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EternalCurse

Story-114.疑念と誤算-T
昼の最中、ディーリアス通りの宿舎を引き払い、ようやくこちら側に落ち着くことが出来たエステリア一行は、ルーベンス教会を訪れていた。
「よかった、サクヤ……無事で!」
通された部屋でサクヤの姿を確認するなり、エステリアは有無を言わさず彼女に抱きついた。
「どうしたんだ? お前……」
エステリアが全身をもって喜びを表すなど滅多にないことである。サクヤが戸惑うのは勿論、これにはガルシアもシェイドも目を丸くせずにはいられなかった。
「だって、私……止められなかったから……」
サクヤが一人でルーベンス教会付近の森へ向かうと言い出した際、エステリアの中に、確かに不安が過ぎっていた。その後、サクヤが重症を負ったという知らせを耳にしたとき、エステリアはあの時、引き止めることが出来なかった自分を何度も責め、後悔していたのだ。

「お前が気に病むことではない。私の不注意が招いた結果だ。それより……離れてくれるか?」
「ご、ごめんなさい」
改めてサクヤが未だ全身を包帯に覆われていることに気付き、エステリアは慌てて身体を離した。

「で、姐さんは一体なんだって、そんなヘマをやらかしたんだよ」
「ヘマ、というより隙を付かれた。奴は一瞬で駆け抜けた黒い風のようだった。振り向いたときにはもう遅く、この様だ」
「その黒い風のような生き物が、この一体を騒がせている事件の犯人かもしれないんだな?」
シェイドが訊く。
「どうだろうな。奴が犯人だとしたら、私はとっくに失血死、もしくはバラバラにされているはずなんだが」
「一応、大量に血は失っていますよ。あと、未遂に終わりましたが、バラバラにされそうなぐらい切り刻まれていたじゃないですか」
シオンの言葉に、エステリアが即座に反応を示した。
「そうなの? そんなに酷い怪我を負ったの? だったら、今からでも私が……」
治療する――と言いかけたエステリアをシオンが制した。
「サクヤは少々特殊な傷を負っていますので、私が全ての治療に当たります。エステリアさんに全部治療してもらった場合、かなり消耗してしまうでしょうから、力は温存しておいてください」
「姐さん、見た目以上に悪いのか?」
「まぁ、三、四日は養生した方が無難のようです」
「なら、歩いて移動するのはまだまだ無理ってことね? 一応、ここの近くに宿は借りてはいるけど……」
「三、四日移動不可能ってことは、姐さんの復帰は聖誕祭後ってことだな」
「すまんな。あの赤毛の阿呆の鼻を空かしてやろうと、意気込んでいた私が、怪事件解決の役に立てんとは、皮肉なもんだ」
「大丈夫よ、後のことは私達でなんとかするわ。少なくとも三つのうち一つは解決しているんだし……」
とはいえ、聖誕祭までもう三日も切っている。残る失血死事件、バラバラ事件を解決するには、いささか時間が足りない。

「そろそろ、解決できなかった場合のことも考えておくべきだな。せめて俺が一日以上、元の姿を保てるんだったら、あの赤毛と無理矢理話をつけることも可能なんだが……」
「シェイド!」
エステリアが悲鳴のような声をあげた。
「私達の本命はあくまでもセレスティアですよ? エステリアさん?」
「まぁ、仮に解決できなかった場合、俺達への罰則は、国王への謁見の許可が下りない程度だ。その他嫌がらも受けるかもしれんが。だが、万が一、セレスティアの襲撃を受けて、何もできずに王国が滅んだ場合はその程度では済まない」
「国を滅ぼした全責任を、国王陛下から擦り付けられるってこと?」
「俺達が生き残っていれば、な」
シェイドの言葉にエステリアははっとなった。グランディアの完全なる滅亡、それはすなわち自分達の死を意味するのだ。
「まぁ、適度に壊れて、責任転嫁されそうになったら、あの赤毛が中央広場でやった『やらせ』や、配下が狼男で惨殺事件の関係者、とでも公の前でばらしてやるが」
「シェイド、おめぇ……」
「正直、セレスティアが中央大陸を滅ぼすと神子に宣戦布告した以上、普通の王家なら神子に全面協力して、襲撃に備えるのが筋だろう。それにも関わらず、あの赤毛は俺達を突っぱねて、雑用を押し付けたんだぞ? それが原因で襲撃が防げず、国に被害が出たところで、全部の責任を俺達が負う必要なんてないだろ? 慣れ合うどころか、あくまで王家は俺達を排除する姿勢を崩さないわけで」
「まぁ、確かにこうも国王一家が敵意むき出しとなると、やる気も削がれるわな。正直、セレスティアが暴れ始めても、自分達で勝手にしてくれや、と思うこともしばしばだ」
少なからず、ガルシアも同意を示した。
「国王側を、黙らせる手ならあるぞ」
「本当か? 姐さん」
「ああ。とっておきの情報なら仕入れた。なるべくその手を使わず穏便に事が済むことを望んではいるが。だから怪事件の解決が間に合わなくても、心配するな」
言いながら、サクヤはエステリアの頭に軽く手を置いた。
「どうしたの? サクヤ……?」
「まあ、婆心というやつだ。気にするな」

「……やっぱり変よ」
エステリアが身を乗り出す。
「本当にどうしたの? いつものサクヤなら、間違っても自分のことを婆呼ばわりしないでしょ? それに……なんか……ちょっと悲しそうで」
「悲しそう? この私が?」
驚くサクヤを他所に、エステリアはシオンを見上げた。彼ならば、サクヤの様子が、いつもと違う理由を知っているような気がしたからだ。だが、シオンは頭を振った。

「姐さんは血が足りなくて、いつもより顔色が悪いからそう思うんじゃねぇか? お嬢ちゃん?」
「そう……? 本当にそれだけ?」
心配そうに覗き込むエステリアを安心させるように、サクヤが頷いた。

「お前達こそ、ここに来る道中、変わったことなどなかったか? 私以外にも魔物に襲われた人間はいなかったか?」
「いいえ。その後、犠牲者が出たような話は聞いてないわ。ただ、道中、珍しい一団を見たわ。遠方からこのグランディアに来たみたい」
ねぇ……とエステリアがシェイドに話を振る。
「ああ、司祭と大道芸人の一団だったな」
「そいつらに変わった様子はなかったか?」
「特には。この近くで説法やら曲芸やら披露していたが、もしかしたら、この教会に慰問にくるかもな」
「気になるのでしたら、私がその者達の様子を見てきますが?」
「いいや、そこまでしなくていい」
サクヤは静かに答えた。普段通りの受け答えはしているものの、その顔には疲労の色が見え始めている。
「お嬢ちゃん、そろそろお暇しようぜ。あんまり長居しても、教会の迷惑だろ」
「ええ……」
エステリアは立ち上がるとシオンの方に向き直った。
「シオンさんもありがとう。教会と私達の間を行き来した上、ずっとサクヤを看病してくれて……」
「いいえ。それが私の役目ですし。それよりも教会の方には……」
「大丈夫よ、お礼はきちんとしてきたわ」
重症であったからこそ、居座らせてはもらっているが、サクヤが借りている部屋や寝台にしても、本来は別の人間の物であるかもしれない。幾度となく取り替えられた包帯も、食事にしても勿論、タダではない。質素な生活をしている彼らが捻出した金で購入されたものだ。そしてあと数日はこの教会に世話になることから、エステリアらは、それに見合うだけの『お布施』を渡してきたところだった。
「受け取ったのはルーシアさんですか?」
「いいえ。ルーシアさんは別のお客さんの相手をしていたみたいで、会ってないわ」
「それなら良かった」
「え?」
首を傾げるエステリアに、
「女子の心に住む鬼は、突如として周囲に牙を剥くので厄介ですよ。本物の鬼が言うんですから、これは本当です」
シオンは忠告するように言うと、屈託なく笑った。






グランディアより、辺境の地、メイヤールへ向かうには渓谷を通らなくてはならない。グランディア人には通称『山越え』と言われているその場所は、旅人にとっては最大の難関とされている。
「なんでいつもこんなそんな役ばかりなんだよ……」
早朝――セレスティアによって見せしめのように滅ぼされた、メイヤールを復興させるための一団として派遣された、白銀の騎士団のジェレミーは、その『山越え』最中に馬上で溜息をついた。
そんなことを言わないの!――思わずレオノーラの拳が頭上に飛んできそうで、ふと後ろを振り向く。
しかし後ろに控えているのは、あのジュリエットという淑女が従えていた騎士のティムである。
まるで仮面のように表情がないその男と目が合うや、ジェレミーは白銀の騎士団内での空気、そして日常を懐かしむようにして、二度目の溜息をついた。

「なぁ、メイヤールからは第一陣、第二陣っていう具合に、次々と避難民がやってくるわけだろ? なにもこんな渓谷を越える苦労をしてまで、王国に来なくてもいいんじゃない? 近くに避難できる領地がなかったわけ?」
うんざりするような口調でジェレミーはティムに尋ねた。
「確かに、メイヤール周辺に空いた領地がございますが、そこを使わせていただくには領主の許可が必要です。ジュリエット様は国王陛下にメイヤールの救済を嘆願すると同時に、その領主――確か、バーグマン様との対面も願っておられます」
「ああ、なんだきちんと考えていたわけか……」
正直、メイヤール復興のために、また避難民を誘導するためとはいえ、このような道を何度も行き来したくないのが本音である。ジェレミーは内心胸を撫で下ろした。
「ジェレミー様!」
と、突然、後列の方にいる騎士の一人が叫んだ。
「どうした? 何かあったのか?」
ジェレミーが馬を止め、後方を確認する。
「あちらを、ご覧下さい」
ジェレミーは馬を寄せ、騎士が指差す方向を見下ろした。鬱蒼と木々や蔦が生い茂るその真下には、沢が流れている。

「ここは崖だから、分かり辛いが、丁度、真下に何か見えるぞ? あの近くまで降りれるか?」
「ええ。少し遠回りにはなりますが、馬で下りれる道があったはずです」
本来ならば、メイヤール復興を急ぐために、こんなところで道草を食っている場合ではない。
だがしかし、何故かこのときのジェレミーには、その場所を確かめなければならないような気がしていた。
あるいは、そこにある『もの』が、彼を呼んだのかもしれない。

回り道をして、ジェレミー一行は、緩やかな下り坂を下りると、目の前の光景に息を呑んだ。
そこにあったのは、半壊した馬車であった。最初にジェレミーらが見下ろしていた崖から転落したようで、その破損具合から見るに、事故から数年は経っているのだろう。
「山越え最中に、道を踏み外したか……あるいは魔物の襲撃でも受けたのか?」
壊れた馬車の周辺には、馬の死骸は勿論、御者と思しき人間の白骨死体などが複数転がっていた。
ジェレミーは腕を組み、神に祈りを捧げた後、馬車の扉をこじ開けた。舞い上がった土埃に、思わず咽ながらも、馬車の中を覗き込むと、そこには二体の白骨が収まっていた。
まるで恐怖から身を守るように、庇うように、折り重って亡くなっているその遺骸は、従者と主人なのだろうか?上に乗っている遺骸が身につけているコートは、おそらく使用人のものだろう。
だとすれば、下になっている遺骸が、この馬車の持ち主であるはずだ。
ここで彼らを見つけた以上は、亡くなった者達を近くに埋葬し、その彷徨う魂を天に還さなくてはならない。その救済を乞う声を、偶然にも自分達が聞いてしまったのだろう。
これも何かの縁だ――ジェレミーは他の騎士の手を借りて、上の遺骸を慎重に、剥ぎ取った。
「これは……」
使用人の遺骸を馬車から引きずり出した後、ジェレミーは眉をしかめた。
下になっている白骨は、何も衣服を身につけていなかったのだ。
死んだ直後に物取りにでも遭ったのだろうか?――だが、それならば身包みまで剥がす必要はない。所持金や装飾品のみを奪えばいいだけの話だ。
「この馬車の紋章は? 持ち主はわかるか? グランディアだかメイヤールあたりに健在の人間なら、行くついでに訃報を知らせてやりたい」
ジェレミーは部下に命じると、白骨を凝視していた。
衣服を剥がされた白骨は髪だけが、生え残っていた。奇妙な違和感に苛まされながらも、ジェレミーは、何故か劣化してない髪の一房を手に取った。それは不自然なほどに一斉に、ずるりと抜け落ちた。
「ジェレミー殿、この遺体、何か握り締めておりますよ?」
足音も立てずに近づいたティムに、ジェレミーは思わずぎょっとしたが、言われて見てみると、白骨は右手に鎖を握り締めていた。その鎖の先には懐中時計が繋がっている。ジェレミーは懐中時計の表面の蓋に、持ち主の紋章が彫られていることに気付いた。
部下に命じた矢先、自分がこのようなものを真っ先に見つけてしまった事が、申し訳なかった。しかし、懐中時計に描かれたそれは、どこかで見た絵柄ではあるが、何故か思い出せない。
念のため、ジェレミーは懐中時計を開けた。時計の針は転落した時間を刻んだまま、止まっており、蓋の裏に、小さく二人分の名前が彫られている。
「親愛なる……へ……、……より?」
どうやら、この懐中時計は、持ち主が女性に贈るためのものだったらしい。
「はは、なんだよ、これ……冗談だろ?」
だが持ち主の名を指で辿りながら、ジェレミーは震えるように笑った。その名を目にした瞬間、奇しくも辺境に近いこの地で、一つの点と線が繋がり、笑わずにはいれなかったのだ。
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