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EternalCurse

Story-117.疑念と誤算‐W
「まったく、あんた達はどうしてそう自分勝手なんだ?」
聖誕祭まであと一日となったその日の朝、従者を伴って現れたレオノーラに、シェイドは頭を抱えた。いや、呆れて物が言えないといった方が正しいのだろう。
「今夜にでも会いたい、だと? こっちは忙しいんだ。丁重にお断りすると、あの公妾に伝えておいてくれ」
話を打ち切るようにシェイドが言った。
「しっかし、事ある事にいちいち俺達への妨害工作に走る野郎だな」
「ガルシアさん、レオノーラさんは野郎ではありませんよ……」
教会から宿舎に帰ってきたシオンが嗜めるように言った。しかし目は笑っていない。
「仲間が重症を負っているんだ。怪事件の調査に出向いたおかげでな。これでこっちの状況も随分と変わった。あんたらの一方的な願いを聞いている時間なんてない」
皮肉たっぷりにあしらうシェイドに、
「ブリジット様から、貴方に直接お話したいとのことです。会って貰わねばなりません」
相手の言い分など、毛頭聞く気がない、といった感じで、レオノーラが答える。
「だったら、そっちから出向くのが、礼儀というものだろう?」
「ブリジット様が国王陛下の許可無く、殿方の下へ出向くことは禁じられています。ですが、貴方がブリジット様の元へ出向くことは陛下も了承済みです」
「公妾が男の元に出向くのは禁止で、男が公妾の為に屋敷を訪れるのはいいってことか? 国王も随分と矛盾していることだな」
言いながらレオノーラを睨みつけるシェイドを、エステリアが冷や冷やした表情で見守っている。
「あんた達は、俺達に『怪事件』のなんたるかを暴かれると、よほどまずいことでもあるのか?」
シェイドは小さく鼻を鳴らした。
「まさかとは思うが、『怪事件』は全部あんた達、白銀の騎士団による仕業で、国王はその事実を知らぬまま、解決を俺達に命じた――なんていうオチじゃないだろうな?」
「撤回して下さい。神子の一行と言えど、それは我が騎士団への侮辱に値します」
「どうだか。人狼の件もあることだしな。巷を賑わせていた『惨殺事件』の犯人なら、その他余罪もあるんじゃないか? それに、あんた達、もとい国王が俺達に与えた侮辱はこの程度じゃないんだが?」
向き合ったシェイドとレオノーラの睨み合いが続く。
「あの……ねぇ、止めてよ……」
宥めようとしたエステリアであったが、思わずシェイド、と口にしそうになり、思いとどまる。
「そうは言うけどな、お嬢ちゃん。俺達に残された期日はもう明日限りなんだぜ? 本当なら、今頃西の森の調査に出かけているはずだ。その貴重な時間も予定も、この姉さんに着々と潰されてるんだ。文句の一つぐらい言っても罰は当たらねぇ」
「でも、私達が断ったら、レオノーラさんは厳罰されるんじゃ……」
「そうだ。要は、この女騎士一人が罰せられればいいだけの話だろ?」
シェイドがちらりとレオノーラを見る。
「ちょっと、待って。そんな言い方は……」
「エステリア、お前、そんなにあの公妾が好きなのか?」
「もう! こんな時に焼きもち焼かないでよ!」
「は?」
「おいおい、お嬢ちゃん……」
シェイドが眉をしかめ、ガルシアが脱力した。
「あのな、エステリア。いくら相手が罰せられるからといって、こちらの予定を返上してまで、条件を飲む必要なんてないんだぞ? そんなもの、いちいち相手にしていたら、きりがない」
きつい口調で言われ、エステリアは完全に黙してしまう。それを庇うかのように、シオンが一歩歩み出た。
「まぁ、確かにこれは、白銀の騎士団による、私達への時間潰し、立派な妨害行為です。どんな理由があれ、それを断る権利は私達にもあります。ですが、どうですか?この際ですから、公妾の元に行って差し上げては?」
「あんたまで、いきなり何を言い出すんだ?」
「そりゃ、公妾の申し出を断ったことで、この方がどうなろうと、正直私達の知ったところではありません。斬首か屠殺か、この国の処刑制度にどんな種類があるかは存じませんが、少なくとも火刑は存在しているんですよね? セレスティアを焼き殺そうとしたぐらいですし?」
穏やかに笑う、シオンの言葉には何気に皮肉が含まれている。
「それでも、滞在中に女騎士を一人、火刑送りにしたとあっては、こちらも気分が悪い。なにより、あの国王陛下の事ですから、今度はそれを利用して、エステリアさんを残虐非道な神子としてちくちく触れ回ることでしょう。神子を貶めるのがお好きのようですからね。つまりは我々の評判は最低のものになる、と」
セレスティアと同類の扱いを受けるのは御免だ、とシオンは続けた。
「そのかわり、公妾と会う日時を変えて貰うよう、融通を利かせてもらってはいかがですか?  今夜会いに来いという話はさすがに無理です。私達は今もなお『失い続けている時間の分だけ』、穴埋めしなくてはならないのですから。それぐらいのわがままは受け入れて貰ってもいいでしょう?」
じっとシオンに見つめられ、レオノーラはしばし考え込んだ。
国王よりブリジットが受けた命は、言うまでも無い、目の前にいる銀髪の男の『捕獲』である。その任務を果たさねば、ブリジット自身、公妾としての立場が危うくなる。国王は今、あの寵姫にご執心だ。聖誕祭が終われば、ブリジットに次ぐ地位を彼女に与えるという。だからといって、ブリジットの安泰は保障されているわけではないのだ。国王の期待を裏切ればその価値は地に落ち、寵姫と立場が逆転する事もあり得る。そう、あの王妃ですら、無碍な扱いを受けているではないか。そのような事態だけは、なんとしても避けたかった。ならば、多少の日付がずれ込もうとも、ここは相手の条件を飲むしかない。
「二日程度の変更ならば、なんとか融通も聞くと思います」
「……だそうですよ? どうですか?貴方だって、公妾と積もる話があるでしょう?」
シオンが話を振る。シェイドは仕方なさそうに、溜息をついた。
「……なら明日だ」
「は? 明日……?」
「そうだ。聖誕祭当日だ。どうせ公式行事に公妾は出ないんだろ? さぞ暇を持て余していることだろうから、話し相手になってやるよ。これで都合が悪いというのなら、申し出には応じられない。あんた達には、多少手荒い手段を用いてでも帰ってもらう」
「おいおい、大丈夫か? 明日は怪事件解決までの期日だぞ?」
懸念するようにガルシアが言った。
「だからこそ、何も収穫が得られなかった場合は、皆で会談場所に来て、そのまま公妾に、降参を伝えればいいから、一石二鳥だろ」
最初から諦めることを前提に話すシェイドにシオンが、苦笑した。
「貴方ならそう言うと思ってましたよ」
「え? でも今日と明日で、失血死事件とバラバラ事件の調査をするんでしょ? 貴方が抜けたら……」
サクヤが負傷し、シオンがその看病に付き添っている今、シェイドの離脱は一行にとって痛手である。不安を口にするエステリアを宥めるように、シオンが言った。
「エステリアさん。私の代わりに、今日から明日にかけて、サクヤを看てもらえますか?」
「私?」
「ええ。私が彼の代わりに、ガルシアさんに付き添おうと思っています。一応、怪事件の解決は最後まで諦めずに頑張りますので、安心して下さい」
シオンはシェイドに視線を移した。
「貴方と私の力はほぼ互角です。貴方の代役として引けをとるようなことはないでしょう」
「ああ。異論はない。俺よりあんたの方が、ガルシアとは上手くいきそうだしな」
「どういう意味だよ、お前……」
「そのままの意味だ。さて、こっちはある程度、予定の目処がたった。あんたの方は?」
シェイドが、改めてレオノーラに訊く。
「いいでしょう。日程については、ブリジット様には、私から伝えておきます」
背に腹は変えられない――レオノーラは静かに言った。

「あんた……随分と血相が悪いが、何を焦ってるんだ? あんただって馬鹿じゃないだろ? こんなに唐突に訪問したところで、俺達が公妾の申し出を蹴ろうとする事ぐらい、容易に想像できただろうに」
「……あのお方は国王ご夫妻を守っておられる。ですが、あのお方御自身を守れるのは私しかおりませんので」
シェイドの問いかけにレオノーラが伏し目がちに、答えようとしたときだった。
「レオノーラ様」
レオノーラの背後に従者が駆け寄る。
「何事かしら?」
振り向いたレオノーラに従者は、苦々しげな表情を浮かべ、
「紺青の守衛らが、この宿に宿泊している客に、一刻も早く、聞き込み調査を行いたいそうです。」
従者が低く言った。
「私達がいるというのに、早く立ち退けと? 相変わらず紺青の守衛は不躾な者が多いわね。それで、何の聞き込みをするというの?」
「なんでもこの付近の屋敷で事件が起こったそうでして……」
従者の言葉に、エステリアらは顔を見合わせた。
「また、ここで足止め喰らうのかよ……まったく、宿から一歩踏み出せるのはいつになることやら」
ガルシアがどっかりと、椅子に腰を下ろす。
「まぁ、下手に聞き込みから逃げると、犯人扱いされかねませんからねぇ……」
シオンが腕を組んだまま、天井を見上げた。
「それで、事件の詳細は?」
レオノーラが尋ねる。
「はい。バーグマン家の御夫人、グレイス・バーグマンと、嫡子であるユーリ・バーグマンが何者かによって殺害されたそうです。その遺体は凄惨なものだったと……」
グレイス・バーグマン――その名を耳にした瞬間、エステリアはただそこに立ち尽くすことしかできなかった。



その時、ウォルターはひたすら追手から逃れるべく、ひたすら走り続けていた。勿論、行く当てもない。
周囲を見渡し、追手の姿がないことを確認すると、物陰に身を潜め、息を吐く。
これから手に入れるはずであった、輝かしい日々は、昨日を境に、脆くも崩れ去ってしまった。一体、何故このようなこのような事態に陥ってしまったのだろうか――それがウォルターの本音だった。
ウォルター・バーグマンを騙っていた事が国王に知れた際、彼は逮捕の手が回る前に、いかにしてこの国からの脱出するべきか、その手段を練っていた。
やはりここは、『ウォルター・バーグマン』という人物の唯一の味方であり、騙されていることすら気付かぬ、あの鈍感でお人よしの女――それを利用する他ない。
そう思って帰宅したものの、あの女は既に、自分が本物の夫ではないことに感づいていた。反射的に、妻の首を締めた後、屋敷を飛び出しウォルターは浴びるように酒を煽った。

頭を冷やせ――『その筋』である酒場の店主は、言った。
いずれ、グランディア国内で手配されているであろう自分が、その包囲網を掻い潜り、裏を通して、乗船券を手に入れるためには、多額の金が必要となる。手配される前に、なるべく早く金を用意することだ――店主の助言もあって、ウォルターは改めて、バーグマン邸に戻ることにした。
グレイスに優しく囁けば、先日の事など許してくれるだろう。あれはそういう女だ。自らの潔白を語り、金目のものを全て吐き出させた後は、二度とこの屋敷には、いやこの国には戻ってくるまい。獅子の兄弟国に赴くのは危険すぎる、ならばいっそ、スーリアに渡るのも良い。そう思いながら、ウォルターは帰宅した。屋敷の門を潜った際、いささか門番や使用人の顔色が気になったが、時間がない。ウォルターは、扉が開かれると同時に、勢い良く屋敷内に足を踏み入れた。

「グレイスを呼べ!」

屋敷に入るなり、ウォルターが使用人に向かって叫ぶ。しかし、どこからも使用人が駆けつけることなく、また返事が返ってくることは無かった。ウォルターは苛立ちながら、使用人の姿を探した。一通り、見回した後、視線を一直線上に戻す。すると、
「久しぶりね、私を覚えてる?」
そこには、グレイスではなく、長い金髪と身体の線がはっきりと出る黒い衣を纏った女が佇んでいた。爛々と輝く空色の瞳には、見覚えがある。

「以前、貴方と会ったのは……そうね。私が火刑に処される直前……だったかしら?」
「セ……レス、ティア……」
ウォルターの顔が引きつった。
「覚えいてくれた? そうよね、忘れるわけないわよね? いいえ、忘れることは絶対に許さない。だから、思い知らせてやるのよ、貴方自身の罪を」
氷の刃のような眼差しでセレスティアはウォルターを見据えた。セレスティアに射すくめられ、ウォルターは硬直していた。
「あら。私が怖いの? 女を馬鹿にしている貴方が? 笑えるわね。ねぇ、私に気をとられている場合かしら?」
セレスティアが視線で横の部屋の扉を促す。ウォルターもちらりと、その方向を見ては、伺うように目の前に視線を戻す、するとそこにセレスティアの姿はなかった。なんだ、幻か――ウォルターは胸を撫で下ろした。
と、その時、横の扉が開き、なだれ込むように、紺青の守衛らが姿を現した。

「なんだ、お前らは?」
ウォルターの前に現れた、紺青に守衛らの顔には皆見覚えがあった。怪訝そうに眉を顰めるウォルターを前に、守衛の一人が前に歩み出て、言った。
「ウォルター・バーグマン。貴様を妻子の殺害容疑で捕らえる」
「はぁ? お前ら何言ってんだよ!」
全く持って意味がわからない――声を荒げるウォルターに、紺青の守衛らの後ろから、合間を縫って、家政婦が前に出た。家政婦の目は泣き腫らしたのだろうか、充血し、その身体は怒りによって小刻みに震えている。
「よくも……よくも……」
家政婦はのろのろと手をあげ、ウォルターを指差した。
「お嬢様をよくも! ユーリ様とお腹のお子様をよくも殺したな! それも……あんな……人の道に外れた残虐な方法で……!」
家政婦は涙で声を詰まらせた。それ以上は言葉にならなかった。
「お前は、自分の息子を殺した後、妻の絞め殺し、その腹を割いて胎児までも亡き者にしたようだな。前々から思っていたが、お前は鬼畜のような男だな」
家政婦の言葉を代弁するかのように、守衛が語り、侮蔑するような目でウォルターを見た。
「何寝ぼけたことを言ってやがる! 冗談じゃない。俺はやってない!」
ウォルターは反論した。
「いいえ! この男です。ケイン様から聞きました。この男は、常日頃から、お子のことを虫けら呼ばわりしていたのです! そして最近はベイリー邸に入り浸り、巷ではベイリーの娘と婚約との噂も流れておりました。この男です。この男は、お嬢様とお子様達が目障りでしょうがなかったのです! 昨日の夜ですら、お嬢様とひと悶着ありました。お嬢様は首を締められていた。私が駆けつけて、事なきを得ましたが、おそらくこの男は、再び舞い戻って、お嬢様とお子様に止めを刺したのです!」
纏め上げていた髪をも振り乱しながら、家政婦は叫んだ。
「違う、俺は違う!」
「何が違うだ、ウォルター。お前の罪はそれだけではないだろう?」
「何?」
「ケイン・ホフマンの遺体が今朝方、自身の屋敷の前で見つかってな。奴は、ウォルター・バーグマンと書かれた紙片を握り締めていた。これはおそらくお前が関わっていることを証明する死者からの伝言ではないのか?」
「馬鹿な、そんなはずはない!」
あいつの死体なら廃屋の井戸の中だ――写し絵ならば、粉々にして井戸の中に撒いたはずだ。一体誰が、死体を引き上げたというのか。考えられるのは――セレスティア、だ。
「そんな『はず』はない? ほう……何か知っているようだな?」
紺青の守衛が目を細める。
「違う!俺の友人が死ぬはずがないと言っているだけだ!」
「貴様は後ろ手に何を隠している?」
「は?」
守衛に指摘され、ウォルターは、右手を見た。そこにはいつの間にか、血塗られた短剣が握られている。
「馬鹿な……っ」
ウォルターは即座に短剣を床に叩き付けた。
「どうやら、詳しく事情を聞く必要があるようだな!」
捉えろ――無情な守衛の声が響く。控えていた守衛達がウォルターの確保に向かって踏み出した。
「ふざけるな!」
ウォルターは、近くにあった花瓶を守衛に投げつけるとその隙に、屋敷を飛び出した。
「逃がさないで! お嬢様と、そのお子様達の仇を捕らえて!」
半狂乱になった家政婦のわめき声を背に、こうしてウォルターはバーグマン邸より逃亡することとなった。
「冗談じゃない。俺は逃げ切ってみせる。牢屋なんかでのたれ死んでたまるか」
物陰に潜みながら、ウォルターは呟いた。生来より持つ獣のような目を充血させて。

そんな様子をセレスティアはじっと見守っていた。
「さぁ、最も卑しく、下劣な男、『ウォルター』貴方が死に物狂いで踊る様を、私に見せて頂戴――」
腕の中にある炎に、ウォルターの姿を映し出し、セレスティアは薄く微笑んだ。
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