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EternalCurse

Story-153.追憶の白き花-束の間の至福 *閲覧注意 この回には未成年者の閲覧にふさわしくない表現がされています。
「全く、どいつもこいつも……勝手だなぁ、おい」
サクヤとシオンは団長に拘束され、シェイドは一人雑踏の中へと消えた今、そこに立ち尽くしたままのガルシアが呟いた。
「どうする? お嬢ちゃん、一旦、あの別荘に戻るか?」
この場に止まったところで、何の手がかりも、それといった目新しい情報もないのだ。それに、あの変人公爵と再会したせいか、どっと疲れたような気すらする。盛大な溜息を吐こうとした矢先――

急いで……
ふと、女性の声が頭に響いた。
「え?」

「どうした? お嬢ちゃん?」
ガルシアが怪訝な表情でこちらを見下ろしている。どうやらガルシアにはあの声は聞こえてないようだった。
「今、誰かに……」
呼ばれたような気がした――エステリアはそう伝えようとして、口ごもる。
何故か、これはガルシアには言ってはいけないような気がしたのだ。
「なんでもない。ちょっと踵の部分が気になって……」
なんとか悟られまいと、エステリアは無理矢理、自身が履く、ブーツの所為にする。

エステリア……聞こえる?

再び、女の声が脳裏に響く。それは母親、マーレの呼びかけでも、セレスティアの挑発的な声でもない。
だが、この声には聞き覚えがある。
「どうしよう……このままじゃ足を痛めてしまいそう。踵を直してもらうか、新調しようかな……」
そして、エステリアは思い立ったかのように手を打つ。
「ガルシアさん、私、少しだけ買い物をしてきてもいい?」
あまりものエステリアの唐突な発言に、さすがのガルシアも不信感を募らせる。
「お嬢ちゃん、何か気になる事でもあるのか?」
「違うわ。皆がいない間じゃないと、こんな事出来ないでしょう?」
「でも、俺がいると、行動し辛いんだよな?」
ガルシアが核心を突いてくる。
「そうね……付き添ってもらうなら、サクヤじゃないと駄目よ」
「ん?」
「だって……靴を修理なり、新調するのよ? 脱ぐときにほら……ね……」
エステリアはスカートの裾を持ち、ひらひらとガルシアの前でやってみせた。
「ああ、恥ずかしいって奴か」
この理由には、ガルシアも納得した様子であった。
「そんなに心配しないで。遠出をするわけじゃないもの。それに、シェイドの剣と、この指輪と、ガルシアさんの剣は魔剣の力で繋がっているでしょう? 身の危険でも感じたら、きっとこれが知らせてくれるわ」
魔剣が定着した指輪を見せ、言った直後に、エステリアは、それが下手な嘘だと痛感した。
これではまるで、自分が危険な場所に行くと言っているようなものではないか。
「ごめんなさい。すぐに戻ってくるから……」
「わかったよ、嬢ちゃん、くれぐれも気をつけるんだぞ? 俺はさっさと別荘の方に戻る事にするわ」
いざとなれば、三者に宿った魔剣の魂が呼応するはずだ。
それに、もし、何かあれば、きっとシェイドが見つけてくれる。エステリアはガルシアと別れ、呼びかけてくる声の導く方へと歩き出した。






それは国に、家に必要とされなかった存在。お互い似たもの同士、傷の舐め合いにも等しい関係だった。
いや、だからこそ、成り立ったのかもしれない。

ミレーユが王妃付きの侍女となって、二月が過ぎようとしていた。
宮廷での仕事に慣れていくにつれ、シェイドとミレーユの距離感も、おのずと、いや、一掃近づいていった。
だが、しかし、それに伴って、カヴァリエ侯女、レイチェルを筆頭にミレーユの事を快く思わない者達が増えたのも事実である。
ある日、同僚の侍女が言った。王妃がとある薬草を所望している、と。それは、王宮の裏にある山道に生えているらしい。それが、嫉妬にかられた侍女の妄言とも知らず、ミレーユは山道へと踏み入ってしまった。
もとより、パラディ家の跡取りとしてこれまで育てられてきたミレーユである。山歩きには慣れてはいたものの、どんなに歩けども、薬草を見つける事は困難であった。
道中、ついでではあるが、ミレーユは山百合といくつかの花を摘んだ。
王宮に持ち帰れば、きっと王妃は喜んでくれるだろう。
そんな最中、雲行きが変わってくる。山の天気とは実に、気まぐれなものだ。
瞬く間に、暗雲が立ち込め、ぽつり、ぽつりと水滴が落ちる。
「今日は、無理ね……」
足場が泥濘と化す前に――と、ミレーユは山道を引き返し始めた。
だが、無情にも、雨は次第に激しさを増してくる。
こんな事なら、もっと軽装で――、そう、稽古着でも着てくるべきだった。雨の雫が、髪を伝って、頬へと流れ落ちる。滑らぬように、一歩、一歩、踏みしめていた時だった。

「お前、こんなところで何をやってるんだ?」
横道から、現れたのだろうか、同じく、ずぶ濡れになったシェイドが馬上からこちらを見下ろしている。
それはこちらの台詞だ。ミレーユは思わずそう口にしてしまいそうだった。
だが、冷たい雨と、この瞬間に、感じていた心細さからか、ミレーユは無意識のうちにシェイドの元へと駆け寄っていた。


「このあたりには、稀に賊が出る。だからたまに巡回しておかないといけないんだ」
たまたま出くわしたミレーユを馬に乗せ、シェイドは山道を登ると、その中間に立ててある小屋へと向かった。
豪雨の中、無理に山を降りるより、雨が落ち着くまで、そこで過ごす方が賢明だと考えたからである。
そこで、シェイドは、自分がここにいた理由を手短に説明した。
「賊の数が多かったらどうするの?」
「心配しなくても、俺にはこいつがいる」
シェイドは床に置いた魔剣に視線をやる。
「ああ、この間、教えてくれた、触れると死ぬあの剣ね」
ミレーユが魔剣に触れようとして、やんわりと窘められたのは、記憶に新しい。
「お前こそ、どうしてここにいる? 仮にも王妃の侍女が連れも無しに踏み入れていい場所じゃないぞ」
ミレーユもまた、ここまでに至る経緯を話すと、シェイドは静かに、怒りを露わにした。
「お前、その同僚とやらに、確実に騙されているぞ」
「え?」
「王妃は侍女に野山に入るよう命じた事なんて一度もない。侍女を危険に晒すわけにはいかないからだ。頼むとしたら、城下町に買いに行かせるはずだが?」

「そんな……」
ミレーユは摘んできた山百合と花々を握り締めていた。
「王宮ではよくある事さ。意地悪な連中に、お前のお人よしな所を、まんまと利用されたわけだ。今後は気をつける事だな」
言いながら、シェイドは用意した薪に指を当てた。その指先から炎が灯り、瞬く間に薪へと移る。
「魔術も使えるのね……」
「多少はな」
シェイドもミレーユも寄り添って揺らぐ炎をじっと見つめていた。
会話が途切れ、静寂が訪れる。屋根を打ち付ける雨音だけが、そこに響いていた。ふと、シェイドの手がミレーユに重なる。ミレーユの手は、雨に濡れたせいか、とても冷え切っていた。
「駄目よ、シェイド」
今、シェイドが何を求めようとしているのか――それを悟ったミレーユは恥じらいながら、シェイドを押し退けようとした。
「どうして?」
「だって……“もしものこと”になれば、貴方の迷惑になるでしょう?」
公爵家の次期総領と、子爵令嬢である自分が吊り合うはずがない。
それはあの侯爵令嬢(レイチェル)が常々口にしている事だ。
きっと数年すれば、シェイドにも見合いの話が来る。
もしも、その相手が、自分よりもずっと身分の高い――そう、他国の公爵令嬢であったり、降嫁する王女だったりしたら? 確実に自分は捨てられることだろう。
無論、もしものこと――つまりはここで出来た子供も庶子として扱われる。
例え、彼がそう思わずとも、周囲の力が働き、二人の仲をを引き裂くはずだ。だからといって、日陰者となってまで彼にすがるなど、まっぴらだ――ミレーユは頭を振った。
「そんなことで俺がお前を捨てるとでも思っているのか?」
「シェイド……」
なんの問題もない、シェイドはそう言い切った。
カルディアでは十五を過ぎれば立派な成人としてみなされる。
十六で所帯を――家族を持っていてもなんら不思議はない。
妃を選ぶ権利ならば、他でもない自分にある。現に父、ヴァルハルトはエルトゥール伯爵家の養女であったソフィアを妻に選んでいる。身分の差などは、たいした問題ではない。よほどの事がない限りは、両親が政略結婚を押し付けることは、まずないだろう。
そうだ、従兄弟であるグランディアの王太子ルドルフにおいては、既に婚約者がいるという。
「それに――このままじゃ風邪を引く」
愛しい娘を前にして、シェイドの身体は正直な反応を示していた。
シェイドの唇が、ミレーユへと押し当てられ、その身体が圧し掛かってくる。
視界が反転する。ミレーユが手にしていた花が零れ落ち、いくつかの花弁が飛び散った。




火にくべた薪の爆ぜる音の他、小屋の中には、微かな吐息が聞こえる。
折り重なった白い身体が波打つ。先程まで冷えきったいた身体が、まるで嘘のようだった。血潮が滾り、破瓜の痛みを越えたミレーユは、今や法悦の高みへと昇り始めていた。
薔薇色に上気した肌、柔らかな唇から漏れる艶かしい声。
乾きかけた髪が乱れ、汗ばんだ身体がしっとりと吸い付く。長い睫毛を伏せ、眉間に皺を寄せたまま、苦悶するような咽ぶような表情をするミレーユが、シェイドは美しく、何より愛しく思えた。
「あっ……あぁっ!」
その奔流を受け取った時、ミレーユの脳裏は真っ白になっていた。
ミレーユが絶頂を迎えたその瞬間、シェイドもまた、忘我の境地にいた。
それが過ぎ去ると、シェイドはゆっくりと己が一部を引き抜き、その先でミレーユの花芯を擦り上げた。
残りの白い蜜がそこに吹きつけられる。ゆっくりと滴る蜜に覆われた花芯はまるで真珠の粒のようだった。
それに続くように、今しがた注いだばかりの蜜が、ミレーユの中から溢れ出る。ミレーユの身体は興奮によって何度も痙攣した後、弛緩する。
「綺麗だ……ミレーユ……」
「シェイド……」
濡れたような瞳でこちらを見つめてくるミレーユに、荒い呼吸を整えながら、シェイドは言った。
「ミレーユ……俺の妻になってくれ」
「順番が……違うわ」
ミレーユははにかむように笑うと、シェイドの首に細く白い腕を巻きつけ、彼を抱きしめた。



その日以降、シェイドは秘密裏にミレーユをブランシュール邸に連れて来る事も多くなった。
シェイドはまだ二人の関係を公にするつもりはなかった。良い噂も悪い噂も宮廷では恐ろしいほどに広まるのが早い。
パラディ子爵の娘が、ブランシュール公爵家次期総領の寵愛を受けている――それが知れ渡れば、ミレーユは貴婦人達より、今以上の羨望や嫉妬を受け、あらぬ中傷の的となってしまう事だろう。
だからこそ、今は密かに逢瀬を重ねる。それはミレーユも納得の上だった。
有難いことに、ブランシュール公爵も、ソニア夫人も、ミレーユの事を気に入ってくれている。
ミレーユ嬢は、どことなく雰囲気が貴方の母上に似ていらっしゃいますな――エドガーは茶化すように言っていたのを覚えている。


ブランシュール家の別荘へ赴いた時、ミレーユは栗色の鬘を被り、男物の服を纏っていた。
日頃から剣の稽古をしている事もあって、立ち姿は凛々しい。まるで、シェイドの侍従のようだった。
ミレーユは、乗馬にも慣れており、狩猟で弓を使う事にも長けていた。弟が生まれるまで、パラディ子爵家の跡取りとして鍛えられてきただけの事はある。
息抜きの為に連れてきたはずなのに、ミレーユに男装を強いてしまった。それが申し訳なくて、シェイドが詫びを入れると、ミレーユは気にすることはない、と笑った。
「ドレス姿で一緒にいると、すぐに私とばれてしまうわ。ほら、私の髪の色、とても目立つから。それに、男装している方が、動きやすいし、楽しいわ」
寝室の鏡を覗き込みながら、ミレーユは言った。思いのほか、少年のような自分の姿を気に入っているらしい。シェイドはそんなミレーユを微笑ましく見つめながら、背後からその鬘に手をかけた。
栗色の鬘の下から現れたのは、すっきりと纏められたカナリア色の髪。そのピンを丁寧に外しながら、
「やっぱりこっちの方がいい」
とシェイドは言った。
「もう……シェイドったら……」
髪を褒められたミレーユが気恥ずかしそうにしつつも、シェイドの方へと少し振り返り、唇を寄せた。
ゆっくりと抱きすくめたシェイドの手がミレーユの上着のボタンを外していく。
男物のズボンや、ベストが次々とミレーユの身体をすべり落ちていく。蛹から蝶が孵るように、シェイドは女性の姿を取り戻したミレーユともつれ合うように寝台へと倒れた。

こうして重なり続ければ、心の隙間が埋められ、お互いが価値あるように思えてくる。
何より早く、二人を繋ぐ証が欲しいというのもあった。
会えば必ず情を交わす事が当たり前になっていた。
時には、人目を忍んで、城の武器庫で事に及んだ日もある。城内の片隅で、交わる貴族や女官もいるのだ。なんら不思議な事はない。その時は暗闇の中で、息も絶え絶えに、ミレーユが腰を突き出したままシェイドの名を呼んでいた。
誰かに見られでもしたら――?だが、その危険との隣り合わせな状況が、まだ若い二人を駆り立て、燃え上がらせるのだ。まるで、盛りのついた獣のようだった。

今、横たわったシェイドの上に、背を向ける形で、ミレーユは腰を落としていた。
身体を反らし、後ろ手を突いて、その心地良い波に乗る。時には、跳ねるように上下し、シェイドを貪る。乱れる金髪と弾む胸から汗が飛び散る。
「シェイド……」
懇願するようにその名を呼び、ミレーユはまるで寝台に背を預けるようにして、シェイドの上に倒れてきた。熱い奔流を受け取り、身体の上で震えるミレーユの胸をシェイドが弄る。固く尖ったその乳首をさらに伸ばすように刺激する。
「ミレーユ……お前……」
ふと、シェイドがその手を止めた。ミレーユの胸が張り、乳首が以前よりも色濃くなっているような気がする。
既に所帯を持つ騎士団の仲間は、女の些細な変化は身篭った証だとも言っていた。
これまでの事を考えれば、そろそろこの胎に、子が宿っていてもおかしくはない。ミレーユも同じ事を考えたのだろう、思わず、自分の下腹部を手で辿った。
「今はわからないわ……でも、いつか……」
シェイドの子を産んでみせる。始めは身分の差から、躊躇していたが、今はこの胎に、その子を迎え入れる覚悟はある。ミレーユの言葉が途絶える。再びシェイドの剛直がゆっくりと身体を行き来しはじめたのだ。
「ふっ……んっ……んんっ」
シェイドが突き上げながら、ミレーユの花心を撫で上げ、揉みこむ。まるで水の中を漂うような心地よさだ。
そのままシェイドは体勢を変え、ミレーユをうつ伏せにする。重ねた手に力がこもる。
シェイドがミレーユの耳に軽く口付け、甘噛みした。これまでミレーユが上で主導権を握っていたように、今度はシェイドがミレーユを支配する。
次第に腰を上げながら、四つん這いになったミレーユをシェイドが穿つ。どこまでも止まることのない、野獣のような欲望だ。それに答えるミレーユもまた自分自身が徐々に変化しつつある事を実感していた。
「私……いやらしい?」
「いいや」
そうだ。交わる度にミレーユは美しくなっていく。まるでそこから魔力でも得ているかのように。愛らしさの中に、時折、ぞっとするような艶かしさを感じる時すらある。
「貴方はまるで全ての快楽を繰る魔物みたいだわ。私が徐々に作り替えられている錯覚すら覚えるの」
「それはお互い様だ」
どこまでも二人で堕ちてしまったような――まるで淫魔か妖魔にでもなってしまったような気分だ。
「早く来て。私の中に――」
再び熱い子種を注ぎ込まれ発したミレーユの言葉は、シェイドに向けたものなのか、まだ見ぬ、我が子へと向けられたものかはわからない。
ミレーユと結ばれて以降、シェイドは、自身の精力が日増しに強くなっていく事を実感していた。
不思議なぐらいにシェイドの身体は萎える事無く、その欲望を露わにしていた。迸る蜜ですら、いつもより多く感じた。真に愛しい娘と結ばれた悦びがそうさせているのだろうと、その時は思っていた。それが後に訪れる変調の兆しであるとも知らずに。





急いで……エステリア……

確かに聞こえる。いや、ずっと前から、“彼女”は呼びかけていたのかもしれない。
ただ、自分がそれに答えるだけの能力がなかった事が原因かもしれない。
「どこ……? どこにいるのですか?」
思わず、虚空に呼びかける。だが、当然返事が返ってくることなどない。
「お願い、もし近くにいるのなら……もしそちらへ向かう手段があるのなら、教えて下さい。イシス様……」
エステリアは乞い願った。
そう、間違いない。あの声は預言者イシスのものだ。
もっとイシスの声が聞き取れる場所へ向かわなくては――エステリアは意識を集中して、今一度、その声に耳を傾けた。なにより、イシスは急げと言っている。胸騒ぎがしてならない。
「貴方が神子ですか?」
「え?……」
背後からかかった男の声に、振り返ろうとした瞬間、相手の顔を確認するよりも早く、エステリアの口元に勢い良く布が押し付けられた。
その布に染み込んだ薬の香りを嗅いだエステリアは、立っては居られないほどの強烈な睡魔に襲われた。
足元がふらつき、視界が歪む。
堪らずに膝をつき、その場に崩れ落ちると、大きな物音と、呻き声が立て続けにエステリアの耳に響いた。
その後、何者かが語りかけてくるような声も聞こえたが、エステリアにそれを理解するだけの意識は残ってはいなかった。
ただ自分の身体が、軽々と抱えられ、どこかへ運ばれている事だけは感じ取る事ができた。
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