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Eternal Curse

Story-16.妖婦の魂
「ったく、あの猪野郎は一体何を考えてるんだ?!こんな連中を兵隊にしてたら、街一つ落とせねぇぞ」
次から次へと現れる大僧正の兵士たちをバスタードソードで薙ぎ払いながら、ガルシアがぼやいた。仮にもセイランの王城を護る兵士たちを一斉に引き付ける役を担ったのだ。
適度な緊張感を持って臨んだものの――向かってくる相手といえば、頭数は揃えてあるが、どれも『兵士』と名乗るのもおこがましい者ばかりである。

「誰が思いついたかは知らないが、制約だの、破魔だの戒めだのと、面倒な結界ばかりを張り巡らせたもんだな。それさえなきゃ、こんな雑魚ども、あんたらだけで片付けられるだろうに」

ここまで拍子抜けさせられたのでは、文句の一つでも言わなければ気がすまない。
「制約については、四神と女帝を守護する黄龍ら神獣同士が決めた約束事だ。彼らは本能的に互いの衝突を避けている。文句が言いたいのはわかるが、それは俺たちの知ったことではないな」
オウガが肩をすくめた。

「なんだよ、その他人事みたいな口ぶりは!お前ら四神だろ?ありがたい神様の権化――だったか?とにかく約束事を決めた張本人たちだろうが!!」
オウガを指差し叫ぶ合間に、襲いかかってきた兵士の一人をガルシアは思い切り蹴飛ばした。
「わかんない人だなぁ、僕たちは最初から『四神の憑代』って言ってるじゃない!それぞれの神の器として身体を貸してるだけだってば。だから神様本人じゃないよ。力は預かっているけど……」
半ば呆れながら、コハクは片手一つで兵士たちを吹き飛ばしている。

「それに、こいつらが貧弱なのは『大僧正の恩恵にあやかったしょうもない連中』が直属の兵士に昇格しているからであって、元からいた兵士とは違う。これが『高潔なるセイランの兵士』の実力……なんて思われたら困るよ」

「じゃあその元からいた『高潔なるセイランの兵士』たちは、今どうしてるんだよ?」

「大僧正が執り行った兵士の総入れ替えと同時に、ほとんどが城を追い出されてるよ。良くて謹慎、最悪の場合、処刑ってとこかな」

「ったく、その追い出された兵士たち全員で徒党でも組んで、なんとか王権をあの猪から取り戻せなかったのかよ?」

「あぁ〜、無理だろうね。僕たちが謹慎処分を受けた時点で、兵隊たちも怖気づいているよ、きっと」

「それぐらい信仰されてるからな、俺達は」

掌より光り輝く金糸を出現させたかと思うと、それを用いてオウガは向かってくる兵士を絡め取り、動きを封じる。どういうからくりかはわからないが、その鮮やかな手捌きに、ついて見入ってしまったガルシアであったが、気を取り直すと、

「しみじみ言ってんじゃねぇよ。全く気に入らねぇ。大体なぁ、制約がどうとか、言い訳しているわりには、あんたらはこうも簡単に兵隊をぶっ飛ばして突き進んでるじゃねえか!やろうと思えばいつだって行動は起こせたんじゃないか?考えれば方法はいくらでもあったはずだぜ?今みたいに、貧弱な兵隊をあんたらで引き付けて、単身あの賢者様が大僧正に挑む……とかよ?」
吐き捨てるように言った。

「馬鹿だなぁ。そんなことしたら、サクヤ様一人が悪者になるじゃないか」
コハクがやれやれと溜息をつく。
「サクヤ様が一人で大僧正を討ち取ったりしたら、周りはどう思う?前からサクヤ様を支持している人たちは大喜びだろうけど、そうじゃない人たちはこぞって言うよ?『摂政に扮した女狐め、独裁者め!そうまでして王座にしがみつきたいか?』ってね」

その言葉を聞くなり、ガルシアはますます怒りを募らせた。
「ちょっと待て!お前ら、あの賢者様の評判が落ちることを気にして、ここまでてこずっていたのかよ?!」
ガルシアの剣の柄を握る手に力が篭った。 この間にも、大僧正の悪政の下、民衆達は苦しめられているはずだ。それにも関わらず、彼らを護るべき神の『憑代』とやらは緊迫した様子もなく、あろうことか身内の体裁を理由に、今まで傍観していたとは。
敵と(まみ)えるこんな状況でなければ、四神の二人を確実に殴り飛ばしてやりたいところだが、その衝動を押さえ込むようにガルシアは低く唸った。

「なんかご不満みたいだけど、僕達だって好き好んで国が大僧正の手に落ちるまで見ていたわけじゃないよ。民衆に呼びかけても、追い出された兵士たちにも王都奪還を呼びかけたさ。でも彼らにはそんな勇気はなかった。何より、自分自身が大僧正の術中に落ちて、その信徒になるのを恐れたんだ。仕方ないよね、彼らは普通の人間だから、無理強いなんてさせられないよ」

コハクが悔しそうに唇を噛みしめる。
「あいつは、大僧正は城に居座ったまま、陛下を人質にしてる。一矢報いてやりたいのに、僕達は制約に縛られてなにもできない。手を拱いたまま『制約に縛られない誰か』に手助けを求めることしか出来ない屈辱、貴方にわかるの?」
自嘲的に、そして冷ややかな声で語るコハクを前に、ガルシアが押し黙る。
少し気まずい雰囲気になった二人を仲裁するようにオウガが歩み出た。

「もういいだろ?二人とも。コハク、お前もお前だ。話の受け答えには注意しろ。いつも言われてるだろ?お前の言い方じゃ誤解を招きかねない。それから異国の方よ、俺達のやり方は、あんた達にとって理解しがたいものかもしれない。癇に障るような発言があったのなら、詫びよう。だが、俺達にはあんた達の力が必要なんだ。申し訳ないがここは一つ、目を瞑って力を貸してくれないか?」

上手くまとめたはずのオウガであったが、即座にコハクが食ってかかる。
「ちょっと待ってよ!オウガ!なんでこっちが謝るわけ?先に因縁つけようとしたのはオジサンのほうじゃないか」

「誰が『オジサン』だ!この亀ガキ!」

「うるさい!サクヤ様のことを悪く言おうとしたくせに!あの人が今までどんな思いで生きてきたか知らないくせに!あの人は……本当は……!!」
「止めろ、コハク!それは他人に話すようなことじゃない」
オウガが声を荒げ制止する。
コハクは仕方なく言葉を切ると、ふて腐れるようにそっぽを向いた。
「ったく、なんなんだよ、お前らは。今度は二人だけで隠し事か?」
しばしの沈黙と同時に再び気まずい空気が流れ始める。

睨み合うガルシアとコハクの間で、オウガが溜息をつこうとした――その時、
「仲間割れしている暇がもっと働け、この馬鹿ガキども!」
まるでオウガの心中を代弁するかのような女の怒号と共に、気絶した大僧正の兵士数人が、次々と三人に向かって投げ込まれた。
「うわっ!」
ガルシア、以下二人は慌ててその場を退くと、一斉に声の主に注目する。
そこには怒りに満ちた瞳で佇むサクヤの姿があった。
サクヤは真っ先にコハクの顔を見るや
「コハク。お前も四神の端くれなら、少しは感情を抑えることだ。そんなに己の心に振り回されているようでは、いつか四神に見放され、憑代の資格を失うぞ」
厳しく言い放つ。
「……はい」
コハクもさすがにサクヤには逆らえぬようで、あっさりと降伏する。
「それからオウガ、ソウリュウがいない今、憑代として未熟なコハクをお前が管理できなくてどうする」
サクヤの話はコハク、オウガへと続き、
「ガルシア……、お前は仮にも一国の将軍なんだろ?軍をまとめ上げる大将が、いちいち子供の挑発に乗ってどうする。まったく大人気ない。お前の下に仕えるシェイドはよほど苦労していることだろうよ」
最後にガルシアにとどめを刺す。

「そもそも王権奪還に異国人を英雄として祭り上げろと言ったのはこの私だ。だが私達が単独で事を起こしたのでは、コハクが言っていた通り、後々どう語り継がれていくのかわからない。私は我が身可愛さにそんな事を言っているわけではないぞ。この一件が王族どもの骨肉の争いだったのなら、まだマシだ。それはいつの世でも、どこの王家でも起こり得ることだからな。
だが、このセイランが四神の加護を退け、女帝以外の者に支配された……など本来はあってはならぬこと。しかし、あの腐れ猪はそれをやってのけた。よりにもよって魔性の類であるにも関わらず、だ。これだけで重大な事件だ。そして厄介なことに、奴に心を奪われた者達が少なからず存在する。奴を倒した後にそういった連中が残ることは、政の建て直しに支障をきたしかねない。
一度打ち砕かれた歴史や伝統、信仰心はなかなか元には戻らぬ。我々は異国人に信仰を押し付けることはない。後の世に……緩やかに変革の時が訪れるのならば、受け入れよう。だが、己の国が築いてきた歴史を妖によって壊され、妖の支配下に置かれることは望んではいない」

サクヤは視線をガルシアに移したまま、続けた。

「しかし、お前達を待っていた私は正しかった。国を救う『英雄』どもは、このセイランで最も馴染み深い『神子』を連れ立っている。『神子』という存在は、奴が蔓延させた邪教を一度に払拭するだけの威力を持ち、なおかつ、奴を『絶対悪』として始末する最高の大義名分にもなる」

話を終えたサクヤは『ここまで話してもまだ文句があるのか?』と言わんばかりの表情だ。
ガルシアもしぶしぶ頷く。

「ところで姐さん。姐さんがここに来たってことは、あの騎士は大僧正の閨に忍び込めた……ってことか?」
「いや、あの猪は、閨どころか今は玉座の間にいる。なんでもお目当ての女が手に入らずにご立腹……だそうだ」
「なんとも間が悪いな。よりにもよって、玉座の間が決戦場とは……」
オウガが天井を仰ぐ。
「玉座の間には、大僧正の兵隊や取り巻きの女の人がいるんじゃない?そこで騒ぎを起こしても大丈夫かな?」
「心配ねぇだろ。あの野郎は魔剣の使い手だ。普通の人間が相手なら、魔剣をちょっと振り回すだけで気絶させることもできる。その後、ゆっくり猪にとどめを刺しても問題ねぇ。むしろ楽勝だ」
ガルシアがまるで我が事のように胸を張る。

「卑しい魔女め……、お前の野心……ラゴウ様は全てお見通しよ……」

負け惜しみのような声が足下から聞こえた。それは倒された兵士の一人が発したものだ。
「絶世の美女を魔女扱いとは、貴様ら地獄に落ちるぞ」
サクヤが兵士を一瞥する。

「地獄を見るのはお前達の方だ。お前達を倒さねば、この世は必ず闇に落ちると、大僧正様は仰せだ」
兵士はサクヤを軽蔑の目で見ると、吐き捨てるように言った。
「救いの手はただ一つ!女帝レンゲを廃し、その身体に新たなる女王の魂を降ろすことで、この余は極楽となる……儀式の日は、近い……」

「『女王』の……魂を、『降ろす』――だと?」
兵士が言い終えるよりも先に、サクヤの血相が変わっていた。
ガルシア以外の二人の顔も、一瞬にして凍りつく。
サクヤは突如兵士の胸倉を掴み、
「女帝に誰の魂を降ろす気だ?!」
一喝した。
だが、兵士は不敵な笑みを湛えるだけで、何も答えない。
サクヤは兵士を投げ捨てると、その手の甲を錫杖で突き刺した。
「さっさと吐け。その『女王』の名はなんと言う?」
しかし兵士は呻き声を上げるばかりで、答える気配もない。
サクヤは構わず、兵士の肩や脇腹を錫杖で刺していく。
「おい……。賢者様。拷問にしては、そりゃちょっとやりすぎじゃねぇか?」
瞬く間に血に染まる兵士の身体を前にして、ガルシアがサクヤを止める。
「大僧正の名前を振りかざして、金品強奪、強姦のなんでもやってのけている連中だぞ。救いようもなければ、生かしておく価値もない。王権を取り戻した後、こいつらの大半は処分される。
今日、ここでひと思いに殺されるか、民衆に突き出して嬲り殺されるか……要はそれが早いか遅いかの違いだ」
淡々とサクヤが答える。

「ようやく……本性を、現したか、魔女が」
息を切らしながらも、兵士はサクヤに侮蔑の言葉を投げかける。
「貴様のような、魔女と違って、その女王は……崇高なる……魂の、持ち主よ……」
「もういい、死ね」
サクヤが錫杖を振り降ろす。
「このセイランを、闇よりお救い、下さい……我らの、女王、カグヤ様!!」
錫杖に打ち据えられると同時に、血泡を吹きながら兵士は叫び、絶命した。
サクヤはその兵士の亡骸を冷たい目で見下ろすと、苦々しげに言った。

「やはり、カグヤの魂を陛下に降ろす気か……」
「カグヤ……って?」
恐る恐るガルシアが訊く。
捕虜となった敵兵の拷問など珍しくもなければ、ガルシア自身、経験がないわけでもない――しかし、それを執り行う人間が、二十歳そこそこ過ぎたばかりの――それも一国の賢者にして、『美女』となれば見るに耐えないものがある。

「人の怨念、物に宿る魂、長い年月を生きた動物が変異したもの、闇より生まれたもの、これを総称して妖という。それを取りまとめる妖の女王が、カグヤだ」
「元々カグヤはセイラン王家に連なる者。だが、半陰陽の存在でもあった」
オウガが付け足す。
「半陰陽?」
聞きなれぬその言葉の響きに、ガルシアは眉をしかめる。
「男でもあり女でもある、またそのどちらでもないってこと。そっちの国じゃ両性具有とか言うんじゃない?」
ガルシアは記憶を辿った。確か、人を超越した――神の御使いあたりが、その両性とやらではなかったか?
「本来ならば、半陰陽とは神の恩寵にも等しい身体だ。が、当時のセイラン王家ではそのような者は王位継承者として認められず、カグヤは失意と恨みを抱いて魔道に堕ちた。そしてセイラン史上最強、最悪、最低の妖となった」

「ちなみに妖の女王……妖婦カグヤは『暁の神子サクヤ』の天敵。サクヤ様が全盛期のころは妖を率いて何度も王都に侵攻したそうだよ」
「暁の神子はカグヤの肉体を滅ぼした、が、その魂までは消滅させることができなかった。一応封印はしたものの、カグヤの魂は眠ることなく怨霊となって、常に新しい肉体を求めている。ごく稀に、その魂を解き放とうとする馬鹿がいるわけだが……どうやらその馬鹿の第一人者が、あの猪らしいな。――なるほど、ただの妖ではないとは思っていたが、さしずめあの妖婦の手先、残党と言ったところか」
サクヤが鼻で笑った。
「でもよ、どうして大僧正は、その妖婦の新しい肉体に女帝みたいな子供を選んだんだ?」

「ソウリュウが言ってたろ?セイラン王家の人間は……とりわけ『帝』においては黄龍の加護を受けている、と。そしてカグヤも廃嫡されたとはいえ、元々はその加護を受けていたセイラン王家の人間だ。つまり、力を受ける器としてレンゲ様の身体に、カグヤの魂はよく馴染むってことさ」

「でも陛下は病弱な子供だ。そんな陛下に最強の妖の魂でも降ろされたら……」
「カグヤに支配された時点で陛下の御身と魂は、確実に死に至る」
言いながらサクヤは踵を返した。
「オウガとコハク、お前達はしばらくここで兵士の相手をしていろ。その後、神子を捜せ。陛下の身が心配だ。どうも嫌な予感がする。私とガルシアは今からシェイドの応援に向かう。おい、急ぐぞ」
言うが早いか、サクヤが駆け出す。頷く間もなく、ガルシアもそれに続いた。
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