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EternalCurse

Story-122.その神子の悲劇-幕開け
メイヤールに向かう山中にて、ジェレミー達は、近くの樹に馬達を繋ぐと、焚き火を囲むようにして座っていた。今後の進路について、今一度話し合うためだ。
ウォルター・バーグマンとその従者らの遺体を手厚く弔った事によって、メイヤール行きに遅れが生じている。それを取り戻すためにも、ここは一刻も早く馬を飛ばすべきなのだが、それを思い留まらせているのは、やはり、例の件である。

「現在、はっきりしている事は、ウォルター・バーグマンは既に他界し、グランディアに在住している方は、偽者であるいうことだ。つまり、グレイス・バーグマンは偽者に見事に騙され、婚儀を上げていたということになる」
「身分偽証というやつですか……場合によっては、その偽者とやらが本物のウォルターを殺害したという事も考えられますな」
騎士の一人が、顎鬚を撫でながら、呟いた。
「ああ……」
険しい顔をして、ジェレミーが頷いた。
「以前、噂を聞いたのですが、ベイリー提督が、その偽者のウォルター・バーグマンに目をつけ、娘婿に迎えたいと洩らしていたそうですが……? もしや、今頃……」
報告を聞いて、ジェレミーが頭を抱えた。
「つまり、そいつはグレイスと離縁し、今度はベイリーを欺いて、コバーン家に入り込む可能性があるってことだな?」
これが、一般庶民による『成りすまし』事件ならば、後回しにするんだが――そんな考えがジェレミーの中で一瞬、通り過ぎては、慌てて振り切る。
庶民であろうが、貴族であろうが、これを見逃す事はできない。
まして、その偽者は、今となっては身分査証はおろか、殺人容疑がかかっている。しかも、犯罪者を裁き、民を守るべき『紺青の守衛』という職種に就き、国は気付かずそれを放置している状態である。その上、今度はコバーン家に婿入りし、さらなる地位を得て高みに向かおうとしているのだ。これは由々しき事態だ。まして権力というものに、貪欲なベイリーとその偽者が結びつくなど、なお性質が悪い。国王に取り入り、ベイリーや偽者のウォルターがさらに力をつける事があれば、ジェレミーですら、白銀の騎士団という立場では、押さえ込むことが出来なくなる。

「陛下にすぐにでも報告しなくては……。手遅れになる前に……」
「しかしながら、メイヤール行きはどうなさいます? ここまで来て、引き返されるおつもりか?」
「それは……」
そこが一番の泣き所であった。一刻も早く、真相を国王に打ち明けたい。しかし、メイヤールの復興という国王からの命に背くこともできない。ジェレミーが深い溜息を吐いた。

「あんた達……? こんなところで何をやっているんだね?」
木々の奥から、年老いた男の声が聞こえた。ジェレミーを始めとする騎士達が、振り返る。そこには、不思議そうにこの騎士達を見つめる老人が立っていた。身形から察するに、農民といったところだろう。

「我々はグランディア国王、ルドルフ陛下に命により、メイヤール復興のため、派遣されたのだ。山越えの道中ゆえ、ここでしばしの休息を取っていたまで。どうか怪しまないでくれ」
ジェレミーが、立ち上がり説明すると、

「はぁ? メイヤールの復興?」
農民は頓狂な声を上げた。直後、農民は膝を叩いて笑い出す。

「何を言っているんだね? 復興も何も、メイヤールは何も起こっちゃいないよ?」

「は?」
今度はジェレミーが、気の抜けた声を上げた。

「でたらめを言うな。メイヤールの惨状を訴えるため、遠路遥々、このグランディアに赴いた令嬢もいるんだぞ?」

「冗談はいかんよ、お偉い騎士様。何故なら、ワシはメイヤールの人間でのぉ。三日前には、収穫した果実を酒に漬け込んだばかりじゃ。今年もメイヤールは穀物、果実が豊作の年じゃった」
穏やかに話すこの農民が嘘を言っているとは到底思えない。

「どういうことだ……?」

ジェレミーは困惑した。農民の話こそが真実ならば、メイヤールから助けを求めてきたという令嬢は、一体何者だったのだろう? 何故、セレスティアによって滅ぼされたなどと、嘘を吐いたのだろう? 言い切れぬ不安が、ジェレミーを襲う。

「グランディアに引き返すぞ! 悪い予感がする!」
ジェレミーに迷いはなかった。自らも、そして国王すらも知らぬところで、大きな意図が働いている。このメイヤール行きですら、その何者によってたてられた計画の一つなのかもしれない。ジェレミーは背筋も凍る思いで、馬に跨った。

「サ……セヌ……ワ……」
直後、硝子を引っ掻くような、不愉快で、そして不気味な声が、その場に響いた。
ジュリエットの従者として、共にいた騎士、ティムが下卑た笑みを口元に湛えると同時に、白目を向いた。小さく震えたその肌が、まるで張りぼての細工のように裂ける。
代わりに、裂け目から覗いたのは、鉄のような肌であった。あまりの突然の出来事に、騎士団が呆気にとられる中、人の皮を脱ぎ捨て、全身を甲冑で覆われた異形の騎士は、ジェレミーを目掛けて、襲いかかって来た。





一方、その頃、中央広場では、多くの観客が見守る中、『その神子の悲劇』という演目は、順調に進んでいた。

「ああ、余が一体何をしたというのだ。かの魔女、セレスティアを断罪しただけではないか。何故、こうも責め立てられねばならぬ!」
舞台上で僭王ベアール役の男優が、頭を抱えていた。
「いまや、このグランディアは、余と軟禁した王太子、ルドルフの一派との二つに割れておる。彼奴が巻き返しをはかれば、余は間違いなく、王座から引きずり下ろされることであろう」
言いながら、ベアール役の男優は、舞台に崩れ落ちる。

「渡さぬ、渡さぬぞ、ルドルフよ。兄者を、そして愛しいコンスタンツを殺めてまで手にしたこの王の座はな!」
全身を震わせ、鬼気迫る表情で、ベアール役の男優は立ち上がった。そして、舞台袖から、兵士役が駆け寄り、その場に跪く。
「陛下、報告します! たった今、ルドルフが白銀の騎士団によって軟禁を解かれ、この城に進軍している模様!」
「なん……だと! ルドルフが軍をこちらに向けただと!?」
狼狽するベアール役の様子を、観客は固唾を飲んで見守った。

「おのれ、ルドルフ! そして白銀の騎士団め! よくも裏切りおったな! こうなれば、徹底抗戦じゃ! このグランディア城内にいる兵士全員を用いてでも、彼奴目を潰してくれようぞ!」
目を血走らせ、拳をきつく握り締め、ベアール役が大喝した。

「そうはいかん。この城の者達は、貴様に愛想をつかし、既に私の元へと寝返っている」
幕の奥から、声が響いた。
「神に祝福されし大国グランディア、その栄華を貶め、亡国へと導いた僭王よ、愚鈍王の冠を抱いたまま、地獄へと落ちよ」
言いながら、剣を携え、現れたのは、当時王太子であったルドルフ役の男――ではなく、ルドルフ本人であった。思わぬ形での国王の登場に、観衆は湧き、割れんばかりの拍手で、ルドルフを迎えた。
観客席の後方に設けられた王室専用の席に、ローランドと共に着席したヴィクトリアも、つられて笑う。
ルドルフはベアール役を、仰々しい動作で切り捨てる。その剣の動きに合わせ、ベアール役は、恨みがましくルドルフを睨みつけると、一歩、また一歩と引き下がり、倒れた。

「皆の者、僭王ベアールは私が滅した。暗黒の時代は終わりを告げた。これぞグランディアの夜明けだ!」
剣を高く掲げ、ルドルフは声をあげた。

「我がグランディアに栄光あれ!」
「グランディアに栄光あれ!」
ルドルフに呼応するかのように、観衆も続いた。その直後、濃紺の幕が、闇を演出するようにルドルフの背後を覆い、背景を一変させる。そして、黒いフードつきのローブを纏った女が、静かに舞台上にやってきた。

「いつまで、そうしていられるかしら? 私は決してお前達を許さない」
――セレスティア役の女優だ。
元より、この役は歌姫マルグリットが演じる予定であった。だが、歌姫の突然の逝去により、急遽、代役を立てることとなったのだ。練習不足の粗を隠すため、極力表情を見せぬよう、ローブで誤魔化している。

「グランディア国王ルドルフよ、そして国民よ。お前達に呪いをくれてやろう」
両手を広げ、セレスティア役は言った。ルドルフは大げさに唇を噛み締め、表情を作ると、

「セレスティア! ベアールを討つことで、火刑に処された貴様を手厚く弔ってやった、この私を逆恨みするか!」
セレスティア役に剣を向け、凄む。セレスティア役の女優は口元に妖艶な笑みを浮かべた。

「私はお前のような魔女に屈することはない! 必ずやお前を滅ぼし、このグランディアに永久の安らぎを……」
と、その時、ルドルフの言葉が途切れた。
中央広場よりも幾分か離れた場所で、まるで瓦礫が崩れるような音がしたからだ。

「何事だ?」
ルドルフが呟くと同時に、舞台上の役者達も、思わず演技を忘れ、音のする方角を見た。勿論、観衆も、気になったようで、一斉にざわめき出す。
そして再び、音が鳴った。それも一つ、二つではない。連続している。それは、まるで至近距離から、砲撃を受けているような……そんな音であった。

「何が起こっている!?」
音は港町から響いている。まさか、敵国からの襲撃か?――そんなはずはない。なぜならば、このグランディア海域は、今現在、黒曜の艦隊が守っているからだ。だとすれば一体――? ルドルフが考えを巡らせる中、
「いやぁあああああ!」
観衆の中から悲鳴が聞こえた。ルドルフが振り向く。悲鳴の先にいたのは、ロッドバルド夫妻である。
ルドルフは目を凝らした。無表情のコーデリア夫人の爪が異様に伸び、前に座っていた観客を貫いている。

「うわぁああああ!」
「何よ、これ!」
周囲にいた人間達が、一斉にその場を離れた。ロッドバルト夫妻が立ち上がり、その首をだらりと垂れ、身体を小刻みに震わせた。次の瞬間、蛇が脱皮するかの如く、現れたのは、『王』、『王妃』と、まるで象牙を削って出来た盤上遊戯(ボードゲーム)の駒にも似た風貌の、化け物だった。
「どういうことだ!」
周囲が混乱に陥る中、ルドルフは叫んだ。ルドルフの視線は、ひたすらジュリエットを捜している。彼女はロッドバルド夫妻と共にいたはずだ。それにも関わらず、今は姿が見えない。

「あらあら……誰を捜しているの?」

からかうような女の声が聞こえた。
「誰だ……!?」
その時、ルドルフが目の当たりにしたのは、ヴィクトリアの背後に立つ、黒鳥を模した甲冑の女だった。
「貴方……」
ヴィクトリアが苦しげに呻く。彼女はオディールによって、ローランドの手をきつく握り締めたまま、その首元に剣を突きつけられていた。
「お前は誰だ!?」

「私の事知らないの? 私はオディール。セレスティア様の騎士。……ねぇ、王様? 貴方が捜しているのはもしかしてこれ?」
オディールは空いた方の手で、血に塗れた白い布をちらつかせた。
「それは……」
それはルドルフがこの日のために、ジュリエットにあつらえたドレスの端切れである。
突如として消えたジュリエットの姿。そして血の滲んだ布――それは彼女が既にこの世にいないことを如実に物語っている。

「貴方の大好きな寵姫の役目はもう終ったの。だから消えただけ」
「役目……だと? まさか、ジュリエットはお前達に脅され、利用されていたのか? 伯爵夫妻も既に殺され、魔物と入れ替わっていたと……!?」
「そこのところはご想像にお任せするわ」
オディールはさらに剣をヴィクトリアの首筋に食い込ませる。うっすらと、その白い首に血が滲み始めていた。
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