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EternalCurse

Story-142.変人公爵-T
「神子……なんでここに……?」
エドウィン廃太子のお膝元、シェルビー街の出入り口付近にて、圧倒的に不利な立場であるジェレミーは、更なる追い討ちをかけられたように、表情を強張らせたまま、エステリアを直視した。
神子という言葉を耳にした観衆の視線が、一気にエステリアの方へと集まった。
「なんで、もなにもあるか。注目して下さい、といわんばかりの人だかりを作ったのは、お前自身だろうが」
相変わらずの歯切れの良さを持つ、シェイドによって痛いところを突かれ、ジェレミーは眉をしかめた。
周囲の注目、そして興味がジェレミーとエステリアらに集中している最中、
「ねぇ、ジェレミー……」
いつの間に取り出したのだろう。
いや、そもそも手にしていたのかすら覚えてはいないのだが、声をかけたローレンスの右手には、柄に薔薇の蔦の装飾が施された細身のステッキが握られている。
その頭に彫られているのは、勿論エルウッド家の家紋である。
ローレンスはその柄を軽く捻った。
カチリ、とした音が聞こえたかと思うと、そのまま引き抜く。そこからすらりと抜き出されたのは細身の剣だ。
「え? なにあれ?」
物珍しそうにエステリアが呟いた。
「仕込み杖だ。護身用に大抵の貴族は持ち歩いている」
隣でシェイドが答えた。
「抜きなよ、ジェレミー。決闘をしようか」
「は?」
唐突なローレンスからの申し出に、ジェレミーが頓狂な声を上げた。
「なんて声出してるの? 君がさっきから言っている事は、充分に私への侮辱に値する。だから決闘をしようって話さ」
「ちょ……ちょっと待って下さい」
戸惑うジェレミーを他所に、ローレンスは細剣を向けたまま、一方的に話を続けた。
「ただし、鎧は脱いでくれるかな? そのままだと、いくらなんでも分が悪いし、そちらだけ完全武装というのは卑怯だと思う」
「ひ……卑怯って……」
「王家にとって私は罪人扱い。この私を討ち取れば、君は名誉挽回、陛下から出世の道も約束されるわけだ。国賊を倒したのだから、むしろ君はグランディアの英雄として崇められるかもしれない。ただ、ここで私が倒れれば、ジェレミー、君もただじゃ済まされないだろうけど?」
ローレンスの視線が取り巻きの民衆へと向けられる。シェルビーの街は、ローレンスの祖父であるエドウィン廃太子が発展させた街でもある。
民衆にはかつての王太子を憂い、敬愛する気持ちが強く根付いており、例え現在のエルウッド公ローレンスの治世がどうであれ、その血脈に仇名す者の存在を許しはしないだろう。
そのような事はエステリアらでも容易にわかる。

「ねぇ、ジェレミーさん。ここは一旦引いた方がいいと思うの。はっきり言って貴方、今とても不利な立場よ」
一応、私に免じて引いてくれない?――エステリアはそう付け加えた。
仮に決闘でジェレミーが勝った場合、この状況ですら充分に殺気立っている民衆が、彼を含む白銀の騎士団を生きて帰しはしないだろう。
「神子の言う事が最もだと思うぞ。それに実に妙な話じゃないか。そもそも、お前達が国家騒乱の罪を着せて逮捕したかったのは、俺達じゃないのか? さっきから聞いていれば、因縁をつけたい相手には、とりあえず国家騒乱罪をなすりつけて片付けようとしているように思える。一体、この国じゃ、何人が『セレスティアを結託』して聖誕祭を壊滅させたという事になってるんだ?」
半ば呆れた気味にシェイドが言う。
「へぇ、君、なかなか良い事をいうね。私も今そう思っていたところなんだ」
おっとりとした口調でローレンスが語る。
「どうしてもこちらの公爵を逮捕したいというのなら、セレスティアと繋がっていたとかいう裏付けは取って置いたほうがいいぞ? 異様なこの国でなければ、普通ならお前の方が不敬罪で斬り捨てられているところだ」
シェイドに指摘され、ジェレミーは一度周囲を見回すと、
「引き返すぞ」
しぶしぶ呟き、踵を返した。その直後に沸き起こる観衆の喝采に、ジェレミーの表情が屈辱で険しさを増す。
白銀の騎士団を引き連れ、数歩進んだ時だった。
「あ、ジェレミー!」
背後からローレンスの声がした。名を呼ばれ、無意識のうちに振り向いたジェレミーに、
「お姉さんのジェシカによろしく言っといて! 今度のお茶会には招待状送るからね!」
先程の物騒な駆け引きはどこへやら、ローレンスが友達にでも語りかけるかのように、にこやかに手を振っている。ジェレミーの顔に戦慄が走る。
まるで化け物でも見たかのような表情で、ジェレミーは一応、一礼すると、足早にその場から引き上げた。

ジェレミーと白銀の騎士団が街を出るや、
「あぁ、怖かった。もう今日は最悪な日だよ。ここに来る前に、占い師にでも運勢を見て貰っておけばよかった」
盛大な溜息と共にローレンスが肩を落とし、細剣を杖の中に収めた。
「怖かった?」
思わずエステリアが反芻する。
「白銀の騎士団が持ってる剣は特注だよ? こんな護身用の剣なんか一発でへし折られるのがオチさ、それにしても……」
言いながらローレンスが、エステリアの爪先から頭の先までを凝視した。
「貴方のような普通のお嬢さんが、神子さんなんてねぇ……」
「ローレンス! 失礼ですよ!」
隣にいたローレンスの妻エレインが慌てふためく。
「いや、だって、前の神子セレスティアとかさ、なんか清楚の中にも、妖艶も兼ね備えてたじゃない? ああ、これなら魔女に堕ちてもおかしくないなぁ……っていうさ。この子の場合は至って普通というか、愛らしいというか……」
「もうしわけございません、神子様、夫も悪気はないんです」
妻の制止もおかまいなしに、思ったままを語る夫の非礼を、改めてエレインが詫びる。
「いえ、大丈夫。お気になさらずに。それよりも大変でしたね」
エステリアがエレインに頭を上げるよう、促す。
「どうしてこんなことに……?」
エステリアが訊いた。
「いつもの事だよ。現王室から難癖つけられるのには、もう慣れっこさ」
これは日常茶飯事だ――とローレンスが答えた。
「さて、そろそろ屋敷に帰ろうか、エレイン。ここにいても迷惑だろうしさ」
ローレンスがエレインを伴って、馬車へ戻ろうとした時、
「あの、少しだけでいいんで、お話を伺ってもいいですか?」
エステリアが引き止める。エルウッド公は最も王室に近い血族でもある。なんとなくではあるが、この公爵夫妻は何か目新しい情報を持っていそうな気がしたのだ。エステリアの申し出に
「できれば貴方とは関わりたくないんだけどなぁ……また神子と結託して何かを企てたとか言われたくないし」
ローレンスは難色を示す。
「そうですか……」
あっさりとエステリアが引き下がろうとしたときだった。
公爵夫妻、そしてシェイドの目の前で、エステリアの腹からぐぅ、と空腹を知らせる音が響いた。
「え?」
思わずエステリアが赤面する。ローレンスの隣にいたエレインがクスクスと品良く笑った。
「なんだ、お前、腹減ってたのか」
見下ろすシェイドに
「違う、違うのよ。そんなはずはないの、多分、緊張して……」
エステリアが苦しく弁解する。そんなエステリアを微笑ましく眺めながら、
「私も心配しすぎて、お腹が減ったわ。ここで出会ったのも何かの縁なのでしょう。お食事をご一緒してはいかがかしら?」
と、エレインが夫に提案した。
「え〜?」
ローレンスが癖のある金髪を片手で掻きながら、今にも脱力しそうな声を上げる。
「ローレンス、あの白銀の騎士団を、追い払えたのは、神子様達の発言があったからではなくて? 貴方一人の力では、到底彼らを引き下がらせる事はできなかったかもよ?」
「痛いとこ突くよなぁ……エレインは。まぁいいか。よし、一緒に食事にしよう。と言っても入るのは、この街の食堂だけどね」
しぶしぶ承知したローレンスの下、エステリアは奇妙にも、この公爵夫妻と食事を共にする羽目になったのである。





活気に満ちた厨房から、肉が勢い良く爆ぜ、その肉汁が滴る音や、スープが煮立つ音が聞こえる。
客の中には、真昼間から酒を飲み、馬鹿騒ぎをして者も多々いる。その食堂の中でこの場にはそぐわない出で立ちの者が四人、テーブルに座っている。
それは勿論、エルウッド公爵夫妻とエステリア、そしてシェイドだ。揚げたての甘鯛を野菜と酸味の強いドレッシングで和えたサラダが中央に運ばれ、人数分の皿が彼らの前に並ぶ。
大衆食堂に現れた公爵を前に、給仕の女が、貴族の屋敷に勤める使用人の如く、料理を皿に取り分けようとする。
「ああ、やらなくていいよ。ここは私の屋敷ではないから、自分でやる。貴方は下がって自分の仕事に就きなさい」
ローレンスは申し訳なさそうにそう言った後、柔らかく微笑むと、給仕の女を引き下がらせる。
「貴方、取り分けなら私が……」
エレインが身を起す。
「いいよ、私がやる。まずは神子さんからね」
器にたっぷりと盛られたサラダを器用に皿に取り分けながら、
「お腹減っていたんなら、最初からそう言えばいいのに」
先程まで、神子とは関わりたくないとまで豪語していたローレンスが、いけしゃあしゃあと言った。
「こんなところに、公爵夫妻が日頃から出入りするもんなんですか?」
「街に立ち寄ったときは、ほとんどここで食事を取ってるよ。それから、こんなところ――なんて表現は失礼だよ? お嬢さん?」
「すみません……」
「ちょっと、ローレンス。あまり神子様を責めないで」
ごめんなさいね――エレインが詫びる。
「ああ、ごめん。ちょっときつかったね。ただここは、貴族の屋敷に引けをとるようなお店ではないって言いたかっただけ。私達にとってはくつろげる場所なんだ。屋敷じゃ妻ともこんな近くで向き合って食事なんてできないしね――テーブルが長すぎて」
サラダを全員分、取り分けた直後、別の給仕が運んできたローストビーフに慣れた手つきでナイフを入れる。

「でもね、本当に良い街だよ? 元々、ここ一帯は祖父エドウィンの管轄でね。古き良きもの、伝統を愛する人間が多いんだ。勿論、神子様も大歓迎じゃないかな?」
「ローレンス閣下はとてもこの街の人達を信頼されているんですね」
「だって! ここで私に一服盛るとしたら、ブルーイット公爵ぐらいでしょう?」
にこやかに恐ろしい事を平気で口にする――エステリアはオスカーが言っていた言葉の意味をようやく理解した。
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