Back * Top * Next
EternalCurse

Story-103.歴史資料館にて
シオンの提案により、エステリア一行は、数日前よりディーリアス通りの宿舎に滞在していた。
情報収集のため、あえて『怪事件』の現場近くに移動したものの、二日間程降り続いた雨のため、ほとんど動くことはままならず、今日になって、ようやく外を歩くことが出来るようになったのである。
早速だが、一行は宿から近いグランディアの歴史資料館に足を運んだ。
ここにはグランディアの王朝の歴史を記した文書は勿論、貴族らの家系図に至るまで取り扱われている。
『セレスティアの悲劇』に関する資料などは、『本人からの宣戦布告』後、全て処分されてしまってはいるが、それでもこの資料館に赴くのは、
「現状、殺された人間達が、白銀の騎士団の他、どんな人物だったのか特定はできんが、セレスティアが絡んでいるのだとしたら、三年前の『悲劇』に関わっていた人間達が狙われている可能性もある。ある程度はそういった人間を把握しておくのも手だ」
という理由からである。
使い込まれたテーブルの真ん中に開かれた、グランディア王朝の家系図を記した本を囲むように一行は着席している。
「確かにあり得る話だな。現にセレスティアは、着々と外堀から埋めていくようなやり方も得意だしよ」
ガルシアが三年前のベアールが統治していた時代の頁を開く。
「あー、少なくともこの時代と、現在の王家とでは政に関わる連中が総入れ替えされてるな」
ベアールの王政とルドルフの王政、その頁を交互にめくりながら、ガルシアが頭を掻く。
「このベアールの時代には、あの仰々しい名前の役職はほとんど存在しないんだな」
「せいぜい存在しているのが、白銀の騎士団のみですね。団長はライオネル・デリンジャー。副団長がオスカー・パーシヴァルで、レオノーラさんは勿論、ジェレミーさんのお名前はありませんね」
「あの女は王妃候補だったんだろ? それならば無くて無くて当然だろうな」
「そのライオネルは三十八歳の時に当時十八歳だったブリジットと結婚。セレスティアの悲劇後、四十五歳で逝去されたようですね、まだお若いのに」
「随分と歳の離れた夫婦だぜ……」
「で、このベアール王政時代の人間で現在も息災な人間はいるか?」
「いえ、セレスティアの悲劇後のルドルフ王太子による巻き返しの際に、ベアールの側近は処刑、投獄、追放されていますね。この時代の大物貴族はほぼ失脚しています」
「じゃあ、セレスティアを火刑に処すること賛同したであろう人間達は、この世にいない可能性が大きいってことだな?」
「少なくとも大物は生き残ってはいないでしょうね。。ただ、その下に仕えていた者達の方はわかりませんが」
「ねえ、僭王ベアールには、王妃様はいなかったの?」
エステリアが訊く。
「ベアールに正妃や嫡子はいない。その代わり、若い頃から別名、淫蕩王と呼ばれるほどに、多くの愛妾を抱えていたらしい」
腕を組んだままシェイドが言う。
「昔、あの小僧……いや、ヴァルハルトに聞いた話だが、ベアールはギルバートの妻、コンスタンツ……つまりはルドルフの母親に横恋慕していたらしいな」
「あんた……聖戦の旅の最中に、ヴァルハルトと一体どんな会話をしてたんだ?……」
「私から聞いたわけではない、そもそもお前の父親が、『次兄が長兄の妻に恋心などとはけしからん』と愚痴り出したのが発端だ」
「へぇ……あのヴァルハルト陛下がねぇ……」
シェイドとサクヤのやり取りを聞きながらガルシアは関心している。
「それほど愛妾を抱えていたのだとしたら、庶子の一人や二人はいてもおかしくはありませんね」
「認知できてないだけで、そこらにごろごろいると思うぜ? 何も王族だけでなく、貴族やちょっと裕福な商家には当たり前のことだしよ。案外セレスティアは、それを利用して、色んな箇所で異なる『怪事件』を起した挙句、国民の恐怖心を煽る傍ら、ベアールの庶子の噂を流して、反国王派を焚きつけ、国家騒乱を企てていたりするかもな」
「でも……セレスティアにしてみれば、ベアールの名前なんか口にするのも嫌なんじゃない? 現に、メルザヴィアでは屍鬼のベアールを一瞬で焼き尽くしたぐらいよ?」
あの時のシエル――セレスティアの反応を思い起こせば、ベアールへ向けた憎悪は計り知れない。
「それほどまでに嫌うなら、尚更、庶子が実在していたら、生かしてはおかんだろ? つまりは、教会にいる俺によく似たディオスとかいう司祭なんかは、格好の餌だ」
「本物の落胤であればセレスティアに狙われ、そうでなくとも、ここまで噂が広がっていれば、よからぬ連中からそれはそれで狙われる、難儀なことだ」
サクヤが皮肉めいた口調で言った。

「ところで、ルドルフ陛下が病死、事故死、セレスティアに殺害――要するに崩御された際、跡取りは誰になるのでしょう?」
シオン自身、あまりルドルフを快くは思っていないためか、その言い回に刺々しさが伴っていた。
「ちょっと……シオンさん!」
周囲の目を気にするようにして、エステリアが制止する。
「だって……万が一、お亡くなりになった場合のことをかねて、これは把握しておくべきです。周辺諸国として、次の国王になる方がどんな方であるのかは、付き合ってく以上、重要ですし……」
「赤毛が死のうものなら、それはそれで、残った連中が俺達に全責任を押し付けてきそうだが……?」
「まさか。性格が歪んでいるのは、国王陛下一人だけにしていただきたいものですね」
シオンが言いながら、グランディア王朝、獅子王レオンハルトの代から現在に至るまでの家系図の頁を開く。

「万が一、国王に何かあった場合、跡目を継ぐのは勿論このおチビさんだろ? 大きくなるまでは誰か摂政が必要だろうがな」
ガルシアの指が王太子ローランドの文字を差す。
「では、国王夫妻と王太子も失った場合はどうです? どなたがこの国を継ぐのでしょうか?」
「おい、優男の兄ちゃん……いくらなんでもそれは……」
「私がセレスティアだったら、宣戦布告した以上は、見せしめに国王一家を根絶やしにしますが?」
表情を変えずに、シオンがさらりと言ってのける。

「例えば、王室の直系が絶えてしまったカルディアは、いずれはマーレ王妃が後見となって誰かを次期国王に据えなくてはならない。ヴァルハルト陛下の意向では今のところシェイドさんが有力のようですが……」

「そうすんなりカルディアの王座につけるものか。祖国ですら俺はいわくつきの王太子で、王位に就くのも未だにひと悶着ありそうなんだぞ?」

「ですが陛下はまだ現役ですよ、最低でも後二十余年はメルザヴィアに在位されるでしょう。仮にシェイドさんがカルディア国王になって、その子供達が成人するまでには充分な期間です。エステリアさんには二人以上は子供を産んでもらって、後にその子らにカルディアを継がせるなり、メルザヴィアを継がせるなりすればよろしい。ですが、カルディアの他、グランディアまで後継者がいなくなった場合、それを用立てるのは、容易ではありません。このままでは獅子の王家の血筋は絶えてしまいます。その時、最も王座に近いのはどの貴族なのでしょう?」

「獅子王レオンハルトの血筋から考えて、グランディアに万が一のことがあれば、その王位継承権は、まず最初に俺に回ってくる。他に従兄弟は生き残っていないからな。俺が辞退した場合、今度はレオンハルトの兄弟達に継承権が与えられる」
「獅子王にもたくさんの兄弟がいたのね……」
系図を見下ろしながらエステリアが呟く。

「ああ。元々レオンハルト自身は四人兄弟の次男だ。長兄であるエドウィンは虚弱体質だったため、早々に廃嫡された。エドウィンは妻を娶った後、娘二人を設けたが、その二人もグランディア、カルディアの貴族の元に降嫁している。降嫁先で娘達は男児を産んでいるから、最も王位に有力な人物はこのあたりだ。本来ならば、直系であった血筋だからな」
「えっと、グランディアのエルウッド公爵家と、カルディアのパストゥール伯爵家ってことね?」
「そうだ。次に継承権が出てくるのが、レオンハルトの妹――ジリアンとジョセフィンの血統だ。ジリアンもグランディアの侯爵家に嫁いだ後、その子供達のうち一人はカルディアに嫁いでいる」

「なぁ……ふと思ったんだけどよ……どうして獅子王の兄弟達は、グランディアやカルディアの貴族の元に嫁いでも、メルザヴィアには行かないんだ?」

「もとよりメルザヴィアは不便な地だ。だからこそ祖父のレオンハルトは、ヴァルハルトを国王に選んだらしい。ヴァルハルトなら我慢強く、不毛の地を開拓できると踏んでな。あと、大叔母や従伯母(いとこおば)らがメルザヴィア以外に降嫁したのは……クローディアが鬱陶しかったから――という話もある」

「なんだよ、あの強烈なオバちゃんが原因か……」
ガルシアが苦笑いする。
「そういえば、レオンハルト兄弟のうち末妹のジョセフィンだけが、グランディアの隣国ウィルフレッド公国に嫁いでいるんですね……」
「ウィルフレッド……? 他にも国があったの?」
「おいおい、お嬢ちゃん……」
「あのな、エステリア。この世界で『大国』として認識されているはグランディア、カルディア、メルザヴィア、ヴァロア、セイラン、スーリアで、その周辺には幾多の小国が散らばっている」
「獅子の兄弟国にとっては親戚国だ。勿論、彼らにも順位こそ後にはなるが、万一のことがあれば、グランディアの王位継承権が生じることになる」
「お前ら……国王一家を殺す気満々じゃねぇかよ……」
「殺す気――ではない。もしも国王がいなくなってしまった時のことを仮定しての話だ」
「いや、姐さん、どっちにしても同じ意味だろ」

「逆に言えば、何か落ち度があれば、民衆が暴動を起して、現国王を引き摺り下ろし、今挙げた候補者達から新しい王を据えることも可能ってことですよね……。ある意味、国王陛下はそうなることを恐れて、ああいった体制を敷いているようにも思えますが……」

「あの国王陛下に対して、民衆は少なからずは不満があったとしても、暴動が起きるぐらいの落ち度なんてあるのか? 一応、国王は『僭王を討った黄金の獅子王』扱いされてるんだろ? 他所の国じゃ『英雄王ヴァルハルトの再来』とも言われてたんだぜ? 胸糞悪い」
英雄王に心酔するガルシアにとって、ルドルフがその再来と持てはやされることは、極めて不愉快な話である。

「でも……エステリアさんに対する国王夫妻の仕打ちといい……なんかひっかかるんですよね……って、あれ……? ルーシアさん?」
シオンが指差す方向へ、一同の視線が一斉に降り注ぐ。
資料館を利用する人々の中で、かえって目立つ灰色の修道服と、一つに束ねた明るい金髪――まぎれもない、ルーシアだ。ルーシアは数ある資料の中から、分厚い本を手にとっては、数頁ほど捲ると、溜息をつき、すぐに本棚に戻した。


「ルーシアさん」
早速、エステリアが声をかける。
「あ……神子様……」
周囲に気を遣うようにして、ルーシアが呟く。
「どうしたんですか? 溜息なんかついて」
「少し……調べものを……」
「調べもの……?」
「ああ、その……僭王ベアールがこれまでに抱えてきた寵姫達について……見ていたところです」
ばつが悪そうにルーシアが言う。

「やはり、例の噂を気にしているのか?」
サクヤがそう聞くと同時に、ルーシアの表情が翳る。
「はい。あまり信じたくはないのですが……。僭王は享年四十三歳。ディオス様は、二十三歳……もし噂が本当なら、僭王が二十歳の頃の庶子ということになります。ベアールがその年に抱えていた愛妾の中に、もしディオス様の母君がいるとしたら……そう思って調べたのですが……」

「囲っていた愛妾が多すぎて、母と思しき女がわからない――といったところか?」

「はい……。どことなく、ディオス様に面差しの似た女性の肖像画が数人描かれてはいましたが……やはり悩むだけ無駄のようです。庶子であろうがなかろうが、とにかくディオス様が、噂を信じる者達によって、危険に晒されない事を祈るしかありません」

ルーシアは肩を落すと、力なく笑った。

「ところで、教会周辺じゃ失血事件、歌劇場西の森では無残な遺体が発見されていると聞きましたが、犠牲となった方々の身形など、ご存知ですか?」
国王が放った追手によって、聞き損ねた事を改めてシオンが尋ねる。

「確か……教会の近くで血を失っていたのは、女性ばかりです。森の無残な遺体については、人伝に聞いた話では、そこそこ身形は良い方々だったそうで……」
ふいにルーシアの言葉が途切れる。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ……そういえば、願いの叶う光が現れるのも、確か歌劇場西の森付近だったような……」
「願いの叶う光……?」
一行が顔を見合わせた。
その話ならば、シェイドが手に入れた両大使館からの手紙に記されていたのだが、その際は、はっきりとした場所まではわからなかった。
「はい。怪事件とは別の話ですが、僭王の落胤と同じく、巷で流行っている噂の一つです。その光を見た者は願いが叶う、男ならば至福を得られるとも言われているので、光を探すべく森の中に入る殿方もおられるとか……」
「ねぇ。無残に殺された遺体は、その光を求めていた人達のものとは考えられない? 例えば願いが叶わなかった男は死ぬ。強欲な女の人なら、血を奪われて死ぬ――とか」
珍しくエステリアが自分の意見を述べた。
「あながちないとも言えん。こうも一つの現場に事件が密集しているとなると、尚更だ」
サクヤも同意する。
「そういえば、あんたはマルグリットという歌姫について、何か知っているか?」
今度はシェイドがルーシアに訊く。
「はい。国立歌劇場で一番の歌姫です。私は本人を見たことはありませんが、『紅薔薇の歌姫(スカーレット・ローズ)』と陛下が寵愛されております」
「その歌姫が数日前に失踪したらしい」
まるで『紅薔薇の歌姫』という国王独特の呼び名を聞かなかったことのようにして、シェイドが言った。
「マルグリットが……?」
ルーシアは歌姫の失踪を聞いて、少なからず衝撃を受けているようであった。
「どうした? マルグリットが事件に巻き込まれるような心当たりでもあるのか?」
「いいえ。そのようなものはありません。ただ、マルグリットは聖誕祭での余興に出ると聞いていましたから、このまま見つからなかったら陛下の不興を買ってしまいますわ」
「聖誕祭の余興……とは?」

「その……聖誕祭で舞台が披露されるそうで……よくわかりませんけど……」
余興の内容について、言葉を濁すルーシアをシェイドはそれ以上は追求しなかった。
「あの、ところで神子様は、どちらにお泊りされているのでしょうか?」
「ディーリアス通りの赤い屋根の洋館に今はいますけど……? どうして?」
「神子様が、このグランディアに滞在されている間にでも、お話しておきたいことがあるのですが……」
「今、ここでは言えないことなのか?」
すかさずシェイドが聞く。
「はい……周囲の目や耳がありますので……」
「まったく息苦しい国だな、ここは」
ガルシアが溜息交じりに言った。
「今から一緒に宿舎に行って、話をすることはできないのか?」

「申し訳ありません。私はこれからすぐに教会に戻らなくてはいけませんので……。できれば、後日、そちらにお伺いしたいのですが」

「ですが、『怪事件』が多発している以上、教会周辺が危険であることは変わりありません。ルーシアさんが遠路遥々こちらを訪れるよりは、我々が教会に近いところにある宿舎に変えた方がまだ無難かもしれませんね」
「俺もそれには賛成だ。このディーリアス通りの『怪事件』を調べた後は、どうせそっち方面も調べに行かなくちゃなんねぇしよ」
これにはエステリア一行も同意を示し、頷いた。

「それほど急ぎの話でないのなら、私達が教会付近に移動するまで待っていて下さい。近くまで来たなら、連絡を差し上げます。ですから間違っても一人で夜道を歩いてここまで来る――なんてことだけは、なさらぬよう、気をつけて下さいね。本当に危険ですから」
「私などを心配してくださってありがとうございます」
シオンの気遣いに、ルーシアが頭を下げる。
「一応、教会の周りには毎日聖水を撒いて、ディオス様と一緒に修道女達で魔を退ける祈りを捧げております。今のところは、その御加護にあやかっていますので……」
心配ない――とルーシアが言いかけたところで、
「聖水と祈りのみで本当に大丈夫なのか?」
「は?」
ルーシアがサクヤの方に向き直った。
「修道女とは、神に嫁いだ身のはずだ。その神の花嫁が、人に恋心を抱くことは、背信であり、邪ではないのか?」
「え?」
サクヤの一言でルーシアの顔が、一瞬にして凍りつく。
「ちょっと……意地悪ですよ、サクヤ……」
「意地悪で言っているわけじゃない。そもそも教会といった神を祀る地は、聖女らの信仰心によって護られているものだ。その心が弱まれば、強い護りも内側から簡単に破れてしまう。本気で身を守る気があるのなら、気をつけることだ」
「あ……はい……」
自らがディオスに抱く思慕を見透かされ、ルーシアは恥じるように小さく頷いた。
神に仕える身としては、サクヤが言っていることは極めて正論である。あえて諫言するのは、本気で心配してくれている証拠だ。
『怪事件』が周辺を脅かす今、現を抜かしている場合ではない。心に隙を作ってはいけない。
ルーシアは、日増しに強くなるディオスへの恋慕を心の奥底に沈め、サクヤの言葉を真摯に受け止めることにした。
Back * Top * Next