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EternalCurse

Story-1.因果
城内の長い渡り廊下を二人の男が歩いていた。
その様子は一見、警固のために城を巡廻しているようにも思えるのだが、背負った空気はそれほど重苦しいわけではない。
だからといって庭園を散歩するかのように、和やかな語らいのときを楽しんでいる――ようにも見えなかった。
「いや〜実にありがたい」
二人のうち、先に語りかけたのは屈強な体躯を持った方だった。
年の頃は……というと、二十代後半、もしくは三十代に入ったばかりだろうか?健康的に日焼けした肌と、光の加減によっては金にも見える淡い茶色の髪を、短く刈り込んでいる精悍な面差しの持ち主だ。
「長らく不在だった神子(みこ)様が、今頃になって現れてくれたおかげで、この世界にもようやく平和と安定ってもんが訪れるってわけだ」
そう言いながら気だるそうに背伸びをする。
確かに城の外は穏やかな晴天で、吉日を謳うにはまさにうってつけと言える。だが……、
「本当に喜ばしいのなら、もっと素直に表現したらどうだ? ガルシア将軍?」
なにかと皮肉交じりに呟く将軍の傍らにいた青年が、呆れたように呟く。
二十歳前後と見て取れるこの青年は、ガルシアと呼ばれた男とは対照的な風貌の持ち主だった。
真横を歩くガルシアから比べれば、彼は頭一つ分ほど背が低い。
だが、それはこの将軍が大柄すぎる……要は特別な体躯の持ち主だからであって、平均的な体格の持ち主と並べば、この青年もかなり長身であることが見て取れる。漆黒の髪と同じく黒曜石のような瞳の色は、この国、いやこの大陸では珍しい方だろう。
その黒をよりいっそう際立たせているのは、石膏をも彷彿とさせる白い肌だ。少々冷たそうにも見えるがどこか品のある顔立ちと、凛とした佇まいの美しさは宮廷の女官達が見れば羨むほどで、白皙の美貌の持ち主とは、まさに彼のようなことを言うのだろう。

「で? 『全世界希望の星』の感想はどんなもんだ? シェイド」
希望の星とは、先ほどから話題にしている『神子』のことを指しているのだろう。
その風貌と同じく『闇』という意味合いの名を持つ彼は、少々肩をすくめると、ガルシアの質問に答えるべく口を開いた。
「マナの集落の方に迎えにいったが、そんなに……」
「たいしたことなかったか?」
ガルシアがシェイドの顔を覗きこむ。人の話を最後まで聞かずに返事をするこの将軍に、彼は眉をしかめると、
「悪い顔でもない……と言いたかっただけだ」
とだけ答えた。




「できましたわ!」
それはシェイドとガルシアが神子の招かれた一室にたどり着いた直後だった。張りのある声と共に扉が勢いよく開き、中から年頃十七、八の侍女が姿を現す。
が、神子の身支度を終え、満面の笑みを湛える彼女とは対照的に、扉の開閉による強烈な衝撃を顔面に受け、ガルシアは大きな尻餅をつく。
「あら。ガルシア様、いらっしゃったのならノックぐらいしてくださいな。そんなところにボーっと突っ立っていらしたなんて……全くもってわかりませんでしたわ」
「お前、ワザとやってねぇか? シエル」
強打した額と鼻を押さえながらガルシアは立ち上がった。
「まさか」
シエルと呼ばれた侍女は、ガルシアの問いかけにも何事もなかったかのようににっこりと微笑んだ。
明るい金髪に抜けるような空色の瞳は、その人となりを表してか、きらきらと輝いて見える。
「シエルは所かまわず勢いをつけてドアを開けるからな。その習性を理解してなかったお前が悪い」
扉よりも数歩後方にいたシェイドが、やれやれとばかりに肩を落とした。
「まぁ、シェイド様ったら、習性だなんて! 人を動物みたいに言うのはおよしになって下さいな」
「それで、神子の方は?」
軽く憤るシエルを他所に、ガルシアが扉の向こうに神子の姿を探す。
「もう謁見のお時間ですか?」
侍女の背後から鈴の音のような声がした。
気がつけば、侍女の後ろに法衣を着た少女が立っている。
その立ち姿から醸し出す清楚な雰囲気は、生まれながらに持ち得たものだろう。長いプラチナブロンドの髪に藍玉(アクアマリン)にも似た、緑がかった青い瞳、乳白色の肌に淡い薔薇色の唇。傍らに控える侍女に負けず劣らず、整った顔立ちの持ち主だが、どこか儚さも帯びていて、出迎えに来た男達は、彼女がまるで清流の中に咲く、小さな白い花のように思えた。

神子……正確にはこれから神子になるべき少女は、ガルシアの陰にシェイドの姿を見つけ、
「先程はありがとうございました」
と、会釈した。
神子は、シェイドが先刻、彼女の故郷であるマナの集落まで出向き、自分をこの国まで送り届けてくれたことに礼を述べているのだ。
「ああ」
それを悟ったシェイドは軽く受け流すと、固まっている隣の将軍に目をやった。
「どうしたガルシア?」
「いや……なんていうか……こんなお嬢ちゃんが次代の神子様かよ」
その儚くも愛らしい顔立ちに、頼りなさを覚えたのだろう。ガルシアの率直な感想に神子は、
「ごめんなさい」
と、条件反射のように答えた。
「神子様! そこは謝るところじゃありませんわ!」
「ご、ごめんなさい」
今度は侍女にも謝る神子に、シエルは頭を抱えた。
「で、お嬢ちゃん、名前は?」
ガルシアが尋ねる。
「お嬢ちゃん?」
「お嬢ちゃんですって!?」
ほぼ同時にシェイドとシエルが声を上げた。いくらなんでもこれから神子となるべき少女に、親と逸れた迷子のような口調で話しかけるのは無礼である。
――が、
「はい。私はエステリア。マナの大巫女です」
当の本人はいたって気にせず、自らの名を名乗っている。
「大巫女?」
「族長のことです」
「ああ! そういう意味か! 思い出したぜ!」
シェイドとシエルの知らぬところで、二人の会話は進んでいる。エステリアと名乗った神子はガルシアの調子に乗せられてしまっているようだ。
「それじゃあ、今度は俺からの自己紹介だな! 俺はガルシア・クロフォード。このカルディア王国で将軍をやっている。よろしくな! お嬢ちゃん! おい、お前らもきちんと名を名乗れ!」
ガルシアに促され、シェイドがしぶしぶ名乗りを上げる。
「出迎えに行ったときにも名乗ったと思うが、改めて言っておく。俺はシェイド・ブランシュール。コレの下で副将をやっている。それから彼女はシエル・ティース。君の身の回りの世話をする神子直属の侍女だ」
シェイドの紹介に応じて、シエルがエステリアに微笑みかける。神子付きの侍女に選ばれたことが、彼女にとってなによりの誉れなのだろう。
「よろしくお願いします」
「おい、コラ! シェイド、お前! 上官に向って『コレ』とはなんだ!」
部下の暴言に食って掛かったガルシアだったが、
「ああ、そういえば、そろそろ陛下へのお目通りの時間だ。急げ、遅れると死刑だぞ?」
「おお! そうだったな!」
シェイドに話をはぐらかされ、すぐに気が変わったようだ。――単純である。



魔族と人間の生存競争が活発化する中、世を憂い、各国に不可侵条約を結ばせることによって人間同士の無益な争いを絶やした王がいた。その条約は『紅の盟約』と称され、この広き世界にとっては小さな平和であったかもしれないが、他国との国家間に安寧をもたらし、国交を正常化させたこの王のことを、皆は敬意をもって獅子王と呼ぶ。
世に貢献した彼は四男一女の子宝に恵まれ、その王子達は俗に『獅子の兄弟』と称されている。彼らは一部を除き、獅子王に賜った大陸にて国王となり国家を従えていた。無論、ここカルディア王国を統治する国王、テオドールもその兄弟の一人である。
「獅子王のやったことはあくまでも国同士、人間同士の大きな戦争をなくしただけだ。部族抗争のような小さな諍いはどこにでもあるし、魔族と人間達との争いはなくなったわけじゃねぇ。自然界で巻き起こる数々の異常が収まったわけでもねぇ。」
国王の待つ謁見の間へ向う最中、ガルシアがこの世界の歴史についてエステリアに言い聞かせていた。
「本当の意味で世界を安定させるのは――お嬢ちゃん、アンタ達神子の役目だ」
神子――最も清らかにして神に愛された選ばれし人間。光と地水火風の四大元素(エレメント)を司り、闇を一掃し、この世に真の平和と安定をもたらす者。この人間界には無くてはならぬ存在。
これより二十年ほど前、聖戦を経て世界を救ったとされる『暁の神子・サクヤ』が消息を絶ってからというもの、神子不在の期間中にこの世界の均衡は徐々に崩れつつあった。無論、暁の神子の後にも新たなる次代の神子が現れたが、喜びも束の間、人々はその過ちにより大切な神子を自ら失ってしまった。
世に言う『セレスティアの悲劇』と称されるこの一件が、世界の荒廃にますます拍車をかけていた。
『セレスティアの悲劇』の後も、神子となるべく自ら洗礼の旅に出た者もいたが、誰一人として成功したものはいない。
元より、エステリア自身は自然界における神に仕えるマナ一族の巫女であり、族長たる大巫女の座に就いたのはごく最近のことだった。一族の党首になったばかりの自分が、まさかこんなことになろうとは思ってもみなかった。
いつものように夜の神々に……そして月に祈りを捧げていたあの日。空より零れ落ちた流星の如き無数の光が、矢の雨さながらにこの身を貫いていった。そう、あの光を浴びた瞬間から、今まで以上に強い霊力を手に入れ――と、同時にあの凄惨な夢をよく見るようになった。
そんな自分の変化を察したように、預言者イシスはエステリアの前に現れ、神託を告げた。
――次代の神子はエステリアであると。
「短くも散ってしまったけれど、偉大だった貴方の伯母……セレスティアのように、貴方も立派な神子になるのですよ。わかりましたね?」
水鏡に現れた預言者は、悲劇の運命を辿った神子の名を出した。そう……会ったこともないが、エステリアにとってセレスティアは自分の伯母にあたる。
そして自らもまた彼女と同じ神子の道を進もうとしているのだ。
神子としての使命。それをやり遂げることができるか、伯母と同じ末路を辿るかはまだわからない。エステリアは歩みを止めた。
ガルシアの話を聞きながら、思いにふけっているうちに、いつの間にか、謁見の間の扉までたどり着いていたのだ。
衛兵がエステリア達に一礼すると、重い扉をゆっくりと開けて行く。
この扉の先には一族にとって……そして自分にとって最も忌むべき相手が待ち受けている。
エステリアは、ざわめく心の内をどうにか落ち着け、一歩、踏み出した。シェイド達も、エステリアより数歩遅れて後に続く。あくまでも彼らは神子の付添い人でしかないのだ。彼女より前を行くことは許されていない。
「――先程は神子を見て随分と固まっていたようだが……正直な話、運命を背負うにはあまりにも『お嬢ちゃん』だったから驚いていたわけじゃないんだろう? 神子に対する本当の感想を聞かせてもらおうか」
エステリアには聞こえぬように、シェイドがガルシアに話しかける。
「あのお嬢ちゃん――ここの王妃殿下が以前の夫との間に設け、一族を去るときに捨てた娘……なんだよな」
ガルシアは、この国に住まうものならば誰もが知り、話題にすることは禁忌とされているエステリアの出生を思わず口にした。
「……話は聞いていたが、あのお嬢ちゃんと王妃様じゃ、似ても似つかねぇから言葉を失っちまった」
「そうか? 似ているとは思うが……」
「どこがだよ」
「一見、人に合わせて心を砕いているようで、その片隅では他者を拒絶した……近寄りがたい雰囲気が、な。それを高潔だの、清楚だと言えるなら聞こえはいいが……」
「近寄りがたいって……オメェ、他人(ひと)のこと言えんのかよ」
ガルシアはシェイドのわき腹を軽く肘で小突いた。
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