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EternalCurse |
Story-131.その神子の悲劇-第二幕V | |||||||
上空に暗雲が立ち込め始めたにも関わらず、この場所だけは、黄金の輝きに彩られ、明るく輝いている。 その光――つまりは群れを成して襲い掛かる、女王蜂の子らに、シオン達は苦戦を強いられていた。 「森の外に出られては厄介です、兵隊蜂は、ここで全滅させましょう。私が頭を叩きます。お二人は兵隊蜂をなんとかしてください」 シオンはガルシア、ハロルドの方へと振り返り、言うと軽やかに跳躍した。 「まったく簡単に言ってくれるぜ!」 襲い掛かる兵隊を振り払い、今にも孵化を始めようとする幼虫を卵ごと突き刺しながら、ガルシアは毒づいた。卵から溢れた濃厚な蜜の香りに、眩暈すら覚える。 と、目の前に勢い良く舞い降りた兵隊蜂――その、かつての部下を思わせる面差しを直視して、ガルシアが思わず怯んだ。 「カイル……」 レイチェルとカイル、あの後、カルディアで何があったのだろう――剣の柄を握るガルシアの手が微かに震えた。兵隊蜂は牙を剥き、容赦なく襲い掛かってくる。 そんな兵隊蜂の首を、ハロルドの剣が薙いだ。跳ね飛ばされた首から噴出す体液を前に、ガルシアは呆然としている。 「何をうろたえている? そんな暇があったら、少しでも多くの敵を仕留めろ」 ハロルドの一喝により、ガルシアが我に返った。そうだ、今は考えても仕方がないことなのだ。ガルシアは自身にそう言い聞かせて、敵の方へと向き直った。 「お前はその大剣の使い道を違えているようだ」 ハロルドは続けた。 「私の命をも根こそぎ奪いかけた、あの力は使わんのか?」 「根こそぎ?」 ガルシアが自身の剣を見た。思い当たったのは、あの満月の夜、人狼に襲われた時の出来事だった。確かに人狼のハロルドは、これに喰らいついた際、ひどい立ちくらみに襲われていたようであった。 「お前が持つその剣からは、あの時のような禍々しい力は何一つ感じられない。本気を出していないのか?」 怪訝そうにハロルドがガルシアを見た。 本気を出してはいない――言われてみればそうだ。目の前にいる侯爵令嬢や部下と同じ顔を持つ魔物達を前に、戸惑い、森に入るまでの勢いを確実に削がれている事を、ガルシアは痛感した。 「お前さんの言うとおりだ」 ガルシアが改めて剣を握りなおす。 「知り合いに似ていようが似ていめぇが、今はこいつらを森から出さねぇ事が肝心だったな」 迷っている余裕などない。 何を思おうが、この蜂達が敵であることには変わりないのだ。ガルシアが地を踏み込み、叩きつけるように剣を振り下ろした。 その一閃が、疾風の如く駆け抜けた。それは、あの時ハロルドを襲った魔剣の瘴気と同じものだったのだろう。それを正面から浴びた数匹の兵隊蜂の身体が土気色に代わり、バタバタと地面に倒れていく。その風は、女王蜂が君臨する無数の卵で出来た台座の一部をも腐食させた。 「なんだ……わざわざ一匹ずつ斬りつけなくても、充分にいけるじゃねぇか!」 ガルシアが感嘆の声を上げる中、背後で兵隊蜂が一掃された瞬間を確認し、シオンが微笑んだ。 「そうそう、貴方の足元、ついさっきまで人間がいたのよぉ……?」 頬杖をついたまま、気だるそうに女王蜂が言った。シオンが足元に視線を落す。 卵から幼虫が這い出た残骸の、所々に血溜まりや肉片の一部が引っかかっていた。種族的に臭いにはことさら敏感であるシオンが、気付かなかったのは、蜜のせいであろう。 「迷い込んできた人間の男……新しい兵隊達の父親にと思ったけど、しょうもない種っぽいから、兵隊達の餌にしちゃったわ」 新しい兵隊達の父親――その言葉を耳にして、ガルシアは女王蜂を見上げた。この女王蜂は人間の男を媒体にして、自らの兵隊を産む。もし、彼女がレイチェルを核として取り込んだ魔物だったとすれば、この兵隊蜂も、言葉通り、あのカイルとの間に生まれた子だと、合点がいく。 「なぁに? その顔ぉ……不服そうね。貴方も私達に近い生き物だから、餌ぐらい食べるでしょう?」 子供のように女王蜂はへらへらと笑った。 「一緒にしないでください。食べるとしても、もっと綺麗に始末しますよ」 シオンが不快感を露わに、全身に青い炎を燻らせた。 「あら、やだぁ。ここ一帯を全部焼き払うつもり? 仲間も焦げちゃうわよぉ……?」 「生憎、人間は避けるよう、加減できますので」 シオンがそう言うや、黄金の足場に炎が広がり、卵の残骸を沸騰させる。未だ孵化していない卵が、熱によって膨れ上がり、中にいた幼虫が弾け飛ぶ。 「まぁ、素敵な力ね。その力も欲しいわ。貴方から種を貰ったら、もっと強い兵隊達を作ることができるわね。ああん、でも駄目ね。兵隊達に角が生えちゃう」 女王蜂は品定めするかのように、じっくりシオンを見ていたかと思うと、 「やだぁ、お腹が熱いったらありゃしないわ」 ふと、大きな羽根を羽ばたかせ、燃え盛る黄金の台座より上空へと、舞い上がった。それを追撃するかのように、シオンの炎が礫のように放たれる。 「ひどいわ。私になんの恨みがあってこんなことするの? 私は 勢い良くあたった炎の塊に、羽根の一部を焦がされた女王蜂が喚く。 「こんなことする貴方なんか大嫌い。バラバラにして、この子達の餌にしてやるんだから」 女王蜂が前のめりとなって、シオンを見据えた。その眼はシオンらの『暴挙』に対する怒りに満ちている。 「どうぞご自由に。やれるものでしたら、ね」 シオンは薄っすらと笑みを浮かべた。このまま女王蜂が挑発に乗れば、こちらに向かって急降下してくるはずだ。ぎりぎりまで接近したところで、最大限の炎を放てば、女王蜂は瞬時に消滅することだろう。シオンは静かに身構えた。 「……あらぁ……?」 だが襲い掛かってくると思えた女王蜂は、急に体勢を変えあらぬ方向を見た。 「なんだか……とっても懐かしい匂いがするわ」 「匂い?」 恍惚とした表情で、『匂い』の元を探す女王蜂の姿に、シオンは思わず呆気に取られて反芻した。 「いい匂い、素敵な匂い……」 女王蜂から放たれていた殺気があっさり消える。今やその関心は『匂い』にのみ集中していた。 「ああ、私が一番欲しい匂いはこれだわ……」 女王蜂は嬉々として舞い上がると、シオンらはおろか、殺されていく兵隊達や卵には眼もくれず『匂い』の元に向かって、飛び去っていった。 鳥籠のような形状と化した中央広場に現れたシェイドは、ナイトメアの力の一部を宿した剣を上に掲げた。刀身から生じた黒い鎌鼬が、異形の者によって作り出された檻を、切り裂き、崩していく。 脅迫され、事を見守っていた観衆達が、これ見よがしに、一斉に逃げ始めた。勿論、その中には、次々と起こる奇怪な出来事に失神した者、腰を抜かしたまま動けぬ貴族らもいる。 「なんだ。この程度の力しかないのか……」 下ろした剣を見つめながら、シェイドは残念そうに呟いた。 その時だった。王妃を模した魔物が音も立てずに舞い上がり、シェイドの背後から襲い掛かる。魔物が長い爪を振り下ろそうとした瞬間、振り返ることなく、シェイドは魔物の喉元にそのまま剣を突き刺した。 命を吸われた魔物が、たちまち黒い灰となって降り注ぐ。 シェイドは煩わしそうに、衣服についた魔物の残骸を振り払いながら、地面にうつ伏せになったまま、微動だにしない王太子や、顔を押さえて苦しむ王妃、異形の魔物に捕らわれたまま、身動きを取れずに脂汗を流す国王の、それぞれを一瞥した後、正面を向いた。 「どうしたの? もしかして貴方、怒っていたりする?」 セレスティアが首を傾げる。 「まさか。これも自業自得というものだ」 シェイドの言葉にセレスティアが噴出した。 「そうよね。最初から、神子の一行をないがしろにせず、協力を仰いでいれば、この馬鹿一家も少しはましな状況だったかもしれないわね」 ここまでの凶行を働いておきながら、セレスティアはまるで他人事のように言った。 「同じ襲撃をするにしても、メルザヴィアやカルディアに比べて、お前がここまでやるということは、国王一家には積年の恨みがあっての報復だろう。同情する気なんぞ、さらさらない。お前にやられたのに、辛うじて全員命があるのが不思議なぐらいだ」 シェイドはセレスティアに冷たく返すと、周囲を見回した。 「自由になった途端、周りは一目散に逃げ、誰一人として国王一家を助けようとしないところを見る限り、こいつの人徳の無さが伺えるな。まさに道化というやつだ」 「本当、貴方って話がわかる人ね。大好きよ」 「お前に好かれても嬉しくない」 「失礼ね、私だって昔は優しい娘だったのよ? 愚直なまでにね。そんな私の目を覚まして正気に戻してくれたのが、ここで這いつくばってる蛆虫達よ。これは私から、そんな彼らへのお礼だわ」 「随分と手荒いお礼だな」 「だって蛆虫って踏み潰したり、焼いたりして殺すでしょう? 普通……」 何か悪い事でもした?――セレスティアは美しい唇を尖らせた。 「とりあえず、お前が奪い取った、神子の至宝を返してもらおうか」 「あら、助けないてあげないの? 王様達を?」 「生憎、俺は他人を癒す術は不得手でな」 「本気で嫌いなのね。この人達のこと」 「好き嫌い以前に、本気でその手の術が苦手だと言っている」 「ここまで痛めつけられているのよ? 少しは怒ったらどうなのよ?」 「怒るも何も、一度痛い目に遭ってからじゃないと、理解できん人間もいる。よりによって救い難いそれが、国民の主たる王家の連中だったというのが、実に残念な限りだな。それ以上、俺に湧き出る感情なんぞあるか」 「本当に、貴方は大好きよ」 セレスティアは眼を細め、微笑んだ。 「ところで、ここに来たのは貴方一人だけ?」 「見てわからんのか?」 「残念だったわね。私はあくまでも囮なの、気付いてる? そうでなきゃ、貴方の『予想通り』にこんなところで暴れるわけないでしょう? 本当の目的は別にあるの」 「なんだと?」 「そろそろこちらに来るはずよ」 セレスティアがそう言うと、シェイドの真横の空間が歪む。その合間から瘴気の竜巻が生じ、噴き上がったかと思うと、中からエステリアが姿を現した。 「エステリア?」 「ここ……は?」 フェネクスの術によって、この場に召喚されたエステリアは、まるで波にでも酔ったかのようなひどい不快感に苛まされ、頭を抱えていた。その傍には気を失ったままのルーシアが横たわっている。隣にいるサクヤもまた、片膝をついたまま、一点を睨みつけていた。そう、セレスティアの真横に現れたフェネクスの姿である。 「そいつは……ルーベンス教会にいた、あの司祭か?」 黒い長髪にこそ変わってはいるが、その面差しにディオスを見たのであろう。シェイドが訊いた。 「そうよ、身体はね。私の本来の目的は、この地で、『 嬉々とした表情で語るセレスティアを前に、 「なんて……ひどい……」 ようやく、感覚を取り戻したエステリアは、セレスティアの『時間稼ぎ』として利用された国王一家の惨状を目の当たりにして、思わず口元を両手で押さえた。 「あからさまに神子を蔑み、目の敵にしていたんだ、当然の報いだろう」 無情にもサクヤが一蹴し、立ち上がる。 「やっぱりあんたも同じ意見か。どうやらあんたと俺とセレスティアは、この件に関しては気が合うらしい」 シェイド横で、サクヤが小さく鼻を鳴らした。 「元を辿れば、私達は同じものへと行き着くの。意見が似通っていたところで、なんら不思議でもないわ。貴方だってそう思ってるわよね? 暁の神子の『元』英雄、フェネクス?」 暁の神子の英雄――セレスティアの言葉に、シェイドは、思わず隣のサクヤをちらりと見た。 「どういうことだ?」 「詳しい話はあいつをもう一度あの世に送ってからだ」 答えるサクヤの表情は険しく、硬い。そんなサクヤを面白そうに眺めるフェネクスは、やれやれと言わんばかりに肩を落としてみせた。 「先程から黙って聞いていれば、好き放題言ってくれる。セレスティア、そなたと違って私はそこまで非情ではないぞ。ここまで嫌われ、詰られる国王一家も珍しいゆえ、哀れみを抱かずにはおれぬぐらいだ」 言いながらフェネクスは拘束されたままのルドルフを見下ろした。 「まったく。一国の主がそのように情けない姿を晒していたのでは、死んだライオネル・デリンジャーも報われまい」 「何故、貴様のような魔性の類がライオネルを知っている?」 疲労感が滲む顔を上げ、ルドルフが訊いた。 「知っているとも。あれは、この国にとって悪夢でしかない『セレスティアの悲劇』が起こった後、ベアールからそなたが王権を取り戻し、国中が沸いていた頃だったか。司祭のディオスであった私の元に、懺悔に訪れたのでな」 「懺悔?」 だからどうした――ルドルフの表情はそう物語っていた。 「そう睨むな。そもそもライオネル・デリンジャーはそなたのために死んだようなものではないか」 |
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