Back * Top * Next
EternalCurse

Story-118.無くした宝石-T
「ルーシア……? ルーシア……!」
いつものディオスらしからぬ、叫びにも似た呼び声に、ルーシアは慌てて、ディオスの元に駆け付けた。
「ディオス様、いかがなさいましたか!?」
ノックすることすら忘れ、部屋へと飛び込んだルーシアが目にしたのは、狼狽した様子で、部屋中を触れ回っている。ディオスの姿であった。
「ルーシア、ああ良かった、来てくれたのですね? 私の宝石が見当たらないのです。確かに袖の中に入れていたはずなのですが、落としてしまったようで……ルーシア、一緒に探してくれませんか?」
「宝石……?」
それは赤子であったディオスがこの教会に捨てられていた際に、握りしめていた赤い宝珠の事である。
ディオスにとって、その宝石は、肉親と自分を繋ぐ唯一の手段にして、最後の贈り物と言っていいだろう。
「わかりました。探してみます」
彼があの宝石をどれほど大事に扱っているかは、自分が一番理解している――そんな自負と共に、ルーシアはディオスからの頼みを快く引き受けた。




「嘘……」
エステリアがやっと聞こえる程度の声で呟いた。
突如として、グレイスと、その子供達の死を聞かされ、エステリアは、まるで頭を殴られたようなそんな感覚に陥っていた。
「そんな……そんなことって……ねぇ、嘘でしょ?」
エステリアは、レオノーラの従者にそう問いかけたが、従者がその頭を縦に振ることはなかった。
「まさか……怪事件に巻き込まれて……?」
レオノーラの側近の話によれば、グレイスは腹を割かれ死んだらしい。どうしてそのようなおぞましいことができるのだろう。そのようなもの人間の所業ではない。微かに震える手で、エステリアが口元を押さえる。

「なぁ、確かこの国の歌姫さんも腹から血を流して死んだとかじゃなかったか?」
ふと思いついたように、ガルシアがシェイドに訊いた。
「ああ、腹を一突きにされてな」
ガルシアの質問にシェイドが答える。
「何故、そのような事まで知っているのですか?」
怪訝そうにレオノーラが眉を潜めた。
「単純な話、臭いでわかるからだ」
シェイドはレオノーラに対し、素っ気無く答えた。
「もう用は済んだだろ? あんた達も引き取ってくれ。何分、うちの神子の顔色が悪い。顔見知りが亡くなって、傷ついているんだろう」
青ざめたエステリアを気遣うようにシェイドが言った。その後、レオノーラとその従者がすみやかに退出したときの事をエステリアは、おぼろげにしか覚えていない。


「エステリア?」

サクヤに名前を呼ばれ、エステリアはようやく顔を上げた。その後、教会に赴き、サクヤの看病にあたっていたのだが、グレイスの死を聞かされた時の事を思い出して、どうやら周りが見えていなかったらしい。
「お前……どれだけ巻いたら気が済むんだ?」
「あ……」
エステリアは手元を見て愕然とした。サクヤの腕の包帯を取り替えているつもりが、幾重にも巻いてしまったようだった。
「ご、ごめんなさい。今やり直すから……!」
エステリアは慌てて、サクヤの包帯を緩めた。
「随分と、ぼうっとしているようだが? 何かあったのか?」
サクヤに尋ねられ、エステリアは小さく頷いた
「グレイスさん……死んじゃったって……」
「グレイス? あの子連れの妊婦か?」
「ええ……お腹を引き裂かれて……とても凄惨な遺体だったって……」
「それで、お前は心此処にあらずという状態だったのか……」

「私……グレイスさんに憧れていたの。理想の、お母さんだったから。あんな風にいつかなれたらな……って」

母親の愛情を知らぬエステリアにとって、グレイスは理想の母親像とも言えた。きつく両の拳を握り締め、エステリアが俯いた。その瞳には大粒の涙が浮かんでいた。そんなエステリアをじっと見つめ、サクヤが呟いた。

「お前、出会った人間の不幸ごと全部に涙する気か? いちいち気を遣ったり、悲しんでいたらきりが無いぞ」
「……サクヤも、シェイドと同じ事を言うのね」
溢れそうな涙を拭いながら、ぽつり、とエステリアは言った。

「非難しているわけじゃない。他人の悲しみを背負うより、少しでも不幸な人間がいなくなるように務める事、それが、お前の役割というものだ」
サクヤは慰めるように、エステリアの頭に手を置いた。

「強いのね、サクヤは。色々なことに動揺する私とは大違い……神子としての出来が違うのね……」
エステリアが肩を落とし、溜息をついた。

「私が神子になったのは、お前と同じ年の頃だ。無論、そうなる前から全てを卒なくこなすものだから、セイランでは神童扱いされていたが」
話を聞くなり、エステリアは目を丸くした。
「どうした?」
「うん。よかったと思って。サクヤにちょっと調子が戻ってきたみたいだから」
ほんの少しだけであったが、エステリアの表情が綻んだ。
「私は……元々宮家の生まれでな」
「『宮家』って何?」
初めて聞くその言葉にエステリアは首を傾げた。
「ここらの国で言うところの、王家の血族。セイランでは、王室の流れを汲む血筋。帝に世継ぎがいなければ、そこから次代の帝なり女帝なり選出する」
サクヤは過去を懐かしむように、虚空を見上げていた。

「私が生まれた当初は、セイランは世継ぎ問題で揉めていた。王位継承権は、国によって様々だが、セイランの場合、王位は、男女問わず、第一子が継ぐことになっている。しかし、その第一子は身体に問題があってな。廃嫡され、幽閉されていた。正当な後継者を決めるため、私も候補として名が挙がっていた。しかし、私の母はそれを反対していた」

「どうして?」

「母は私を女帝に据えて、いずれは誰かの子を生み、神通力まで失って、ただのつまらん女としての道を歩むより、神子としての地位を得る事を望んでいた。私も平凡な人生なんぞ、望んでいなかったから、それを良しとした。セイラン一つを統べるより、世界に名だたる者で在りたかった。そして神子に選ばれた。要するに私は、特別な何かでいたかっただけかもしれん」
瑠璃色の瞳で、サクヤはエステリアを見つめた。
「つまり、私には子供としての可愛げや、年頃の娘としての初々しさなど、一切なかった。それが原因で色々と失敗もした……神子はお前ぐらいが丁度いい。その方が、お前の夫も可愛がりようがあるというものだ」
「サクヤが人を褒めるなんて不思議」
「心外だな。私も褒めるべきときは褒める。これまでそうしなかったのは、出会った連中がどうしようも無かっただけだ」
「でも、どうしてそんな話をするの?」
「ここのところ、度々昔のことを思い出すんだ……あとは落ち込みやすいお前への慰めだ」
「ごめんなさい。気を遣わせて……」
「構わん。ところで、怪事件の解決についてはどうなっている? 確か、期日は明日だろう?」
「それが……明日中に、なんとか出来たらいいんだけど……シェイドが調査にいけなくなっちゃって……」
エステリアは、ことの詳細をサクヤに伝えた。

「いよいよ駄目だったときは、ブリジットさんに、降参することになってるの」
「残る事件は……二つだったな……」
「ええ……」
「私も協力して、その中の一つぐらい解決できればいいんだが……」
「無理をちゃ駄目よ! 傷だってやっと塞がり始めたんだから」
「証拠だ……今は証拠が欲しい。それさえあれば、決着は早い」
「証拠……? 一体何のこと?」
エステリアに問われ、サクヤは思わず口を開きかけたが、しばし考え込むと、
「そういえば、お前、シェイドとは上手くいっているのか?」
「え?」
はぐらかすように言った。
「ええ。上手く……いってるとは思う。私に対しての態度が、情熱的といえばそうね、普段の彼だったらあり得ないぐらいに」
「ならば、元に戻ったときの反動が凄まじいだろう。奴が落ち込んで、自己嫌悪に陥る様を想像すると笑えるな」
「覚悟はしているわ」
「グレイスと子供らの死の他に、周囲に何か変わった事はなかったか?」
「皆はいつもの調子よ? 変わった事っていえば、ここに来た時だったかしら。ルーシアさんが何かものすごく必死な様子で、探し物をしていたの」
「探し物?」
サクヤが反芻した。
「ええ。あまりにも大変そうだったから、何を探しているのか、聞こうとしたの。万が一、拾った時に、教えてあげれたら、と思って。でも素っ気なく返されちゃって。ルーシアさん、あんな人だったっけ? 随分変わったように思えたわ」
エステリアは小さく溜息をついた。

「変わったというより、元からそういう女だったというだけの話だ」
「サクヤ……?」
気が付けば、サクヤの瑠璃色の瞳に怜悧な光が宿っている。
「本当にあの女さえ消えてくれれば、全てが上手くいくかもしれぬものを……」
ほとんど消え入りそうな声で、そう呟くと、サクヤはゆっくりと瞼を閉じた。
Back * Top * Next