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Eternal Curse

Story-10.まやかしの都・セイラン-V
「単刀直入に言うぞ。我々の目的は、大僧正ラゴウとその眷属を抹殺し、この国の秩序を取り戻す事だ」
水晶の前にどっかりと腰を下ろしたサクヤの第一声はそれだった。
「こりゃまた随分と穏やかじゃねぇな」
胡坐をかいたガルシアが答える。しかし、その様子はどこか落ち着きがない。どうやら直接床に座ることに未だ抵抗を感じているようだ。

「あの大僧正ラゴウがセイランに現れてからというものの、この国は変わってしまった。 このままではセイランはまやかしと、獣同様の欲望にまみれて自滅の道を辿るだろう」
青龍殿の当主であり、四神を取りまとめる長、ソウリュウが静かに言った。

「どうしてそんなことになったんですか?」
「元はといえば、私がしばらくセイランを留守にしていたのが原因だ」
エステリアの質問に、サクヤがことの発端を語り始めた。
「私が不在という隙を突いてあの大僧正は現れた。奴は女帝に近づくと、その心を掌握し、(みかど)さながらの権力と政を振るうようになった。で、私が帰ってきた頃にはこの様だ」

「帝?」
エステリアが訊く。
「貴方達の国でいう国王や、皇帝のことです。この国で男の王は帝、女王は女帝と言います」
朱雀の絵を背にした女が丁寧な口調で答える。彼女の名はオウキ。朱雀殿の当主である。
「しかし疑問だな。あんたは賢者として、時には国の摂政として名を馳せている人物だろ? 国を空けていたとはいえ、どこの馬の骨ともわからない大僧正から権力を剥奪して追い出すことぐらい造作もないだろうに」

「――そう簡単にもいかぬ」
サクヤは頭を振った。
「セイランを支配している女帝の名はレンゲ。御年(おんとし)――七歳になられる」
これを聞いて一同は絶句した。

「七歳?!まだガキじゃねぇか!!」
ガルシアが声を荒げると、同時に霊亀に育てられた玄武殿の当主、コハクがじろりと睨む。
さすがにこの発言は、他国の王への立派な侮辱である。ガルシアは気まずそうに目を逸らした。


「そう。陛下は七歳の子供だ。先代女帝はレンゲ様を産んでまもなくして身罷(みまか)られた。レンゲ様の父君は――不明で、陛下はご両親のお顔を知らずして育った。そのことが、かえって大僧正との一件を大きくしてしまったんだ」

サクヤはそこまで話すと、肩を落とした。
その瞳は不憫な女帝への哀れみからか、微かに潤んでいる。

「母親はともかく、父親が不明とはどういうことだ?行方知れずということか、それとも……」
父親そのものが――『種』の主が誰だかわからないということだろうか?この問いかけについてはさすがのシェイドも言葉を濁した。直接尋ねるにはあまりにも下世話な話だからだ。
「察しの通りだ。レンゲ様の父親は誰なのか宮中で知る者はいない。一部の人間を除いては」
中央の水晶に視線を置いたまま、ソウリュウが言った。
「で?あんた達は、その父親の正体を知っているわけだ?」
言いながら、シェイドはサクヤや四神を見渡す。
「時が来れば明かすつもりだ。だが、今はまだそのときではない」
「よほど心の準備のいる人物が女帝の『父親』のようだな」
シェイドの核心を衝いた発言に、四神の当主達は言葉に詰まっている。サクヤにおいては口元に苦笑いを浮かべていた。どうやら図星らしい。
「話が逸れたな。陛下は充分に親の愛情を受けることなく、女帝として即位することになった。陛下の教育係として、相談役として、遊び相手として、我等は陛下を護ってきたが――それでもまだ、親に甘えたい年頃なのだ。その心の寂しさをあの大僧正につけ込まれた」

「まさか、大僧正とかいう奴は、女帝に自分の言うことを聞いていれば、死んだ母ちゃんに会える……とでも言ったんじゃねぇだろうな?」

「似たようなもんだ。大僧正は、先代女帝の霊と交信し、その言葉を賜ったと称して、陛下を意のままに操っている。」
これはオウガだ。
「ある日、陛下は私と四神へ、宮廷への出入り禁止令を……要は無期限の謹慎を言い渡された。全てはあの腐れ外道の進言によって、だ」

「ちょっと待て、あんたらは今の今まで陛下を護ってきたんだろ?その女帝から、なんでそんなにあっさり見限られるんだよ! そんなに信用されてなかったのかよ」
ここまで聞いて、急に憤るガルシアを諌めるようにオウキが言った。
「亡き母の言葉と、陛下の側近たる我等の言葉……秤にかけずとも、幼い陛下の心がどちらに傾くか……おわかりでしょう?母恋しがるその想いには、いくら神の力を宿した我等とて、太刀打ちはできますまい」

「陛下が我等を退けるに至った理由は他にもある――鬼神の存在だ」
サクヤがソウリュウをちらりと見る。ソウリュウは頷くと、サクヤに代わって話を続けた。
「我等四神のほかに、もう一人、この国になくてはならない神がいる。黄泉の国への門を護る――鬼神だ」
鬼神――セイラン特有の神の名に、エステリア達はまた困惑する。
「陛下の祖父母……先々代の帝は鬼の一族によって殺された。当時は人と鬼、(あやかし)との三つ巴で争う時代であった。鬼や妖は、俗にいう魔族や妖魔、あるいは魔物だと思ってくれていい。鬼神はその『鬼』と呼ばれる一族の王だ」
ソウリュウは異国から来た客人達にもわかるよう、説明を付け加えた。
「あるとき、暁の神子サクヤは人と鬼との争いに終止符を打つため、その鬼の長たる鬼神を四神と共に都に迎えることにした。セイランを護る神の一人として」
「おお!さすが口が悪くない方のサクヤ様だな!」
ガルシアが『口が悪い方のサクヤ』に向かって皮肉たっぷりに言った。
「帝とその妃を殺した天敵を都に迎え入れることに、最初は抵抗があったが、暁の神子の尽力もあってか、セイラン王家も鬼神を受け入れ、人と鬼の争いも終局を迎えていた」

「じゃあ、この国は人と、鬼が共存しているということですか?」
「少し違うな。必要以上、お互いに干渉せぬようしておるのだ。無論この国のどこかでは、鬼の餌となっている人間も数人いるかもしれない。だが、それも彼らが生きんとするためだ。ある程度のこちらの被害には目を瞑るほかない」

争いも落ち着き、国そのものに平和が訪れようとしている最中、見えぬところでは未だに鬼達による人間狩りが行われているという。しかし四神はそれを黙視している。
それでこのセイラン国民は納得するのだろうか?
疑問に思うエステリアの心情を察したのか、オウキが口を開いた。

「せっかくの実りをもぎ取るのは残酷だから、野菜を採ってはいけない。一緒に仲良く暮らして行きたいから、家畜を殺して食べてはいけない――なんてことを人間に言ったら、それを理解してくれる人はどれだけいるかしら?鬼に人間を狩るなと言うことは、それと同じ事よ」

「争っていた頃みたいに、遊び半分でたくさんの人間を食べられては困るけど、生きるために必要最低限の量ならある程度は妥協しなきゃ、和平なんて成り立たないよ。人間側の一方的な条件ばかり鬼に押し付けるわけにもいかないしね」
オウキの後にコハクが続く。
「鬼は人を食う。が、鬼は母親達にとっての守り神でもある。先代の女帝を経て、今のセイランではそう認識されつつある」

「鬼が?守り神……ですか?」

「昔からそうだが、子を想う母というものは、時として鬼にもなるのではないか?そういうときの女は強い。己を奮い立たせるためにも鬼神を信仰する母親達も多い」

そんな話があるのだろうか?エステリアは耳を疑った。そもそも魔物を守り神として信仰しようものならば、その者は悪魔の手先、邪教徒、または魔女として蔑まれるのが普通である。

「今の鬼神は悪い人・・・いや悪い鬼じゃないよ。僕達四神もサクヤも彼の事は嫌いじゃない。でもレンゲ様は鬼を毛嫌いしてる」
コハクは霊亀の頭を撫でながら言った。 霊亀は心地よさそうに表情を緩めている。

「大僧正は、先々代のことでも話したんじゃない?陛下に鬼神への恐怖心を植え付けて、彼に肩入れする僕達を煙たがるよう、仕向けた……そんなところかな」

「私達の動きを封じた後、大僧正は神をその身に降ろすことも可能だと豪語し、己の言葉は全て神のお告げによるものして、悪政を敷いた。先程が良い例だ」

「あの兵士に取り立てられそうになったオッサンのことを言っているのか?」
「ああ。厳密に奴らが連れて行こうとしていたのは、あの男の娘だ。大僧正はそれを『祓いの儀』と称して行っているが、世間一般には『娘狩り』と言われている」

「具体的にはどんな祓いなんだ?」

「婚礼間近の娘を、または婚礼の儀を終えたばかりの新妻を、その夜、自分の閨まで呼び出し、清めの儀式を行うのです」
炎を宿したような赤い瞳でオウキが語る。

「清め?」

「新しき夫婦の門出を祝福するために、または妻に取り付いた邪霊を祓うため、大僧正自ら、妻の身体に浄化を施すとか」

その『浄化』とやらが、一体どんな行為を意味しているのか、エステリア達は簡単に理解することができた。

「夫よりも先に新妻に手をつけるってか!!なんて野郎だ。生臭坊主が」
「だから最初に言っただろうが。腐れ外道だ、と」
うんざりしたようにサクヤが言う。
「要するに浄化と称した初夜権の乱用だな」

初夜権とは、聖職者や豪族、諸侯などが婚礼を終えた花嫁を婿より先に奪い取り、閨を共にする権限のことだ。かつてグランディアの僭王ベアールによって広められたものだが、今となっては悪しき制度として厳しく戒められている。

「で?その後、酷い目に遭った女性達は、どうなるんですか?」
「使い捨てだ。大僧正は常に新しい乙女を求める。あの外道のまやかしの力や、言葉に癒され、心酔する女もいるが、それはごく僅かだ。身を汚された娘達は、大抵、夫となるはずだった男に離縁されてしまう。その後、発狂したり、大僧正の子を身篭り絶望して自殺したり者もいる」
「女の敵ですわね」
シエルが一言で斬り捨てる。
「だが、悲しいことに、祓いの儀によって捕らえられた女達はともかく、あの大僧正のことを本気で信じている人間がいるのも確かだ。奴は言葉巧みに人の心を操る術に長けている。人の心の空隙を埋めることによって信頼を得る。まぁ、そのためには亡き愛しい人の霊のお告げだの、先祖だの、悪霊だのとやたら引っ張りだしてくるがな」

「なるほど、そうやって大僧正様の信者と化しているのが、あの兵士どもってわけだな」
ガルシアはあの狂気じみた兵隊達の眼光を思い出し、納得していた。
「人間究極に追い詰められると、最終的に走ってしまうのは信仰ですものね」

「お互い様だと思うがな。自分を神の御使いだと驕る馬鹿に、信じる馬鹿。救いようがない」

「こちらの賢者さまに負けず劣らず、容赦がねぇな、お前はよ」
シェイドを軽く小突いてガルシアが苦笑する。
「自分の意志を簡単に捨てて、信者になるのは、弱い人間だからだろ?だから自分にとって都合のいいことばかり言う大僧正様にあっさり騙されるんだ。こういった連中は我が身の不幸を常に他者のせいにせずにはいられないからな。何かあれば、祟りだの背後についた悪霊だの、そういった抽象的なものに全てを擦り付け、少しでも自分に幸運が訪れるよう、教祖のお告げに(すが)る。辛い現実には目を背け、耳を閉じ、自分自身を省みることはせずにな。まやかしの言葉では人は救えない。気休め程度の甘言なら、俺には必要ない」
シェイドは大僧正とその信者達対し、心から嫌悪するような口調で痛烈に批判した。

エステリアはそんなシェイドの様子に、いつもと違う、何かを感じていた。
他人事にはあまり興味を示さず、必要以上、関わりを持とうとはしない。助言をするにしても、それは簡潔かつ的確なことしか言わない――それがエステリアのシェイドに対する印象である。

だが地位も、名誉も、特技も、美貌も、誰もが欲する全てを手に入れているような彼が、なぜ毒づく必要があるのだろう?
決して冷たいわけではないと思う。時折、優しい部分も垣間見ることだってできたから、エステリアはシェイドの態度がとても不思議で、勿体無くも思えた。
しかし、普段から自分の本心を閉じ込めて、湖畔の底に沈めているような彼から、今は憤怒と、憎悪が入り混じったような感情が少しずつ滲み出ている。
それはカルディアで襲撃された夜、傷を塞ぐためシェイドに触れた瞬間に見た、あのどす黒い闇の気配にも似ていた。シェイド自身はそれを自らが所持する魔剣の瘴気だと言っていたが、不吉な予感がする。そんなエステリアを他所に話は進んでいる。

「しかし謹慎が言い渡されているとはいえ、神の力を宿した人間の集まりなら、大僧正ぐらい自分達で消す事ぐらい可能じゃねぇのか?」
「それができたら貴様らに頼るわけがないだろう?」
サクヤが睨む。

「生憎、我等には制約がかかっているのだ」
忌々しげにソウリュウが言った。
「制約?」
「四神は都を護る者。帝に刃を向けることはできぬようになっている。陛下のおわす玉座の間においては、我等の力は半減する。大僧正はそれを知ってか、常に陛下の傍らから離れようとしない。これを見るがいい」

ソウリュウが巨大な水晶に向かって両手をかざす。
水晶に陽炎のような気が立ちのぼったかと思うと、その真ん中に物憂い気な表情で玉座に腰掛けている少女の姿が映し出された。おそらくは彼女がセイランの女帝、レンゲなのだろう。
白絹と、刺繍が施された紫の衣を重ねて纏い、結い上げられた黒々とした髪には、大きな花と金の簪で彩りを添えてある。一国の女帝といえども、子供らしい、実に愛らしい顔立ちをした少女だった。だが、彼女の特徴ともいえる、大きな紫色の瞳は紗がかかったように虚ろである。

続けて、のそり……と玉座の後ろから大きな影が現れ、玉座の前まで回りこみ、女帝の前に恭しく跪く様が水晶に映し出された。その影の持ち主は、丸々と肥えた身体に似合いもしない金襴緞子の僧衣を着て、大きな数珠を首に巻き、僧衣と同じ生地で作ったと思われる僧帽を被った中年の男だった。おそらく、彼が大僧正ラゴウなのだろう。
「おお、女帝陛下。またもお母君の声を聞きましたぞ」
ラゴウは脂ぎった顔を上げると、大袈裟に両手を広げ、なにやら女帝に訴えかけている。
「なんだ?この国の猪は服を着て言葉も喋るのか?」
水晶越しに大僧正の姿を見たシェイドが、率直な感想を述べる。
大僧正の信者達の耳に入れば、ただでは済まされない発言であるが、言い得て妙である。
これにはサクヤを始め、四神達も失笑するしかなかった。
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