精一杯だった。
「ならば、父上はどこにおわすのか?」
「此処より遠く、最も近い場所にて――我らとは、相容れぬ世界から御身を守っていらっしゃいます」
あまりにも抽象的な答えに女帝は落胆の色を示す。
「相容れぬ世界とは、結局『あの世』のことであろう?なんと惨めな言い訳か……貴様も救いようのない女子よ!陛下、この女の言う事を信じてはなりませぬぞ」
即座に反撃の糸口を見つけたラゴウが、女帝を捲くし立てる。
しかしサクヤは意思の強い、青い炎を宿らせたような瑠璃色の瞳で、レンゲを見つめた。

「陛下。私や四神は、貴方に女帝としての教育を施してきました。それに没頭するあまり、亡き母君や未だ顔も知らぬ父君に思いを馳せる、貴方を気遣うことも、寂しさを全て埋めてやることもできなかった。ですが、私が今まで、貴方に嘘偽りをお教えしましたか?」

「ならば、何故今の今まで、お父上のことを、何も話してくれなんだ?どうしてお父上に会わせてくれんのじゃ?!」
「お父君のことは、貴方自身の力で悟るべきだからです」
言いながら目を伏せ、頭を振る。
「悟る……?」
「父君に会えるか、会えぬか……それは――陛下、貴方の心にかかっているのです。故に、断言しておきましょう、こちらとは相容れぬ世界にいるとはいえ、陛下の父君は『この世』に生きておられるのです」
物心ついた時から、既に亡き人だと思っていた父が、この世のどこかで生きている――初めて聞かされた真実に、打ちのめされ、レンゲはただ呆然と立ち尽していた。

もしや、これはサクヤがラゴウに負けたくない一心から、吐いた嘘なのでは?……一瞬、そう疑ってもみたが、記憶にある教育係としてのサクヤは、いつも正しい事しか言わなかった。
サクヤは常に潔く、苦し紛れに言い訳をするような性分ではない。
聞く耳を持たない者に関しては、『言っても無駄な輩に貴重な時間を割くわけにはいかない』という具合にあっさりと突き放す。
そんなサクヤの期待を裏切らぬよう、見捨てられぬよう、レンゲはいつも必死にその知識を学び取っていたことを思い出していた。

ならば、嘘を言っているのは……自分を騙そうとしているのは……レンゲは恐る恐る、もう一人の『教育係』の方を見た。
ラゴウは血相を変えて、小刻みに身体を震わせていた。
「ラゴウ……そなた、妾を騙していたのか?」
「・・・・・・」
ラゴウは何も答えない。ただ血走った瞳でサクヤの方を睨みつけていた。
「今頃気付くな――このクソガキ」
聴こえぬように、シェイドが呟く。
「さぁ、どうする?猪野郎!テメェのインチキが露見した今、もう言い逃れも、胡散臭い芝居も女帝には通用しねぇぞ?!」
ガルシアの指摘どおり、ラゴウにはもはや打つ手がなかった。
サクヤの話に下手に食らいつき、反論したのが、そもそもの失敗だった。
今となっては女帝の信頼を取り戻すどころか、かえって不審を招いてしまった。
――もう潮時だ。こうなれば力ずくで女帝を連れ去るしかない。
そう決意したとき、ラゴウの持つ空気が変わった。
その不穏な気配を感じ取ったのか、
「私、聞き分けのない王侯貴族の皆様やお子様と、屁理屈の多い男は大嫌いですの」
言いながらシエルがエステリアと女帝の前に出る。

「もはや……これまで」
ラゴウは首から下げた念珠を引きちぎると、その中から魂が込められたものだけを手に取り、飲み込んだ。ラゴウの全身が両手と同様の剛毛に覆われ、どんどん膨れ上がっていく。
弾け飛んだ僧衣の無残な切れ端が、宙を舞う。口が裂け、下唇が捲れ、大きな牙が突き出す。
今よりもなお太く硬質な爪が伸び、両手足が発達する。

「ようやく正体を現しやがったな!この猪野郎!」
変態を終え、大きく息を吐いたラゴウは、優にガルシアの二倍は超える身の丈であった。

「まったく……でかでかと居座りおって……貴様のせいでこの壮麗な玉座の間が、見苦しいことこの上ない」
サクヤが嫌悪感を露わに言う。
「おい!シェイドと鬼神の兄ちゃん!お前ら!相手が馬鹿でかいからって怖気づくんじゃじゃねぇぞ?!」
確認のためかガルシアが叫ぶ。
「誰が怖気づくか。相手は発育がいいだけの猪だろうが」
「特に問題はない」
シェイドと鬼神の両者から素っ気無い答えが返ってくる。
「お前ら本当に可愛くねぇな!」
喚くガルシアを捨て置き、シェイドが話を続ける。
「とりあえず、奴の爪には気をつけろ。さっきと違って随分と大きくなっている。あんなもので腹を貫かれたら一貫の終わりだ。それから奴は、念珠に溜めた魂を使って傷を回復する。一撃で仕留めるのは困難だ。窮地に陥ったら、ここにいる人間の魂を片っ端から吸い取ろうとするだろう。注意しろ」
鬼神は黙って頷き、ガルシアはしぶしぶ頷く。
「エステリア様、あの猪がこちらに向かって飛ばす爪は、ここで私が全て燃やしますから、エステリア様は女帝陛下の方を頼みます」
「わかったわ」
エステリアが女帝の身体をしっかりと引き寄せる。
女帝は醜悪な妖と化したラゴウを見上げ、悲痛な声で叫んだ。
「ラゴウ!何ゆえ……何ゆえこの妾を騙そうとした!」
「フン!セイラン王家の人間は、憑代として最高の器を持ち合わせておる!お前を我が傀儡とし、そのまま我らの女王の魂を降ろす算段よ!」
先程ガルシアから聞かされた通りの答えがラゴウから返って来たことに、レンゲは愕然とした。

「ならば……ならば鬼神が黄泉の女王と結託して、妾の母君の魂を苦しめているというのも、嘘なのか?」

「お前の身体を手に入れるためには、サクヤや四神、そして鬼神を引き離す必要があったからのう。両親を恋しがるお前に、鬼神への不信感を植え付け、怒りと恐怖心を煽ったのだ!まんまと引っかかりおって……」
ラゴウが嘲笑う。レンゲはエステリアにしがみつき、顔を伏せた。

「切羽詰った悪役は、よく喋ることだな」
やれやれとばかりにシェイドが肩を落とす。
「おい。あの猪を切り刻んでもいいか?」
「奇遇だな。私も今そうしたいと思っていたところだ」
賢者は殺気の篭った声で答えた。
「さっさと片付けるぞ。我らが女帝陛下を傷つけた罪は、死をもって償ってもらう」
それが合図だったのか、シェイドとガルシア、サクヤと鬼神の四人は、一斉にラゴウに向かって踏み込んだ。
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