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EternalCurse

Story-143.変人公爵-U
「あの……エレイン夫人は、私と同じぐらいの御年でしょうか?」
食事の最中、エステリアが訊いた。
「いいえ。神子様。私はローレンスより年上でしてよ?」
「え?」
「若く見えるでしょう? 実際、エレインは私より二つ上の二十七歳だよ。どう見たって貴方と同じ十代の少女みたいだよね?」
どこか嬉しそうに語るローレンスの姿に、エステリアは大きく頷いた。
「信じられない……てっきり同い年かと思ってました……髪が短いからかしら?」
大抵の貴婦人は長い髪を高く結い上げている。だが、エレインの髪は貴族の妻にしては珍しく肩にかかる程度の長さで、前髪は眉上で切り揃えられていた。その事が童顔な夫人をよりいっそう若く見せている。
恥ずかしそうに笑う、エレインを見て、エステリアは顔を綻ばせた。
ヴィクトリア王妃と会談した時は、一見、穏やかそうでいて、妙な『ざらつき』のようなものを感じたものだが、この人にはそれがない。それは断言できた。

「綺麗な髪だったんだよ。グランディア一と言われるほどのね。でも私に嫁いでからはばっさりと切ってしまったよ。ヴィクトリア王妃の不興を買わないようにね」
「ヴィクトリア王妃の?」
「ヴィクトリアの実家はブルーイット公爵家で、公女だった頃から影では『我が儘子猫のヴィクトリア』って囁かれていたかな。彼女、ぱっと見た感じじゃわからないけど、腹の中に何か隠し持ってる感じでしょう? 同性にはあまり好かれないんじゃないかなぁ? ああ見えて物凄い悋気の持ち主だしさ、ねぇ?」
同意を求められたところで、エステリアらは『そうですね』と、答えるわけにもいかない。
「そのブルーイット公爵家と我がエルウッド公爵家は多少は関わりを持っていてね。昔、私とヴィクトリアとの縁談話も浮上したことがある」
どっかりと、椅子に背を預け、ローレンスは大きく伸びた。
「当時、ルドルフの妃になるのは、絶対にレオノーラだと思ってたんだよね。私は元々、幼馴染のエレインと許婚だったから、ヴィクトリアとの縁談話を聞いたときは驚いたよ。幸い、私はヴィクトリアは眼中になかったらしい。彼女が欲しかったのは、あくまでも『王妃』の座だ。公女の身でありながら、遊び女同然にルドルフを誑かして、子供を盾に王妃の椅子に座り込んだわけだろう? 結婚の動機が不純すぎるよ。だからルドルフ陛下には今更、子供の出生を疑われたり、廃妃扱いされたところで文句は言えないんじゃないかな?」
「ローレンス、口が過ぎますよ」
「ああ、ごめんね、エレイン。物事の順序をきっちり守った私達夫婦と、国の秩序たる王室との感覚があまりにもかけ離れすぎているから、ついね」
会話の中にも国王夫妻への痛烈な皮肉が込められている。しかも、それを笑顔で言うものだから始末が悪い。
「エルバートがいっそ娘だったなら、国王一家に監視されずに済んだのに。次は是非とも『姫』を願いたいものだ。いつ許されるかわからないけど」
「まぁ、貴方ったら」
監視――という言葉を耳にして、エステリアは、ふと先程のジェレミーとローレンスの会話を思い出した。
「あの、先程、お子さんを一人に制限されてるとか、なんとか仰ってましたけど……そんなに国王陛下は色々と圧力をかけてくるものなんですか?」
エステリアが小声で訊いた。ローレンスは頷くと、
「ルドルフ陛下の治世になってからは、妻に懐妊の兆候が出たなら、早いうちに始末しろと言われてる。
万が一、産む選択をした場合、男児なら、即殺す、女児なら里子に出すよう命じられているよ。だからうちは一人っ子。といっても、国王陛下が即位する直前に、エルバートは生まれたから、なんとか殺さずに済んだんだよ。陛下の即位後だったら、未だに私達の間には、子がいなかったかもしれないね」
淡々と答えた。
「あの赤毛はどこまで人の道を外れれば気が済むんだ」
嫌悪感を丸出しにしてシェイドが言った。
「赤毛! おもしろいね、そのあだ名!」
ローレンスが膝を打って笑った。
「まぁ、いくら気をつけていたって、子供なんて出来るときは出来るものでしょう? だから聖誕祭当日は、確認のためにエレインの傍に付きっ切りで。万が一、ローランド殿下のお誕生日に、懐妊の報告をしようものなら、一家揃って、不敬罪で牢屋行きだろうしさ。杞憂に終わったから笑って話せるんだけど」
公爵という身分でありながら、随分と赤裸々に語るものだ――とシェイドが隣で顔に出している。
「王家に近しい公爵家に、跡取りは設けるなだの強要するなんぞ、無礼にも程がある。世が世なら、エドウィン王太子の血筋が国王であり、獅子王の血族はあくまで親戚の立場であったはずだ。そうまでして赤毛は、国王の座にしがみつきたいものなのか?」
うんざりとした口調でシェイドが言った。
「そうなんだよね。迷惑な話だよ。だから、ルドルフ陛下が、それほどまでに『自分の血筋』による王権が大事なのなら、私達一家の事を王室を脅かす存在として懸念する前に、さっさと側室を宛がって、跡取りを産ませればいいじゃないかって、私は主張してるわけ。人選に困ってるならブリジットがいるでしょう? 彼女だったら誰も文句はいわないよ。本当はそれが手っ取り早い解決法だって大抵の人はわかってる。でもヴィクトリアをないがしろにするような事をブルーイット公爵の前では言い出せないから、話が進まないんだよ」

そのブリジットの正体は、男だ。両性具有とは言っても、男としての道を選んで今は生きている。
そして、彼は国王によって無体を強いられた後、子を流すに至ったばかりだ。事情を知るだけに、エステリアはこの提案にはさすがに同意は示せない。

「本来、ここまで王室が打撃を受けたというのなら、普通、臣下は一丸となって今の国王を支えるものだというのに、周囲の人間とくれば、次期後継者だのと、最悪の事態の方を優先に考えている――。
これは内心、あの赤毛には期待してない事の表れだから、それをひしひしと感じ取っている国王とその周辺の一族は、保身に走って、政敵であるエルウッド公爵家を潰しにかかってる、と……」

「毎日、毎日、いつ王位を追い落とされるか、気が気でないんだろうね。そもそも、うちのエルバートには王冠なんて重過ぎるよ。知ってると思うけどさ、うちの祖父、王太子でありながら廃嫡されたでしょう? その不遇の一生について、物心ついた頃から、母のマリアンヌにずっと聞かされて私は育ったんだよ。政の才があったとしても身体がついてこなきゃ意味が無い。向き不向きって大事だと思うよ。あと王座に着くのもある種の『運』が必要なんだよ。レオンハルト大叔父は、その全てを兼ね備えた偉大なる王様だと思うし、かの獅子王が相手なら、祖父が廃嫡されても、なんの文句も言えないって思うんだ。私はそこのところ理解してるし、弁えてもいる。
陛下は目の敵にする相手をはなから間違ってるんだよ。国王陛下は王妃に遠慮してか側室との間に跡取りを設けない、だからといってこのままローランド殿下の快復を望むのは厳しい……ってなってくると、本当にいよいよの時は、陛下はメルザヴィアのジークハルト殿下にでも譲位する方法しかなくなるよ?」

突然自分の名前を、後継者として出され、シェイドは思わず飲みかけたものを噴出しそうになった。
「ジークハルト殿下は、獅子の兄弟国における位継承権の順位も上だしね。ある意味適任といえば適任。ただ、彼の場合はメルザヴィアの国王になる方が優先だから、極めて望みは薄い。まぁ、こういう話も議会じゃやったんだけどさ」
ジークハルト本人を前にしているとも知らず、同意を求めるようにローレンスはシェイドを見た。

「そのメルザヴィアの王太子とやらは、本国ではどこぞの落胤と謗られています。未だ、国内には彼をヴァルハルトの子と信じぬ者もいる。その状況でメルザヴィアの国王になれるとでも? ましてグランディアの国王の後継など……」
ただでさえ、シェイドとルドルフは犬猿の仲であり、ルドルフにとってシェイドは『ヴァロア皇帝の落胤』という認識で、同じ血族とすら思ってはいない。だが、これについて、ローレンスの意見を聞きたかったのか、それともメルザヴィアでの厳しい現実を訴えたかっただけなのか、シェイドは淡々と述べた。

「そうかな? それでも彼はメルザヴィアの国王になるんじゃない? ああ、もしかしたらメルザヴィアはヴァルハルト陛下の治世がしばらく続くだろうから、彼は一旦、カルディアの国王になるかもしれないな……」

「巷の人間が、彼の王太子の素性を怪しむ中、どうしてそう言い切れるのです?」
 
「え? だって、ジークハルト殿下が本当に、ヴァロア皇帝の落とし胤だったら、即座にヴァルハルト陛下から暗殺されてるでしょう?」
バッサリと切り捨てた後、
変わった事を聞くね――そう言いながら、ローレンスはフォークで突き刺した甘鯛の揚げ物に息を吹きかけ、冷ましている。
「ところで、綺麗な人、貴方はどこの人? 姿勢や仕草見てると、随分と育ちも良さそうだけど?」
「本当ね。殿方なのに、まるで貴婦人のような面差しだわ、羨ましい。色も白いし……もしかして出身は雪国のメルザヴィアあたり?」
続けて、ローレンスの隣でエレインが嘆息した。
色白で綺麗――はメルザヴィア生まれの代名詞である。単純に今は妖魔の身体であるが故に顔色が悪いだけというのもあるが、シェイドはここは素直に頷いた。
「ああ、やっぱり! 貴方を見てると、ソフィア王妃を思い出すのよ」
エレインが両手を打った。
いや、顔立ちはまるっきり変わってしまっているはずなのだが――と、今にも口に出しそうなシェイドの表情を見て、エステリアがふと笑う。
「ソフィア王妃か。とても清楚で美しい方だったよね。もう十数年前の話だけどさ。当時のヴァルハルト陛下、今の私と変わらない歳だったのに、すごい凛々しくて、貫禄があって。憧れたものだよ。あと赤毛と黒髪との喧嘩もよく覚えてる」
赤毛と黒髪とは、勿論ルドルフとシェイドの事だ。まだ十歳にもならぬ子供同士の喧嘩ではあったが、当時を知る人にはよほど印象深く残っているのだろう。そこには少女の格好をしたオスカーも居合わせており、ソフィアの看病にも付き添っている。その後、このような形で再会する事になるとは、不思議なものだ。
「あの……公爵様」
「ああ、公爵様じゃなくて、気軽にローレンスって呼んでくれていいよ? 貴方は一応神子様で、本来は王族よりも偉いんだしさ」
その神子様を失礼にも『お嬢さん』呼ばわりしている事を、気にも留めずローレンスはエステリアの問いかけに耳を傾けた。

「ローレンスさんは、サーベラスについて、何かご存知ですか?」
本題はそこだ。
「サーベラスって……あのサーベラスのこと?」
「ご存知なんですか?」
「だって、事実上、この辺りの治安を守っているのは彼らだよ?」
何を今更――とでも言うような調子でローレンスが答えた。
「貴方、港町に言ったことある? 今は壊滅状態で行けないけどさ。あそこにいる荒くれ者に統率力を足したようなのが、サーベラスでしょ?」
サーベラスという組織が、荒くれ者で構成されているという話ならば、既にオスカーから聞き及んでいる。問題はローレンスがこの先にある情報を知り得るかどうかだ。

「ちなみに、サーベラスのアジトって、わかります?」
「アジト!? なんの用があって、神子の一行がわざわざそんなところを調べてるの?」
「いえ、あの……そこの頭領さんに会って、どうしても譲ってもらう……というか貸して欲しいものがあるんです」
「失礼ながら……金の貸し借り、とかじゃないよね?」
怪訝そうにローレンスが、エステリアとシェイドを交互に見つめる。

「違います。でもどうしても私達にとっては必要なもので、それがないと私達、この国から出るどころか、投獄されてしまうかもしれないので……」
「投獄? 神子様を……まぁ……」
エレインがスプーンを手にしたまま固まる。
エステリアはグランディアを訪れてからここに至るまでの状況を、夫妻に手短に説明した。

「大変なんだね、貴方達も。質問のサーベラスのアジトについてだけど、さすがに知らないな。そもそも、私にでもわかるような場所にアジトがあるんだったら、とっくに白銀の騎士団が突き止めて、なだれ込んでるんじゃない? 一応、現王権への反体制組織でしょ? あそこ」
「そうですよね……」
そう都合よく情報が手に入るわけがない。失意を露わにエステリアは肩を落とした。
「ただ彼らって……一所に留まらず、結構満遍なく、散らばってるんじゃないの?」
「なんで、そう思うんですか?」
「いや、だって、以前、市街地に出た私の家の使者が暴漢に絡まれたときに、サーベラスの一員に助けて貰ったそうなんだ。他にも様々なところで、構成員の目撃情報はあるんだよ。ああ、でもお家柄って本当に大事だよね。いや、人徳かな? 使者もエルウッド家の者じゃなかったら、どんな目に遭わされたかわかったものではないよ」
ローレンスは両腕を組んでしみじみと続けた。
「そういえば、歌姫のマルグリット? 一時期は彼女もサーベラスの一員だって噂されてたんだよ? だから殺されたとも……まぁ、真相は闇の中だけどね」
「マルグリットさんも?」
思わずエステリアはシェイドを見た。マルグリットはオスカーによって殺害されている。これについての動機は、悋気を起したヴィクトリアによる粛清とシェイドは推測している。
「教えてあげれるのはこれぐらいかな。情報協力できなくてごめんね。もとい、本当は関わりたくないんだけど……」
その最後の一言が余計である。

「ところでお嬢さん」
「え? はい?」
「貴方達は、今どの辺りに滞在してるの?」
「オスカーさんの別荘に、こっそりいます」
周囲に気を遣うように、エステリアは小声で答えた。
「えー……オスカー……」
ローレンスから突如として失望の声が洩れる。
「あの……なにか問題でも……? オスカーさんは、ローレンスさんの又従兄弟でしたよね?」
「だって……オスカーってさぁ、私の又従兄弟というよりは、国王の忠実な番犬なんだよね」
ローレンスは残念そうに天井を仰いだ。
「従兄弟叔父のライオネルは、本当に良い人だったんだけどねぇ……オスカーはなんで、あんなに堅物なのかな。私には彼がある意味、狂気に取り付かれてるとしか思えないんだよねぇ……」
「狂気……ですか?」
「そう。王家への絶対的忠誠という狂気。王家の為なら、なんだってやるよ? 彼……。だから貴方――少し、身の回りには、気をつけた方がいいよ?」
緊張感のある会話とは裏腹に、やたら優しく微笑みかけるローレンスの姿に、エステリアの背筋に寒気が走る。
「あら神子様、どうなさったの? 早く食べないと、スープが冷めてしまうわ……」
若干顔を強張らせたエステリアを気遣う、エレインにとって、夫のこの様子は『いつもの事』に過ぎないのであった。


食事を終えた後、エルウッド夫妻とは、店先で別れる。二人の馬車を見送りながら、エステリアは隣に立つシェイドに尋ねた。
「せっかく噂の公爵と会えたのに、貴方、あまり喋ってなかったけど……どうして?」
「変人公爵の本音を探るためだ。お前が相手だと、向こうも油断するだろう。だからあえて黙ってた」
「やっぱり……」
案の定のシェイドの答えに、エステリアが軽く溜息をつく。
「でも、オスカーさんが言ってた通り、本当に変わった人ね。お話聞いてると、こっちが冷や冷やするわ……笑顔で怖い事言うし……」
「思ったよりは、まともな方じゃないか? 王室関係者が相手になると、わざとらしい阿呆ぶりを発揮するといったとこか」
首を傾げるエステリアが次に尋ねる事を察知してか、
「賢いのが、頭の悪そうなふりをすると、あんな感じになる」
シェイドは先に答えた。
「飄々としているが、目は死んでない。頭も随分と切れる方だ。ふざけて喋っているようで、公爵の話の『芯』はしっかりしていただろ? あの態度は赤毛の執拗な嫌がらせから身を守るための処世術だと思うぞ? そんな芝居すら見抜けん赤毛は、やはり他人を見る目がないんだろう」
どこも大変なのね――とエステリアは呟いた。
「結局……有力情報みたいなものは得られなかったわね」
「少しはあっただろう? サーベラスの人間らが広範囲に分散している件、それからマルグリットもその一員であったかもしれない件。これだけでも収穫じゃないか」
シェイドにしては珍しく、宥めるような口調がエステリアには何か気にかかった。
シェイドはエルウッド公爵夫妻と一緒にいる際、案外、心ここに非ずという状態だったのかもしれない。
そんな彼の心内を占めているのは、やはり蘇ったミレーユの事なのだろう。
「こう……占いか何かでサーベラスのアジトなり、イシスの居城への入り口なり見つけられたらいいんだけど……そう都合良くはいかないわよね……」
嫌な事を打ち消すかのように、エステリアは言った。
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