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EternalCurse

Story-102.派遣
朝見が終わり、臣下らが解散した後、国王夫妻による命令で、白銀の騎士団はその場に居残ることになった。

「まったく……神子を廃すると聞いたぐらいで、どいつもこいつも、怖気付きおって……使えぬな」
玉座に肘をついたまま、ルドルフは吐き捨てた。
「時にジェレミー、そなたはこの間、神子の一行に人質として差し出されたそうだが、何か収穫はあったか?」
突然ルドルフに指名され、ジェレミーが畏まる。
「いいえ。ですが、陛下、神子の一行は『怪事件』についてはほぼ手付かずであり、なんら進展がない模様かと思われます」
「そうか……」
国王の返事は随分と素っ気無い。むしろ、ジェレミーからの報告には失望しているようにも受け取れる。
「し、しかしながら陛下。一行が仕入れていた情報の中に、国立歌劇場の歌姫、マルグリットが行方知れずというものがありました……これでは聖誕祭に影響を及ぼすかと」
このまま国王に機嫌を損ねられてはまずい――ジェレミーが苦し紛れから発した言葉に、
「なんだと……マルグリットがか!」
ルドルフは、玉座から身を乗り出して答えた。
「残念ですわ。マルグリットの歌声……ローランドの聖誕祭で聞くことを楽しみにしておりましたのに」
悲痛な面持ちでヴィクトリアが胸に手を当てる。
「よりにもよって……このようなときに……」
ルドルフが頭を抱えた。
「歌姫の件はわかった。ところで僭王ベアールの庶子についてはどうなっている?」
「今は何も報告できることがありません」
これにはオスカーが答えた。
「そなたにしては随分と手を妬いておるようだな」
「噂の落胤に関して調べましたが、今のところ『本物』と言わしめるだけの確証がございません。仮にベアールが認知しており、身分を証明する物を彼の落胤に渡しているのであれば、話は別ですが」
「あの僭王が、庶子の行く末を案じてかようなものを譲り渡すなど考えられぬな」
小馬鹿にした口調で、ルドルフが言った。
「しかしながら陛下、『落胤候補』には気の毒ですが、ここは、あえて噂を広めることによって反乱分子を炙り出し、一網打尽にすることに利用すべきか、と……」
「まぁ、恐ろしいことを思いつくのね。オスカー」
「これも国王陛下ご夫妻、ひいてはグランディア王国を守るためにございます。妃殿下」
「オスカー。そなたならば、あの憎きジークハルトを打ち負かすことができよう」
「そう申されましても、彼の王太子殿下の姿が見当たらぬ以上、勝負になりませんが?」
「そこだ」
ルドルフが玉座の手すりに指を何度も打ちつける。乾いた音が謁見の間に響く。
「奴め……どこに隠れておる……。まさか変装でもして、どこかに紛れておるのか? 奴の闇色の髪は、このグランディアでは嫌でも目立つ。それにも関わらず、何故見つからん?」
「彼の王太子が呪術の達人で、何か他のものに化けている――などということはありますまい?」
「多少、魔術の心得があるとは聞いたことがあるが、そこまでの使い手ではあるまい。奴が獣人族(ライカン・スロープ)のように、昼間は別の姿で人に紛れているのならば有り得る話だが……」
考えても埒が明かん――、ルドルフは言いながら話を切り上げると、
「で、そなたはどうだったのだ? ヴィクトリア」
ブリジットと共に、エステリアと接触した王妃に尋ねた。

「神子の能力について、何か聞き出せたか?」
「……いいえ」
ヴィクトリアは頭を振った。
「何故失敗した? 菓子や茶に、自白剤を盛っておいたのであろう?」
「それが……あの神子は、様々な理由をつけて、一切手をつけないのです。なんとか口にするよう、勧めてはいたのですが、途中でローランドが私達の部屋に入ってきて……」
「邪魔をされたか」
「ええ。ローランドが菓子に手をつけようとしたため、私も思わず声をあげてしまいまいした。神子には気取られてしまったかと……」
「まったく……間の悪いことよの」
エステリアのサロン訪問から既に四日は経っているのだが、ルドルフが本宮に戻ってきたのは今朝である。
それまでルドルフはブリジットの住まうデリンジャー邸や、別荘などを行き来していた。
改めて聞かされた王妃の失態に、ルドルフが眉を潜めた。
「結局は皆、収穫なしか。その上、歌姫の失踪という厄介事が増えただけ――か」
役立たずどもめ――ルドルフは心の中でそう呟くと、
「仕方ない。お前達は引き続き、調査を続けるように」
早々にこの場を解散した。




「はぁ……」
謁見の間から開放されたジェレミーはふと回廊に立ち止まり、溜息をついた。
「どうしたの? ジェレミー?」
レオノーラも足を止め、振り返る。
「陛下の望む情報を、何一つ持って帰ることができなかった……失望されたかな……」
「そこまで大失態ではなかろう? 気に病むことはない」
ハロルドがジェレミーの肩に手を置く。
「そうかな……」
「挽回の方法ならあるぞ、ジェレミー」
「え? 団長、本当に?」
「挽回のため――というよりは、国王陛下より、お前に与えられた密命だ」
「なに? どんな命令?」
嬉々としてジェレミーがオスカーに詰め寄った。
「メイヤール地方の復興支援だ」
「……え?」
「メイヤール地方がセレスティアの襲撃を受けたらしい。生き残った者は周辺地域へ一時避難を、またグランディアに親族が居る者においてはしばしの間、受け入れるよう陛下が、隣国ウィルフレッド公国を経由して呼びかけたらしい。先発隊は、既に襲撃の報告を受けた翌日にはメイヤールに発ったそうだ。彼らがグランディアに避難民を連れてくるのと入れ替わる形で、こちらからは復興のための部隊を派遣するよう、命じられた。つまりはジェレミー、お前に、だ」
「ちょ……ちょっと待ってよ団長! それってまさか事実上の左遷じゃ……」
「何を馬鹿なことを言ってるのよ、ジェレミー。これも経験よ? 良い機会じゃない。左遷なんて悲観的なことを考えないの! いい?」
姉のような口調でレオノーラが諭した。
「本来ならば、屈強なハロルドの部隊が適任だが、ハロルドは『惨殺事件』の犯人を追わなければならん。頼れるのはお前だけなんだ、ジェレミー」
「で、でも……どうして陛下はメイヤール地方の復興を『密命』扱いにするんだよ。どうせなら、もっと堂々と、それこそ朝見で言えばいいじゃないか。復興なら大部隊を派遣し方が効率がいいだろ?」

「陛下の悪い虫が騒ぎ出した」
苦々しい表情でオスカーが言った。
「陛下はメイヤール出身の女を別荘に囲っている。陛下に陳情したのはおそらくその女だ。そもそもメイヤール地方は、ウィルフレッド公国に近い。ほぼ向こうの管轄だ。それにも関わらず、堂々と復興支援を申し出たならどうなる? 妃殿下には確実に勘ぐられることだろう。陛下が聖誕祭が終わった後にでも、その女を寵姫として迎えるおつもりなら、尚更、今、関係を潰されたくないのだろう」

「あ……」
ジェレミーは言葉を失った。確かに現時点でメイヤールへの支援を公にすることで、
下心――寵姫の存在が王妃に知れるのは好ましくない。
だが聖誕祭後であれば、進んでいるであろう復興のどさくさに紛れて、寵姫を『メイヤールからの謝礼』として堂々と受け取ることができる。国王は寵姫――ジュリエットを、なるべく『事後報告』として扱いたいのだ。
「陛下の女好きには困ったものだ……」
オスカーが肩を落した。
「まあ、そういうわけだ……。左遷ではないので心配はするな。行ってくれるな? ジェレミー?」
「わかったよ……団長」
「ある意味、貴方が一歩間違えば、寵姫そのものの存在が危ぶまれるんだから、命懸けね。ジェレミー」
「脅すなよ、レオノーラ!」
ジェレミーはそう言った後、何かを思い出したかのように顔を上げ、オスカーの方に向き直った。
「そうだ。団長。神子とは直接関係ないし、朝見に本人がいたから報告しなかったけど、ベイリーには目を光らせていた方がいい」
「ベイリー?」
「神子の仲間の銀髪野郎が言ってたんだ。『黒曜の艦隊』の黒い噂について……。もしかしたら海賊行為を働いているかも……とかなんとか……」
「なるほど……ベイリーが、か」
オスカーの顔からすっと表情が消える。
「よく報告してくれた。ベイリーと艦隊、紅蓮の巡視団員には、監視を入れることにしよう」
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