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EternalCurse

Story-120.幽玄なる公妾
セレスティアによる大々的な宣戦布告後、グランディアを震撼させている『怪事件』の数々。 その解決期日となった 、聖誕祭当日の朝は、幸い、晴天に恵まれた。どこまでも澄み切った空を見上げながら、ガルシアが言った。
「ありがたいぐらいの捜索日和だぜ」
「本当ですね。こんな用事さえ入っていなければ、今頃、我々も聖誕祭を楽しんでいたことでしょうね」
どこまで本気で言っているのかはわからないが、シオンが小さく笑う。
「聖誕祭ねぇ……。あの国王陛下が威張り散らすとこなんざ、正直、見たくはねぇがな」
遠くに打ち上げられた花火の音が聞こえる。おそらくは、国王夫妻と王太子を乗せた馬車が城を出発したのだろう。彼らは派手なパレードを行いながら、中央広場へと向かっている。そこで上演されるという舞台、『その神子の悲劇』を鑑賞するためである。
「……悪趣味もいいところだぜ」
「まったくです。罰当たりもいいところですよ。セレスティアに呪われても文句は言えませんし、同情すらできませんね」
「ところで、あんた、本当に良かったのか? 俺についてきて……まだ姐さんの治療があんだろ?」
『バラバラ事件』が勃発し、また、奇妙な黄金の光が目撃され、その上サクヤが襲撃されたという、森の入り口を前にして、ガルシアが念を押すようにシオンに訊いた。
「大丈夫ですよ。もうほとんど傷は塞がっていますから。もしかして私だと役不足でした?」
「いや、そんなことはねぇけどよ……」
シオンの内に秘めている力というものは計り知れない。それはガルシアも承知しているつもりだ。しかし、見た目が優男であるだけに、どこか頼りなく思えてならない、というのが本音であった。

「それに、私の方が、シェイドさんよりは安全ですよ?」
「安全って……どういう意味だよ?」
「仮に、サクヤを襲撃した得体の知れない魔物と遭遇した場合、シェイドさんなら、咄嗟に森ごと吹き飛ばしかねませんし?」
充分、あり得る話だ――ガルシアはその一場面を想像しつつ、頷いた。
「まぁ、私でしたら、森が焦土になる程度で済みます」
シオンがさらりと言う。
「こら! どっちも物騒なことには変わりねぇだろ!」
「ええ? そうですか? 瘴気に塗れて草木一本生えない土地になるよりは、焼け跡から芽吹く分、私の方がましですよ」
「まぁ、そりゃあ、そうだがよ……」
ガルシアが警戒しながら、一歩踏み出す。
「この森の調査ですが、『万が一』の時に備えて、いざとなれば、すぐにでも引き返す事ができる程度に、止めておきましょう」
「そうだな。退路が分からなくなるほどの、深入りは禁物ってやつだ」
背のバスタード・ソードの柄に手をかけ、ガルシアは歩みを進めた。その背後を守るようにシオンが続く。
「つくづく思ったんですが、この国は本当に変ですね。初日に見た、国王によるやらせ騒動もそうですし、もっぱら『惨殺事件』と言われていた、人狼同士の諍いにしても、国王直下の騎士団が関わっている。歌姫マルグリットさんの死にしても、おそらくは、暗殺といったところでしょう? セレスティアがどうの、という以前に、巷で起こっている事件のうち、国側が主犯格であるものが多すぎます」
「確かに、そこんところの見極めが、難しいな」
「ガルシアさんは、アレについてはどう思われます?」

「アレ?」
「ここのところ、急に活動範囲を広げている、司祭と芸人の一団です」
「ああ、この前も見かけたあの連中か?」
「ええ。今日も、彼らの周りには随分と人だかりが出来ていました。一体、どんなありがたい説法をしているかと思いきや、ベアールのご落胤について触れ回っているようです。ルーベンス教会から、ここら一帯にまで、噂を広げるなんて、ディオスさんへの、嫌がらせ以外のなにものでもないと思うんですよね……」
「案外、その一団は、国王の命令で噂を広げていたりしてな」
「そこが難しいんですよ。確かに、噂を国王の耳に入れることによって、目障りな落胤の存在を、正式に葬るため大義名分となります。でもあの一団は他国からグランディアに入ったようで……」
と、ここでシオンの声が途切れた。ガルシアがおもむろに立ち止まったからだ。

「お前……」
ガルシアが呟く。その視線の先には、ハロルドの姿があった。
「なんだ? こんな人気の無い森で待ち伏せなんかしやがって。やっぱり、俺らを始末しに来たか?」
「まぁ……国にとって都合の悪い秘密を知った人間というのは、大抵消されるもんです」
ガルシアとシオンの両者が、ハロルドを睨みつける中、
「そんなに敵意を向けてくれるな。私はお前達に戦いを挑みに来たわけではない」
と、静かに言った。

「あの……どういった風の吹き回しで?」
思わずシオンが尋ねた。
「こちらの森で起こる事件も、粛清を逃れた同胞らによるものかと踏んだまで」
その言葉に、ガルシアとシオンが顔を見合わせる。
「つまりは、犯人を突き止めるために、私達に協力していただける……と?」
「……そういうことだ」
恥じるように、視線を逸らしたハロルドを目の当たりにして、ガルシアが噴出した。
おそらく、粛清を逃れた人狼を追っているというのは、ただの名目に過ぎないのだろう。そうでも理由付けなければ、思うように行動できない白銀の騎士団を不憫に思いながら、ガルシア一行は黙々と歩き続けた。




「元より……我々がグランディアという国に忠誠を誓っているのは、レオンハルト王やギルバート王のおかげだ」
それは、これまで辿ってきた道を確認しつつも、森の半ばまで来た時のことであった。
不意にハロルドが口を開く。
「かつてのレオンハルト王は、少ない従者と共に、馬で遠乗りに出かけ、見事に森で迷ったそうだ。季節は冬だった。方角を見失い、森から出ることも敵わず、そのまま死を覚悟していた時に、我が一族によって救出され、集落で、しばらくもてなすこととなった。陛下は、このグランディアに人狼の集落があることを存じておられた。そのこともあって、我々に対し、恐れを抱くということはなかったそうだ。集落から、案内役をつけ、無事にグランディアへと戻られた陛下が、我々への礼として行った事は、集落への治水整備を始め、医術や薬の道を究めた者の派遣、そして子供達には気兼ねなくグランディアで学問を学べるようしてくださった。勿論、我らが人狼の一族であることも、伏せてくれていた。王国との交流も活発になってからは、集落は格段に住みやすくなっていった。そういった厚遇の恩返しとして、何か、役に立てぬものか、と、我々はグランディアの兵士となることを志願した。人よりも頑丈故な」
ハロルドの話に二人はじっと耳を傾けている。

「そんな、レオンハルト陛下もわずか五十年余の生涯を閉じられ、後にギルバート陛下が即位された。あの方も、人格者であった。しかしながら、その御世が長く続くことはなかった」
それは、ギルバート国王とコンスタンツ王妃は、僭王ベアールによって暗殺されたからである。
「そして僭王ベアールが『セレスティアの悲劇』を招き、それを討ち取ってルドルフ陛下が即位された。あの方の御世になってから、我々が前線に立たされるようになった」
ハロルドは続けた。
「獣人は気性が荒い――そう思われたルドルフ陛下は、薬を用いて、我々を統率しようとされた。しかし、人狼といっても様々だ。私の一族はとりわけ穏やかな方で、魔力の影響も薄く、理性が利く。牙の使い方などとっくに忘れている。我々は既に飼い慣らされてしまっている狼だ。そのようなものを使わずとも、充分に国に尽くす思いでいた。だが、陛下は我々を信頼しようとはしなかった。仕方なく、同胞達を手なずけるためだけに、陛下への忠誠を証明するために、その薬を使用した。だが、薬というものは必ず、後でツケが回ってくるものだ。迫る月夜と、これまで抑え込まれてきた衝動、全てが相まって、このような事件が起きた。あろうことか、獣性に支配された一人が、『数』を増やし始めた」
ハロルドが唇を軽く噛み締めた。
「我々と違って、後から『仲間』となった者は、血が狂いやすい。そして彼らによって、俗に『惨殺事件』と称されているもの発端となった。不始末を犯した『同胞』は粛清せざるを得ない。だが、私達が手を下す前に、ある者は同士討ちで、ある者は首を掻き毟って死んでいる者もいた――人と獣の狭間でよほど苦しい思いをしたに違いない。後は、お前の想像通りだ」

「話を聞く限りじゃ、あんたらは先代国王陛下や、国に忠誠を誓ってはいても、現国王にまで、そうだとは限らないって感じだな?」
「いいんですか? 国王から何故か目の敵にされている私達に、そのような事を喋ってしまって」
「……あくまで、これは私の独り言だから、気にするな」
ハロルドは力なく笑った。
「ところで……あの兄ちゃんは何やってるんだ?」
唐突なガルシアの質問に、ハロルドが眉根を寄せた。
「……ジェレミーのことか?」
「おお! そいつだ、そいつ。余計な事かもしれねぇが、あの兄ちゃん、早いうちに何とかした方がいいぜ?」
「あんたらや、オスカーみたいに、白銀の騎士団でも上位の人間は、将軍職と同じ役割を担ってんだろ? あの兄ちゃんの場合、明らかに、お家柄、あるいは国王の贔屓で昇進した典型で、危なっかしくてしょうがねえ」
「お前の言うとおりだ。あれは今メイヤールの復興のため派遣されている。不安がないと言えば嘘になる」
「白銀の騎士団の一人がメイヤール行きですか……」
「どうした兄ちゃん?」
急に立ち止まったシオンの顔をガルシアが覗きこむ。
「いえ……ちょっと気になって……」
そして、シオンはハロルドの方に向き直った。
「あの、良かったら、白銀の騎士団の皆さんが現在、どちらに行かれているのか、教えていただけます?」







一国の主である国王の誕生日を、国民総出で祝う行事なら、大抵どの国にも存在する。しかし、王妃や王太子の誕生祝いとなれば話は別で、本来は、王室との血縁者、そして臣下のみで執り行われることが多い。
つまり、王太子のために『聖誕祭』などというものを行うグランディア王室は異例と言っても良い。
王太子の誕生祝いを大々的に行う事――それはルドルフにとって、王家の血筋こそ、誰よりも尊く、絶対的権力の持ち主であると、民衆に知らしめたいが故だ。そして今年に限っては打倒セレスティアのため、士気を上げるという狙いもある。
中央広場には、王太子ローランドの『聖誕祭』のためだけに屋外に特設の舞台が設けられていた。
集まった観衆は、一般階級の住民は勿論、兵士から貴族までと、様々であった。民衆が、本日の『主役』の登場を待ちわびて、ざわめく最中、ようやく、国王一家が乗った馬車が広場に辿り着いた。広場一帯に歓声が沸き起こる。馬車の中から、ルドルフが、そしてローランドを抱いたヴィクトリアが降り立った。盛大な拍手に迎えられ、ルドルフは観衆達に答えるように手を振った。
そして、視線の先にロッドバルド夫妻と共にこちらを見つめる、ジュリエットの姿を見つけ、満足気に微笑んだ。



そんな国王の様子を、『会談』のために、貸し切った屋敷の窓から、遠目に見守りながら、ブリジットは胸を撫で下ろした。
「ブリジット様、お客様がご到着されました」
軽いノックの後、使用人の声が扉の外から響く。
「どうぞ、お入りになって」
ブリジットの答えが返ってくると共に、使用人が扉を開き、案内されたシェイドが室内へと足を踏み入れた。
「よもや、聖誕祭当日に、逢引する事になるとは、思ってもみませんでしたよ? 銀髪の君?」
ブリジットは優雅に振り返った。
「都合良く、人を呼びつけておいて、とんだ言い草だな」
「それでも、この日を選んだのは、貴方様の方です。今日は貴方がたにとって、大事な日だったのでは?」
「ああ、今日は、怪事件解決の期日だったな。現在捜索にあたっている仲間には悪いが、俺個人としては、降参だ」
「降参?」
「神子の名誉のために、尽力はしているが、個人的には無駄な時間だと思っているのが本音だ」
あっさりとしたシェイドの答えにブリジットは目を丸くした。
「……お仲間を信じてはいないのですか?」
「なんだ、あんた、心配してくれているのか? 今後、どんな要求、無理難題を突きつけるつもりかは知らないが、あんたらは、俺達が失敗する方向で事を運びたいんだろ?」
シェイドは腕を組んだ。
「怪事件の解決については、ここまできたら、なるようにしかならん。その代わりといってはなんだが、巷で起こった、物騒な殺人事件の、犯人の話しをしようじゃないか」


「物騒な……殺人、事件?」
「とぼけるなよ。歌姫を刺し殺し、水路に突き落としたのは、あんたなんだろ?」
その言葉を聞くなり、ブリジットは一瞬、きょとんとした表情を見せた後、顎の下に手を当てたまま噴出した。

「酷いお方だわ……どうして私がそのような残酷なことを? マルグリットはこの国が誇る歌姫でしてよ」

「願いの叶う光、ベアールのご落胤……グランディアの界隈には面白いほどの噂が転がっているな。そんな中、国が誇る歌姫が、国王の寵愛を受けて身篭った、この度、引退するとすれば、その理由をおいて他ないだろう――なんて噂が立てば、王妃は気が気でなくなるんじゃないか? あんたは国王夫妻を守る剣と盾だと聞いた。つまりは汚い仕事も請け負うという意味だ。だから王妃の命であんたは、噂の子供諸共一網打尽にすべく、あの歌姫の腹を一突きにして殺したんだろ? そうだな、歌姫を殺した日は、俺とガルシアとあんたが初めて出会った日、といったところか」

シェイドは話しながら、ブリジットの真横を通りすぎると、窓から聖誕祭の行われている方角を見据えた。
「ここからは、良く中央広場の様子が分かるな。やはり国王が心配なのか?」
その後を追うように、ブリジットはシェイドに歩み寄る。
「一体、私に何の怨みがあって、そのような意地悪を仰るのです? ひどい言いがかりですわ。銀髪の君」
ブリジットは声を震わせながら、シェイドの背に、ぴたりと額をつける。

「どうか……どうか、私の話を聞いてくださいませ。銀髪の君……」
懇願するブリジットを背に、シェイドが口元に笑みを湛えた。
「隙あらば、その右手の人差し指と中指の間に潜ませた針で俺の首を指すつもりか……?」
ブリジットは弾かれたように顔を上げると、背後からシェイドの両肩に添えた手を退け、そっと後ろに下がった。

「あんたは生粋の嘘つきだ。昨日の夜、会いたいと言って文を寄越したのは、閨に誘うふりをして、俺を眠らせ、姦通罪で投獄したかったからだろ? だが、残念だったな……」
振り返ったシェイドが、呆れたように言う。


「悪いが、俺はルドルフと違って男色の趣味はない」
「は?」
ブリジットが、シェイドを凝視した。

「今一度問う。あの国王はいつから男を妾にして愛でるような趣味に走ったんだ――と、聞いている」

「言葉の意味がわかりませんわ」

「この国の王妃は国王が目をつけた女に監視者をつけ、寵姫に迎えることを、妨害するんだろ? これが王妃の性格の全てを物語っている。王妃は国王に心底惚れているのと同時に、悋気の持ち主であることをな。
そんな二人の間に、監視者という壁を越え、お前が入ったならば、王妃は必ず嫉妬に狂うはずだ。それにも関わらず、王妃はお前に悋気するどころか、一目の信頼を置いている。
こんなに望ましい王妃と寵姫の関係など、普通の王室ならばありえない。考えられるとしたら、王妃から絶対的な信頼を受ける誰かが、公妾という名目で、外交を取仕切り、国王や王妃を守り、出すぎた寵姫候補を事前に屠り、また間者のような役割を担っているということだ」
シェイドは鼻で笑った。

「王妃やその侍女たちをも、こぞって花の汁で爪を染めているというのに、どうしてお前だけ爪先を飾らないんだ?」
シェイドに指摘され、ブリジットは反射的に己の白い手を、その指先を凝視した。
「答えは簡単だ。そのような爪では剣を握ることができないからだ。そして、あんたが、公妾として公の場に出ないのは、立場を弁えているからじゃない。単純な話、一人二役では出れないだけだ」
ブリジットは口を閉ざしたまま、シェイドを見つめていた。


「なぁ、膝を曲げたまま歩くのは辛くないか? 足を痛めれば、前線に出ても役に立たなくなる。騎士ならば致命的だな。そうだろ? 白銀の騎士団の団長、オスカー・パーシヴァル?」
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