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EternalCurse

Story-128.その神子の悲劇-幕間
中央広場に身を置きながらも、幻を通じてウォルターを、そしてルーシアをも手にかけたセレスティアは、唇に笑みを湛えてると、
「ここから逃げようなんて考えないことね。動いたら最後、私の駒がお前達人間共を容赦なく殺すわよ」
まるで仕切りなおすかのように、観衆に向かって言い放った。悲鳴を上げて、この場から離れようとしていた観衆らの行く手を阻むように、『王』と『王妃』を模した魔物が立ちはだかる。魔物の足元から、棘を持った蔦のようなものが無数に飛び出し、地面を這った。それは観衆のいる場所をぐるりと取り囲むと、同じように特設の野外舞台も覆いつくした。人間達をこの場に閉じ込めたとわかるや、蔦が太さを増し、上空に向かって伸びていく。人が超えられぬ高さとなったところで、蔦の成長が止まり、硬直した。中央広場の舞台は、瞬く間に大きな檻と化していた。
「今から、最高の舞台を見せてあげる。棘に貫かれたくなかったら、大人しく、鑑賞することね」
剣を携え、セレスティアが一歩、ルドルフに近づいた。

「随分と、私の可愛い姪っ子を苛めてくれたみたいね」
「姪っ子?」
「エステリアよ。知らないの? あの子は私の姪よ」
「では、貴様と神子とが結託し、我らを陥れたのか!」
ルドルフの言葉に、セレスティアは深い溜息をついた。
「あんた、底抜けの馬鹿? なんでも他人のせいにするんじゃないわよ。オディールに続いて、私にまで言わせないでくれる? あの子は無関係」
「ならば、何故、神子の肩を持つ?」
「あら、私、自分の身内には結構、寛容よ? 勿論、敵対しているけど」
あっけらかんとセレスティアは答えた。

「貴方はどうしても、このグランディアにおける事件を私が起したものだと決め付けたいみたいだけど、さっきオディールの言った事が全てよ。私はジュリエットを焚き付けただけ。怪事件とやらは他が勝手にやったことよ。その中の一つはあんたの身から出た錆ってところみたいだし?」
「では、何ゆえ貴様は、そのような小細工をしてまで、このグランディアを滅ぼそうとする!? 貴様が恨むべきは、僭王ベアールであろう。それも私が既に討ち果たしてやったというのに、我らを恨むのは筋違いもいいところだ!」
ルドルフは手にした剣で、セレスティアに斬りかかった。国王が所持しているものは、舞台用の小道具などではない。本物の剣だ。セレスティアが携えているものとは違う。だが、
「馬鹿な男」
セレスティアはその一撃を、あっさりと受け止めた。直後、セレスティアの剣から黒い炎が吹き上がる。
「なに!?」
ルドルフは炎がこちらに燃え移る前に、剣を手放し、後退した。
「あんた……、自分の妻子が人質に取られてるってこと、忘れてない?」
セレスティアも、自らの剣を足元に投げ捨てると、ルドルフを冷たく一瞥した。
「捕らえなさい」
セレスティアが短く言うと、『王』の魔物がふわりと浮かび上がり、ルドルフの背後に音も無く着地した。
「化け物が……!」
振り返ろうとしたルドルフを『王』が即座に羽交い絞めにする。

「陛下……!」
「陛下、妃殿下!」
舞台上に残る役者が、そして観衆から次々と悲鳴があがる。

「さて、今から楽しいお話を、お前達にも聞かせてあげましょうか? オディール?」
セレスティアに名を呼ばれ、オディールはヴィクトリアの喉元に剣を突きつけたまま、前に進むよう命じた。


「……僭王ベアールの寵愛を拒否したセレスティアは、火刑に処され死ぬ。その仇を討ったのは現国王ルドルフ。――これが世間に知れ渡っている当時の記憶。いいえ、貴方達二人が作り上げた夢物語」
舞台上から聞こえたセレスティアの言葉に、思わず、ヴィクトリアが立ち止まった。
「どうしたの? 歩きなさい。さもなくば、子供から殺すわよ?」
オディールが耳元で囁く。ヴィクトリアは固唾を飲むと、ローランドの手を引いたまま、再び歩みを進めた。

「さぁ、ここからは私からの質問よ。ルドルフ、貴方は私から宣戦布告を受けたとはいえ、その直後は随分と好戦的だったわよね? どうしてかしら?」
「貴様がこの私を愚弄したからであろう?」
「とぼけないで。貴方の中では『ベアールの死と共に魂を救済されたはずの私』から、あからさまに敵意を向けられ、すぐに理解したんでしょ? いいえ、焦ったのよ。私に全てを悟られている、――と」
セレスティアは舞台の方へと近づいてくるヴィクトリアを見下ろした。

「ヴィクトリア、貴方達は夫婦揃って、何故、神子の能力について、知りたがっていたのかしら?」
「そ、それは……」
ヴィクトリアが俯いたまま、口ごもる。

「貴方達夫婦は、確認したかったんでしょう? エステリアに、人の心の内を見透かすような能力、あるいは、私から引き継いだ神子の記憶があるか否か」
「さっきから何が言いたいのだ、セレスティア!」
「身動き取れない分際で、威勢だけはいいのね、ルドルフ。愚鈍な叔父に反旗を翻して討ち取り、英雄気分を味わえたことが、その自信の源かしら? ……本当にあんたって、胸糞悪い男だわ。ベアールに捕らえられた私を助けることすらできなかった――いいえ、あえて私を助けようとはしなかったくせに」
セレスティアは唇の端を吊り上げ、鼻を鳴らすと、足元に落とした剣を取り、ルドルフの右肩を貫いた。

「ああっ……」
「ルドルフ!」
ルドルフが呻くと同時に、ヴィクトリアが悲鳴を上げる。

「貴方達が神子の能力を調べるのに、躍起になる気持ちはわかるわ。だって、万が一、エステリアに知られていたら、気まずくなるものねぇ、貴方達が『セレスティアの悲劇』を起した張本人だなんて!」

セレスティアが観衆にも知れ渡るように、大声で言い放った。その言葉を耳にした人間達がざわめく。

「世迷……言を……お前のような魔女の言葉を誰が信じるというのだ!」
肩を貫かれた激痛に顔を歪め、ルドルフがセレスティアを、睨みつけた。
「あくまでも、しらをきり通すわけね……なら、見せしめが必要ね」

セレスティアはじっと、ローランドを見据えた。その視線に気付いたヴィクトリアが、息子を守ろうとしてもがき、オディールによって、引き離される。
「母上……!」
突き倒され、尻餅をついたローランドが、母親の手を求めて、よろよろと立ち上がる。
「ローランド!」
「母上……母上ぇ……! うっ……うぇええ……ん」
ローランドは泣きながら、両手を伸ばしおぼつかない足取りでヴィクトリアの元へと向かった。
「ローランド! 来てはなりませぬ、お逃げなさい!」
「はいはい、美しい親子愛ね、ご馳走様」
いつの間にか、ローランドの真後ろにセレスティアが立っていた。
「まったく……親に似て、本当に頭の悪い坊やだこと……」
泣き叫ぶローランドの襟を、まるで汚れた野良猫の首を掴むようにしてセレスティアは持ち上げた。
「い、嫌だ、嫌だぁああ、助けて、母上ぇ、母上ぇえええ」
「あらまぁ、お母さんに助けて欲しいの? お父さんじゃないのね。そうよね、貴方のお父さん、貴方をいらないって思ってるんだもの。坊や、言ってる意味、わかる?」
言葉とは裏腹に、優しく微笑むセレスティアに、ローランドは顔を引きつらせ、暴れまわった。

「嫌だ、怖い、怖いよぉ……!」
「ああ、うるさいわね。子供なんて大嫌い」
悪態をつきながら、セレスティアがヴィクトリアを直視した。
「そうそう、ついこの間も、牝豚とその子を二匹殺したのよね。一匹は首をへし折って、暖炉の火にくべたわ。牝豚は腹を引き裂いて、二匹目を取り出して潰したわ。さぁ、貴方の子豚は、どう殺して欲しい?」

「止めて、ローランドを殺さないで!」
「母上、母上ぇええ!」
「ねぇ、ヴィクトリア、貴方は一体、薬のせいで何人流産したの?」
その言葉に、ヴィクトリアの表情が凍りつく。わなわなと身体を震わせ、ルドルフの顔色を伺った。
そんなヴィクトリアをセレスティアは見下すように言った。
「……やっぱり、『薬漬け』の女から生まれると、こうも利発さに欠けるのね。貴方自身もわかっているんでしょ?だから後ろめたいのよね。王様もお可哀想だこと。ねぇ? ルドルフ」
ルドルフは、何も答えず、ただセレスティアを睨みつけていた。
「ルドルフ、あんたも気付いているでしょ? この女が今、ベイリーから仕入れた薬の中毒だってこと。ああ、結婚前にも薬を盛られて、まんまと嵌められたことまでは知らないか」
「ヴィクトリア……?」
舞台上から、ルドルフの疑惑の視線を受け、ヴィクトリアは頭を振った。
「一瞬で首をへし折るのは面白くないわ。まずは、手足の骨を砕きましょうか? それとも目を潰してあげようかしら? ああ、泣き声がうるさいから唇を焼いて塞ぐってのはどう?」
「止めて……本当に止めて……私のローランドを殺さないで!」
「じゃあ、認める? あんた達の愚策が、この私を貶めたことを?」
「そ……それは……」
ヴィクトリアが目を泳がせた。
「ははうえぇ……たすけてぇ……」
顔を真っ赤にして、泣きじゃくりながら、ローランドがヴィクトリアを見つめた。
「今すぐ、この子の頭を割りましょうか?」
「駄目! それだけは……!」
「なら、認めるのね?」
ヴィクトリアは肩を震わせ、小さく頷いた。

「そう。正直に吐いてくれてありがとう。そして、お疲れ様!」
セレスティアは嬉しそうにそう返すと、力一杯、ローランドを石畳に叩きつけた。
「きゃっ……ん!」
ローランドは子犬のような悲鳴を上げて、その場に突っ伏し、しばし身体を痙攣させると、動かなくなった。
「嫌ああああああ! ローランド! ローランド!」
ヴィクトリアはオディールの手を今にも振り払わんばかりに暴れ、半狂乱になって叫んだ。
「認めたら本気で助けるとでも思った? 馬鹿じゃないの? オディールがあんたの首を掻き切るのと、この子豚が死ぬのと順番が変わっただけってこと」

そしてセレスティアが観衆を見下ろす。
「わかった? この夫婦はグランディアを救った英雄なんかじゃないわ」
「ふざけるな! ローランドを人質に取られれば、ヴィクトリアも頷かざるを得ないであろう! 皆の者!魔女の言葉にかどわかされるでないぞ!」
ルドルフが観衆を一喝する。
「私の言葉が嘘とでもいうの? なら最初から話してあげましょうか? 三年前のことを。本来ならば、私は火刑に処されることなどなく、そのまま解放される運命にあったという事実を。そう……全てはライオネル・デリンジャーのおかげでね」

セレスティアは天を仰いだ。それはまるであの忌々しい日々を思い出しているかのようでもあった。
「ライオネル・デリンジャー……、当時の白銀の騎士団、団長よ。軟禁された私をすぐにでも解放する用、彼はベアールに直訴した。そしてベアールは一度だけ思いとどまったの。神子を手中にすることの畏れ多さを、理解したのね。だから、私は一度、牢を出たのよ。でも何故か、数日のうちにベアールは考えを一転させ、再び牢に逆戻り。そして、私は『火刑』に処される事が決まった」

セレスティアは我が子を失って放心状態のヴィクトリアの元に、一歩、また一歩と近づいた。
「ベアールが考えを改めたのは、ルドルフ、貴方が私を所望していることを耳にして、彼は激昂したから」
言いながら、セレスティアは鼻を鳴らした。
「勿論、貴方が私を欲しがっている――なんてただの方便。でもベアールを挑発するのには持てこいの理由だわ。そうでしょ? ルドルフ?」
セレスティアの話に、ルドルフは唇を強く噛み締めた。その顔には、しきりに脂汗が流れている。
まるでセレスティアに心の中を抉られているような思いであった。

そう、父ギルバート、そして母コンスタンツが不審な死を遂げた際、ベアールが動くことを、ルドルフにはとっくに見越していた。無論、年若き王太子であるこの身を軟禁し、政を取仕切ることさえも。そして、ベアールに政の才がなく、兵力ですら持て余してしまうこともルドルフは理解していた。両親の仇を討ち、返り咲く。それはルドルフにとって簡単なことであった。ただし単純に行動を起したのでは面白くない。
愚鈍とされる叔父を失脚させる――それも完膚なきまでに。そのためには、叔父をグランディア史上最悪の『僭王』に仕立てる必要があった。

「お前は、国のためにベアールを倒したかったわけじゃない。『セレスティアの悲劇』を起こしたベアールを殺すことで、国王としての『箔』をつけたかっただけ、そんな自分に酔いしれたいだけなんでしょう? たいしたものよね。反旗を翻す機会はいつでもあったのに、より自分が『英雄』であると見せ付けるために、頃合を見計らい、『悲劇』を起す環境を整えていたんだから! そして……私を確実に火刑送りにすれば、ベアールを討つために最高の状況を作り出すことができる――それを吹き込んだのは、あんたよね? ヴィクトリア……」

「ひっ……」
ヴィクトリアの唇から、しゃくり上げるような声が洩れる。
事実、ヴィクトリアは恐怖に震えていた。まるで走馬灯のように、心の中で、『あの日』の出来事が蘇る。
三年前、最も適した時期を見て、ベアールを討ち、劇的な演出にて自らが国王となる。ルドルフがその策を練っていた時、
「でしたら、神子を犠牲にすれば良いではありませんか」
ローランドを宿したことで、王妃の座を約束されたヴィクトリア公女はルドルフに言った。
「僭王陛下が怖気づいて、セレスティアを解放する前に、確実に火刑に処すのです。貴方がセレスティアを欲しているという噂でも立て、僭王陛下の耳に入れる……陛下は貴方に盗られるぐらいなら、きっと自らの手で神子を殺すでしょう」
「恐ろしいことを口にする女だ」
「神子がいようがいまいが、前国王夫妻は無残にも殺されてしまいましたもの。これほどの不条理はありまして?それに私は見ていたいのです。貴方が華々しく、『悲劇』を乗り越え、王冠を手にする様子を、この子と一緒に……」
その話を聞いて、ルドルフが『名案だ』と、弾けんばかりの笑顔を見せたことを、ヴィクトリアは今でも覚えている。


「どうしてそんなに震えているの? ヴィクトリア。後ろめたい事、やっと思い出してくれたのかしら」
ヴィクトリアは、硬直したまま、何も答えない。セレスティアはふと、その足元を見下ろした。ヴィクトリアのドレスの下から、じわじわと水溜りが広がっている。
「あははは……何それ? 情けないったらありゃしない。こんなところでお漏らしなんて、子供が子供なら、親も親ね!」
セレスティアは嬌声を上げると、左手でヴィクトリアの顔面を掴んだ。
「私、身の程知らずな女も大嫌い。夫が英雄を名乗るなら、妻も世界の女王――いいえ、女神気取りかしら? 不愉快だわ」
セレスティアは左手で、王妃の右頬に触れた。その瞬間、どす黒い炎が王妃の右顔面を撫で上げる。
「きゃぁああああああ!」
ヴィクトリアが炎から逃れようと、セレスティアの手を掻き毟る。だが、セレスティアは構わず、炎を放ち続けた。黒き炎は髪に燃え移ることなく、ただ王妃の半面だけを焼き続ける。
「ああ! 面白い鳴き声! 真っ赤な道化の妻に相応しく、一生仮面でも被って生きてみる?」
無邪気な子供のようにセレスティアは笑うと、ようやくヴィクトリアの顔から手を放した。ヴィクトリアは焼け爛れた顔を覆いながら倒れ、その痛みと熱に、石畳でのたうっていた。
「妻や子供がこんな目に遭っているのに、命乞いさえもしてやらないなんて、あんたって最低な夫ね、笑いが止まらないわ!」

次の瞬間、セレスティアはルドルフの前に立っていた。
「内心、嬉しいんでしょ? だって子供さえ出来なければ、こんな女、娶っていないはずだものね? 男の面子で仕方なく正妃にしてあげただけだから。聞こえてる? そこで突っ伏している、焦げ臭い、死に損ないの牝犬!」
セレスティアはルドルフの鳩尾を蹴った。
「うっ……」
ルドルフの口元から胃液が零れる。セレスティアは構わずルドルフの胸倉を掴んだ。

「私は、この国に捕らわれたとき、一度は自らの死を覚悟したわ……。ここまでが自分の運命であったのなら、受け入れる覚悟も出来ていた。でもね、私を陥れた者達の正体と、醜い意図を知れば知るほど、馬鹿馬鹿しくなってきたのよ。どうして私が……この私が、身勝手でくだらない奸計に嵌められて、悲観して、自分の消滅を願わなくてはならないのよ!」
これまで溜め込んでいた全ての感情が、一度に噴出したのであろう、それはまるで、血を吐くような叫びだった。


「楽に死ねるなんて思わないことね。この地で絶望を与えられたあの時から……いいえ、真相を知った時から誓っていたのよ。この国だけは、徹底的に荒廃させてやる、とね。」
セレスティアは一度呼吸を整えると、
「オディール、今から、王妃の両手、両脚を切り落しなさい……その後、私がすぐに傷を塞ぐわ。蛆虫みたいに這いずり回って生きるようにしてあげる」
静かに言った。
「かしこまりました」
オディールが剣を掲げると、ヴィクトリアに静かに近づいた。
「王妃が終わったら、赤毛、次はお前の番。そして、この場にいる人間達も全て串刺しにしてやるわ」
セレスティアがそう言った直後であった。
魔物が作り上げた檻に、衝撃が走る。数回の揺れと共に、その一部に亀裂が生じ、まるで飴細工のようにぼろぼろと崩れ落ちる。突如として開いた大穴に、誰もが目を見張った。

「かつての希代の神子の成れの果ては、魔女ではなく、ただの嗜虐趣味の女とは聞いて呆れる。いっそ、どこぞの国で拷問官として雇ってもらったらどうだ?」
かつて程の威力はないが、掲げた剣からは、確かにナイトメアの瘴気が溢れていた。痛烈な皮肉と共に、シェイドが姿を現す。
「やっと、来たわね……」
セレスティアは目を細めて笑った。
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