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EternalCurse

Story-126.その神子の悲劇-第一幕W
「ガルシアさん、ハロルドさん、引き返しましょう。これまでこの国に起こった出来事から察するに、白銀の騎士団は何者かによって、故意に別行動をとるよう、仕向けられています」
ハロルドから、騎士団全員の現在位置を聞き出したシオンが、ガルシアの方へと向き直った。
「私は、てっきりオスカーさん以外の主力は全員、聖誕祭の警護に赴いていると思ってました。ですから、ある意味、今回の公妾との会談も安心していました。ところが……」
「あの姉ちゃんは聖誕祭に別件の用があって欠席、兄ちゃんはグランディアを離れた遠い空の下、でもって狼の兄さんは、俺らと一緒。気味が悪いぐらいに、バラバラってわけだ。今頃、中央広場が大惨事になってなきゃいいがな」
「大惨事?」
ガルシアの言葉にハロルドが眉をひそめた。
「つまりは、今頃、中央広場がセレスティアに襲撃されているかも……ってこったな」
「ええ、あの人は『お祭り好き』ですからね。聖誕祭の日にセレスティアが奇襲をかける可能性を念頭に置いてはいましたが、実際、騎士団がそれとなく切り崩されているところを見ると、この予感は的中してそうです」
何故、それを早く言わない――ハロルドがそう言いたげに、険しい表情を浮かべている。そんなハロルドの心中を察したかのようにシオンが言った。
「貴方がたと私達は、本来ならば、国王より、接すること、情報をやり取りすることも禁じられている。ご不満かもしれませんが、その点は了承していただかなければ困ります」
「色々と、隠し立てしていたのはお互い様だろう? それより、早く引き返そうぜ?」
仲裁するようにガルシアが言った。ハロルドは何か思うことがあってか、口を開いたときだった。
「……なんだ?」
ハロルドは反射的に顔を上げ、森の奥を見た。
「どうした?」
ガルシアが不審に思う傍らで、シオンも、ハロルドと同じ方向を見据えている。
「人の声がした。酷い叫び声だ」
奇しくも人外であるハロルドとシオンの二人だけが聞き取ることの出来た声である。
「その上……森の奥から出てくる瘴気が強くなってきています。もしかしたら、あの先にサクヤを襲った魔物がいるのかもしれません」
「奥に潜む魔物は、餌である人間の気配に気付いたのかもしれん」
シオンとハロルドは同時にガルシアを見た。

「……俺!?」

「当たり前でしょう!この中で一番、食べがいのある『まともな』人間はガルシアさんだけです」
シオンはきっぱりと言い切った。
「お前以外に誰がいるというのだ?」
どうやらハロルドも、シオンが『まともな』人間ではない事を、なんとなく察知しているのだろう。

「どうやら、敵はどんどん数を増やしている……ゆっくりだが……こちらに向かっているようだ」

「また随分と絶妙な間を見計らっての、魔物の登場だと思いません?果たして『バラバラ事件』の真犯人か、はたまたセレスティアの我々に対する足止めか」

「おい狼の兄ちゃん、あんただけでも先に引き返しな。人狼は俊足なんだろう?」

「馬鹿を言うな、私は白銀の武装に身を固めている。狼の力はまったく使えん」
大真面目にハロルドが答えた。

「お前達はセレスティアの襲撃をも見越して行動しているのなら、それなりの対策を打っているのだろう?」
「まぁ、対策といえば……ちょっとばかり危ういが、あの野郎ならなんとかするだろ。いざ戦いになった時、物を壊さねぇって保障はできねぇが」
ガルシアが苦笑いする。
「セレスティアはともかく、中央広場にいる国王夫妻まで、これみよがしに吹き飛ばさなければいいんですけどねぇ、彼……」
シオンがぼそり、と呟く。
「仮に私が先に森を出たとして、お前達がその魔物とやらに負けた場合、この森から大量に魔物が街へと溢れ出すこととなる。そこで手間取れば、どの道、中央広場に駆けつけることすらままならなくなる」
ハロルドは剣の柄に手をかけた。
「ってことは、あんたもここで、魔物と一戦交えるってこったな?」
「ああ、だが、白銀は我々にとって、諸刃の剣、本来より力が落ちるが――許せ」
「気にすんなって。一人でも多いほうが面倒ごともすぐ片付く」
ガルシアもまた背中のバスタード・ソードを引き抜く。

「まぁまぁ、お二人とも、そんなに血気に逸らないで下さい。いきなり突っ込むのは危険です。一度確かめましょう」

「確かめるって?」

「ほんのりですが……奥で何かが光っているんです。あれを目印に、炎を放ってみようと思います。ちょっと、後ろに下がってもらえますか」

「え、なんで?」

「私も彼と一緒で、本来の力を発揮するときは、身体から強い瘴気を放つんです。ですから離れていてください。戦う前に毒に当てられたくないでしょう?」

ほら、下がって!――まるで母親のように、シオンがガルシアとハロルドに、後退するよう命じる。
シオンは、軽く瞼を閉じると、ゆっくりと息を吐いた。ガルシアらに与える影響を考えて、最小限に抑えてはいるのだろうが、シオンの足元から小さな竜巻が吹き上がる。それはまるで、カルディアでシェイドの正体を知ったときと同じような現象だと、ガルシアは思った。

「お二人とも、今ので、特に気分が悪くなったとか、立ち眩みがしたとか、ありませんか?」
振り返った鬼神が発した一声に、ガルシアは思わず脱力しそうになった。ここまで穏やかに、他人の体調を気遣う人外がいるだろうか――いや目の前にいる。

「大丈夫だ、なんともねぇ。だがよ、兄ちゃん。あんた……普段の姿じゃ、炎は使えないんだっけか?」
「いいえ。そんなことはありません。ただ私の人としての身体というものは、とっくに死んでます。いわば、張りぼて細工のようなものです。その内側から力を出しすぎれば、大きな負担となります。気兼ねなく力を使うには、耐性から考えて、こちらのほうが都合がいいんです。それに普段から我慢してますし、暴れるときは派手にやらないと、身体にも悪いですしね」
ガルシアはますます盛大な溜息をついた。

「あのな、兄ちゃん。念のため言っておくが、少しは人目ってもんを気にした方が……」

「大丈夫ですよ。中央広場に赴くときは、一応、元に戻りますのでご心配なく」

「そういう問題じゃなくてな……」

「ああ、人目ってハロルドさんのことですか? 今更、何を気にする必要があるんです。この方だって、一皮剥けば私となんら変わりませんよ?」
言いながら、シオンは横目でハロルドを見た。ハロルドはたった今起こった出来事に関して、何も動じておらず、むしろシオンの正体については、『やはり』と思っているような様子である。
「国王にでもご報告されます?」
念のため、シオンがハロルドに伺う。
「……いいや」
ハロルドは目を伏せ答えた。
「それなら安心ですね」
シオンは笑いながら、瘴気を噴出する方へと向き直る。
「まったく、本当に森で炎を使う羽目になるとは思いませんでしたよ」
「……焦土だけは簡便な」
ガルシアの心配を他所に、シオンは右手から、青白い炎の塊を放った。投げ入れられた炎は、まるで流れ星のように速く、森の奥へと吸い込まれて、消える。

「手前で肉のようなものが、焼け焦げた臭いがする」
ハロルドが森を凝視したまま呟いた。
「ええ。『何匹か』は死んだようですね……?」
どうやら、シオンも何か手ごたえのようなものを感じているらしい。
「俺には、さっぱりわからねぇ」
強調するようにガルシアが言った。

「反撃してくる様子は見受けられませんね……」
「ああ。だが確かに奥で瘴気は『蠢いて』いる」
「だったら、相手が怯んでいる隙に、こっちから叩くとするか」
三人は頷くと、シオンを先頭に、瘴気を放つ森の奥へと歩みを進めた。

「どうなってんだ、こりゃ……」
その場所に踏み入れたガルシアは、立ち止まると、思わず目を疑った。シオンが放った炎が焦がした入り口以外、そこは黄金一色で彩られていた。
「蜜……ですか?」
気分が悪くなるほどに甘い香りと、焼け焦げたものが放つ異臭が入り混じる中、辺りを見回し、シオンが呟いた。
「ああ。足元から木々に至るまで、全てが蜜で覆われているようだ」
滑りを伴った足場にハロルドが不快感を示す」

「一体、誰がこんなことを?」

「わかりません。ですが、瘴気を放っているのは、ここで間違いありません」
シオンは、目の前に高く積み上げられた黄金の山を見上げた。それはまるで、祭壇のようでもあり、褥のようにも思えた。しかし、その頂上付近は、鮮やかな赤で彩られている。血だ。それもまだ新しい――シオンが目を細め、探りを入れようと、一歩踏み出したとき、

「だあれ? 私の兵隊(こども)達を焼いたのは?」
気だるそうな女の声が、その山から聞こえた。
ここにずっと潜んでいたのだろうか。『それ』は黄金の山の上にまで、のろのろと這い上がってくると、そこからシオンらを見下ろした。
『それ』は、巨躯であることを除けば、人間の女とほぼ変わらぬ身体つきであった。全身は金色に輝き、踝まで届く白金色の髪が、滝のように流れ、広がっている。
完璧な肢体に釣り合わないのは、身体の所々を鎧のように覆う角質化した肌、背中から生えた四枚の翅と、腰にかけて膨れている腹節の存在だ。『それ』はまるで、まるで蜂を模したような――女王蜂のような魔物であった。そして、女王蜂の身体の下にある黄金の山こそが、彼女が生みつけた無数の卵であった。そう、ユーリが、黄金と見紛ったあの『卵』だ。シオンの炎が焼き払ったのは、そのうち孵化した幼虫であったのだろう。

「サクヤを襲ったものとは随分風貌が違いますね」
「このような妖魔が森に巣食っていたとは……まさかお前が一連のバラバラ事件の真犯人なのか?」
シオンが手に炎を浮かべ、ハロルドが剣を構える。女王蜂を前にして、既に臨戦態勢に入っている二人を他所に、ガルシアだけが、違う反応を示していた。剣を握る事すら忘れたかのように、ガルシアは女王蜂の顔を見据えたまま、硬直している。

「おいおい、冗談は止めてくれよ……」
女王蜂の面差しは、あまりにも、『彼女』に似ていた。いや、そのものであった。
「レイチェル……」
固唾を飲んでガルシアが呟く。そうだ。身体の大きさはまるで違う。姿形においては完全な魔物だ。しかし、顔だけがあの侯爵令嬢のものである。まさかレイチェルは、テオドールの時と同じく、リリスに――いや、セレスティアに魂を売り渡したのだろうか?
「れいちぇる? しんはんにん? 知らないわ、そんなもの。私は兵隊達に餌を与えていただけよ? 食べられた方が悪いのよぉ」
酩酊したような口調で、女王蜂が笑う。
「ねぇ、生まれたばかりの兵隊達を焼き殺したのはだぁれ?」
女王蜂の佇む真下には、夥しい血の塊と肉片が散らばっている。それが、あの偽のウォルター・バーグマンの『残骸』であることなど、ガルシアらは知る由もない。血の付近にある卵はどれもが抜け殻であった。おそらくシオンが焼き払ったのはこの『兵隊達』なのであろう。

「だぁれ? って聞いてるのに返事すらしてくれないのぉ? もういいわ。お前達を残った兵隊達の餌にしてやるんだから。ほら起きて、私の兵隊達?」
女王蜂が卵に向かって甘く囁く。母親の声に呼応するように、次々と内側から卵を食い破り、女王蜂の産んだ幼虫達が黄金の山から這い出てきた。幼虫は新しい餌を求めて、母の元を離れ、ゆっくりとこちらに向かってくる。
「あの足なら、こちらに辿りつく前になんとかできそうですね」
シオンが手に鬼火を浮かべる。
「さぁ?それはどうかしら?」
その時だった。孵化したばかりの幼虫が、歩みを止めると、まるで苦痛にのたうつかのように、身体を逸らす。そのまま立った状態で硬直するもの、仰向けになるもの、横になってしまうもの――様々であったが、一通り、暴れた後、幼虫らは一斉に動きを止めた。
幼虫の身体が風船のように、ぶくぶくと膨れていく。それはまるで蛹のようにも思えた。ただの虫であったそれは、急速な成長を遂げようとしていた。徐々に人の形を取りながら、それは、やがて二本足で立ち上がった。人間の大人と変わらぬ身の丈、女王蜂と同じく、全身鎧のように角質化した肌。さながら女王蜂から生まれた働き蜂に等しい『兵隊』達が、次々と誕生――いや成虫となっていく。ガルシアはその『兵隊』達の面差しを見て、さらに愕然とした。
「カイル……!?」
成虫である兵達の顔は、誰もがあのカイルと全く同じ顔をしていた。話によればカルディアのカヴァリエ侯爵邸は消失したという。そこに赴いたカイルも消息不明だと聞いた。
そして、今、目の前にいる女王蜂、無数の兵隊達は二人の生き写しが如き面差しである。この魔物は彼ら本人なのだろうか――それともカルディアで何者かが彼らを喰らい、その姿を奪っただけなのだろうか――。
どちらにせよ関係性を疑わざるを得ない。そんなガルシアに、問いかける間すら与えず、兵隊達は殺意を露わに、こちらに向かって羽ばたいた。
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