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EternalCurse

Story-135.残された疑問
「まったく、聞けば聞くほど、王家なんてわかんねぇもんだな。どこぞの女が産んだ庶子を、我が子として育てていたマーレ王妃、英雄王の実子なのに敵の落胤扱いされるシェイド、僭王の落胤であったにも関わらず、すり替えられて王座にいたルドルフ。獅子の兄弟国――なんて大層な事を言ってはいるが、裏を返せば身内の争いに、疑惑だらけじゃねぇか……」
中央広場での一件を聞き終えた後、ガルシアが溜息交じりに呟いた。
「王家の歴史なんてそんなものですよ。謀略と血に塗れてない方が珍しいんです」
ガルシアと同じく、聖誕祭当日、あの場にはいなかったシオンが頷く。
聖誕祭の後、エステリア一行は、オスカーが秘密裏に手配した別荘に身を寄せていた。
事実、ルドルフの自業自得とも言えるあの一件ではあるが、詳細を知らない周辺住民にしてみれば、
『神子でありながら国王一家を守れなかった』エステリア一行への風当たりは強いことだろう。
一般宿に泊まれば危険な目に遭う可能性も高い。無論、そのような暴漢にあっさりと負けるような一行ではないのだが。

「ただ、王家の血筋の件は元より、ベアールのご落胤ともっぱら噂されていたディオスさんが、聞けばサクヤ、貴方の天敵だったとは、考えもつきませんでしたよ。どうりで貴方の様子がおかしかったわけだ」
「いつから、ディオスさんを怪しいと思っていたの?」

「教会で初めて会ったときだ。両眼は閉じられてはいたが、面差しが似ていた。神子や英雄の力を途中で失った者はそれなりの因果を背負う。そしてそれは必ず形となって現れる。私が時を逆行して生きているようにな。生前、邪眼を持っていたフェネクスは、私に八つ裂きにされた後、皮肉にも盲目という形で、現世に生まれた。
目を覚ます前に始末できるよう、証拠を掴みたかったんだが……まさか本体と邪眼が切り離されていたとはな……」
サクヤが眉根を寄せる。
「そもそもセレスティアは、その邪眼を持つかつての英雄を、なんでこの世に蘇らせたんだ?」
ガルシアが訊く。

「あいつの邪眼は全てを暴き、ありとあらゆる『門』をも潜り抜けることができる。セレスティアはその力を利用したいんだろう」
「『門』ってなんだぁ?」
「平たく言えば、この世とあの世、結界に守られた場所――その綻びを見つけ、自由に行き来することができるということだ」
「つまり、セレスティアはその邪眼を使って、なにかしら結界を破ろうとしている、もしくは別の世界に行こうとしている――ということか?」
腕組みをしたままシェイドが答えた。

「セレスティアは世界の中枢を変えるって言ってたわ。そもそも中枢ってなんなの?」

「根本的な神子の仕組みを変える――それも中枢から、となると、あいつが目指しているのは預言者イシスのいる神殿かもしれん。神子ならば一度は立ち寄る場所だ」

「姐さんは行ったことはあるのか?」

「いいや、私はイシスの住まいをすっ飛ばして聖戦に赴いたからな」

「すっ飛ばしただぁ!?」

「フェネクスにとって、イシスの神殿にはろくな思い出がない。だから避けた。それから私自身が義理の姉に会いたくなかったというのもある」

「義理の姉?」
シェイドが反芻する。

「預言者イシスとは、全てを見透かす千里眼の持ち主――そしてフェネクスの双子の姉だ」

「イシスの神殿に良い思い出がないってどうして? サクヤが連れ添っていた頃のフェネクスさんは、どんな感じだったの? 今とは随分違うんでしょ?」

「私の前に現れたフェネクスは素朴な青年だった。だが、いつも自身を恥じるような表情を見せる事が多かったから、『男ならもっと堂々としろ』と渇を入れたこともある。まぁ、奴にはそうせざるを得ない理由もあった。それからあいつは、シェイド、普段のお前をずっと朗らかにしたような面構えだった」
言いながらサクヤがシェイドを見上げた。

「だから初めてセイランでお前と出会った時は、あいつの生まれ変わりでは、と一瞬だが疑ってはいた」

「悪かったな、無愛想で」

「まぁ、お前よりは朗らかには見えても、あいつは私に出会うまでは常に俯き加減だった。同じ双子ながら、周囲から敬われるイシスと違って、あいつの邪眼は他人の醜い本性などを暴く。だから随分と倦厭されて育ったそうだ。そういったこともあって、幼少の頃からあいつの中では、闇が付け入り易い空隙が生じていたんだろう。ただでさえ、禍々しい邪眼の持ち主である上、永久なる闇の支配者でもある。つまり、飲み込まれやすい。先程も言ったが、神子と英雄の『脱落者』に待ち受けているのは悲惨な結末だ。現状、セレスティアやフェネクスが邪悪であるのも、神子や英雄時代の反動なのかもしれん」

「邪眼が他人の本性を暴くって……もしかしてルーシアさんも?」
ルーシアがディオスを慕っていたのは言うまでもない。エステリアは初めて出会った頃に比べてルーシアの印象が随分と変わってしまった事を思い出していた。

「邪眼は、人間の内にある浅ましさを明るみにする。あのルーシアとかいう娘の負の部分が日増しに強くなり、己の欲望に赴くまま、突き動かされるようになったとすれば、なまじディオスの傍らにいたためだろう」
そう言いながら、サクヤが床に視線を落とした。かつて夫だった頃のフェネクスの面影でも思い出しているのだろうか。
「そういえば、夫に殺害されたというグレイスさんの件は、その後どうなったんでしょう? 犯人は捕まったのでしょうか?」
シオンが尋ねる。
「現状、グレイス・コーンウェルとその子供、そして婚約者であった本物のウォルター・バーグマンは、彼に成りすましていた男によって、無残にも殺された――ということになっているらしいぞ。聖誕祭のセレスティア襲撃とベイリーの謀反、マルグリット殺害についで、凄惨な殺人事件として街では取り沙汰されていたようだ」
生憎、葬儀は聖誕祭で亡くなった人間と合同で行われたらしい――シェイドはそう付け加えた。
「騙されていたから、グレイスさんは、あくまでもバーグマン家の人間ではなく、コーンウェル家の人間として亡くなったという扱いなのね?」

「ああ。それから『成りすまし』のウォルターの方には、紅蓮の巡視団一員、ケイン・ホフマンとかいう男の殺害容疑もかけてあるそうだ。といっても肝心な偽者は逃亡したままだそうだ。ルーベンス教会西の森に入っていく姿を見たとかいう情報もあるらしいが、真偽はわからん」

「まさかとは思いますが、あの時、女王蜂が餌にしたという人間は、その御仁なんてことはありませんよね?」
何気に思い出したシオンが呟いた。
「ああ、そんな事言ってたな。正直、俺はあの女王蜂の顔立ちに驚いて、そん時は気にも留めてなかったが。大体あの女王蜂はなんなんだ? 性格は違えど顔立ちはレイチェルそのものだぜ?」
「それは俺も知りたい。あとあいつが生き返った事についても、だ」
あいつ――とは今は黒鳥と名乗る、ミレーユのことである。

「おそらくは、テオドールの時と同じだ。セレスティアがその貴族の娘に、なんらかの力を植え付けて作り上げたのが、あの女王蜂だ。その時点で人間としての身体そのものは死に、一部の記憶や強烈な感情だけが魔物の中に残っているようだがな。ミレーユにおいては、強烈な瘴気を浴びて、屍鬼になる前に這い出てきたのだろう。いわは死人だ。こちらも現世で生き続けるために、セレスティアによって二角獣と掛け合わされたようだが……」
シェイドは黙したまま、サクヤの話に耳を傾けていた。

「もしかして、生き返ったミレーユさんの記憶って曖昧なのかな? ミレーユだった過去は知っている、けれども魂はオディールだって言っていたわ」

「記憶が曖昧というよりは、むしろ、昔の記憶は持ち合わせてはいるが、ミレーユとしての人生はとっくに終わっていて、進むことはない。だから今生きている自分の魂は別ものだということでしょう?」

「完全に過去の自分と今を割り切ってしまってるって事なのね……」

「私も一度死んでいますが、人間だった頃の事はあくまでも『思い出』であって、それ以上の発展はありませんからね。私も人とは違う時間を生きていることを実感し始めて、随分と客観的に物事を見るようになってしまいましたよ」

「そんなものなのか?」

「仮に貴方本来の人間の肉体が一度滅びて、永遠にその妖魔の身体と付き合う羽目になったら、きっと時間に取り残されてしまった気分を知る事になると思いますよ?」

「兄さん、あんたも見かけによらず、壮絶なんだな」
ガルシアがうんうんと頷いている。
「一度死んだ者に、力を与えて新たに蘇らせる。それが現状、セレスティアが繰り返し行っている事だ。ディオスもそうしてフェネクスに成ったのだろう。あいつの身体からは、生きた人間の臭いが一切していなかった」

「そのセレスティアが『与える力』っていうのは、一体何なんだ?」

「おそらくは各地に降り注いだ神子の呪いの力だろう」

「呪いの力……?」
エステリアが呟くと、サクヤが無言で頷いた。
「神子の呪いとは、彼女が英雄と別れた時に残した強烈な思念。いわば最も醜い感情の集まりと言っていい。例えば、『悲憤』がナイトメアになったように、連中にもその思念の特徴が良く出ている。ありとあらゆるものを喰らい尽くそうとしていたテオドールならば、暴食の王、女王蜂なら呪いの一つである、肉欲の権化といった具合にな。私が神子であった時代は、各地に散らばった呪いが具現化した上、魔物として現れるような事はなかった。そのような事ができる術者もいなければ、そうなる前にさっさと術式で私が解いていたというのもある」

「つまり、本来、神子が解くべき呪いの力を、セレスティアはあえて利用し、自分の布陣に招き入れているってこったな?」

「あれが大陸に降り注いだ呪いを具現化した魔物というなら、最大で七体は作れるってことですね? それも半数は我々と関係があったものを媒体にしている。きっと関係者を巻き込むことで、私達を精神的に嬲りたいというのもあるのでしょうね」

「テオドール、レイチェル、ミレーユ、フェネクス……言われて見れば確かにそうだな」

「ああ。これの性質が悪いのは、なまじ具現化している分、呪いの権化どもを倒したところで、セレスティアが力を回収して、別のものに取り憑かせれば、また振り出しに戻るということだ」

「じゃあ、その魔物を倒しても、呪いそのものを解いたことにはならないってこと?」

「ああ。セレスティアは各地に降り注いだ呪いを集め、魔物を作る――それを繰り返し行うことによって呪いの力を増幅させようとしているように思える」

「各地にある呪いの力が強くなればなるほど、一気に世界の均衡を崩すことができるから――か?」

「おそらくはな。あと、シェイド、お前の中の人間の部分を引きずりだす――というのも計画のうちだろう」
周囲が一斉に視線を送る中、サクヤは続けた。

「本来なら、妖魔が神子意外の人間に惹かれることはない。だが、ヴァルハルトのような例外があるのも事実だ。互いが別のものに惹かれるような事があれば、神子と英雄の制度は破綻する。制度を壊すことを目的としているセレスティアにとっては願ったりだ」

「既存の制度をぶっ壊すってか。しっかしよ、そう考えたら、ウォルターの偽者って奴は本当に、余計な事をしてれたもんだぜ。セレスティアから神子の刺客を奪った上、あんな性格にしちまったのも奴なんだろ?」
盛大な溜息を吐いた後、ガルシアが天井を仰いだ。

「そのことなんだけど……。今回の一件で疑問が沢山残るの」
エステリアが口を開いた。

「セレスティアを暴行したウォルターさん……といっても偽者だけど、あの人、直後に『あんたの運気を分けてもらったぜ?』って言ってたわ。どうして神子を手中にしたら、力が手に入るなんて思ったのかしら?」

「そういえばあの公妾も神子の聖婚について、その意味を尋ねてきたことがあったな。確かベアールをそそのかした占い師がそう言っていたとかなんとか……」

「その占い師とやらが、ベアールは勿論の事、偽者のウォルターにも吹聴していたのかもしれん。確実にセレスティアを神子の座から引き摺り下ろすために」

「一体何者なんだよ、その占い師ってぇのはよ?」

「考えられるのは――エステリア、お前の母親も危惧していた、忌み子のソレア」

「どうしてそのソレアさんが、セレスティアを神子の座から引き摺り下ろす必要があるの?」

「ソレアの娘が、あのノエルなんだろ? 自称、神子の」
すかさずシェイドが言った。
「つまり、その馬鹿親子がグルになって、セレスティアを陥れたって事も考えられるんだよな? 動機が自分の娘を神子に添えることだったら、尚更だ」
「でも……神子の力って、他人から資格を奪ったところで、そう思い通りの人間に継承されるものなの? 予言された人間に宿るんでしょ?」
「お前の言うとおりだ、エステリア。神子候補を抹殺したところで、どう望もうが、次の継承者に選ばれる可能性は極めて低い。皮肉にもセレスティアの次に選ばれたのがお前ならば、マーレの娘である分、余計にでも目の敵にしているかもしれん。つまりは、マーレが心配していたように、下手をすればソレアは――あるいは親子揃って、お前になにかけしかけてくる事も有り得るということだ」

「姐さん、けしかけるって言うけどよ、お嬢ちゃんは既に神子なんだろ? どうあがいたってそれには変わりねぇのに、ソレアはなにをやらかすって言うんだよ?」

「そもそも、ソレアがセレスティアやマーレ憎んでいるのは、大巫女の座をマーレに奪われた挙句、セレスティアのように神子として重宝されるどころか、自身が『忌み子』と倦厭されているからだろう? 嫉妬に狂った女というのは、かくも見苦しく、蛇よりも執念深く性質が悪い」

「仮に、ソレアが自分の娘を神子に仕立てることが真の願いとするならば、ある意味、セレスティアと同類だな」

「まったく……セレスティアにソレアか。頭痛ぇことばっかりだぜ」
ガルシアが無造作に頭を掻いた。
「結局、その自称神子のノエルさんでしたっけ? その方は行方をくらました後、どうなったんでしょう? 母親の元に身を寄せているんでしょうか?」

「俺達が知っているのは、従者をつけてカルディアを出て行った――ということだけだ。その後どこに向かったのかはわからねぇ……船には乗ったようだが……」
ガルシアがお手上げとばかりに頭を振る。

「とりあえず、ソレア親子の事も念頭に置きながら、今はイシスの元を目指すしかないんだが……」

「問題は……イシス様がどこにいるか……よね?」
エステリアの言葉に一同が沈黙する。

「なぁ姐さん、あんた賢者なんだろう? イシスの居場所ぐらいわかんねぇのかよ?」
「だから、私はフェネクスやヴァルハルトが相棒であった時も、イシスの神殿をすっ飛ばしたと言っているだろうが……」
一同が頭を抱え、それぞれが溜息をついた、丁度その時、部屋の扉を叩く音がした。
「はい」
反射的にエステリアが立ち上がり、扉を開く。

「こんにちは。可愛らしいお方」
エステリアをその名で呼ぶのは一人しかいない。しかし戸口に立っていたのはいつもの女性ではなく、優美に微笑む青年――オスカーであった。
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