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EternalCurse

Story-138.地獄の番犬 
「ライオネル・デリンジャーは、血判状の半分を、サーベラスとかいう組織の頭領に預けたそうだ。貴殿は、その頭領とは面識はないのか?」
改めて、サクヤが訊いた。
「『地獄の番犬(サーベラス)』については、私も名前は聞き及びます。ですが、申し訳ございません。その頭領はおろか、組織の一員にすら出会ったことはありません」
申し訳なさそうに、オスカーが答える。
「会った事もない上、名前程度しか知らない団体に、どうしてあんたはそんなに顔を引きつらせているんだ?」
怪訝そうにシェイドがオスカーを見やった。
「一応、『地獄の番犬(サーベラス)』という組織についての情報を集めるべく、探りは入れているのです。勿論、その拠点(アジト)についても。ですが突き止めるまでには至っておりません。集めた民衆の話から推測するに、現時点でわかっているのは、サーベラスの多くは荒くれ者らで構成されている、ということ、そして、このグランディアにおいて彼らが『反体制』であるということです」

「なるほど、要はそんな得体の知れない反体制の組織に、お宅の伯父さんが国家機密を預けたから、団長さんは真っ青になってるってことか」

「オスカーさんの伯父様は、ルドルフ陛下が、いつかベアールのようになってしまう事を危惧していたのでしょうね。王権を覆さなければならくなった時のために、あえて反体制組織に預けたとしか……」
「じゃあ、なんでもう片方をルーベンス教会の方に預けたんだ? 聖職者とはいえ、あちらはそれこそ一般人だぜ?」
「それは、ディオスさんが盲目であったからでしょう。彼ならば内容を『見て』しまうことはまずありません。ある意味、ライオネルさんが知り合いの貴族に血判状を預けるよりは、安全かと」

「なるほどな」
シオンの説明に納得したように、ガルシアが頷く。
「でもよ、サーベラスが反体制組織であるって事は、国王の耳には入ってんのか?」
「勿論、伝えました。国王陛下も、いつ牙を剥くともしれないその組織を潰すべく、一時期、躍起にはなられていたのですが、実体が掴めない以上は、手の出しようがありません。なにより、セレスティアからの宣戦布告と共に、貴方がたがこの地に現れた。その事によって、陛下の標的は、サーベラスより、貴方がたに移行してしまった」
そして、現状に至るのである。エステリア一行の中に、重苦しい空気が漂う。

「それにしても……どうやってライオネルさんは、サーベラスの頭領に接触したのかしら? オスカーさんでもアジトを見つけることができないんでしょう? 何か伝手でもあったのかしら?」
そこが一番重要な問題である。

「生前のライオネルさんの交友関係でも洗えればいいんですけどねぇ……」
「荒くれ者達が徒党を組んでそうな場所って言ったら、港町ぐらいしか思いつかないぜ?」
「その港町は今となっては半壊状態だぞ?」
すかさずサクヤが言った。
「勿論、港町なら、真っ先に調査を入れましたよ? ですが、それらしい情報を手に入ることはできませんでした」
その言葉に一同が溜息を洩らす。
「団長さんでもそんな状態だっていうのに、この広いグランディアの城下町から、俺達がその組織のアジトを割り出す事なんて、可能なのかよ? 」

「だが、相手を黙らせるだけの『武器』は持っておかねば、我々はいずれ、国王にわけのわからん罪を着せられて投獄されるんだぞ?」

「どちらにせよ、この国にイシスの居城へと繋がる道のようなものがある以上は、留まる必要があります。
ですが、我々への風当たりが強いことからしてみれば、多少の時間は要したとしても、サーベラスの捜索と、居城への入り口は並行して捜索すべきか、と」

「居城の入り口までは捜索する必要はないだろう? そもそも、その場所は、赤毛の許可なしには通れない、という事は、何かしら過去から、グランディア王家はイシス側、あるいはイシスが遣わした大使なんかが交流していたって事だ。確実に情報を持っている赤毛に血判状を突きつけて、洗いざらい吐かせればいい」

「まぁ、あの国王陛下を黙らせた上で、正式にその道を通して貰えるなら、それに越したことはありませんが、万が一、血判状を入手できなかった場合、我々を待っているのは投獄の道ですよ? その時のために居城の入り口は、我々も調べていた方が良いと思うんですよ。最悪の場合、そこへ逃走しながら、強行突破しなくてはならないわけでしょう? 入り口に術式などが施されていた場合などは、事前に解いておかねばなりません。まして、いつ国王陛下が我々への逮捕に踏み切るかすらわからぬ状態ですしね」

「本当に面倒な国王陛下だな。もっとまともな人材はいねぇのかよ」

「ちょっと、ガルシアさん!?」
オスカーさんの前よ! エステリアがそう言いたげにガルシアを見た。
「いいえ、お構いなく。傍から見れば、そう思われていても致し方ありません」
オスカーが苦笑した。

「まぁ……兄弟三国間にある特権を行使すれば、あの阿呆を引き摺り下ろすことは可能だが……」
シェイドが言った。
「特権?」
シオンが反芻する。
「仮にグランディア国王が『国を統治するに値しない暴君』だったとする。その事によって治世が乱れた場合、
その他兄弟国――つまりはカルディアとメルザヴィアがそいつを国王とさえ認めなければ、暴君を王座から引きずり下ろせるという特権だ」
「それはまた……便利な権利ですね。今すぐその暴君に行使してはいかがでしょう?」
「ただ、現状赤毛から王権を剥奪するためには、父とマーレ王妃の承認が必要だ。マーレ王妃の分は王太子の俺が代行してもいいんだが、赤毛が俺を太子として認めなければ意味がない」
エステリア一行の間に再び溜息が洩れる。
「やっぱ、王様が変わる見込みの無い今となっちゃ、サーベラスを頼る他ないってことか」
ガルシアが頭を抱えた。
「なぁ、本当にあんたはサーベラスのアジトを見つける事が出来なかったのか? 連中がいそうな区画の目星ぐらいは、いくつかついてんじゃないのか?」
シェイドがオスカーに訊いた。
「残念な事に、荒くれどもが集まりそうな場所を上げればきりがありません。ただ、個人的に気になっているのは、西の区画にあるシェルビーの街なのですが」
「シェルビーの街?」
エステリアが隣にいるシェイドと顔を見合わせた。

「グランディア国内において、東と西では随分異なります。郭によっても隔てられてはいますが、
国立歌劇場より東は、貴族御用達の店建ち並ぶディーリアス通りがあるのはご存知でしょう? 逆に西側は大衆じみております。港町の次に猛者が集まるのはシェルビーの町です」
言いながらオスカーは表情を曇らせた。
「元々、シェルビーはエドウィン廃太子の直轄地でもありました。ご存命の頃は、城下町でありながら『薔薇の都』と言われるまで栄えており、気品ある街だったそうですが、今となっては……」
そこまで言ってオスカーは口をつぐんだ。

「様変わりしている……と?」
「ええ。まぁ……古き良き街――ではありますがね。色々な意味で」
「ならそれは現在、治めている人間に問題があるんじゃないのか?」
粗方予想通りのシェイドの問いかけに、
「現在、シェルビーは、エドウィン廃太子の孫である、エルウッド公が治めています」
エルウッド公――そう答えたオスカーの表情が、再び翳りを見せる。
その、あからさまな声色や顔の変化に、シェイドが眉間に皺を寄せた。

「団長さんにも苦手な人間っているんだな」
「え?」
自分の強張った表情にも気付いてないのか、オスカーが目を見開いた。
「いや、団長さんはいつも涼しい顔して、何事にも動じないって感じだったからよ、サーベラスに続いて、公爵の話題になった途端の顔色の悪さっていったら……」
ガルシアが言いながら頬を掻いた。

「エルウッド公とやらも、なにやら曲者なのか?」
サクヤが訊く。
「エルウッド公こと、ローレンス閣下は、相当な変わり者ですので……」
「……変人?」
と、こちらを見つめてきたエステリアに、オスカーはあえて声に出して返事はせず、小さく頷くだけに止めた。

「私個人の意見ですが、薔薇の都とまで言われたあのシェルビーをここまで荒廃させたのは、エルウッド公の怠慢が原因です。ローレンス閣下は、家督を継ぐなり……いえ、それよりも前から、譲り受けた領地はほぼ放置。公務を投げ打っては街の賭博場にふらりと現れたり――と、その奇行には、側近も頭を抱えているそうです。
また、エルウッド公の第一子、エルバート様がお生まれになったときは、嫡男の誕生を喜ぶどころか、『何故、娘ではないのか』と、ご夫人を責めた挙句、卒倒なさったとか」

「そりゃ、変人扱いされるよなぁ、跡取りである息子が生まれたというのに、喜ばねぇ公爵なんぞ、聞いたことねぇ。夫人もよく離縁しなかったもんだぜ」

「なるほど……そういうのがあんたの又従兄弟でもあるから、頭を抱えているわけだ」
その言葉に、以前、ブリジットが、オスカーにとって廃嫡されたエドウィン夫妻は大伯父、大伯母にあたると言っていた事をエステリアは思い出していた。

「現に今朝方の会議ですら、このグランディアの行く末に関わる話をしているというのに、まるで他人事同然で、言わなくて良いことを平気で口にしてしまう……ですが『それでも』あの方はエドウィン様の孫にあたるのです。シェルビーの街には、未だにエドウィン様を敬愛している者も多い。無論、現王権に仕える白銀の騎士団など、シェルビーに踏み入れる事すら敵わず……」
オスカーがどっと肩を落とした。

「白銀の騎士団が尻込みするほど、シェルビーの連中はやりにくい相手だと?」
「ええ。一筋縄ではいかないでしょう。ただの乱闘で済めば良い方です。最悪の場合は逮捕者を出すことに。町人のふりをした間諜を放ったところで、彼らにとって顔なじみではないので、すぐにばれてしまいます」
「意外だな。白銀の騎士団をも退けるような街をあの国王が、強く取り締まらずにおれるとは……ある意味サーベラスに次いでの脅威だろう?」
「個人的には、苦々しくも思ってはおりますよ。ですが、あの街に関しては、あまり強硬な処置を取るわけにもいかぬのです。彼らは今でもエドウィン様こそ、王太子だと思っている。だからといって獅子王の血族に反旗を翻そうとしている――わけではありません。
獅子王の血族の繁栄に反して、忘れられつつあるエドウィン様ご夫妻の事を、長く心に止めていたいだけなのでしょう。そんな彼らを無碍に扱うということは、現王権が、エドウィン様を僭王ベアールと同等に扱い、ないがしろにしていると、言っているようなものです」
「なるほどな。でもよ……一応は、現王家が倒れた時には、そのエドウィンの血を引く、『変人』が次期国王なんだよな?」
「まぁ……そういう事になりますね」
オスカーは、今の国王も充分に問題を抱えているのだが、それ以上に後継はとんでもないとでも言いたげな表情だった。
「だが、あんたは、あくまでもあの国王の味方というわけだ」
実に残念そうにシェイドが言った。
「ええ。伯父が守ろうとした陛下ですので。まぁ……此度の一件によって、あの方も少し頭を冷やしていただければ良いのですが……」
と、オスカーが話を続けようとしたところで、小さく扉を叩く音がした。一同の視線が集中する中、オスカーが返事をすると、ゆっくりと扉が開く。
姿を現した使用人が恭しく一行に一礼すると、オスカーに歩み寄り、なにやら小さく耳打ちした。
その話を聞くや、オスカーがすぐさま立ち上がった。

「申し訳ありませんが、急用が入りましたので私はこれにて失礼致します」
「急用? 国王から召集でもかかったのか?」
「わかりません。どうやらレオノーラが迎えに来ているようなので、王宮内で何かの動きがあったと見ていいでしょう」
「あのお姉ちゃん騎士は、こんな状況でも騎士団の一員として働いてんのか? 一応は伯爵令嬢なんだろう?」
「同じなのです。私も彼女も。己の意思を尊重する、一人の人間であることよりも、家のために、国のために生まれ持った性を偽り、生きて参りましたので、どんな状況であれ、そのために動くことに、何の苦もありませんよ」
「そんな……」
エステリアが呟く。
あの黒猫亭にて、ブリジット――つまりはオスカーが、レオノーラの誕生日に贈り物を吟味していた事から、二人の関係など一目瞭然だ。だが、オスカーは頭を振ると、エステリア、そしてシェイドに視線を送った。

「以前、貴方は仰っていましたね。いつかこの世界に平穏が訪れたときに、神子が役目を終えるのだとしたら、一緒になる……と。ですが、私達には表立ってそのような未来などないのです」
国のために公妾と偽って国王の傍にいるオスカーと、男装の麗人として伯爵家の務めを果たすレオノーラ。互いに間逆の性別を生きるという意味では、似たもの同士ではある。
だが、今回の騒動で――とりわけベイリーの暴走で、騎士団の一員として、勇敢に、そして気丈に振舞っていたレオノーラの弱さを思い知る事となった。
あくまで、彼女は女性であると、痛感した。下手をすれば、あの時に命を失っていたとしてもおかしくはない。
本来ならば、騎士団の一員として奔走するよりも、伯爵令嬢として両親の傍にいる方が、幸せであることも充分に承知している。
そして最悪の場合――そう、この国が『王妃』を失った場合、次の手立てとして、彼女を手放さなくてはならないという事も。その時、自分は国王より、なんらかの処罰を受ける身となっているのだろう。
だからこそ、自分達には未来などないのだ。
「貴方がたにとって有益な情報が、こちらでも掴めたなら、すぐにお知らせしますのでご安心下さい。あと、必要なものがありましたら、遠慮なさらずに、使用人にお申し付け下さい」
心の中に、そんなわだかまりを残しながらも、オスカーは手短に一行への挨拶を済ませると、すぐさまレオノーラを待たせている部屋へと足を運んだ。
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