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EternalCurse

Story-134.新たな幕開け
「貴方はどれほどルドルフ王太子殿下を弄べば気が済むのでしょう?」
当時、ブルーイット公爵家の令嬢であったヴィクトリア公女に、そう切り出されたレオノーラは、
「は?」
相手のあまりにも唐突な物言いに、思わず、間抜けな答えを返してしまった。
そんなレオノーラに構いもせず、ヴィクトリア公女は一方的に話を続けた。
「私が欲しいものは三つ。一つは王妃の座、二つ目はあの方の心、そして三つ目はあの方のお子」
「はぁ……」
レオノーラはただ困惑気味に、話を聞いている。
「貴方も、その気がないのでしたら、これ以上、殿下を傷つけないで下さいな」
その気――というのは、いわゆる『王妃候補』として、ルドルフの元に嫁ぐ気があるのか、という意味だ。
だが、そう言われても、王妃候補はレオノーラ以外にも数人いる。
まさか自分が選ばれるような事など、ないだろう。だから、傷つけるつもりなんて毛頭なかった――それがレオノーラの本音だった。
そもそも、ルドルフ自体に興味などない。王妃候補として名を上げられ、囁かれるのはむしろ迷惑であった。
このことによって、ヴィクトリア公女から一方的に敵意を向けられることさえも。
だから志願したのだ。白銀の騎士団に。
自分は伯爵令嬢であると同時に、跡取りとして育てられている。剣術だって充分に使える。
男に混じり戦場に赴き、政に励むような、がさつな女を王太子が好むはずはない。
なにより、騎士団に入れば、いつだって『あの人』の傍に入れるのだから。
やがてヴィクトリアは望みどおりに、王太子の子を身篭り、王妃の座を手に入れた。
これはブルーイット公爵家たっての悲願だったのだろう。家のため、野心のためにあらゆる手を使ったに違いない。勿論、その内情なども、レオノーラは一切興味がなかった。




悪夢のような聖誕祭より数日後、グランディアでは、重役会議が開かれていた。
勿論、ここに国王夫妻の姿はない。円卓を囲んでいるのは、オスカーを始めとする白銀の騎士団の上官、王宮内を取仕切っていた侍従長、近衛兵長等数名の重臣、そして王室に近い公爵家の総領らである。
「よって、メイヤールの壊滅は偽りであり、その情報元となったジュリエット・シーニュという人物は存在せず、本人、そして従者諸共、セレスティアの放った刺客であったと思われます」
所々に擦り傷を作ったジェレミーが、立ち上がり、纏めた報告書を読み上げていた。あの後、本性を現したジュリエットの従者、ティムとの戦いの後、無事にグランディアに帰還したのだ。
「次の報告を、レオノーラ?」
会議の進行役である侍従長が言った。
物思いに耽っていたレオノーラは我に返るとすかさず起立した。
「次にベイリー・コバーンによる反逆の件ですが……、ベイリーの砲撃の元、港町の四割が破壊されました。死傷者は合わせて百十余名、この程度で済んだ事が奇跡と思われます」
言いながら、レオノーラはベイリーが所持していた短銃をテーブルに置いた。
「またベイリーは、麻薬と共に、ヴァロア帝国経由で流通している短銃を仕入れ、スーリアに売買していた模様です」
初めて見る短銃の存在に、円卓を囲む一同は目を丸くした。重要な会議に欠伸をしているエルウッド公爵、ただ一人を除いて。
「港町がベイリーによって攻撃されると同時刻、ルーベンス教会が、周辺住民による襲撃を受けたとの事。彼らを先導していたのは、異形の魔物二匹。これもセレスティアによる刺客だと思われます」
「現状、国王ご夫妻、ローランド王太子殿下のご容態は?」
近衛兵長が聞いた。するとレオノーラに変わって侍従長が口を開く。
「国王陛下は、右肩に受けた傷の治療のため静養されております。妃殿下においては半身に受けた火傷が癒えず、臥せっておられます。ローランド殿下においては、昏睡状態にて……」
侍従長の報告を受け、ヴィクトリアの父親でもあるブルーイット公爵が、悲痛な溜息と共に、頭を抱えた。

「まったく、オスカー! お前というものがありながら、何故、陛下をお守りできなんだ!?」
苦々しげに近衛兵長が言った。

「私は港町の一件の収束のため、奔走しておりました。陛下の身辺警護であれば、近衛兵のお役目でしょう。兵長である貴方は、聖誕祭の折、何をされていたのですか?」
さらりと返すオスカーに、近衛兵長は言葉を失った。

「このような事を申し上げたくはありませんが、今後、国王陛下ご夫妻の快復が見込めぬ場合、もしくはローランド殿下に万一の事があれば、グランディアの後継者について、考える必要もございますな」
侍従長の言葉に、一同が固唾を飲む。
石畳に叩きつけられたローランドにおいては、それほどまでに予断を許さない状況となってるのだ。これについて口火を切ったのは、他ならぬブルーイット公爵であった。

「まず王位継承権については、ルドルフ陛下に他に子がおらぬ場合は、レオンハルト陛下の御子等の血族に生じる。つまりはカルディアのテオドール陛下の子女、メルザヴィアのヴァルハルト陛下の子女。しかし、カルディアは肝心の国王と王女を失っており、最も有力なのは、メルザヴィアのジークハルト殿下のみとなった。不思議な事にクローディア様とその子女らが偶然にも命を落としているゆえな」

「ああ、なんだかルドルフ陛下のような事をおっしゃるんだね。さすがは陛下の舅殿で妃殿下の父君だ。まるで今回の一件すら彼の仕業って遠まわしに言いたいみたいに」
気だるそうに頬杖をついていたエルウッド公爵、ローレンスが陽気に言った。
ローレンス・オズウェル・エルウッド――癖のある金髪に青みの強い鉛色の瞳、二十代中盤の、ともすれば優男のような印象も受ける青年である。
エルウッド公爵家は、レオンハルトの兄にして廃嫡されたエドウィンの娘、マリアンヌが嫁いだ家である。
最も王家に近しい血筋の公爵に、さしずめブルーイット公爵も、強く反論できないようであった。そのローレンスはというと、
「まぁ、普通に考えて、ジークハルト殿下はメルザヴィアの後継者だから、辞退するでしょう。ヴァルハルト陛下とソフィア王妃との間にこれ以上子が生まれなければ」
緩やかに波打つ髪の一房を弄っている。

「ジークハルト殿下が即位を辞退した場合、次に継承権が出てくるのは、レオンハルト陛下のご兄弟の血族における子女になる。こちらの血族から選ぶとなると……エルウッド公爵家、パストゥール伯爵家、ヒューバート侯爵家、レオナール侯爵家、そしてウィルフレッド公国にまでいたりますな。ローランド様と同世代の跡取りも数人おります」
王室の系図を指で辿りながら、説明する侍従長であったが、その顔色はいまいち優れない。ルドルフにとって、又従兄弟にあたる者達や、その子らを次期後継者に選ぶということは、獅子王直系の血筋が、事実上そこで絶えるということである。
幸い、ルドルフは肩を負傷しているだけである。『他に望み』がないわけではないのだが、侍従長はブルーイット公爵の手前、それを言い出せずにいた。

「他国から親族を呼び寄せて、後継者を選ぶのがそんなに嫌なら、手っ取り早く、ブリジットに子を産ませればいいのに」
まるで侍従長の心内を代弁するかのように、ローレンスが口を開く。
その言葉を聞くや、レオノーラの顔が心なしか引きつる。

「国王の子を産まないのであれば、なんのための公妾なのかな? そもそも国王の第一の務めは沢山の子を儲けて、王室の血を絶やさぬ事だというのに、それもできぬなら置くだけ無駄というもの……」
「お口が過ぎますぞ! エルウッド公爵!」
近衛兵長が、ブルーイット公爵の顔色を伺いながら注意する。
「これは私の言葉ではないよ、私の祖父エドウィンの言葉だ。王族として務めを果たせぬ者はただ退くのみ。だから身体の弱かった祖父は王位継承権を剥奪された。ローランド王太子殿下の快復も見込めず、ヴィクトリア王妃が妃としてその役目を果たせないなら、潔く退いて頂いて、陛下の快復を待ち、側室に跡取りを産んでもらう方が、下手に他所から後継者を探すより、現国王の血筋を絶やすことなく、この国を守ることができると思いますがね?」
淡々と述べるローレンスだったが、この意見には、さすがにヴィクトリア王妃の父たるブルーイット公爵も顔を赤らめ、激昂した。
「娘を廃妃にせよと言われるのか!」
それはまるで、相手が名家のエルウッド公でなければ、とっくに殴り飛ばされているであろう、剣幕である。

「おかしなことを言うなぁ……。王室に嫁いだ時点で、もはや貴方の所有物ではないでしょう? 娘と呼ぶのは如何なものかな? 王室において、妻の実家による内政干渉を防ぐためにも、妃殿下は公爵家とは、とっくに縁を切っているはず。国母である妃殿下なら、きっとこの案も快く受けてくれるはずだけど……?」
とぼけたような口調で、ローレンスは周囲を見回した。
「ほら、ブルーイット公爵。周りの顔を見て御覧なさい。皆、貴方に気を遣って口には出さないが、顔にはそう書いてあるよ」
ローレンスの言葉につられ、ブルーイット公爵が、出席者の顔をぐるりと見渡した。
その多くは、とばっちりを受けぬよう、即座に自分は違う、違う、と頭を振り、目で訴えている。
「あ、そう……薄情だね。まぁいいや」
あくまで保身に走る周りの反応に、ローレンスは肩を落としてみせると、不意に立ち上がった。
「採用される望みは薄いが、参考までに私の意見は一応述べたので、早々に退散させていただきますよ、なんせ仕事が山積みでね」

「仕事ですと? 冗談を。噂によれば、貴方は普段から遊び呆けている、名ばかりの公爵であろうが!」
堪りかねてか、ブルーイット公爵が叫んだ。

「ひどいなぁ。貴方がたにとって、私がいつまでもこの場にいては、密談一つできないでしょうから気を遣っているのに」
今後における最悪の事態を想定した場合、王座への距離が一気に縮むエルウッド公と、なんとしてでも娘を王妃の座に繋ぎとめた上で、事を進めたいブルーイット公爵が同席しているのだ。確実に意見が割れるのは目に見えており、居合わせた人間の半数が、二人のどちらに味方すべきか、顔色を伺っているのが現状である。
その様子がローレンスには滑稽に見えたのだろう。

「待ってください、ローレンス公爵。話し合うべきことは他にも沢山あります、第一にグランディアの復興は如何なされますか」
ジェレミーが言った。
「ジェレミー。それなら、オスカーがいるじゃないか。彼ならここ数日の間に、復興案を纏めていると思うよ? 国王陛下より絶大な信頼を得ているだけにね。時折、その素晴らしい活躍ぶりに、私の又従兄弟でもあったことを忘れるぐらいだ」
嗜めるように言うと、ローレンスは冷や汗を拭う侍従長を見た。

「それから、侍従長。私はこれに乗じて王権簒奪なんぞという面倒な事は、企てていませんのでご心配なく」
「はっ……どうだかの」
まだ腹の虫が収まらないのか、ブルーイット公爵がローレンスに向かって悪態をつく。

「何分、小心者なので。私も妃殿下より、怪しげな薬にも手を出せる勇敢な心を、是非、分けて欲しいものです」
この上なく、穏やかな笑顔で、その場を凍りつかせローレンスが退出する。
オスカーが深い溜息と共に、額に手を当てた。
「おのれ、似非公爵が……ひっかきまわしおって……」
ローレンスの姿が消えたドアを睨みつけながら、ブルーイット公爵は、目を血走らせ唇を噛み締めていた。
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