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Eternal Curse

Story-18.対決-U
「ラゴウ様、機は熟しておりまする!今こそ、我らが悲願、達成のとき!!」
女帝をその手に抱えた蜥蜴の妖は、興奮気味に言った。
「何をわけがわからんことを言うておる!ラゴウ!そなたの祓いの力を持って、この妖を退けよ!」
捕らわれの身にも関わらず、生まれながらの王者の気質がそうさせるのか、レンゲは怯むことなくラゴウに助けを求めた。

まずい――シェイドがラゴウと妖を交互に見た。
さすがに同時に二人を仕留めることは不可能に等しい。
ここでラゴウに襲いかかれば、すぐさま妖は女帝とエステリアら三人を手にかけるだろう。
魔剣の力――それを開放すれば勝負は一瞬で決まる。
しかし、それと同時にこの場にいる自分以外の人間は、命を失うことになる。
勿論、そんな手は使えない。
無難な選択があるとすれば、ラゴウに逃亡を許す覚悟で、先に女帝を捕らえている妖を倒すことだ。隙をつき、一撃で仕留めるより手はない。
失敗は許されない。中途半端に生かしおけば、それこそラゴウとこの妖は、三人が人質であることをいいことに、とんでもない条件を要求してくるに違いない。

シェイドはラゴウに視線を合わせた。斬りかかる素振りを見せ、相手が身構えた瞬間に、向き直って妖を殺す――
「まったく……邪魔な髪に迷惑な衣装だ」
シェイドは長い髪を払うと、右手の袖を引き裂いた。
これで少しは気をひくことができるはずだ。
しかし、ラゴウの顔からは、先程見せていた笑顔が消え失せ、代わりに怒りが満ちていた。
ラゴウはそのまま右手を睨みつける。するとその手が茶色の剛毛に覆われ、爪が鋭く伸びる。

「ようやく本性を現したか……」
シェイドが小さく呟いた。
「この愚か者めが!」
ラゴウは獣と化した手をかざし、叫ぶと、指先の爪を刃に変え、放った。
シェイドは、反射的に魔剣で振り落とそうとした。

だが……刃はシェイドの身体を掠めただけであった。
「そん……な……」
男とも女とも似つかぬ妖の声がした。
振り向くと、妖の眉間に……そしてエステリアとシエルを捕らえている侍女達の喉にラゴウの爪が深々と刺さっていた。
「馬……鹿……な」
妖は目を見開くと、そのまま後ろへと倒れる。妖の腕から振り落とされた女帝が、尻餅をつく。
侍女達も同様に、エステリアらを解放すると血泡を吹いて崩れ落ちる。

ラゴウが仲間であるはずの妖を殺した……その事実にシェイドは……いや、エステリアとシエルも驚きを隠せずにいた。

「嘘でしょう……?あんなに簡単に殺すなんて……」
「一体、どういうつもりなんでしょう?」
非難するエステリア達にラゴウは悪びれる様子もなく、妖と侍女達の死体を前に嫌悪感を募らせながら言った。
「汚らわしい妖め……、そして儂を裏切り、その妖に魂を売った卑しき侍女どもめ……我らが女帝と、罪無き美しき娘達を人質に、儂と掛け合おうなぞ、百年早いわ……」

「さすがはラゴウじゃ、妾を助けてくれた礼を言うぞ」
レンゲがぱっと顔を輝かせる。
「なるほど……そういうことか……」
シェイドはいち早くラゴウの狙いを悟った。
「随分と、話を摩り替えるのが上手じゃないか」
ラゴウに向かい、侮蔑を込めて言い放つと、女帝に言う。
「だまされるな。あの妖はこいつのことを『ラゴウ様』と言っていただろう?こいつと妖はぐるだ。別にお前を助けたわけじゃない、都合が悪くなって仲間を始末しただけだ」
レンゲは不思議そうな顔で首を傾げた。話を続けようとしたシェイドをラゴウが遮る。
「とんだ言いがかりだな。この妖は女帝陛下の前で、儂を貶め、失墜させようとしている悪しき者が遣わした刺客よ!」
「女帝、お前はこいつの腕を見ても、なんとも思わないのか?」
シェイドに指摘され、レンゲが押し黙る。
ラゴウはすがるような面持ちで、さっそく女帝に弁明した。
「ああ……女帝陛下。今の今まで隠し通してきましたが、このラゴウ、さる霊獣の『憑代』なのでございます。この力はまさに神から預かりし賜物。ご安心くだされ。この生意気目な侵入者を、我が力を持って倒してみせましょうぞ」

「見え透いた嘘を言うな。四神の憑代達はその身に霊獣の力を宿していても、普通の人間の姿をしている。お前のその醜悪な手は、妖の化けの皮が剥がれた証拠だ」

こんな簡単なことがどうしてわからない?それほどまでに幼い女帝の心は、この化け物に支配されているのだろうか?――シェイドは非難するような目で女帝を見た。
しかし、ラゴウはまたしても反論した。

「何を言うか、四神どもとて力を解放してしまえば、化け物さながらの姿に変じる。陛下、恐れることなどありませぬ。陛下もご存知の通り、このセイランには『預言者』とも言える『天狐』の憑代がおりましょう?彼の者など、人の身体に狐の如き耳と尾があるのですぞ?このラゴウが霊獣の手を持っていたとしても、なにも不自然ではありますまいて……」

レンゲはシェイドとラゴウの間で揺れ動いている。
「女帝陛下、大僧正は魔物です。信じてはなりません」
エステリアが頭を振った。
「でも……」
レンゲはラゴウ、シェイド、そしてエステリア達の顔を何度も見回しては、口ごもる。
「ラゴウが……ラゴウが妖だったとしたら、どうして城にいても平気なのじゃ?この城には無数の『破魔の結界』が張り巡らされておる……妖なれば耐えられぬ!」

「ですから!先程だって、この蜥蜴の化け物が普通に陛下の寝所に入ってきましたでしょう?答えは簡単ですわ。なんらかの術を使って人間のふりをしているだけでしょうに」
苛立たしげにシエルが言う。
「そなたはセイラン最強の『破魔の結界』を馬鹿にしておるのか?!」
レンゲも負けずに食ってかかる。
「これだからお子様って嫌いですのよ……」
「女帝、シエルの言う事に腹を立てているようだが、そいつの言うとおりだ。この大僧正は、人の魂を食らって……いやあの念珠に溜め込むことで、妖としての臭いを消し、城に潜伏している。その蜥蜴にしてもそうだ。どうせこいつから、教わった術だろうがな」

シェイドはラゴウの数珠を見た。朽ちたはずの数珠が、再び輝きを取り戻している。
「女帝に恩を売りながら、魂を食っていたのか?貪欲な奴だ」
吐き捨てるように言ったシェイドにラゴウがにやりと笑う。
その表情はなにやら次の『策』に思いを巡らせているようにも思えた。
「それからもう一つ――もし、『破魔の結界』とやらの力が緩んで、化け物の侵入を許したのだとしたら……原因は、お前自身にもあるんじゃないか?」
シェイドの言葉に、レンゲはあの蜥蜴の妖が洩らした一言を重ねた。
『愚かな女帝よ、我等を招き入れたのは、お前自身であろうが――』
レンゲの心がズキリと痛む。
「お前ら王家の人間は、特殊な神に祝福されて生まれるんだろう?そしてその身は常に四神達に護られている。ここまで女帝中心の国家社会で、常に神の加護を受けていたお前が、本来共に在るべき四神を退け、こんな妖に心を許していることで、城全体にかかっている『破魔の結界』に影響を及ぼし、効力を弱めて妖の侵入を許している――そうは思わないのか?」
「そんな……」
レンゲの唇が戦慄いた。

「この城の結界は、一体誰のためにあるものだ?破魔にせよ、四神たちの制約や戒めの結界にしろ、全部お前を護るためだろ?いい加減に、目を覚ましたらどうだ?」
強い口調でレンゲを責めるシェイドに対し、ラゴウが割り込む。

「女帝陛下!かような異国の輩の言葉など聞いてはなりませぬぞ! この者は、女子のなりをして儂の命を狙ってきた刺客にござりまする!それもサクヤの差し金で!」

「サクヤが……?そなたを殺そうとしたのか?」
「左様にござります!あの女狐めは、このラゴウの真実を見通す力に、己がまやかしの術を暴かれることを恐れ、さらには陛下の寵愛を受けるこの身を妬み、かような手段に出たのでございます。そうか……わかったぞ、さては、そなたら二人も、侍女のふりをして女帝をそそのかし、懐柔するようにサクヤに雇われた者達だな?!」
ラゴウは、全てを悟っていながら、女帝の手前、わざとらしい言い回しでエステリアらを問い詰める。
「ラゴウの言葉を信じては駄目。サクヤさんは、妬みや恨みなんかで彼を殺そうとしたわけじゃありません。魔物であるラゴウから、陛下の身を護るために……」
エステリアがレンゲに近寄り、静かに諭す。しかし、レンゲは寝室での一件もあってか、

「妾の身を護るじゃと?余計なお世話じゃ!」
声を震わせながら、エステリアを払い除けた。

「……サクヤめ……勝手なことばかりする……。妾とて……黄泉におわすお父上とお母上の魂を、鬼神と黄泉の女王からお護りするために……あやつらも巻き添えを食わぬよう……手放したというのに……それを全て無駄にするのか!」
レンゲは未だにラゴウの正体を疑うことなく、その言葉を信じ込んでいる。
自らの行いには一切の非はなく、むしろ自分こそが周囲の人間を護っているのだ――そう言いきる女帝に、シェイドが大きく肩を落とした。

「救いようがないな。悪いが、このままだとお前が四神やサクヤに本気で見放されるのも時間の問題だ。断言してやる。絵空事ばかりを信じている王者は必ず国を滅ぼす」
その一言に、レンゲは思わず顔を強張らせた。シェイドの厳しい口調にサクヤのそれが重なる。
レンゲはまるでサクヤに叱咤されているような錯覚を覚えていた。 戸惑う女帝を自分の味方につけようと、
「この卑劣漢め!男女め!陛下の御心に恐怖を植え付け、支配するつもりか!」
これみよがしにラゴウがシェイドを非難する。
「その『男女』とやらを、先程まで口説き落とそうとしていたのは、どこのどいつだ?」
こちらも勿論、負けてはいない。

「お前の『他人の話を自分の都合に合わせて捻じ曲げる』その根性は褒めてやる。だがな、二度とそんな戯言が言えぬように、貴様は口から引き裂いてやろう。エステリア、女帝の目を塞いでろ、さすがに子供には見せたくない」

言いながら剣を構えるシェイドはいつにも増して、残忍さが目立つ。
エステリアの心を不安がよぎる。 それとも、これも自分の知らないシェイドの一面……なのだろうか?いいや、妖しく輝く魔剣が放つ瘴気が、尋常でないことぐらい見て取れた。
黒曜石のようなシェイドの瞳は、魔剣に埋め込まれた猫目石のように赤い妖光が灯っているようで……そのまま魔剣の毒に冒されてしまうような、そんな危うさをエステリアは感じていた。

「陛下を惑わす愚か者よ、我が霊力にて滅びるがいい!」
ラゴウが鋭利な爪を放つ。シェイドはそれを振り払い、詰めるとラゴウの『念珠』そのものを狙い、魔剣を突き刺す。傷つけられた数珠の一つから、湯気のようなものが立ち上る。
魔剣が脈打ち、数珠から溢れ出た魂を食らう。シェイドは目を細めた。

「やはり、儂よりも、『念珠(コレ)』を狙ってきたか……」
ラゴウはもう片方の手を獣のものへと変じ、この瞬間を待っていたかのように、至近距離から爪を放った。
シェイドは反射的に身を翻したが、一歩遅く、 爪はシェイドの肩と脇腹、そして太腿を切り裂いた。 衣服にゆっくりと赤黒い染みが広がっていく。肩から滴る血が魔剣の柄にまで伝う。
その血を吸って、魔剣が再び脈打つ。シェイドは舌打ちした。
「おい、魔剣(おまえ)、食べる相手を間違ってるぞ」
魔剣に語りかけながら後退し、ラゴウと距離をとる。
「フン。でかい口を叩いた割りには、たいしたことがないな。サクヤの手先よ、ここで降伏すれば痛い思いをせずに、楽にしてやるぞ?」
「断る」
悠然とした表情で両手を構えるラゴウの台詞は、ますますシェイドの神経を逆撫でした。
「俺は敗北とか言うやつが大嫌いなんだ!」
そう叫ぶと、魔剣の切っ先を床に走らせ、空を撫でるように払い上げた。
「なんのつもり……だ?!」
ラゴウは言葉の途中で、目を疑った。シェイドが苦し紛れに振りかざしたとばかり思っていた魔剣から、瘴気の固まりとも言える衝撃波が放たれる。

「ぐはっ……」
避ける間もなく、ラゴウは衝撃波の餌食となり、一瞬にして吹き飛ばされた。
丸々と太ったラゴウの身体は、受けた風圧によって勢い良く後転しながら、壁にぶつかる。 激しく背中を打ちつけ、呻きながら立ちあがろうとするも、即座にシェイドから放たれた第二波がラゴウの両肩を抉り、腹を引き裂く。
僧服が血に塗れる寸前のところで、ラゴウの危機を察するように、無数の念珠が光り、その傷を癒し始めた。 程なくして、呼吸を整えながら、ラゴウはゆらりと立ち上がった。
回復を終えると共に、力を失い、朽ちた念珠をしげしげと見つめる。
「これで、お前は回復の術をほとんど失ったはずだ」
しかし、ラゴウはそんなシェイドの言葉にも耳を貸すことなく、深く息を吐くと、女帝の方へと向き直り、
「お許し下さい。女帝陛下。このラゴウ、敵を甘く見ており申した。これ程までにとてつもなく邪悪なる者であったとは……。このラゴウ如きの『霊獣』の力では到底、勝ち目がありませぬ。されど、陛下お一人の身を護り、この危険な場所から連れさる力は持ち得ておりまする。 陛下、ここは一旦、引きましょう。そして態勢を整え、王城を護る兵士全軍の力を持ってすれば、この邪悪なる者とて、ひとたまりもありますまいて」
いけしゃあしゃあと語る。そしてラゴウは前に屈むと両手を広げた。

「ささ……女帝陛下、そこは危険です。邪悪なる者の仲間から離れ、このラゴウの元へお出で下さい。神命に賭して、陛下の御身をお守りしましょうぞ……さぁ、さぁ!」
まるで赤子をあやすような声色で、レンゲを諭す。
レンゲはふらふらと、ラゴウの元へ歩き出した。
ラゴウの目的はレンゲを懐の中に捕らえ、その身を盾に、シェイドの攻撃を防ぐ――もしくは逃走を図ることだろう。 それぐらいはエステリアやシエルにでも容易に察することができた。

「行っては駄目よ。罠だわ!」
エステリアがレンゲの腕を取り、その身を強引に引き戻した。 レンゲはそんなエステリアを睨みつけた。
「何故罠じゃと言い切れる?!そなたたちこそ、かような騙し討ちで妾やラゴウを謀っておるではないか!そなたの仲間は、女子のなりをしてラゴウに近づき、あの妖しげな剣の力でラゴウを切り刻むことを楽しんでおる!じゃが、ラゴウは自らの持つ『奇跡の力』使って、何度も何度も立ち上がっておるではないか!そして今も妾を護ろうとしておる!妾にはわかる、そなたらこそが殺戮を楽しむ鬼じゃ!」

そこまで言われ、堪りかねたシエルが口を挟む。
「お言葉ですが女帝陛下?!四神の皆様だって、サクヤ様だって貴方を護ろうとしていますの!どうしてそれがわかりませんの?石頭もほどほどにしなくては、嫌われますわよ!」

「先程も言ったであろう!?妾は四神やサクヤに甘えるわけにはいかぬ!お母上とお父上のために!」

「もう止めておけ。シエル。どうやらセイランの女帝は、次の時代を担う神子の気遣いよりも、豚の戯言の方がよほど心に染みるらしい――実に残念だ」
追い討ちのようにかけられたシェイドの皮肉にレンゲは顔を真っ赤にして振り向いた。
「なんじゃと?男女、このセイランで女帝である妾に逆らうは、重罪ぞ?そなたは無駄に死にたいのか?」
その幼い身体には相応しくない言葉を口走る。
「そんな物騒な言葉は誰に習った?サクヤか?それとも大僧正の政を見て覚えたか? 悪いがな、俺がお前ぐらいの年の頃は、もっと聞き分けがよかったぞ」
シェイドの失望を物ともせず、レンゲはラゴウの元へと駆け出す。
「駄目よ!」
レンゲを追いかけようとしたエステリアをシエルが引き止める。
「自業自得ですわよ。ああいう子供は一度痛い目に遭うべきです。もうどうにでもなればいいのですわ」
「いいわけないでしょう?!」
エステリアはシエルを突き放すと、レンゲの後を追う。 禍々しい気に満ちたラゴウの両腕の中に、女帝を飛び込ませるわけにはいけない。

「そうです……それでよいのです。女帝陛下。このラゴウの側にいてこそ、陛下は安らぎを得られるのです……」
満足気に微笑みながら、ラゴウも女帝へと近づいていく。

その醜悪な獣の手が、女帝へと伸ばされたとき―― 真上からラゴウのみを狙い、まるで空を割る稲妻のような一撃が、女帝とラゴウの間を引き裂いた。
シェイドの攻撃とは異なるものが、床の大半を抉り取る。
ラゴウは慌てて飛び退くと、辺りを見回した。
思わず腰を抜かしたレンゲをエステリアが抱きとめる。 ラゴウとレンゲの間に、長刀を携えた白装束の男が音も立てず、ふわりと舞い降りた。

「貴様は……鬼神?!」
有無を言わさず突きつけられた長刀に、ラゴウが濁った瞳を見開き、顔を歪めた。
「よそ見してんじゃねぇよ!この猪野郎!!」
鬼神に続いて駆けつけたガルシアが勢い良くバスタード・ソードを振りかぶる。
ラゴウはガルシアの剣を寸前のところでかわし、明らかに人間離れした跳躍を見せると、鬼神から充分な距離を置いた場所へと着地した。

「猪のわりには随分とすばやいじゃねぇか?」
ガルシアが悪態をつく。
「おい、シェイド、なに『ぼー』っと、突っ立ってんだ?」
「別に。お前のうるさい足音が聞こえたから、なんとかなると思ったんだが……仕留めそこなったようだな」
ここぞとばかりに、苦戦する部下に軽く因縁をつけたつもりが、あっさり返されたガルシアは、次の標的にシエルを定める。
「おいシエル!なんでお前らがこんなところにいるんだ?女帝陛下を連れて逃げるんじゃなかったのかよ?!」
「見ればお分かりでしょう?作戦失敗ですわ。思いのほか女帝陛下は『意思のお強い方』でしたので。ガルシア様も禁酒をなさるときは、是非とも女帝陛下をご参考にしていただきたいものですわ」
皮肉たっぷりの口調でシエルが答えた。
しかし、女帝はなにも反論しない。 おかしく思ったシエルが女帝に目を移す。
「あいつは……あいつは――鬼……神」
レンゲからは、先程の威勢の良さが消え失せ、顔色からは一切の血の気が引いていた。
無意識のうちにエステリアにしがみつき、震えてながら、まるで悪夢にうなされているかのように、何度も何度も、呟く。
「大丈夫よ。女帝陛下。何も恐れる事なんてないわ」
エステリアはレンゲの背中を摩り、なんとか落ち着けようとする。
しかし、レンゲは懇願するかのような表情で、エステリアを見上げると、何度も頭を振った。

「おい。猪野郎!これで三対一だ!いい加減に観念するんだな!テメェの悪事の数々、今ここで洗いざらい白状してもらおうか!」
ガルシアがじりじりとラゴウに詰め寄る。 だが、ラゴウはこの状況においても、決して臆することはなかった。
「ご覧になりましたか!女帝陛下!この鬼神めは、あろうことか陛下の身の危険を案じる、このラゴウの隙を突き、かような暴挙に出ておりますぞ!」
この期に及んでもなお、自らの行いを正当化し、いかに敵が卑劣であるか、切々と女帝に訴えかけた。
「相変わらず、お前のご都合主義な申し開きは、未だ健在のようだな。実に見苦しい」
凛とした女の声が玉座の間に響く。
シェイドが、エステリアが、そしてそこに居た一同全てが振り返った。
勿論、声の持ち主はわかっている。サクヤだ。

「陛下。お忘れですか?いかに王家の人間であろうとも、神子と……少なくともこの私の言う事は素直に耳を貸すように、と、私はお教えしたはず。まして、醜い獣の甘言につられるなど――言語道断」 言いながら、サクヤは女帝の顔をちらりと見る。
その横を静かに通り過ぎると、
「さて。役者は揃ったな。貴様の血でこの玉座の間を汚すのは、実に不本意であるが……。 決着をつけようじゃないか」
ラゴウの前に立ちはだかった。
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